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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第1部「黎明《れいめい》」

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第14話「包囲」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。

 空は、再び赤黒く染まっていた。


 夜明けというより、薄暗い黄昏たそがれのような光。太陽は厚い煙にさえぎられ、ぼんやりとした赤い円としてしか見えない。


 灰が、雪のように舞っていた。


 シンシン——という音はしない。ただ、静かに降り積もる。道路に、車に、瓦礫がれきに。全てを白くおおっていく。


 


 焦土の町を、数台のトラックが進んでいた。


 エンジン音だけが、静寂を破っている。


 先頭のトラックを運転しているのは、元消防隊員の男性だった。顔にはすすが付き、目は血走っている。ハンドルを握る手が、わずかに震えていた。


 荷台には、十数人の避難民が乗っていた。


 子供、老人、母親——皆、毛布にくるまり、身を寄せ合っている。


 会話はなかった。


 泣き声すら、出なかった。


 ただ、呼吸音だけが聞こえる。浅く、速く、おびえた呼吸。


 


 神谷刃かみや じんは、荷台の縁に立っていた。


 真剣を背に差し、周囲を警戒している。


 彼の服は血と煤で汚れ、顔には疲労が刻まれている。額の傷から血がしたたり、頬を伝っているが、ぬぐおうともしない。


 目だけが、鋭く周囲を見据えていた。


 


 町は、死んでいた。


 建物は崩れ、道路は割れ、車は焼け焦げている。


 人影はない。


 ゾンビの姿も、まだ見えない。


 ただ——静寂だけがあった。


 


 トラックの車列は、ゆっくりと進んでいく。


 タイヤが灰を踏む音。サラ、サラ——。


 それだけが、世界に残った音のように思えた。


 


 刃は、遠くを見た。


 都市のシルエットが、かすんで見える。高層ビルが立ち並び、まだ窓の灯りが点いている。


(あそこまで行けば——)


 刃の心がつぶやく。


(まだ、人間の世界が残っているかもしれない)


 だが、その希望は——もう細い糸のようだった。


 


 その時——前方に、何かが見えた。


 


 灰色の壁。


 いや——壁ではない。


 動いている。


 


「止まれ——!!」


 刃が叫んだ。


 運転手がブレーキを踏む。キィィ——とタイヤが悲鳴を上げ、トラックが停止する。


 


 前方の道路を、ゾンビの群れがふさいでいた。


 数百——いや、千を超える。


 道路全体を埋め尽くし、ゆっくりと近づいてくる。


 ズルズル、ズルズル——。


 足音が響く。


 うめき声が重なり合う。


「ウゥゥゥ……」


「アァァァ……」


 


 刃の目が、鋭く細まった。


(包囲——か)


 


 背後を振り返る。


 そこにも——群れがいた。


 トラックを追ってきたのか、別の場所から現れたのか。


 数百体のゾンビが、後方の道路を埋めている。


 


 左右も確認する。


 路地から、ビルの陰から、次々とゾンビが現れてくる。


 


 完全に——囲まれていた。


 


「降りろ——!!」


 刃が荷台の避難民に叫ぶ。


「トラックを捨てて走るぞ——!!」


 避難民たちが慌てて降りる。母親が子供を抱き、老人が杖をつき、若者が荷物をつかむ。


 


 だが——どこへ逃げればいいのか。


 四方八方、全てゾンビで塞がれている。


 


 刃は真剣を抜いた。


 シャキン——。


 鞘走りの音が、静寂を切り裂く。


 刀身が灰色の空を反射し、鈍く光る。


 


「俺が道を作る——!!」


 刃が叫び、前方の群れへ突進した。


 


 一閃——。


 シュパッ!


 ゾンビの首が飛ぶ。


 返す刀で、別のゾンビを斬る。


 シュバッ!


 また一体、倒れる。


 


 だが——群れは止まらない。


 倒れた場所に、すぐ別のゾンビが現れる。


 終わりがない。


 


 避難民たちが叫ぶ。


「無理だ——数が多すぎる——!!」


「どうすればいいんだ——!!」


 若者の一人が火炎瓶を投げる。


 ボッ——!


 炎が上がり、数体のゾンビが燃える。


 だが、燃えたまま歩いてくる。


 


 元猟師の男性が散弾銃を構える。


 バン! バン!


 二発撃ち、二体のゾンビの頭を吹き飛ばす。


 だが、弾はそれで尽きた。


 


 刃は、トラックの屋根に飛び乗った。


 高い位置から、周囲を見渡す。


 群れは、全方位から迫っている。


 距離は——もう十メートルもない。


 


 刃は大きく息を吸い、吠えた。


「来いよ——!!」


 声が、灰色の空に響く。


「俺はまだ生きてるぞ——!!」


 


 群れが、一斉に刃へ向かって殺到した。


 


 刃は刀を振るう。


 横薙よこなぎ——シュパッ! 三体の首が飛ぶ。


 縦斬り——ズバッ! 頭蓋骨ずがいこつが割れる。


 回転斬り——シュバババッ! 周囲のゾンビが倒れる。


 


 避難民たちも、必死に抵抗した。


 鉄パイプを振り回す者、石を投げる者、素手で殴りかかる者。


 これが——人類の最後の足掻あがきだった。


 


 だが、群れは止まらない。


 一体倒れても、十体が現れる。


 十体倒しても、百体が押し寄せる。


 


 刃の呼吸が荒くなった。


 額の汗が目に入り、視界がにじむ。


 腕が重い。握力が落ちている。


 だが——止まれない。


 


