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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第1部「黎明《れいめい》」

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第10話「崩れる秩序」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。

 町は、崩壊していた。


 藤原京の群れは、既に数百体規模にふくれ上がっていた。村から始まった感染は、町全体をおおい尽くそうとしていた。


 京は、その群れの中にいた。


 足が勝手に動き、前へ進んでいく。周囲には、同じように歩くゾンビたちがいる。元は人間だった存在たち。主婦、サラリーマン、学生、老人——皆、目を濁らせ、口から唾液を垂らし、ただ獲物を求めて歩いている。


 京の意識は、その光景を見ていた。


(これが——俺たちなのか)


 心の中でつぶやく。


(これが、新しい種族——)


 


 その時、声が聞こえた。


 みおの声だった。


「京……あなたなら、助けるはずよ」


 優しい声ではなかった。責めるような、悲しむような声。


 京の視界に、澪の姿が浮かんだ。幻影だった。彼女は京の隣を歩いているように見える。浴衣姿で、夏祭りの時のように笑っている。


 だが、その笑顔は——どこか悲しかった。


「澪なら、見捨てないわよね」


 彼女の声が、耳の奥で響く。


(助けたい——)


 京の意識が叫ぶ。


(でも、俺は——)


 だが、身体は答えない。


 ただ、本能のままに歩き続ける。


 


 前方に、警察署が見えた。


 二階建ての建物。駐車場にはパトカーが数台止まっている。窓からは明かりが漏れ、人の気配がする。


 そして、その前には——さくが立てられていた。


 鉄製のバリケード。警察官たちが避難誘導のために設置したものだろう。その向こうには、数十人の市民が集まっていた。


 警察官が拡声器を持ち、叫んでいる。


「落ち着いて——! 順番に署内へ避難してください——!」


 だが、市民たちは混乱していた。


 押し合い、怒鳴り合い、子供が泣いている。


 そこへ、京の群れが到達した。


 


 数百体のゾンビが、一斉に柵へ向かって歩いていく。


 ズルズル、ズルズルと足音が響く。


 市民たちが振り返り、悲鳴を上げた。


「ゾンビだ——!!」


「逃げろ——!!」


 パニックが広がる。


 警察官たちが拳銃を構え、発砲した。


 パン、パン、パン!


 銃声が響き、数体のゾンビが倒れる。だが、群れは止まらない。


 柵が倒れた。


 ガシャーン!


 鉄製のバリケードが、ゾンビの物量に押され、地面に倒れる。


 群れが雪崩なだれ込んだ。


 


 市民たちが逃げ惑う。


 だが、逃げ場はなかった。


 背後は警察署の壁。左右も建物でふさがれている。


 袋小路だった。


 ゾンビたちが、一人、また一人と襲いかかる。


 悲鳴が響き、血が飛び散る。


 警察官たちも、必死に応戦する。だが、弾が尽きた。警棒を振るい、素手で抵抗する。


 だが、数の差は圧倒的だった。


 


 京は、その中にいた。


 視界に映るのは、逃げ惑う人々。


(やめろ——!!)


 京の意識が絶叫する。


(助けろ——助けなきゃ——!!)


 だが、身体は止まらない。


 むしろ、加速した。


 京のゾンビ化した身体は、一人の女性に飛びかかった。若い警察官だった。彼女は警棒を振り上げ、抵抗する。


 だが、京の手がその腕をつかみ、引き倒した。


「いやあああっ——!!」


 悲鳴が響く。


 そして、京は——噛みついた。


 


 肉が、口の中に広がった。


 熱く、柔らかく、そして甘い。


 血が喉を流れ、細胞が歓喜する。


(やめろ——やめてくれ——!!)


 京の意識が叫び続ける。


 だが、身体は止まらない。


 もっと、もっと食べたい。


 本能が、理性を完全に支配していた。


 


 澪の声が、再び聞こえた。


「京……あなたは、そういう人じゃなかったのに」


 その声は、泣いているようだった。


 京の視界に、澪の幻影が浮かぶ。彼女は目に涙を浮かべ、京を見ていた。


「澪なら——助けたはずよ」


「京、あなたも——助けるはずだったのに——」


(わかってる——!!)


 京の心が叫ぶ。


(でも、俺は——もう——)


 


 警察署は、壊滅した。


 数分後、建物の中からも悲鳴が聞こえなくなった。


 市民も、警察官も、全てゾンビになっていた。


 彼らは群れに加わり、次の場所へ向かって歩き出す。


 群れは、さらに膨れ上がった。


 


 次に、病院が見えた。


 三階建ての総合病院。救急車が何台も止まり、負傷者が次々と運び込まれている。


 だが、その負傷者の中に——既に感染した者がいた。


 


 病院内部。


 廊下ろうかは血で汚れ、壁には手形がべっとりと付いている。


 看護師が悲鳴を上げながら走っていた。


「助けて——! 患者がおかしい——!!」


 病室から、ゾンビがい出してきた。


 搬送されてきた負傷者が、ベッドの上でゾンビ化していた。点滴が腕に刺さったまま、よろめきながら立ち上がる。


 隣のベッドの患者に噛みつく。


 悲鳴が響き、また一人がゾンビになる。


 連鎖だった。


 病室から病室へ、廊下から廊下へ、感染が広がっていく。


 


