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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第2部「裂け目」

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第24話「黎明の兆し」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。

 朝日が、廃ビルを照らしていた。


 神谷刃は、生存者たちの前に立っていた。九人。昨夜、一人を失った。今は、九人だけだ。母親と子供、老人、作業服の男性、中年女性、若い女性、そして他の男性数名。みんな、疲れ切った顔をしている。


 刃は、地図を広げた。紙の地図。破れかけている。


「ここから北東に、浄水場がある。そこに防災倉庫がある。食料と水が備蓄されているはずだ」


 刃が指を指す。生存者たちが、地図を覗き込む。


「本当にあるのか?」


 作業服の男性が尋ねる。疑念が声に滲んでいる。昨夜の対立が、まだ尾を引いている。


「ある。俺も、以前見たことがある」


 刃が答える。


「でも、そこまで、どうやって? ゾンビだらけだろ」


 中年女性が不安そうに言う。


「裏ルートを使う。旧工場地帯を抜けて、トンネルを通る。人通りが少ない道だ。ゾンビも少ないはずだ」


 刃が説明する。


 老人が、頷いた。


「わしは、お前を信じる。行こう」


 母親も、子供を抱きしめながら頷く。


「私も……行きます」


 他の生存者たちも、次第に頷き始める。全員ではない。でも、ほとんどが。


 刃は、刀を腰に差した。


「じゃあ、行こう。俺が先頭を行く。何かあったら、すぐに声をかけろ」


-----


 廃ビルを出て、街を歩く。


 朝の東京。崩壊した東京。朝日が、瓦礫を照らす。影が長く伸びている。煙が立ち上り、遠くで炎が燃えている。


 道には、死体が転がっている。ゾンビになったもの、ならなかったもの。みんな、動かない。血が乾き、黒く変色している。


 生存者たちは、それを避けながら歩く。誰も、何も言わない。ただ、黙々と歩く。足音だけが、静かな街に響く。


 遠くで、うめき声が聞こえる。ゾンビだ。でも、遠い。まだ、大丈夫だ。


 刃は、周囲を警戒しながら進む。刀の柄に手をかけたまま。いつでも抜けるように。


-----


 旧工場地帯に入った。


 錆びた工場が並んでいる。窓は割れ、壁は崩れている。放棄されて、何年も経つ。誰も使っていない。草が生え、木が伸びている。


 静かだ。不気味なほど、静かだ。


 刃は、先頭を歩く。一歩一歩、慎重に。足音を立てないように。


 その時——


 建物の中から、音が聞こえた。


 ガタン、という音。


 刃は、手を上げて生存者たちを止めた。


「待て」


 刃が囁く。


 音が、また聞こえる。何かが動いている。


 刃は、建物に近づいた。窓から中を覗く。


 暗い。でも、何かがいる。


 人影。


 動いている。でも、ゾンビの動きじゃない。人間の動きだ。


 刃は、建物に入った。ドアを開け、中に入る。


 薄暗い工場。機械が並び、ベルトコンベアが止まっている。埃が積もり、蜘蛛の巣が張っている。


 奥に、人がいた。


 若い男性。二十代前半。作業着を着ている。床に座り込み、足を抱えている。


 刃が近づく。


「大丈夫か?」


 男性が顔を上げる。顔は青白く、額に汗が浮かんでいる。


「助けて……噛まれた……」


 男性が腕を見せる。左腕に、噛まれた痕がある。血が滲んでいる。まだ、新しい傷だ。


 刃の背筋に、冷たいものが走った。


 また、か——


-----


 刃は、男性を連れて外に出た。


 生存者たちが、男性を見る。そして、噛まれた腕を見る。


 作業服の男性が、後ずさりした。


「おい、また感染者か! 殺せ!」