 その時、刃の視界に——一人のゾンビが映った。


 


 藤原京だった。


 


 群れの中心、少し離れた場所に立っている。


 他のゾンビとは違う——存在感があった。


 目は濁っているが、その奥に何かが残っているような——。


 


 京は、じっと刃を見ていた。


 動かず、ただ見ている。


 


(あいつ——)


 刃の心が呟く。


(前に見た——指揮してるような——)


 


 京の意識も、刃を見ていた。


(この人——)


 京の心が呟く。


(人を守ろうとしてる——)


(俺も——昔なら——)


 


 京の中で、かすかな意志が動いた。


 止めたい。


 群れを——止めたい。


 この人を——襲うな——。


 


 だが——。


 


 身体は動かない。


 本能が、それを許さない。


 むしろ、群れはさらに加速した。


 


 京の意志は——すぐに飲み込まれた。


 


 刃は、再びゾンビたちと戦い始めた。


 刀を振るい、また一体を斬る。


 だが——疲労は限界に達していた。


 


 刀が、軽くなった。


 


 いや——違う。


 


 刀が——折れていた。


 


 ガキン、という音がして、刃先が地面に落ちた。


 刃の手には、つかと刀身の半分だけが残っている。


 


 刃は、それを見た。


 そして——笑った。


「……そうか」


 疲労で、声がかすれている。


「お前も——限界か」


 


 刃は、折れた刀を逆手に構えた。


 短くなった刃を、下向きに握る。


 


「なら——最後まで付き合ってもらうぞ」


 


 刃は、再び飛び込んだ。


 折れた刀を振るい、ゾンビの首を突く。


 ズシュッ——!


 刃が頭蓋骨を貫く。


 抜く。


 次のゾンビへ。


 また突く。


 


 だが——もう限界だった。


 


 トラックが倒れた。


 ゾンビの物量に押され、横転する。


 ガシャーン!


 金属がきしみ、ガラスが割れる。


 


 ガソリンタンクが破裂した。


 ボッ——!


 炎が上がる。


 


 爆発——。


 ドォォン!!


 


 衝撃波が広がり、周囲のゾンビを吹き飛ばす。


 刃も、吹き飛ばされた。


 地面に叩きつけられ、呼吸が止まる。


 


 炎が、周囲を包み込んだ。


 


 刃は、ゆっくりと立ち上がった。


 全身が痛む。肋骨ろっこつが折れているかもしれない。


 だが——まだ、折れた刀を握っていた。


 


 炎の向こうに——京の姿が見えた。


 


 二人の視線が、交差した。


 


 京の口が、わずかに動いた。


「……逃げろ……」


 声にはならなかった。


 だが——刃には、伝わったような気がした。


 


 刃は——笑った。


「悪いな……もう、逃げる場所がないんだ」


 


 刃は、最後の力を振り絞った。


 折れた刀を構え、ゾンビたちへ突進する。


 


 一閃——。


 ズシュッ!


 ゾンビの頭を貫く。


 


 二閃——。


 シュッ!


 別のゾンビの首を斬る。


 


 三閃——。


 


 だが、その刀が——ゾンビの骨に引っかかった。


 抜けない。


 


 刃が引っ張る。


 だが——その隙に、別のゾンビが飛びかかってきた。


 


 刃の肩に、歯が食い込む。


 ブチリ——。


 


 痛みが走る。


 血が噴き出す。


 


 刃の身体が、よろめく。


 


 次々と、ゾンビが襲いかかる。


 腕に、足に、背中に——。


 


 刃は、もがいた。


 だが——もう力が入らない。


 


 炎が、彼を包み込んだ。


 


 熱い。


 光がまぶしい。


 


 刃の視界が、白く染まる。


 


 そして——。


 


 静かになった。


 


 炎の中で、刃の姿が消えた。


 


 避難民たちも——全て倒れていた。


 そして、起き上がり始めていた。


 


 群れは、さらに膨れ上がった。


 


 京は、その中心で立ち尽くしていた。


 周囲は炎と死体と灰。


 


 どこかで、金属が崩れる音がした。


 ガシャーン——。


 


 京の意識の奥で、声が響いた。


「京——」


 


 だが、それはみおの声ではなかった。


 


 もっと——無機質な。


 もっと——冷たい。


 まるで、大勢の声が重なったような——。


 


 京は、その声におびえた。


(何だ——これは——)


 


 だが、答えは返ってこない。


 ただ、声だけが響いている。


「進め——」


「広げろ——」


「仲間を——」


 


 群れが、再び動き出した。


 燃え落ちる町を越え、前へ。


 


 遠くに、都市のシルエットが見える。


 高層ビルが立ち並び、窓の灯りが点々と光っている。


 


 群れは、そこへ向かっていた。


 


 京も、それに従って歩き出した。


 もう——抵抗する力はなかった。


 


 炎が燃え続ける。


 灰が降り続ける。


 


 町は——完全に死んだ。


 


 そして、群れは——都市へ向かっていく。


 


 その群れを、衛星が捉えていた。


 はるか上空から、高解像度カメラが焼け野原を映している。


 管制室のモニターに映る、灰色の波——。


 数千の点が、ゆっくりと都市へ向かって移動している。


 


 オペレーターの一人が、震える声で呟いた。


「これが——終わりの始まり、か——」


 


 モニターは、ただ静かに映像を記録し続けていた。


 


 終わりの始まりが——そこにあった。


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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