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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
ゾンビサイド第3部「蠢動《しゅんどう》」

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第39話「紅の鬼神」

横浜。


かつての都市は、今や廃墟と化していた。


みなとみらいの高層ビル群は、半壊している。


ガラスは全て割れ、鉄骨が剥き出しになっている。


風が吹けば、ビルが軋む音がする。


今にも崩れそうな、不安定な音。


ランドマークタワーは、中腹から折れ曲がっていた。


今や、巨大な墓標でしかない。


赤レンガ倉庫は、炎に焼かれて黒く変色している。


中華街は、完全に崩壊していた。


色鮮やかだった門は、倒れている。


店の看板は、地面に転がっている。


もう誰も、ここで食事をすることはない。


港には、無数の船が放置されている。


タンカー、貨物船、漁船、ヨット。


錆び、朽ち、沈みかけている。


海面には、油が浮いている。


虹色に光る、死の海。


街には、ゾンビが溢れていた。


数万。


いや、数十万。


東京から流れてきた群れが、この街に集結していた。


彼らは、何かを待っている。


命令を。


導きを。


そして、その群れの中心に――


神谷刃が、立っていた。



刃の周囲には、数千のゾンビが従っている。


彼らは、刃を王として認めていた。


本能で。


理屈ではなく。


ただ、感じるのだ。


この個体は、自分たちとは違う。


より強く。


より速く。


より進化した存在だと。


刃は横浜港を見渡す。


灰色の海。


曇り空。


そして――


遠くに見える、黒い影。



それは、航空機だった。


自衛隊のF-15戦闘機。


六機編隊。


最後の空軍力。


彼らは、横浜を爆撃するために飛んできた。


ゾンビの群れを、一掃するために。


人類最後の、空からの反撃。


コックピット内。


パイロットの名は、佐々ささき


三十代半ば。


ベテランのパイロットだ。


彼は、これまで何度も出撃してきた。


東京で。


大阪で。


名古屋で。


だが、どこも失敗に終わった。


ゾンビは、爆撃では止められなかった。


数が多すぎる。


そして、すぐに再生する。


それでも、やるしかない。


これが、最後の希望だから。


佐々木の手が、スイッチに触れる。


「目標、確認」


無線に声が流れる。


冷静な声。


だが、その奥に緊張がある。


「横浜港、ゾンビ群集結地点。推定数、十万」


「了解。爆撃開始」


佐々木の指が、ボタンを押す。


機体が、わずかに揺れる。


爆弾が、切り離される。


重量五百キロの爆弾。


それが、二十四発。


六機が、一斉に投下する。


空から、死が降ってくる。


佐々木は祈った。


これで、終わってくれ、と。


この悪夢が、終わってくれ、と。



刃は空を見上げた。


群れが、ざわめく。


本能が、危険を感じ取っている。


だが、逃げられない。


爆弾の速度は、音速に近い。


人間でも、ゾンビでも、避けることはできない。


パイロットたちは確信していた。


これで、終わる、と。


横浜の群れは、壊滅する、と。


だが――



刃の瞳が、光った。


鈍い赤から、鮮やかな紅へ。


まるで、炎のように。


いや――それ以上に、熱く。


刃の体が、熱を持ち始める。


皮膚が、赤く染まる。


血管が、浮き上がる。


血液が、沸騰する。


まるで、体内に溶岩が流れているかのように。


筋肉が、膨張する。


ミシミシと音を立てて。


服が裂ける。


骨が、軋む。


全身の骨格が、再構築されていく。


痛い。


だが、刃は耐える。


歯を食いしばり、拳を握りしめる。


全身の細胞が、覚醒していく。


一つ一つが、活性化していく。


これは、進化だ。


新しい段階への、到達。


刃の周囲の空気が、歪む。


熱で。


いや、それだけではない。


何か別の力。


目には見えない、エネルギー。


それが、刃の体から溢れ出している。


刃の口から、声が漏れた。