 昨夜、救えなかった顔が脳裏をよぎる。もう二度と、同じことは繰り返さない。


「待て」


 刃が制止する。


「昨夜と同じだ。また、同じことをするのか!」


「違う。この人は、まだ発症していない。助けられるかもしれない」


「助けられる? どうやって! 昨夜の男はどうなった! ゾンビになっただろ!」


 作業服の男性が叫ぶ。他の生存者たちも、ざわめき始める。


「殺すべきだ」


「いや、隔離だ」


「隔離してどうする。また同じことになる」


 刃は、拳を握りしめた。


 またこれか。


 でも——


 刃は、諦めない。


「俺は、この人を連れて行く。嫌なら、お前たちだけで行け」


 刃が言い切る。


 生存者たちが、黙る。


 老人が、前に出た。


「わしは、お前についていく。この人も助ける」


 母親も、頷く。


「私も……です」


 他の生存者たちも、次第に頷き始める。作業服の男性は、まだ不満そうだが、何も言わなかった。


-----


 刃たちは、噛まれた男性を連れて歩き出した。


 男性は、まだ歩ける。熱も、まだ出ていない。でも、時間の問題だ。


 刃は、男性を支えながら歩く。


「名前は?」


「田中……田中健太です……」


「田中、俺は神谷刃だ。大丈夫、助ける」


「ありがとう……ございます……」


 田中が、小さく笑った。でも、その笑顔は、恐怖で歪んでいる。


-----


 トンネルが、見えてきた。


 古いトンネル。鉄道のトンネル。もう使われていない。線路は錆び、枕木は腐っている。


 刃は、トンネルの入り口に立った。


 暗い。真っ暗だ。中が見えない。


「ここを抜ければ、浄水場だ」


 刃が言う。


 生存者たちが、トンネルを見る。不安そうな顔。


「暗いな……」


「懐中電灯はあるか?」


 刃が尋ねる。


 若い女性が、カバンから懐中電灯を取り出した。


「これ、一つだけ……」


「十分だ。ありがとう」


 刃が受け取り、スイッチを入れる。光が、トンネルの中を照らす。


 刃は、トンネルに入った。一歩、また一歩。慎重に。


 生存者たちが、後ろについてくる。


 トンネルの中は、冷たい。ひんやりとした空気。湿っている。水が滴る音がする。ポタリ、ポタリ。


 懐中電灯の光が、壁を照らす。古いレンガ。苔が生えている。


 刃は、前を見据える。


 その時——


 奥から、音が聞こえた。


 ズシン、ズシン。


 足音。


 でも、一つじゃない。複数だ。


 刃は、立ち止まった。


「待て」


 刃が囁く。


 生存者たちが、止まる。息を殺す。


 懐中電灯の光を、奥に向ける。


 そして——


 刃は、息を呑んだ。


 闇の中に、十数の”眼”が光っていた。


 ゾンビだ。


 十体以上。いや、もっとかもしれない。トンネルの中に、群れがいる。


 刃は、刀を抜いた。


「戻れ!」


 刃が叫ぶ。


 でも、遅かった。


 ゾンビたちが、こちらに向かって走り出した。


-----


 同じ頃。


 海辺。


 藤原京は、朝日の中で目を覚ました。


 少女——ユイが、まだ眠っている。京の肩に頭をもたれかけたまま。穏やかな寝息。


 京は、ユイを起こさないように、ゆっくりと体を動かした。


 海を見る。朝日が、海を照らしている。キラキラと光る。美しい。


 京の心が、温かくなる。


 人間の感覚。美しいと思う感覚。


 戻ってきている。


 ユイが、目を覚ました。


「ん……おはよう、お兄さん」


 ユイが、目をこすりながら言う。


 京は、口を開いた。


「お……は……よう……」


 声が出た。


 言葉が出た。


 ユイが、目を見開いた。


「お兄さん! 喋れたの! すごい!」


 ユイが拍手する。


 京は、また言葉を試す。


「ユイ……おはよう……」


 少しずつ、言葉が戻ってくる。舌が、動くようになってきた。喉が、言葉を形にする。


 ユイが、笑った。


「お兄さん、よかったね! 元気になったんだ!」


