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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第2部「裂け目」

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第26話「浄水場防衛戦」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。

 浄水場のフェンスが、目の前にあった。


 高さ三メートルほどの金属製フェンス。有刺鉄線が上部に張り巡らされている。錆びているが、まだ頑丈だ。門は閉まっている。鍵がかかっている。


 神谷刃は、フェンスに近づいた。生存者たちが、その後ろに続く。八人。トンネルで一人失った。今は、八人だけだ。


 刃は、門の鍵を調べた。南京錠。古い錠。刃は、刀の柄で叩いた。ガン、ガン。金属音が響く。三回目で、錠が砕けた。


 門を開ける。ギィ、と錆びた音。


「入れ。中は安全だ」


 刃が言う。生存者たちが、フェンスの中に入る。


 刃は、最後に入り、門を閉めた。鎖で縛る。即席の鍵だ。でも、ないよりはマシだ。


 浄水場の敷地内。広い。建物がいくつか並んでいる。管理棟、ポンプ室、バルブ室。すべてコンクリート造り。窓は小さく、ドアは鉄製。要塞のようだ。


 刃は、管理棟に向かった。ドアを開ける。中は暗い。でも、ゾンビの気配はない。


「ここで休む。交代で見張りを立てる」


 刃が言う。生存者たちが、建物に入る。


-----


 管理棟の中。


 床にマットを敷き、生存者たちが座り込む。誰もが、疲れ切っている。


 母親が、子供を膝に乗せている。子供は眠っている。母親の腕の中で、安心しきって。


 老人が、壁にもたれて座っている。目を閉じている。でも、眠っていない。息が荒い。


 中年女性が、窓の外を見ている。不安そうな顔。何かを探している。でも、何も見えない。


 若い女性が、カバンの中を漁っている。缶詰を取り出す。一つだけ。それを、子供に渡す。「食べて」。優しい声。


 そして——


 作業服の男性——篠原が、壁にもたれて座っている。


 肩を押さえている。血が染み出している。シャツが赤黒く変色している。顔は青白く、額に汗が浮かんでいる。呼吸が荒い。ハァ、ハァ。


 刃は、篠原に近づいた。


「大丈夫か?」


 篠原が、顔を上げる。目が充血している。


「痛い……熱い……体が……おかしい……」


 篠原の声が、震えている。


 刃は、篠原の額に手を当てた。


 熱い。異常に熱い。


 感染だ。


 刃の心が、沈む。


-----


 他の生存者たちも、篠原を見ている。


 中年女性が、後ずさりした。


「また、か……また感染者……」


 若い女性も、不安そうに言う。


「どうするんですか……?」


 老人が、前に出た。


「この人を、どうする気だ、神谷」


 刃は、深く息を吸った。


「隔離する。別の部屋に移す」


「また同じことを言うのか!」


 中年女性が叫ぶ。


「あんた、学ばないのか! トンネルで何があった! この人のせいで、一人死んだんだぞ!」


「違う。ゾンビのせいだ」


 刃が言い返す。


「同じだ! 感染者はゾンビになる! 殺すべきだ!」


 中年女性が、ナイフを取り出した。震える手で、握りしめる。


「やめろ」


 刃が、刀の柄に手をかける。


「どけ! こいつを殺さないと、俺たちが死ぬ!」


「どかない」


 刃の目が、鋭く光る。


 老人が、二人の間に入った。


「やめろ。争ってる場合か」


 老人が、刃を見る。


「神谷、お前の気持ちはわかる。でも、現実を見ろ。この人は、もう助からん」


「わからない。まだ、発症していない」


「時間の問題だ」


 老人が、静かに言う。


「それでも、俺は殺さない」


 刃が言い切る。


 篠原が、小さく笑った。苦しそうに。


「いいよ……殺してくれ……俺も……怖いんだ……ゾンビになるのが……」


 篠原の声が、震える。涙が頬を伝う。


「お願いだ……神谷さん……俺が……人間のうちに……」


 刃は、答えられなかった。


-----


 刃は、篠原を別の部屋に移した。


 小さな部屋。窓がない部屋。ドアに鍵がかかる部屋。


 篠原を床に座らせ、水と缶詰を置いた。


「すまない……迷惑かけて……」


 篠原が言う。


「いい。休め」


 刃が答える。


「神谷さん……もし……俺が……ゾンビになったら……」


「わかってる。その時は、俺が斬る」


 刃が、静かに言う。


 篠原が、頷いた。


