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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第1部「黎明《れいめい》」

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第9話「孤剣の進路」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。

 夜の高速道路は、静寂に包まれていた。


 二台のトラックが、並走しながら進んでいる。白い車体が月光を反射し、ヘッドライトが前方を照らし出す。エンジン音だけが、闇の中に響いていた。


 神谷刃かみや じんは、先頭のトラックを運転していた。


 フロントガラス越しに見える景色は、不気味なほど静かだった。街灯は消え、道路脇の看板も暗い。遠くに見える町の灯りも、まばらになっている。


 助手席には、中年の男性が座っていた。町で救出した市民の一人だ。彼は窓の外を見つめながら、不安そうにつぶやいた。


「本当に……都市部なら安全なんでしょうか」


 刃は前を見たまま答える。


「わからない。だが、ここよりはマシだろう」


 荷台には十三人の市民が乗っている。主婦、サラリーマン、高校生、老人。皆、刃が救った人々だ。


 後続のトラックにも、同じくらいの人数が乗っているはずだ。運転しているのは、町の運送会社で働いていた男性だった。


 二台のトラックは、都市部を目指していた。


 


 前方に、料金所が見えてきた。


 高速道路の出口。普段なら、係員がいて車を誘導している場所だ。


 だが、今は違った。


 料金所のゲートは上がったままで、無人だった。そして——。


「何だ、あれ……」


 助手席の男性が呟く。


 刃は目を細めた。


 料金所の向こう、道路をふさぐように、無数の車が放棄されていた。


 セダン、ワゴン、トラック、バス。様々な車両が、まるでバリケードのように並んでいる。ドアは開いたまま、ヘッドライトがつけっぱなしのものもある。


 そして、その周囲を——ゾンビが徘徊はいかいしていた。


 数十体ではない。


 百体以上。


 目が濁り、服は血と泥で汚れ、よろめきながら歩いている。料金所の灯りに照らされ、その姿がはっきりと見える。


 刃はアクセルから足を離し、ブレーキを踏んだ。


 キィィ——。


 タイヤが地面をこすり、トラックが停止する。後続のトラックも、すぐ後ろで止まった。


 


 刃は窓を開け、外の様子を確認する。


 風が吹き込み、血と腐臭の混じった匂いが鼻を突く。遠くから、ゾンビたちのうめき声が聞こえてくる。


「ウゥゥゥ……」


「アァァァ……」


 それらが重なり合い、不気味な合唱となっている。


 料金所までの距離は、約五十メートル。


 その先の車両バリケードは、道路を完全に塞いでいた。脇道もない。迂回うかいする道もない。


 ここを通るしか、都市部へ行く方法はなかった。


 


 後続トラックの運転手が、車を降りて近づいてきた。


「どうします——? あれじゃ、通れませんよ——!」


 彼の声は震えていた。


 荷台からも、市民たちが顔を出す。料金所の状況を見て、顔が青ざめる。


「嘘でしょ——」


「あんなの、突破できるわけない——」


「どうするの——? どうすればいいの——?」


 絶望が、市民たちを包み込む。


 ここまで来て、行き止まりだった。


 


 刃は静かに車を降りた。


 ドアを閉め、後部へ回る。背中に差した刀のつかに手をかける。


「おい、何を——」


 運転手が声をかける。


 刃は振り返り、静かに言った。


「俺が切り開く」


 その声は、低く、だが揺るぎなかった。


「トラックは、ここで待機しろ。俺が合図したら、全速力で突っ切れ」


「そんな——無茶だ——! あんなに数がいるのに——!」


 だが、刃は答えなかった。


 ただ、刀を抜いた。


 シャキン——。


 鞘走りの音が、夜の静寂を破る。


 刀身が月光を反射し、銀色に輝く。刃紋が浮かび上がり、切っ先が空気を震わせる。


 刃は前を向き、歩き出した。


 


 料金所へ向かって、一人で歩いていく。


 足音が、アスファルトに響く。


 タン、タン、タン——。


 規則正しく、迷いなく。


 ゾンビたちが、刃に気づいた。


 首を刃の方へ向け、ゆっくりと歩き出す。


 十体、二十体、三十体——。


 次々と刃に向かってくる。


 だが、刃は止まらない。


 ただ、歩き続ける。


 


 市民たちは、トラックの荷台から見ていた。


 誰もが、息をんでいた。


「あの人、一人で——」


「死ぬ気か——?」


 だが、主婦が娘の手を握りしめながら呟いた。


「いいえ——信じましょう」


「あの人は、私たちを救ってくれたわ」


「また、救ってくれる——」


 


 刃は、ゾンビの群れの前で止まった。


 距離、十メートル。


 目の前には、百体以上のゾンビがいた。


 目が濁り、手を伸ばし、口から唾液を垂らしている。


 刃は深く息を吸った。


 スゥゥゥゥ——。


 そして、吐く。


 フゥゥゥゥ——。


 刀を構える。


 中段の構え。足を開き、重心を落とし、切っ先を前に向ける。


 そして——駆けた。


 


 地面を蹴り、一気に加速する。


 ゾンビの群れへ、真正面から突っ込んだ。


 最初の一体に接触する瞬間、刀を振るう。


 一閃——。


 シュパッ!


