当たり前は当たり前じゃない
一夜明け、私の部屋には朝からキチンと侍女が来た。
それどころか、呼んでもいない人物まで。
「えっと、ベルン……?」
朝の身支度を整え、朝食を食べながら侍女に出かける旨を伝えてほしい。……と言ったら、何故かベルンが来た。
ベルンは30代くらいの男性だ。
元の年齢に近い気がするからか、温和そうな顔立ちのせいか、妙な親近感が湧く。
「旦那様からお嬢様のお手伝いをするように言われまして、本日は外出されるとのことですが、どちらまで行かれますか?」
屋敷内のベルンの立ち位置がわからないから、反応に困る。
昨日の公爵とのやり取りからすると、家令か秘書……辺りだろうとは思うけど。
「今日は街の方を少し見るだけのつもり」
「かしこまりました。馬車と護衛の準備を致しますので、お支度が終わりましたら侍女に言って、お呼びください」
それだけ言ってベルンは下がった。
なんだろう。別に好意を求めてるわけじゃないけど、悪意もなく、普通に会話ができることの新鮮みに感動してる。
朝食の後、侍女が支度を手伝ってくれる。
「ご要望はございますか?」
侍女の場合は昨日の今日なので、事務的にでも仕事をしてくれるだけで感動だ。
要望と言われ、鏡台から見つめ返すリースベットの顔を、改めてまじまじと見る。
転生してから昨日まで、ロクに鏡を見ることはなかった。
鏡を見るより、広い屋敷内の構造を覚えたりする方が重要だから、という理由で。
髪色はコルネリウスと公爵と同じ。父親似ということだろう。
透き通ったベビーブルーの髪は腰辺りまである、サラサラのストレートロング。目の形は両方に似たのか、ぱっちりしているけど目尻は少し上向き。
こうして見ると、目の色も両方を混ぜたような色だ。青みが強い紫色。竜胆とか桔梗の花を思い出すような色。
肌も白いし、シミやくすみ、毛穴なんかの悩みとは無縁のたまご肌。
自分であって自分でないから、感想は一言。羨ましい。
言うまでもなく美人なリースベットの顔を堪能し、要望を出すならこれしかない。
「なるべく目立たないようにお願いできる?」
「目立たないように、ですか?」
思わず聞き返されるのも、仕方ない。
私が侍女でも同じ反応をするだろうし、私なら言うだろう。
「こんな美人を目立たないようになんて無理ですよ」と。
「では、髪をまとめて帽子で隠すのはいかがでしょう? 帽子にベールをつければ、お顔も隠すことができますし」
「それでお願い」
残念ながら私の頭では仕上がりイメージがつかないけど、こういうのはプロに任せておくのが一番。
流れるような手つきで侍女がヘアメイクを仕上げ、外出用のドレス、靴、その他装飾品で飾られ、終了。
最終的に鏡で完成形を見て、侍女が言ってたのはこういうことかと感嘆する。やっぱり、プロは凄い。
「ありがとう。ベルンを呼んでもらえる?」
何に驚いたのか、一瞬固まってから礼をして侍女は出て行った。
そんなに待つこともなく、侍女はベルンを連れて来た。
「お待たせ致しました」
「少しの間、ベルンと2人にしてくれる?」
また一礼して部屋を出る侍女を見るだけで、これが当たり前に仕事をする侍女の姿だと、思わずウンウンと頷いてしまう。
「どうかなさいましたか?」
「えっ? あぁ、なんでもないの。街へ出る前に聞いておきたいことがあって」
「どういったことでしょう」
さて、どう言ったものか。
私が街に出ようと思ったのは、スピスタのゲームにあった『情報屋』が目当てだ。
元がゲームなだけあり、攻略に行き詰まったりすると、ゲーム内ポイントを使ってヒントをくれる場所。例えば、攻略中キャラの好感度を上げるのに必要なアイテムだったり、選択肢に関するヒントだったり。
ゲームの中なので、誰が運営してるかとかそういうことは描写がなかったけど、王太子のルートで情報屋が実在することを仄めかした記述があった。
──困ったことがあるなら、情報屋に行くのはどうだろう? あまり大きな声では言えないが、実は僕も利用してる。店に入る時は、いつも照れ臭いんだけどね。
プレイしてる時はここでルート分岐だから、ヒント使うといいよ。くらいのゲーム側の優しさを感じて「あ〜」ってなってた。
だから覚えてたんだけど、肝心の場所がわからない。
できれば、情報屋で今がゲームのどの辺りなのかを知りたい。
ついでに言うと、ヒロインちゃんが実在してるのか、実在してるなら進行具合も。
正直、それがわからないと困る。
だって、私……今のところ何の情報もないまま、手探りで進んでる状態だからね?
これを素直にベルンに言うわけにもいかないので、少し悩んで……「信頼できる情報屋はある?」
ド直球ストレートに訊ねた。
「情報屋、ですか……」
まぁ、そういう反応になるよね。の見本みたいな、訝しげで疑うような目を向けられる。
「因みに……どういった理由かはお伺いしても?」
「えぇ。侍女になってくれそうな人のアテが1人居るんだけど、その人が今どこに居るか知らなくて、調べてもらいたいの」
「そういうことでしたら、我々がお調べ致しますよ?」
「他にも色々あるから、情報屋に頼みたいの」
完璧に納得してくれたわけではなさそうだけど、ベルンは諦めたように小さく息を吐いた。
「噴水広場を抜けたクラウンというケーキ屋で、注文してください。──真っ黒なケーキを」
意外とすんなり答えてくれたことにお礼を言って、私はこのセカイに来て初めての外へ出た。