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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
ゾンビサイド第3部「蠢動《しゅんどう》」

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第41話「沈黙の契約」

渋谷。


かつて若者の街と呼ばれた場所。


今は、死者の街でしかない。


109ビルは、外壁が剥がれ落ちている。


中のブティックは、荒らされている。


マネキンが倒れ、服が散乱している。


もう誰も、ファッションを楽しむことはない。


スクランブル交差点は、放置された車で埋まっている。


タクシー。


バス。


トラック。


全てが、錆び始めている。


センター街は、崩れた店舗で塞がれている。


カラオケ店。


ゲームセンター。


居酒屋。


全ての看板が、色褪せている。


道路には、ゴミが散乱している。


ペットボトル。


ビニール袋。


そして――骨。


人間の、骨。


もう、肉はない。


全て、食い尽くされた。


全てが、静寂に包まれていた。


風が吹けば、ゴミが舞う。


それだけが、動くもの。


だが――


今日は、違った。


そこに、二つの群れが集まっていた。


東から来た群れ。


藤原京が率いる、数千のゾンビ。


彼らは整然と並び、静かに立っている。


まるで、軍隊のように。


規律正しく。


統制されて。


一糸乱れぬ隊列。


その中心に、京が立つ。


金色の瞳が、前を見ている。


西から来た群れ。


神谷刃が率いる、数千のゾンビ。


彼らは不規則に蠢き、低く唸っている。


まるで、獣の群れのように。


本能のままに。


野性的に。


だが、それでも刃に従っている。


その中心に、刃が立つ。


紅色の瞳が、敵を睨んでいる。


二つの群れが、向かい合っていた。


交差点を挟んで。


百メートルの距離を置いて。


その中心に――


二人の王が、立っていた。



藤原京。


金色の瞳を持つ、理性の王。


彼は、動かない。


ただ、相手を見ている。


冷静に。


観察するように。


分析している。


この相手の力を。


危険度を。


そして――可能性を。


京の周囲には、力場が展開されている。


虚界展開。


半径五十メートル。


その中では、京の意思が絶対だ。


神谷刃。


紅色の瞳を持つ、破壊の鬼。


彼も、動かない。


だが、その体は緊張している。


いつでも、動ける姿勢。


筋肉が、張り詰めている。


呼吸が、浅く速い。


本能が、警告している。


危険だ、と。


この相手は、自分と同格だ、と。


刃の周囲には、見えない刃がある。


空間を切り裂く、斬撃。


いつでも、放てる。


二人の距離は、十メートル。


その間には、何もない。


ただ、空気だけがある。


だが――その空気が、重い。


二人から発せられる圧力で。


見えないエネルギーで。


空間そのものが、歪んでいる。


まるで、ガラスが歪むように。


光が、屈折している。


音が、遅れて届く。


重力さえも、狂っている。


これは――


二つの力場の、衝突。


虚界と、斬界の。


支配と、破壊の。



先に口を開いたのは、京だった。


「……お前が、Z-02か」


低く、静かな声。


だが、その声には力があった。


刃は、何も答えない。


ただ、京を睨んでいる。


紅い瞳が、金色を映す。


「人間は、お前を紅の鬼神と呼んでいる」


京が続ける。


「だが、お前は……何だ」


刃の口が、開く。


「……知らん」


掠れた声。


「お前は?」


「藤原京」


京が答える。


「かつて、人間だった」


「……俺も、だ」


刃が呟く。


「神谷刃」


沈黙。


二人は、互いを見つめる。


理解しようとする。


相手が、何者なのかを。



京の周囲に、力場が展開される。


虚界展開。


空間が、歪む。


刃は、それを感じ取る。


本能で。


(……これは)


危険だ。


この領域に入れば、自分は自由に動けない。


刃の体が、熱を持ち始める。


紅い瞳が、強く光る。


対抗するために。


自分も、力を解放する。


刃の周囲の空気が、震える。


見えない刃が、空間を切り裂く。


京は、それを感じ取る。


(……斬撃か)