 医師たちが必死に対応する。


「隔離だ——隔離しろ——!!」


 だが、もう手遅れだった。


 病院内部は、既にゾンビであふれていた。


 一階のロビーでは、待合室にいた患者たちがパニックを起こしていた。出口に殺到し、押し合い、転倒する。


 そこへ、京の群れが到着した。


 病院の正面玄関を突破し、内部へ雪崩込む。


 


 京は、その群れの中にいた。


 廊下を歩き、病室を襲い、人々を噛む。


 意識はあった。全て見ていた。全て聞いていた。


 看護師の悲鳴、医師の絶望、患者の恐怖。


 全てが、京の心に刻まれていく。


(やめろ——やめてくれ——!!)


 何度も、何度も叫ぶ。


 だが、誰にも届かない。


 


 澪の声が、また聞こえた。


「京……これが、あなたの選んだ道なの?」


 その声は、冷たかった。


 京の視界に、澪の幻影が立っている。彼女は病院の廊下に立ち、京を見下ろしていた。


「澪なら——こんなことしない」


「澪なら——人を守る」


(俺だって——!!)


 京の意識が反論する。


(俺だって、守りたい——!!)


 だが、現実は違った。


 京の身体は、また一人の看護師に噛みついていた。


 


 病院は、崩壊した。


 


 そして、避難所。


 町の中心にある小学校が、避難所として開放されていた。


 体育館には、数百人の市民が集まっていた。毛布が配られ、水と食料が置かれている。


 だが、指揮系統は混乱していた。


 警察も消防も壊滅状態。町役場の職員だけで対応しているが、人手が足りない。


 避難民たちは不安をつのらせていた。


「本当にここは安全なのか——?」


「いつになったら救助が来るんだ——?」


「子供が怖がってる——早く何とかしてくれ——!」


 


 その時、体育館の扉が破られた。


 ガシャーン!


 ゾンビの群れが、雪崩込んできた。


 京の群れだった。


 数百体のゾンビが、避難所へ突入する。


 


 パニックが広がった。


 市民たちが悲鳴を上げ、逃げ惑う。


 だが、体育館には出口が二つしかない。


 一つは、既にゾンビで塞がれている。


 もう一つへ、全員が殺到した。


 


 押し合い、転倒し、踏まれる。


 子供が泣き叫び、老人が倒れる。


 そこへ、ゾンビたちが襲いかかった。


 


 京は、その最前列にいた。


 視界に映るのは、逃げ惑う人々。


 母親が子供を抱きしめている。老人が杖をついて逃げようとしている。若者が誰かを助けようとしている。


(助けろ——!!)


 京の意識が絶叫する。


(助けなきゃ——俺が助けなきゃ——!!)


 だが、身体は——。


 


 京は、母親に飛びかかった。


 彼女は子供をかばい、背中を京に向けた。


 京の歯が、彼女の首筋に食い込む。


 ブチリ——。


 肉が裂ける音。


 血が噴き出し、京の口を満たす。


 


 子供が泣き叫んだ。


「ママ——! ママ——!!」


 その声が、京の耳に突き刺さる。


(やめろ——やめてくれ——!!)


 京の意識が崩壊しそうになる。


 だが、身体は止まらない。


 もっと、もっと食べる。


 本能が、全てを支配していた。


 


 澪の声が、また聞こえた。


「京……」


 その声は、もう何も言わなかった。


 ただ、悲しそうに京の名を呼ぶだけ。


 京の視界に、澪の幻影が立っている。彼女は涙を流していた。


「澪なら——」


 京の意識が呟く。


「澪なら——助けただろう——」


 


 避難所は、壊滅した。


 数百人の市民が、ゾンビになった。


 彼らは群れに加わり、次の場所へ向かって歩き出す。


 


 遠くで、ラジオの音が聞こえた。


 誰かが落としていったものだろう。地面に転がり、まだ放送を流し続けている。


「——避難所が——壊滅——」


「——警察署——応答なし——」


「——病院——制御不能——」


「——町全域で——秩序崩壊——」


 無機質なアナウンサーの声が、絶望を告げていた。


 


 京は、その音を聞いていた。


 群れの中を歩きながら、ただ聞いていた。


(俺は——もう人間じゃない)


 京の意識が呟く。


(俺は——怪物だ)


(人を食う——怪物だ)


 


 澪の幻影が、まだ隣にいた。


 彼女は何も言わず、ただ京を見ていた。


 その目は、悲しみに満ちていた。


(ごめん、澪——)


 京の心が呟く。


(俺、もう——戻れない)


(お前が知ってた京は——もういない)


 


 群れは、進み続けた。


 町の中心部を抜け、次の区画へ。


 破壊と死をき散らしながら、ただ前へ。


 


 空は暗く、月も見えなかった。


 ただ、炎の光だけが、町を赤く照らしていた。


 秩序は崩れ、希望は消えた。


 残ったのは、絶望だけだった。


 


 京は、その絶望の中を歩いていた。


 意識を持ったまま、怪物として。


 澪の幻影に責められながら、ただ歩き続けた。


 心が、少しずつ壊れていくのを感じながら。


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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