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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第2部「裂け目」

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第27話「交錯」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。

 炎が、まだ燃えていた。


 浄水場の跡地。黒煙が立ち上り、瓦礫が散乱している。爆発の痕跡。ゾンビの死体が、焼け焦げて転がっている。焦げた肉の匂いが、風に乗って漂ってくる。吐き気がする。


 神谷刃は、生存者たちを連れて歩いていた。五人。老人、母親と子供、中年女性、そして——噛まれた若い女性。


 刃は、左腕を押さえていた。シャツで隠している。傷がある。浅い傷。いつ負ったのか、正確には覚えていない。戦闘中か。それとも——


 熱い。腕が、熱い。まるで火傷したかのように。ズキズキと脈打つ。


 刃は、歯を食いしばった。大丈夫だ。ただの傷だ。感染じゃない。そう信じたい。


 でも、体が重い。足が鉛のように重い。頭がぼんやりする。視界が、時々揺れる。二重に見える。


 老人が、刃を見た。心配そうな顔で。


「大丈夫か? 顔色が悪いぞ。熱があるんじゃないか」


「大丈夫だ。疲れてるだけだ」


 刃が答える。声が、かすれている。喉が渇いている。唾を飲み込もうとするが、口の中がカラカラだ。


 老人は、何か言いかけたが、黙った。


-----


 避難ビルが、見えてきた。


 五階建て。窓が割れている。壁に亀裂が走っている。でも、構造は頑丈だ。まだ立っている。フェンスに囲まれている。


 刃は、フェンスの門を開けた。錆びた金属が軋む。ギィ、という音。中に入る。生存者たちが続く。


 ビルの入り口。ドアが開いている。中は暗い。埃の匂い。カビの匂い。でも、ゾンビの気配はない。血の匂いもない。


「ここで休む」


 刃が言う。声が震えている。自分でもわかる。


 生存者たちが、一階のロビーに入る。床に座り込む。誰もが、もう限界だ。


 母親が、子供を膝に乗せる。子供は、ぐったりしている。疲れ切っている。小さな胸が、上下している。まだ、生きている。


 若い女性は、壁にもたれて座っている。顔は青白く、唇の色が悪い。首の傷から血が滲んでいる。もう、時間がない。彼女も、わかっている。


 刃は、窓から外を見た。


 夕日が、街を照らしている。赤い光。血のような光。崩れたビルのシルエット。動かない車。死体。


 刃の頭に、声が響いた。


 ——お前も、感染している。


 女性の声。誰の声——


 刃は、頭を振った。


 幻聴だ。疲れてるだけだ。そうだ、疲れているだけ。


 でも、声はまた響く。


 ——もうすぐ、お前もゾンビになる。


 刃は、拳を握りしめた。爪が掌に食い込む。痛い。これは現実だ。幻じゃない。


-----


 夜になった。


 刃は、ロビーの隅に座っていた。壁に背中をつけ、刀を膝の上に置いている。


 生存者たちは、眠っている。老人のいびき。中年女性の寝息。若い女性のうめき声。苦しそうな声。


 でも——


 母親と子供がいない。


 刃は、立ち上がった。頭がくらくらする。壁に手をついて、体を支える。


 周りを見渡す。いない。どこへ行った。


 刃は、老人を起こした。肩を揺する。


「母親と子供は?」


 老人が、目を覚ます。まぶたが重そうだ。


「え……? さっきまで、ここにいたが……トイレか何かじゃないのか」


「探す」


 刃は、ビルの中を探し始めた。


 廊下を歩く。暗い。懐中電灯を使う。光が、壁を照らす。落書き。血痕。


 階段を上がる。足音が響く。自分の足音なのに、まるで誰かがついてきているような錯覚。


 二階。誰もいない。


 三階。空っぽだ。


 呼びかける。


「どこだ! 返事をしろ! 無事か!」


 でも、返事はない。風の音だけが聞こえる。


 刃の頭に、また声が響く。