空間を切る力。


危険だ。


この距離なら、一瞬で届く。



二人の力が、拮抗する。


支配と破壊。


秩序と混沌。


理性と本能。


どちらも、譲らない。


どちらも、引かない。


空気が、ピンと張り詰める。


まるで、糸のように。


いつ、切れてもおかしくない。


群れが、ざわめく。


双方の群れが、主の緊張を感じ取っている。


いつでも、戦える態勢。


だが――



京が、一歩前に出た。


刃の領域に、踏み込む。


群れが、一斉に唸り声を上げる。


ウォオオオオ……


刃の群れが、警告している。


近づくな、と。


主を脅かすな、と。


彼らは、動こうとする。


京を、襲おうとする。


だが――


刃が、手を上げる。


制止の、合図。


群れが、止まる。


従順に。


即座に。


刃は、京を見ている。


(……何のつもりだ)


近づいてくる。


敵意はない。


だが、油断もできない。


この距離なら、一瞬で攻撃できる。


だが――


京は止まらない。


もう一歩。


また一歩。


距離が、五メートルになる。


刃の手が、動く。


わずかに。


いつでも、斬れる。


空間ごと、両断できる。


だが――


刃は、動かない。


ただ、京を見ている。


何をするつもりだ、と。


なぜ、近づく、と。


京の顔が、はっきり見える。


若い顔。


二十代前半。


だが、その目は――


老人のように、深い。


多くを見てきた、目。


多くを経験した、目。



京が、立ち止まる。


距離、三メートル。


互いの顔が、はっきり見える距離。


京の瞳が、刃を捉える。


金色の光が、揺れる。


「……戦うつもりか?」


京が聞く。


刃は、答えない。


ただ、睨んでいる。


京は続ける。


「戦えば、どちらかが死ぬ」


「……だから、何だ」


刃が呟く。


「それが、この世界だ」


「違う」


京がきっぱりと言う。


「もう、違う」



京が、腕を広げる。


周囲を示すように。


廃墟を。


死んだ街を。


そして、二つの群れを。


「人間は、もう終わった」


京の声は、静かだ。


だが、確信に満ちている。


「……知ってる」


刃が答える。


「俺が、終わらせた」


「お前だけじゃない」


京が首を横に振る。


「俺も。そして、他の覚醒体も。みんなで、終わらせた」


「他?」


刃が眉をひそめる。


「他にも、いるのか」


「ああ」


京が頷く。


「世界中に。数十、いや、数百。覚醒している個体がいる」


刃は、驚く。


自分と京だけではない。


もっと、いる。


同じような、存在が。


「……それで」


刃が促す。


「だから、何だ」


「だから――」


京が、刃を真っ直ぐ見る。


「今は、我々の時代だ」


「我々?」


「そうだ」


京が言い切る。


「人間ではない。ゾンビでもない。新しい種族。我々、覚醒体の時代だ」



刃は、黙っている。


京の言葉を、噛み締めている。


我々の時代。


それは、何を意味する?


京が続ける。


「お前と俺が戦えば、多くの仲間が死ぬ」


「……仲間?」


刃が眉をひそめる。


「ゾンビが、仲間?」


「そうだ」


京が頷く。


「お前の群れも、俺の群れも。みんな、同じ種族だ」


「……」


刃は、何も言えない。


種族。


その言葉が、胸に刺さる。


そうか。


もう、人間ではない。


だが、ゾンビでもない。


新しい、何かだ。



京が、手を差し出す。


右手を。


刃に向かって。


「……何だ、それは」


刃が聞く。


「契約だ」


京が答える。


「お前と俺。戦わない。互いの領域を尊重する」


「……領域?」


「そうだ」


京が頷く。


「お前は西。俺は東。それでいい」


刃は、京の手を見る。


差し出された、手。


人間のような、仕草。


だが、意味は理解できる。


これは――


同盟の申し出だ。



刃は、迷う。


受け入れるべきか。


それとも、拒絶するべきか。


本能は、叫んでいる。


戦え、と。


この敵を、倒せ、と。


強者は、一人でいい。


二人は、いらない。


だが――


理性が、囁く。


待て、と。


考えろ、と。


この相手は、敵か?