「……来るな」


低く、掠れた声。


だが、その声には力があった。


拒絶の力。


空そのものを、拒む力。


そして――


刃が、地面を蹴った。



爆発的な加速。


コンクリートが砕け、クレーターができる。


刃の体が、垂直に跳躍する。


十メートル。


二十メートル。


三十メートル。


人間では、ありえない高さ。


だが、刃は跳んだ。


空中で、刃は腕を振るう。


何も持っていない。


武器はない。


ただ、腕を。


右腕を、水平に。


その瞬間――


刃の体内で、何かが弾けた。


細胞が。


いや、それ以上に深い何かが。


エネルギーが、腕に集中する。


見えない力が、凝縮される。


刃の腕が、光る。


いや、光っているように見える。


紅い、薄い光。


そして――


空間が、裂けた。



ヒュンッ。


鋭い音。


それは、空気が切り裂かれる音。


いや――空気だけではない。


空間そのものが、切断されている。


刃の腕の軌跡に沿って、空間に亀裂が走る。


目には見えない。


だが、確かに存在する。


空間の裂け目。


それは、刃の意思に従って伸びていく。


十メートル。


二十メートル。


三十メートル。


見えない刃が、落下してくる爆弾に向かう。


まるで、透明な剣のように。


だが、その切れ味は――


絶対だ。


パイロットが、目を見開く。


「何だ、あれは……!」


佐々木の声が、震えている。


計器に、異常な反応。


レーダーが、狂ったように点滅している。


何かが、爆弾に接触した。


だが、何も見えない。


ミサイルでもない。


対空砲火でもない。


ただ――


空間が、歪んでいる。


そして――


爆弾が、真っ二つに切断された。



ズバァッ!


金属が裂ける音。


五百キロの爆弾が、空中で両断される。


まるで、巨大な刃物で切られたかのように。


だが、何も見えない。


ただ、切断面だけが、鋭く光っている。


その切断面は、完璧だ。


一ミリの狂いもなく、真っ直ぐ。


機械で切ったよりも、正確に。


佐々木は理解できない。


(何が起きた……?)


爆弾が、勝手に切れた?


そんなことが、ありえるのか?


切られた爆弾が、地面に落ちる。


ドスン、ドスン。


爆発はしない。


信管が、切断されているから。


完璧に。


まるで、それを狙ったかのように。


佐々木が叫ぶ。


「馬鹿な……!」


汗が、額から滴る。


手が、震えている。


これは、現実なのか?


それとも、悪夢なのか?


だが、それは始まりに過ぎなかった。



刃が、もう一度腕を振るう。


ヒュンッ。


また空間が裂ける。


二発目の爆弾が、切断される。


三発目。


四発目。


五発目。


刃は止まらない。


腕を振るい続ける。


その度に、空間が裂ける。


その度に、爆弾が切断される。


まるで、見えない刃で空を切っているかのように。


パイロットたちは、言葉を失った。


これは、悪夢だ。


現実ではありえない。


だが、目の前で起きている。



二十四発の爆弾。


全てが、切断された。


地面に転がる、金属の塊。


もう、爆発することはない。


刃は地面に着地する。


ドンッ。


コンクリートが砕ける。


刃は立ち上がり、空を見上げた。


その瞳は、さらに強く光っている。


紅く。


鮮烈に。


まるで、太陽のように。



パイロットが無線で叫ぶ。


「本部! 爆撃失敗! 目標、健在! いや、目標は……」


言葉が続かない。


何と報告すればいいのか。


化け物?


悪魔?


それとも――


「全機、退避! 繰り返す、全機退避!」


司令部からの命令。


戦闘機が、一斉に旋回する。


逃げるために。


だが――


刃が、腕を振り上げた。



ヒュンッ。


空間が裂ける。


その裂け目が、空へ向かって伸びる。


百メートル。


二百メートル。


三百メートル。


刃の意思が、空間を切り裂く。


目には見えない刃が、戦闘機を襲う。


「回避! 回避――」


佐々木が操縦桿を倒す。


だが、遅い。


見えない刃は、既に到達していた。


戦闘機の左翼に。


そして――


ズバァッ!