 首が飛ぶ。


 返す刀で、隣のゾンビを斬る。


 シュバッ!


 また首が飛ぶ。


 刃は止まらない。


 群れの中を、疾風のように駆け抜ける。


 


 刀がひらめく。


 横薙よこなぎ——シュパッ! 三体の首が同時に飛ぶ。


 縦斬り——ズバッ! 頭蓋骨ずがいこつが割れる。


 回転斬り——シュバババッ! 周囲のゾンビが一斉に倒れる。


 刃の動きは、まるで舞のようだった。


 だが、それは死の舞だった。


 刀が通った場所に、ゾンビたちが倒れていく。


 血が飛び散り、肉が裂け、骨が砕ける。


 


 市民たちは、ただ見ていた。


 言葉を失っていた。


 月光に照らされた刃の姿は、まるで剣の神のようだった。


 一人で、百体以上の群れを相手にしている。


 そして——押し返している。


 


 刃は、群れの中心を突破した。


 背後には、数十体のゾンビが倒れている。


 だが、まだ半分以上が残っていた。


 ゾンビたちが、刃を囲もうとする。


 前後左右、全方位から迫ってくる。


 だが、刃はあわてなかった。


 刀を構え直し、回転する。


 グルリと身体を回し、刀を水平に薙ぎ払う。


 シュバアアアッ——!


 円を描くように、周囲のゾンビが倒れる。


 刃が作った空間——それが、トラックの通り道だった。


 


 刃は大きく息を吸い、叫んだ。


「今だ——!!」


 声が、夜の闇に響く。


 トラックのエンジンがうなる。


 ブォォォォン——!


 先頭のトラックが動き出す。アクセル全開、一気に加速する。


 料金所を通過し、車両バリケードの隙間へ突っ込む。


 ガシャン、ガシャンと車を押しのけながら、進んでいく。


 後続のトラックも続く。


 二台のトラックが、刃が切り開いた道を突き抜けていった。


 


 荷台から、市民たちの歓声が上がる。


「やった——!!」


「通れた——!!」


「あの人が——あの人が道を作ってくれた——!!」


 主婦が娘を抱きしめながら、涙を流している。


 老人が手を合わせ、祈るように刃を見ている。


 


 だが、刃は振り返らなかった。


 ただ、残ったゾンビたちと対峙たいじしていた。


 まだ数十体が残っている。


 彼らが刃を囲み、じりじりと距離を詰めてくる。


 刃は刀を構え直した。


 額には汗が浮かび、呼吸は荒い。腕は重く、握力が落ちている。


 だが、目は鋭かった。


(これが、俺の役目だ)


 刃の心が呟く。


(救える命は、わずかでも守る)


(それが、剣を持つ者の覚悟だ)


 


 刃は再び、ゾンビたちへ突進した。


 刀が閃き、また一体が倒れる。


 また一体、また一体。


 疲労が限界に近づいていた。だが、止まれない。


 トラックが完全に視界から消えるまで、ここで戦い続ける。


 それが、刃の選んだ道だった。


 


 遠く、都市部のシルエットが見えた。


 高層ビルが夜空に浮かび、窓の灯りが点々と光っている。


 だが、その一部は——炎上していた。


 黒煙が立ち上り、炎が建物をめている。


 都市部も、既に侵食が始まっていた。


 感染は、止まらない。


 町から都市へ、都市から国へ、国から世界へ——。


 


 刃は、それを見ながら思った。


(この戦いに、終わりはあるのか)


(俺は、いつまで剣を振り続ければいいのか)


 だが、答えは出ない。


 ただ、今できることをするだけだ。


 目の前の敵を倒し、一人でも多くの命を守る。


 それだけだ。


 


 数分後、最後のゾンビが倒れた。


 刃は刀を下ろし、深く息を吐いた。


 ハァ、ハァ、ハァ——。


 全身が汗で濡れ、服は血で染まっている。


 足元には、百体以上のゾンビの死体が転がっていた。


 


 刃は刀をさやに納めた。


 シャキン——。


 月光が、刃の姿を照らしている。


 一人、料金所に立つ青年。


 その影は、長く地面に伸びていた。


 孤剣の影——。


 


 刃は、都市部へ向かって歩き出した。


 トラックは、もう遠くへ行っただろう。


 市民たちは、無事に都市部へ着くはずだ。


 それでいい。


 刃は、また一人で歩く。


 次の戦場へ。


 次の救うべき命へ。


 


 風が吹き、刃の髪を揺らした。


 月が雲に隠れ、闇が深くなる。


 だが、刃は止まらない。


 ただ、前へ進み続ける。


 剣を背に、孤独に——。


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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