 ——もう、遅い。


 ——彼女たちは、死んだ。


 ——お前のせいで。


 刃は、頭を振った。壁を殴る。ガン、という音。拳が痛い。


 四階に上がる。息が上がっている。汗が額を伝う。


 廊下の奥——


 扉が、開いている。わずかに。


 刃は、その部屋に入った。


 懐中電灯の光が、部屋の中を照らす。


 そして——


 息を呑んだ。


-----


 部屋の中。


 母親と子供が、床に座っていた。


 でも、動かない。背中を壁につけて、座っている。


 刃は、近づいた。足音が、床に響く。


 母親の首に、噛まれた痕がある。新しい傷。血が流れている。シャツが赤く染まっている。


 子供も、腕に噛まれた痕がある。小さな腕。そこに、大きな歯形。


 窓が開いている。ゾンビが、侵入したのか。それとも——彼女たちが、自ら窓を開けたのか。


 刃は、二人を見つめた。


 まだ、生きている。呼吸している。胸が、わずかに上下している。でも——


 もう、助からない。


 母親が、目を開けた。刃を見る。虚ろな目。でも、まだ意識がある。


「神谷さん……」


 弱々しい声。かすれた声。


「すまない……子供を……守れなかった……」


 涙が、頬を伝う。透明な涙。


「私……窓を……開けてしまって……ゾンビが……入ってきて……」


 母親が、子供を見る。愛おしそうに。


「この子……まだ……生きたかったのに……」


 刃は、何も言えなかった。喉が詰まる。言葉が出てこない。


 母親が、小さく笑った。悲しい笑顔。


「お願い……私たちが……ゾンビになる前に……」


 母親が、手を伸ばす。刃の手を握る。冷たい手。


「お願い……します……」


 刃は、刀の柄を握った。


 震える手で。涙が、目に浮かぶ。でも、流さない。


-----


 同じ頃。


 港町。


 藤原京とユイは、倒壊した橋の下を歩いていた。


 橋桁が折れ、コンクリートが崩れている。鉄筋が剥き出しになっている。瓦礫が散乱している。ガラスの破片が、月明かりで光っている。


 その中に——


 死体があった。


 中年男性。作業服を着ている。顔は血まみれ。目は開いたまま。動かない。もう、冷たくなっている。


 京は、その前で立ち止まった。


 ユイが、京の手を握る。小さな手。温かい手。


「お兄さん……?」


 京は、死体の前に膝をついた。瓦礫が膝に当たる。でも、気にしない。


 手を合わせる。


 祈る。


 目を閉じる。


 人間として、死者を弔う。この人にも、家族がいた。友人がいた。人生があった。それを、敬う。


 ユイも、京の隣で手を合わせた。


「安らかに……天国で……」


 ユイが、小さく呟く。澄んだ声。


 風が吹く。髪が揺れる。二人の祈りを、風が運んでいく。


 その時——


 足音が聞こえた。


 複数の足音。ザッザッザ。規則的な足音。訓練された足音。


 京は、顔を上げた。


 兵士たちだ。


 五人。迷彩服を着て、銃を構えている。ヘルメットを被り、防護マスクをつけている。ブーツが地面を踏む音。金属の音。


 その中の一人——


 女性兵士。細身。でも、銃の構え方が正確だ。


 藤宮澪だった。


-----


 澪は、京を見た。


 血まみれの男。ボロボロの服。汚れた顔。虚ろな目——


 いや、虚ろじゃない。


 金色の瞳。


 澪は、息を呑んだ。心臓が、跳ねる。


 その瞳に、見覚えがあった。


 でも、誰——


 どこかで、見たことがある。この色。この光。


 隊長が、銃を構えた。四十代の男性。傷だらけの顔。


「感染体だ! 撃て!」


 他の兵士たちも、銃を構える。照準を合わせる。赤いレーザーサイトが、京の胸を照らす。


 京に、照準を合わせる。


 京は、ユイを背中に隠した。体で庇う。


 澪は、銃を構えた。


 でも——


 引き金に、指がかからない。震えている。


 この男——


 何か、違う。


 ただのゾンビじゃない。


 祈っていた。死者に。


 ゾンビが、そんなことをするか?