金属が裂ける音。


佐々木の叫びが、途切れる。


戦闘機が、真っ二つに切断された。


翼が、胴体が、コックピットが。


全てが、綺麗に両断されている。


まるで、精密機械で切ったかのように。


佐々木は、最期に見た。


自分の機体が、二つに分かれていくのを。


そして――


爆発。


炎が、空を染める。


オレンジ色の、巨大な花火。


一機。


二機。


三機。


次々と、戦闘機が落ちていく。


全て、同じように切断されて。


全て、同じように燃えて。


パイロットたちの悲鳴が、無線に響く。


そして、途切れる。


死の、沈黙。



残った三機が、必死で逃げる。


だが、刃は追わない。


ただ、空を見上げている。


その瞳の光が、次第に弱くなる。


紅から、鈍い赤へ。


刃の体が、よろめく。


膝をつく。


呼吸が、荒い。


(……何だ、今の……)


刃は自分の手を見る。


震えている。


何をしたのか。


どうやったのか。


わからない。


ただ、体が勝手に動いた。


本能が、導いた。


そして――


力が、溢れ出た。



刃の周囲に、群れが集まってくる。


彼らは、刃を見ている。


畏怖の目で。


崇拝の目で。


刃は、ただの王ではない。


神だ。


空を切り裂く、神。


死を拒絶する、神。


群れが、一斉に唸り声を上げる。


ウォオオオオ……


それは、咆哮ではない。


賛美だ。


刃という存在への、賛美。



刃は立ち上がる。


まだ、体は重い。


だが、動ける。


進める。


刃は北を向いた。


まだ、人間がいる。


まだ、終わっていない。


群れに、命じる。


言葉ではなく。


意思で。


群れが動き出す。


数千、数万のゾンビが、一斉に北へ進む。


その先頭に、刃が立つ。


紅い瞳の、鬼神が。



横浜港。


切断された爆弾が、転がっている。


戦闘機の残骸が、燃えている。


人間の最後の反撃は、無に帰した。


もう、何も止められない。


刃の進軍を。


群れの侵攻を。


新しい時代の、到来を。


空は、灰色のまま。


だが、その空に――


一筋の紅い光が、残っていた。


刃の瞳の光。


それが、消えることはない。



自衛隊司令部。


地下深くの指揮所。


コンクリートの壁。


冷たい空気。


緊張に満ちた、空間。


モニターには、横浜の映像が映っている。


衛星からの、リアルタイム映像。


将校たちは、言葉を失っていた。


全員が、画面を見つめている。


誰も、動かない。


誰も、声を出さない。


ただ、見ているだけ。


信じられない光景を。


「……何だ、あれは」


誰かが呟く。


若い将校だ。


声が、震えている。


「化け物だ」


別の誰かが答える。


年配の将校。


彼の顔は、蒼白だ。


「いや……神だ」


また別の声。


その声には、恐怖があった。


畏怖が。


司令官が立ち上がる。


白髪の老人。


階級は大将。


名を、山崎やまざきという。


彼は、この国の最後の軍事指導者だ。


山崎は、画面を見つめる。


そこには、刃が映っている。


紅い瞳の、化け物が。


山崎は、長い軍歴の中で多くのものを見てきた。


戦争。


災害。


テロ。


だが、こんなものは初めてだ。


人間を超えた、何か。


「全軍に告ぐ」


山崎の声は、震えていた。


だが、それでも命令を下す。


それが、彼の責任だから。


「横浜の個体を、最優先排除目標とする。コードネームは……」


彼は、モニターを見た。


紅い瞳が、こちらを見ているような錯覚。


まるで、画面を通して睨まれているような。


山崎は、言葉を選ぶ。


この化け物を、何と呼ぶべきか。


そして――


「……Z-02。紅の鬼神」


その言葉が、記録される。


人類史上、最も恐るべき敵の名として。


部屋に、沈黙が戻る。


重い、絶望的な沈黙。


山崎は座り込む。


もう、立っている力もない。


(……終わりだ)


彼は悟っていた。


人類は、もう勝てない。


この化け物には。



刃は、知らない。


自分がそう呼ばれていることを。


自分が、人類の悪夢となったことを。


ただ、進むだけ。


本能に従って。


そして――


遠く、東京の彼方から。


もう一つの波が、近づいていた。


金色の瞳を持つ、別の王が。


二つの王が、出会う日。


それは、もうすぐだ。



(了)

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