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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第1部「黎明《れいめい》」

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第11話「交差点の地獄」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。

 町の中心にある大きな交差点は、混乱のきわみにあった。


 六車線の広い道路が十字に交わる場所。普段なら信号機が交通を整理し、横断歩道を人々が渡り、秩序が保たれている場所だった。


 だが今は違った。


 信号機は点滅を繰り返し、やがて消えた。制御システムが機能していないのだろう。


 道路には、数百台の車が詰まっていた。


 セダン、ワゴン、トラック、バス——全ての車両が渋滞じゅうたいし、身動きが取れなくなっている。ドアが開き、人々が車を捨てて逃げ出している。クラクションが鳴り響き、エンジン音が重なり合い、悲鳴が混ざる。


 空気は排気ガスと恐怖で満ちていた。


 


 歩道には、避難誘導を信じた市民が集まっていた。


 数百人——いや、千人近くいるかもしれない。


 老人、子供、母親、サラリーマン。皆、荷物を抱え、おびえた顔で周囲を見回している。


「本当にここで待っていれば、救助が来るのか——?」


「わからない——でも、役場の人がそう言ってた——」


「嘘だろ——こんな場所で待ってたら——」


 不安が、群衆の中を駆け巡る。


 


 だが、警察も消防も、もう機能していなかった。


 数人の警察官が交差点の端に立っていたが、彼らも疲弊ひへいしていた。制服は汚れ、顔には絶望が浮かんでいる。


 拡声器を持った警官が、震える声で叫んだ。


「落ち着いて——! もうすぐ——もうすぐ救助が——」


 だが、その言葉はむなしく響くだけだった。


 


 その時、遠くから音が聞こえてきた。


 ズルズル、ズルズル——。


 足を引きずる音。


 そして、低いうめき声。


「ウゥゥゥ……」


「アァァァ……」


 市民たちが振り返る。


 交差点の北側——商店街から、黒い影の群れが現れた。


 ゾンビだった。


 数百体——いや、それ以上。


 藤原京の群れが、交差点へ向かって歩いてきた。


 


 パニックが広がった。


「ゾンビだ——!!」


「逃げろ——!!」


 市民たちが一斉に動き出す。


 だが、逃げ場はなかった。


 四方を道路に囲まれ、車両でふさがれている。歩道は人であふれ、身動きが取れない。


 車の中にいた人々も、慌てて車を動かそうとする。だが、渋滞で前にも後ろにも進めない。


 クラクションが一斉に鳴り響く。


 ブォォォォン、ブォォォォン——!


 耳をつんざくような音が、交差点全体を包み込む。


 


 そして、事故が起きた。


 一台のトラックが、パニックになった運転手の操作ミスで急発進した。隣の車に激突し、ガシャーン! と大きな音を立てる。


 その衝撃で、別の車が押し出される。横転し、ガソリンタンクから燃料が漏れ出す。


 火花が散った。


 ボッ——!


 炎が上がる。


 オレンジ色の炎が車を包み込み、黒煙が立ち上る。熱が空気をゆがめ、火の粉が舞う。


 


 爆発した。


 ドォォォン——!!


 衝撃波が広がり、周囲の車を吹き飛ばす。ガラスが割れ、破片が飛び散る。人々が地面に倒れ、悲鳴が響く。


 炎は次の車へ燃え移った。


 また爆発する。


 ドォォン!


 また一台。


 ドォォン!


 連鎖爆発だった。


 交差点は、炎に包まれ始めた。


 


 ゾンビの群れが、その炎の中へ突入してきた。


 炎を恐れず、ただ前へ進む。


 服が燃えても、肌が焼けても、止まらない。


 彼らは既に死んでいる——痛みを感じない。


 


 京は、その群れの先頭にいた。


 炎の壁を抜け、交差点の中央へ歩いていく。


 足元には、倒れた人々がいた。爆発で吹き飛ばされた市民たち。血を流し、呻き、助けを求めている。


 京の身体は、その上を歩いていく。


 そして、交差点の真ん中——信号機の真下で、止まった。


 


 周囲は地獄だった。


 炎が燃え盛り、煙が立ち上る。車は黒焦げになり、道路は血で濡れている。


 人々が逃げ惑い、ゾンビが追いかける。


 悲鳴、爆発音、クラクション、呻き声——全てが混ざり合い、狂気の交響曲を奏でている。


 


 京は、その中心に立っていた。


 視界に映るのは、四方八方から迫るゾンビたち。そして、逃げ場を失った人々。


 京の意識は、それを見ていた。


(これは——俺が作った地獄だ)


 心の中でつぶやく。


(俺が——こんな光景を——)


 


 だが、身体は違った。


 京のゾンビ化した顔が、わずかにゆがむ。


 まるで——笑っているかのように。


 それは意志ではない。ゾンビの本能が、獲物に囲まれた状況を「喜んでいる」のだ。


(やめろ——!!)