 隊長が、発砲しようとした——


 その瞬間——


 うめき声が響いた。


「グアアアア!」


 ゾンビの群れだ。


 橋の向こうから、数十体のゾンビが現れた。走ってくる。速い。


 兵士たちに向かって、殺到する。


 隊長が、叫んだ。


「ゾンビだ! 迎撃しろ! 陣形を組め!」


 兵士たちが、ゾンビに向かって発砲する。


 パンパンパン。


 銃声が響く。火花が散る。薬莢が地面に落ちる。カラカラという音。


 ゾンビが倒れる。でも、止まらない。次から次へと来る。


 澪は、ユイを見た。


 少女が、怯えている。京の背中に隠れている。小さな体を震わせている。


 澪は、走った。


 ユイに向かって。


「こっちへ! 早く!」


 澪が叫ぶ。


 京は、澪を見た。


 金色の瞳が、澪を見つめる。


 澪は、その瞳に——


 何かを感じた。


 懐かしさ。温かさ。でも、それが何なのか、わからない。


 ユイが、澪に駆け寄った。


「助けて! お姉さん!」


 澪は、ユイを抱きしめた。小さな体。温かい体。


「大丈夫! 守るから!」


 京は、ゾンビの群れに向かって走り出した。


 ゾンビを迎え撃つ。兵士たちを守るために。ユイを守るために。



 一体目のゾンビが飛びかかる。京は、体を低くする。



 首を掴み、捻る。


 結果——


 ゴキン。骨が砕ける音。



 ゾンビが倒れる。動かなくなる。



 二体目が襲いかかる。京は、腕を引く。


 腕を引き千切る。


 結果——


 ズブリ。肉が裂ける音。血が飛び散る。


 ゾンビが、腕を失って倒れる。



 三体目。京は、拳を握る。


 頭を殴る。


 結果——


 ガン。頭蓋骨が砕ける。脳漿が飛び散る。



 ゾンビが、崩れ落ちる。


 京の動きは、速い。正確だ。理性を保ったまま、戦っている。


 澪は、その姿を見つめた。銃を構えたまま。


 これは——


 人間じゃない。


 でも、ゾンビでもない。


 何——


-----


 その時、遠くで爆発音が響いた。


 ドォン。


 地面が揺れる。


 避難ビルの方角だ。北東。


 京は、その音を聞いた。


 そして——


 その方向を見る。


 何かが、呼んでいる。


 京は、その方向へ走り出した。


 ユイを残して。澪を残して。


 澪は、京の背中を見送った。


 金色の瞳の男。血まみれの男。でも——


 優しい目をしていた。


 誰——


 隊長が、澪に声をかけた。


「藤宮! その子供を連れて撤退するぞ! ゾンビが多すぎる!」


 澪は、ユイを抱えたまま走り出した。兵士たちと共に。


-----


 避難ビル。


 神谷刃は、四階から一階に降りてきた。


 階段を、ゆっくりと降りる。足が重い。


 手には、血がついている。まだ、温かい血。


 母親と子供を——


 斬った。


 約束を果たした。


 でも——


 刃の心は、空っぽだった。


 もう、何も感じない。


 ただ、歩く。


 ロビーに戻る。


 老人が、刃を見た。その顔を見て、すべてを悟る。


「神谷……お前……」


 刃は、何も答えなかった。言葉が出てこない。


 窓の外を見る。


 そして——


 何かが、走ってくるのが見えた。


 人影。


 いや、ゾンビか——


 でも、動きが違う。速すぎる。


 刃は、刀を構えた。血がついたまま。


 その人影が、近づいてくる。


 月明かりの下、その姿がはっきり見える。


 血まみれで、服がボロボロで——


 でも、動きが違う。


 速い。正確だ。


 そして——


 金色の瞳。


 刃は、息を呑んだ。


 これは——


 人間か? ゾンビか?


-----


 藤原京は、避難ビルに到達した。


 中を覗く。割れた窓から。


 人間がいる。


 生存者だ。疲れ切った人々。


 その中に——


 刀を持った男がいた。


 血まみれの刀。疲れ切った顔。でも、目は鋭い。


 その男と、目が合った。


 刃は、京を見た。


 京は、刃を見た。


 二人の視線が、交差した。


 人間と——


 ゾンビでも人間でもない、何か。


 互いに、何かを感じる。


 同じ匂い。血の匂い。戦いの匂い。


 その瞬間——


 遠くから、また足音が聞こえた。


 兵士たちだ。


 澪が、ユイを抱えて走ってくる。他の兵士たちと共に。


 三人が——


 刃と、京と、澪が——


 同じ場所に、集まった。


 視界の中で、交錯した。


 刃は、刀を握りしめる。この金色の瞳の男は、何者だ。


 京は、金色の瞳で見つめる。この刀を持った男は、強い。


 澪は、銃を構える。そして、二人を見る。刀の男と、金色の瞳の男。


 誰も、動かない。


 ただ、見つめ合う。


 時間が、止まったようだ。


 そして——


 物語は、新たな段階へ突入する。


 三人の運命が、ついに交わった。


 それぞれの道が、一つになる。


 これから、何が起きるのか——


 誰にも、わからない。


-----


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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