「ありがとう……」


 刃は、部屋を出た。ドアを閉め、鍵をかける。


 廊下に立ち、深く息を吐く。


 また、か。


 また、同じことを——


-----


 夜が、訪れた。


 浄水場の敷地内は、静かだった。月明かりが、建物を照らしている。風が吹き、木々が揺れる。


 刃は、管理棟の窓から外を見ていた。


 フェンスの向こう——


 何かが、動いている。


 影。複数の影。


 ゾンビだ。


 一体、二体、三体——


 いや、もっとだ。十体、二十体——


 数えきれない。


 ゾンビの群れが、フェンスに向かって歩いてくる。


 刃の背筋に、冷たいものが走った。


「来た……」


 刃が呟く。


 老人が、刃の隣に来た。


「数が……多い……」


 老人の声が、震える。


 ゾンビたちが、フェンスに到達した。


 そして、フェンスを押し始めた。


 ガシャン、ガシャン。金属が軋む音。


 一体、また一体。ゾンビがフェンスに手をかけ、押す。力を込めて、押す。


 フェンスが、揺れる。ミシミシと音を立てる。


 刃は、刀を握りしめた。


「みんな、起きろ! ゾンビだ!」


 刃が叫ぶ。


-----


 生存者たちが、目を覚ました。窓から外を見る。


 そして、絶望する。


 フェンスの向こうに、無数のゾンビ。百体以上。いや、もっとかもしれない。


 月明かりの下、その姿がはっきり見える。血まみれで、服がボロボロで、目が虚ろで——


「終わりだ……」


 誰かが呟く。


「こんなに……こんなに来るなんて……」


 母親が、子供を抱きしめる。子供が泣き出す。


 フェンスが、さらに揺れる。ミシミシ、ギシギシ。金属が悲鳴を上げている。


 もう、持たない。


 その時——


 建物の中から、音が聞こえた。


 ドンドンドン。


 ドアを叩く音。


 篠原を隔離した部屋だ。


 刃は、そちらを見た。


「まさか……」


 刃が走る。廊下を駆け抜ける。


 部屋の前に立つ。


 ドアの向こうから、うめき声が聞こえる。


「グルルル……アアアア……」


 人間の声じゃない。


 ゾンビの声だ。


 刃は、鍵を開けた。ドアを開ける。


 部屋の中——


 篠原が立っていた。


 いや、篠原だったものが。


 顔は血まみれで、目は虚ろ。口からは唾液が垂れている。


 ゾンビだ。


 完全に、ゾンビになっていた。


 篠原ゾンビが、刃に向かって飛びかかる。


 刃は、刀を抜いた。


 シャキン。


 そして、振るった。


 一閃。


 篠原の首が飛ぶ。血が噴き出す。体が崩れ落ちる。


 すべてが、終わった。


 刃は、刀を下ろした。


 また、殺した。


 また、仲間を——


 その時、後ろから悲鳴が聞こえた。


「いやあああ!」


 若い女性の声。


 刃は、振り返った。


-----


 管理棟の廊下。


 若い女性が、床に倒れている。


 その上に、ゾンビが覆いかぶさっている。


 どこから入った——


 窓だ。窓が割れている。ゾンビが、窓から侵入していた。


 刃は、走った。


 ゾンビに斬りかかる。刀が、ゾンビの背中を切り裂く。ゾンビが倒れる。


 でも、遅かった。


 若い女性の首に、噛まれた痕がある。血が流れている。


「いやだ……いやだ……」


 女性が、震える声で言う。


 刃は、女性を抱き起こした。


「大丈夫だ……大丈夫……」


 嘘だ。大丈夫じゃない。


 女性は、刃を見た。涙を流しながら。


「殺して……お願い……ゾンビになる前に……」


 刃は、何も言えなかった。


-----


 外では、フェンスがついに破られた。


 ガシャーンという音と共に、フェンスが倒れる。


 ゾンビの群れが、敷地内に侵入してくる。


 管理棟に向かって、歩いてくる。


 刃は、窓から外を見た。


 終わりだ。もう、逃げられない。


 でも——


 刃は、諦めなかった。


「みんな、バルブ室へ逃げろ!」


 刃が叫ぶ。


「バルブ室?」


「あそこは鉄の扉だ! 頑丈だ! そこに籠城する!」


 刃が生存者たちを誘導する。


 老人が、母親と子供を連れて走る。中年女性も走る。


 刃は、若い女性を抱えた。


「行くぞ」


 女性が、小さく頷く。


-----


 バルブ室に到着した。


 鉄製の扉。頑丈な扉。刃は、全員を中に入れた。


 そして、扉を閉める。内側から鍵をかける。


 バルブ室の中。狭い。機械が並び、パイプが走っている。


 生存者たちが、床に座り込む。


 刃は、部屋を見渡した。


 配管。バルブ。そして——


 爆薬?