 京の意識が絶叫する。


(笑うな——! こんな状況で——!!)


 だが、身体は制御できない。


 口元が引きつり、唾液が垂れる。


 


 みおの声が、聞こえた。


「京——止まって——!!」


 それは、今までで一番強い声だった。


 京の視界に、澪の幻影が現れる。彼女は京の目の前に立ち、両手を広げて叫んでいた。


「お願い——止まって——!!」


「これ以上——これ以上は——!!」


 涙が頬を伝い、声が震えている。


 


 京の意識が、澪に向かって叫ぶ。


(止まれない——!!)


(俺、もう——止まれないんだ——!!)


(澪——助けてくれ——!!)


 だが、澪の幻影は消えた。


 炎と煙の中に溶けるように、姿が消えていく。


「京——」


 最後に、彼女の悲しそうな声だけが残った。


 


 京の身体が動き出した。


 交差点中央から、逃げ惑う人々へ向かって歩き出す。


 背後には、数百体のゾンビたちが続いている。


 彼らは京に従うように、同じ方向へ歩いていく。


 まるで、京が率いているかのように。


 


(俺は——群れの象徴なのか——?)


 京の意識が問う。


(俺は——怪物の王になったのか——?)


 


 人々が、京を見て凍りついた。


 炎に照らされた京の姿は、異様だった。


 目は濁り、口から唾液を垂らし、服は血で染まっている。


 だが——他のゾンビとは違う何かがあった。


 存在感。


 圧倒的な、恐怖の象徴としての存在感。


 


 一人の男性が、震える声で呟いた。


「あいつ——何なんだ——」


「他のゾンビとは——違う——」


 だが、その疑問に答える暇はなかった。


 群れが、彼らに襲いかかった。


 


 交差点は、完全に地獄と化した。


 東西南北、全ての方向からゾンビが侵入してくる。


 市民たちは囲まれ、逃げ場を失い、次々と倒れていく。


 炎は燃え広がり、ビルの一階部分にも燃え移り始めた。


 爆発が続き、衝撃波が空気を震わせる。


 


 京は、その中を歩いていた。


 人々を襲い、噛みつき、血を流す。


 意識はあった。全て見ていた。


 だが、止められなかった。


(澪——)


 京の心が呟く。


(もう、お前の声も聞こえなくなる——)


(俺の最後の人間性が——消えていく——)


 


 また爆発が起きた。


 ドォォォン!


 巨大な火柱が立ち上り、熱波が襲ってくる。


 京の身体は、その熱も感じていなかった。


 ただ、前へ進む。


 群れを率いて、前へ。


 


 数分後——。


 交差点は、静かになった。


 炎だけが燃え続け、煙が空を覆っている。


 地面には、無数の死体が転がっていた。


 そして——立ち上がる。


 次々と起き上がり、ゾンビになっていく。


 彼らは京の群れに加わり、次の場所へ向かって歩き出す。


 


 京は、再び交差点の中央に立っていた。


 炎と煙に包まれた中、一人——いや、群れの象徴として。


 背後には、千を超える群れがいた。


 彼らは全て、京と同じ方向を向いている。


 まるで、京の指揮を待っているかのように。


 


(俺は——何になったんだ——)


 京の意識が問う。


(人間じゃない——ただのゾンビでもない——)


(これは——何だ——)


 


 遠くで、サイレンが聞こえた。


 消防車だろうか。だが、もう遅い。


 この交差点は、もう人間のものではなかった。


 


 京は歩き出した。


 群れが、それに続く。


 千を超えるゾンビたちが、一斉に同じ方向へ歩き出す。


 その光景は、まるで軍隊のようだった。


 だが、それは人類の軍隊ではない。


 新しい種族の軍勢だった。


 


 炎が燃え盛る交差点を背に、群れは進んでいく。


 次の区画へ。


 次の獲物へ。


 そして——都市の心臓部へ。


 


 京の意識の中で、澪の声がかすかに聞こえた。


「京——」


 それは、もう何も言わなかった。


 ただ、悲しそうに名を呼ぶだけ。


 


 京は、その声に答えられなかった。


 ただ、歩き続けた。


 炎と煙の中を、怪物の王として——。


 


 交差点には、死体と炎とゾンビの群れだけが残った。


 人間の秩序が交わる場所は、死の象徴へと変わった。


 信号機は倒れ、横断歩道は血で染まり、道路標識は炎に焼かれていた。


 


 月が、雲の間から顔を出した。


 その光が、京の背中を照らす。


 長い影が地面に伸び、群れ全体をおおうように広がる。


 


 京は、振り返らなかった。


 ただ、前だけを見て、歩き続けた。


 心が壊れていくのを感じながら。


 それでも、止まれなかった。


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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