本当に、敵なのか?


刃は、自分の中で戦っている。


本能と理性が。


破壊と創造が。


過去と未来が。


刃は、京を見た。


金色の瞳。


そこには、敵意がない。


殺意もない。


ただ――


理解がある。


同じ存在としての、理解。


仲間としての、認識。


(……仲間)


その言葉が、刃の胸に響く。


そうか。


もう、一人ではないのか。


孤独ではないのか。


同じ存在が、いる。


理解し合える、存在が。


刃の手が、動く。


ゆっくりと。


まるで、何か重いものを持ち上げるように。


躊躇いながら。


だが、確実に。



刃が、手を伸ばす。


ゆっくりと。


京の手に向かって。


群れが、静まる。


双方の群れが、息を呑む。


刃の手が、京の手に触れる。


握手。


人間のような、握手。


だが、その意味は――


契約。


無言の、契約。


二人の王が、同盟を結んだ。


理性と暴力が、手を取り合った。



その瞬間。


空間の緊張が、解ける。


張り詰めていた空気が、緩む。


群れが、安堵する。


戦わなくて、済む。


死ななくて、済む。


京が、手を離す。


刃も、手を引く。


二人は、向かい合っている。


だが、もう敵ではない。


同盟者だ。


「……これから、どうする」


刃が聞く。


「北だ」


京が答える。


「まだ、人間がいる。北海道に」


「……行くのか」


「ああ」


京が頷く。


「お前は?」


「……わからん」


刃が呟く。


「ただ……動きたい」


「なら、来い」


京が言う。


「一緒に、行こう」



刃は、考える。


一緒に、行く?


なぜ?


理由は?


だが――


悪くない。


一人よりも、二人。


二人の方が、強い。


刃が、頷く。


「……わかった」


京が、微笑む。


わずかに。


だが、確かに。


「では、行こう」


京が、踵を返す。


北へ。


刃も、それに従う。


二人が、並んで歩き始める。


京が右。


刃が左。


同じ歩幅で。


同じ速度で。


まるで、長年の戦友のように。


群れが、それに従う。


東からの群れ。


西からの群れ。


それらが、混ざり始める。


最初は、警戒していた。


互いの群れを。


だが、やがて理解する。


同じだ、と。


仲間だ、と。


敵ではない、と。


群れが、一つになる。


境界線が、消える。


もう、東も西もない。


ただ、一つの群れ。


一つの種族。


数千、数万のゾンビが、北へ進む。


その先頭に、二人の王。


金色と紅色。


理性と本能。


支配と破壊。


相反する二つが、並び立つ。


だが、それは矛盾ではない。


補完だ。


京には、刃の力が必要だ。


刃には、京の知恵が必要だ。


二人で、完全になる。



渋谷の廃墟を、黒い波が進んでいく。


その先頭に、二人の王。


金色の瞳と、紅色の瞳。


理性と暴力。


支配と破壊。


相反する二つが、並び立つ。


それは、新しい時代の象徴。


人間の時代は、終わった。


これからは――


覚醒体の時代。


そして、その時代の頂点に立つ、二人の王。


彼らが、世界を変える。


人類を、終わらせる。


そして――


新しい何かを、始める。



遠く、北の空。


そこには、まだ人間がいる。


抵抗している。


生き延びようとしている。


だが――


もう、時間の問題だ。


二人の王が、向かっている。


数万の群れを率いて。


人類最後の砦も、やがて陥落する。


それは、避けられない運命。


だが――


京と刃は、知らない。


その先に、何が待っているのかを。


新しい時代が、どうなるのかを。


ただ、進むだけ。


本能に従って。


運命に導かれて。



沈黙の契約。


それは、言葉ではなく。


誓いでもなく。


ただ、理解だけで結ばれた。


互いを認め合う、理解。


これが、新しい種族の流儀。


人間のような、複雑な契約はいらない。


ただ、意思だけで。


心だけで。


十分だ。


二人の王は、歩き続ける。


並んで。


同じ速度で。


同じ方向へ。


その姿は――


まるで、友のように見えた。



(了)

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