 いや、違う。ガスボンベだ。


 刃は、それを見た。


 そして——


 決断した。


「ここを爆破する」


 刃が言う。


 老人が、目を見開いた。


「何を言ってるんだ!」


「ゾンビを一掃する。ガスボンベを爆発させれば、ゾンビを吹き飛ばせる」


「俺たちも死ぬぞ!」


「裏口から逃げる。時間を稼ぐ」


 刃が、裏口を指差す。小さな扉。非常口だ。


「やるしかない」


 刃が言い切る。


-----


 刃は、ガスボンベのバルブを開けた。


 シューという音。ガスが漏れ始める。


 そして、ライターを取り出した。


「全員、裏口から出ろ! 走れ!」


 刃が叫ぶ。


 生存者たちが、裏口から飛び出す。老人、母親と子供、中年女性——


 刃は、若い女性を抱えて走る。


 裏口を出る。


 そして——


 ライターに火をつける。


 投げる。


 バルブ室に向かって。


 走る。全力で。


 三秒後——


 ドォォォン。


 爆発。


 炎が噴き出し、衝撃波が襲う。刃たちは吹き飛ばされる。地面に叩きつけられる。


 耳が、キーンと鳴る。何も聞こえない。


 でも、生きている。


 刃は、顔を上げた。


 バルブ室が、燃えている。炎が立ち上り、煙が広がる。


 そして——


 ゾンビたちが、炎に包まれている。倒れている。動かない。


 一掃できた。


 刃は、深く息を吐いた。


-----


 生存者を数えた。


 五人。


 老人、母親と子供、中年女性、そして——


 若い女性。


 女性は、まだ生きている。でも、噛まれている。時間の問題だ。


 刃は、自分の腕を見た。


 傷がある。浅い傷。いつついたのか、わからない。戦闘中か。


 血が滲んでいる。


 刃は、傷を見つめた。


 これは——


-----


 同じ頃。


 海辺の港町。


 藤原京は、ユイを連れて歩いていた。


 覚醒後の体に、まだ慣れていない。力が強すぎる。物を掴むと、壊れる。歩くと、地面に足跡が残る。


 でも、少しずつ、制御できるようになってきた。


 ユイが、京の手を握っている。小さな手。温かい手。


「お兄さん、すごいね。強いね」


 ユイが言う。


 京は、頷いた。


「ユイを……守る……」


 その時——


 前方から、ゾンビが現れた。


 一体。中年女性のゾンビ。血まみれで、服がボロボロ。


 ユイが、京の後ろに隠れた。


 京は、前に出た。


 ゾンビが、襲いかかってくる。


 京は——


 理性を保ったまま、ゾンビの首を掴んだ。


 そして、捻った。


 ゴキン、という音。首の骨が砕ける。


 ゾンビが、動かなくなる。倒れる。


 京は、それを見下ろした。


 理性を保ったまま、ゾンビを倒した。


 殺さずに、守った。


 人を守る力。


 それが、自分にはある。


 京は、ユイを見た。


「大丈夫……もう……安全……」


 ユイが、笑った。


「ありがとう、お兄さん」


-----


 その頃。


 日本沿岸。


 輸送機が、爆撃を受けていた。


 ドォン、ドォン。爆発音。機体が揺れる。


 藤宮澪は、座席にしがみついていた。


「緊急着陸! 全員、準備しろ!」


 パイロットの声。


 機体が、急降下する。


 澪の心臓が、激しく鼓動する。


 そして——


 ドスン。


 着陸。いや、墜落に近い。


 機体が地面を滑る。ガガガガ。金属が軋む音。


 やがて、止まった。


 澪は、シートベルトを外した。


 外に出る。


 周りを見る。


 兵士たちは、散り散りになっている。誰もいない。


 澪は、一人だった。


 銃を握りしめ、歩き出す。


-----


 三人の運命が、近づいている。


 刃は、傷を抱えて。


 京は、力を得て。


 澪は、一人で。


 それぞれが、同じ方向へ——


-----


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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