王都、レインディア
木漏れ日が降り注ぐ森の小道を、馬車が適度な速度で進む。
現代の乗り物に慣れてる身としては、遅いと感じてしまうけど、このゆったり進む感じは、時間に追われてる感覚がないのがいい。乗り心地は……まぁ、比べるまでもない。
森を抜けると、段々と景色が変わっていく。
馬車が舗装された道に入ると、一気に景色が変わる。
(ここが、王都……レインディア)
西洋風の建物が並ぶ、異国情緒溢れる街並み。
アレもコレも、と目についたもの全てが気になって仕方ない。
建物の間を縫うように、ピンッと張られたロープにかかる球体の正体も、ちょっと怪しげな露店も、目に鮮やかなマルシェも。
自然とワクワクした気持ちになるのは、このセカイに来て初めてのこと。
気分は初めての海外旅行に浮かれる一般人だ。
「わぁ……」
「あの、お嬢様? 窓にお顔をぶつけてしまいますよ」
一緒に来た侍女の声を聞いて、ようやく現実に戻った。
そして、ちょっと恥ずかしい。さっきまでの私は、電車の窓に張り付く子供みたいになってただろうから。
「……声をかけてくれてありがとう」
「いえ、とんでもございません」
呼吸を整え、気持ちを切り替える。
目的は情報屋、目的は情報屋……と何度も心の中で唱え、誘惑を振り払う。
「馬車を停めるところはある?」
「いくつかございますが、クラウンに行かれるのでしたら……その、サロン・ラニアに停めるのがよろしいかと思います!」
どうしよう、みたいに迷ってたかと思えば、急に身を乗り出して勢いよく侍女が言うから、思わず体を後ろに引いた。
それなりに広い馬車だけど、詰め寄られるとびっくりする。
「じゃあ、そこに馬車を停めて行きましょう」
侍女が勧めてくれた店に馬車を停め、そこからは徒歩でクラウンというケーキ屋に向かう。
馬車を降りる前から、侍女がやたらとサロン・ラニアに目を輝かせてたのが気になったけど。
「うわぁ……」
ベルンの言っていた噴水広場を見て、思わず感嘆の声が出た。
ヨーロッパの有名美術館前にある、これまた有名な噴水を思い出す。
真っ先に目に飛び込んでくるのは中央の大きな噴水。
周囲には小さな噴水がいくつも並び、噴水広場の周りはひんやりとして気持ちいい。
王都に来てからというもの、私の頬は緩みっぱなしだ。
(どこのセカイでも、みんなやることは変わらないなぁ)
少し離れた小さな噴水の前で、子供たちが騒ぎ、笑い合いながら水をかけ合う姿を見ると、そんなことを思ってしまう。
その姿を見ていると、ここは『ゲームの中』ではなく、あくまでゲームを基にして確立された1つのセカイだと、思い知らされた気がした。
おかげで浮ついて浮かれていた気分が、スッと凪いだ。
「お嬢様……?」
「なんでもないわ、行きましょう」
目的のケーキ屋は噴水広場を出てすぐのところにあった。
大通りに面したそこは、周囲と比べてもお洒落な雰囲気があって、よく目立っている。
私たちの先を行く何組かの女性が、慣れたように店へ入って行く。
その後に続いて店に入ると、店内は色鮮やかなドレスに身を包んだ女性客が多い、カフェ兼ケーキ屋だった。
パッと見た感じでもほぼ満席。
「いっぱいですね」
侍女の言葉に頷くより、給仕のスタッフが「いらっしゃいませ」と、声をかけてくる方が早かった。
「お客様、大変申し訳ございません。只今お席が満席でして……」
「今日は特別な注文をしに来ただけなの」
「でしたら、カウンターのスタッフにお声掛けください」
接客業の鑑といえる笑顔を向けられ、カウンターにいたスタッフに声をかける。
「すいません、真っ黒なケーキをお願いできますか?」
「ご用意致します。ケーキをデコレーションさせていただきますが、ご希望はございますか?」
「クラウンで」
「かしこまりました」
カウンターのスタッフはそれだけ言って、奥に下がった。
ベルンに言われた通りに答えた。……が、普通に注文をしただけのような気がしてくる。
これで文字通り、黒いケーキ(王冠のデコレーション付き)が出てきたら……退散しよう。
で、帰ってケーキパーティーという名のやけ食いをする。
もちろん、ベルンに理由を問い詰めることは忘れない。
「大変お待たせ致しました」
奥からスタッフが戻って来た。
その手には何もなく、とりあえずケーキパーティーは保留。
「ご案内致します」の声に従い、スタッフの後に続く。
何気なく店内を見れば、観葉植物やテーブルの配置は、今まさに向かっている通路が見えないように置かれていて、誰の目にも止まらないようになっていた。
「この先の扉を1度だけノックして下さい」
そう言って一礼したスタッフは戻って行った。
スタッフの言う扉は壁際にあり、少し細長い木製のもので、店内の雰囲気に合わせてはあるものの、掃除用具を入れる物置の扉に見える。
言われた通りコンッ、と1度だけノックをする。少ししてから扉の向こうで鍵が解錠された音がする。
ドアノブに手をかければ、すんなりと扉が開いた。
扉の向こうは階段。
薄暗いけど、明かりは点いていて階段を登るのに支障はなさそうだった。
それでも慎重に1歩1歩進み、上まで辿り着けば……
「ようこそ、情報屋"クロウ"へ!」