 京は、頷いた。


 でも、その時——


 遠くから、声が聞こえた。


「おい、あそこに人がいるぞ!」


 男の声。複数。


 京は、振り返った。


 防波堤の向こうから、三人の男性が近づいてくる。武装している。バットを持ち、ナイフを持ち、銃を持っている。


 生存者だ。人間だ。


 でも——


 その目は、狂っている。血走っている。


「女の子だ! 生きてるぞ!」


 男たちが、走ってくる。


 ユイが、京の後ろに隠れた。


「お兄さん……怖い……」


 京は、立ち上がった。ユイの前に立つ。守る。


 男たちが、近づいてくる。


「おい、そのガキ、よこせ」


 一人の男が言う。四十代くらい。髭が伸び、目が濁っている。


 京は、首を横に振った。


「や……めろ……」


 言葉が出た。


 男が、笑った。


「喋ったぞ、こいつ。でも、ゾンビだな。顔見ろよ。血まみれだ」


 別の男が、銃を構えた。


「ゾンビは殺せ。ガキは連れて行く」


 京の中で、何かが燃え上がった。


 本能。


 でも、それだけじゃない。


 理性も。


 ユイを守る。


 人間を守る。


 京は、叫んだ。


「や……めろ! ユイに……手を出すな!」


 声が、大きくなった。人間の声に、近づいた。


 男たちが、一瞬ひるむ。


 でも、すぐに笑った。


「ゾンビが喋るのか。面白い。でも、死ね」


 男が、引き金を引いた。


 パン、という音。


 銃弾が、京の肩を掠めた。痛い。でも、致命傷じゃない。


 京は、男に向かって走った。本能が、叫んでいる。殺せ。でも、理性が、それを抑える。殺すな。ただ、止めろ。


 京は、男に体当たりした。男が、倒れる。銃が、砂に落ちる。


 他の二人の男が、京に襲いかかる。バットが振り下ろされる。京は、それを避ける。反射が、速い。覚醒の力。


 京は、男の腕を掴んだ。そして、投げ飛ばす。男が、砂浜に転がる。


 三人目の男が、ナイフで襲いかかる。京は、それを掴んだ。ナイフが、手に食い込む。血が流れる。でも、構わない。


 京は、男を押し返した。男が、よろめく。


 三人の男が、立ち上がる。そして、逃げ出した。


「化け物だ! 逃げろ!」


 男たちが、走り去っていく。


 京は、その場に立ち尽くした。


 ユイが、京に駆け寄る。


「お兄さん! 大丈夫!?」


 ユイが、京の手を見る。血が流れている。


「痛くない……の?」


 京は、首を横に振った。


「大丈夫……ユイは……無事か?」


 ユイが、頷いた。涙を浮かべながら。


「ありがとう……お兄さん……」


 京は、ユイを抱きしめた。


 人間を、守った。


 殺さなかった。


 理性が、勝った。


-----


 その頃。


 海外。


 軍の基地。


 藤宮澪は、指揮官の前に立っていた。


「日本に、帰ります」


 澪が言った。


 指揮官が、眉をひそめた。


「日本は、もう終わっている。行っても、死ぬだけだ」


「それでも、行きます。探さなければ……大切な人を……」


 澪の目には、強い意志が宿っている。


 指揮官は、ため息をついた。


「わかった。輸送機を手配する。でも、保証はできない」


「ありがとうございます」


 澪が、頭を下げた。


 窓の外を見る。青い空。白い雲。


 京、待ってて。


 必ず、会いに行く。


-----


 夜明けと共に、三人の運命が動き出した。


 刃は、ゾンビの群れと対峙している。


 京は、ユイを守り、人間性を取り戻している。


 澪は、日本へ向かおうとしている。


 三人の道が、交錯を始める。


 それぞれの、黎明が——今、訪れようとしていた。


-----


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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