表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/28

当たり前は当たり前じゃない


 一夜明け、私の部屋には朝からキチンと侍女が来た。

 それどころか、呼んでもいない人物まで。


「えっと、ベルン……?」


 朝の身支度を整え、朝食を食べながら侍女に出かける旨を伝えてほしい。……と言ったら、何故かベルンが来た。

 ベルンは30代くらいの男性だ。

 元の年齢に近い気がするからか、温和そうな顔立ちのせいか、妙な親近感が湧く。


「旦那様からお嬢様のお手伝いをするように言われまして、本日は外出されるとのことですが、どちらまで行かれますか?」


 屋敷内のベルンの立ち位置(ポジション)がわからないから、反応に困る。

 昨日の公爵とのやり取りからすると、家令か秘書……辺りだろうとは思うけど。


「今日は街の方を少し見るだけのつもり」

「かしこまりました。馬車と護衛の準備を致しますので、お支度が終わりましたら侍女に言って、お呼びください」


 それだけ言ってベルンは下がった。

 なんだろう。別に好意を求めてるわけじゃないけど、悪意もなく、普通に会話ができることの新鮮みに感動してる。


 朝食の後、侍女が支度を手伝ってくれる。


「ご要望はございますか?」


 侍女の場合は昨日の今日なので、事務的にでも仕事をしてくれるだけで感動だ。


 要望と言われ、鏡台から見つめ返すリースベットの顔を、改めてまじまじと見る。

 転生してから昨日まで、ロクに鏡を見ることはなかった。

 鏡を見るより、広い屋敷内の構造を覚えたりする方が重要だから、という理由で。


 髪色はコルネリウスと公爵と同じ。父親似ということだろう。

 透き通ったベビーブルーの髪は腰辺りまである、サラサラのストレートロング。目の形は両方に似たのか、ぱっちりしているけど目尻は少し上向き。

 こうして見ると、目の色も両方を混ぜたような色だ。青みが強い紫色。竜胆とか桔梗の花を思い出すような色。

 肌も白いし、シミやくすみ、毛穴なんかの悩みとは無縁のたまご肌。

 自分であって自分でないから、感想は一言。羨ましい。


 言うまでもなく美人なリースベットの顔を堪能し、要望を出すならこれしかない。


「なるべく目立たないようにお願いできる?」

「目立たないように、ですか?」


 思わず聞き返されるのも、仕方ない。

 私が侍女でも同じ反応をするだろうし、私なら言うだろう。

「こんな美人を目立たないようになんて無理ですよ」と。


「では、髪をまとめて帽子で隠すのはいかがでしょう? 帽子にベールをつければ、お顔も隠すことができますし」

「それでお願い」


 残念ながら私の頭では仕上がりイメージがつかないけど、こういうのはプロに任せておくのが一番。

 流れるような手つきで侍女がヘアメイクを仕上げ、外出用のドレス、靴、その他装飾品で飾られ、終了。

 最終的に鏡で完成形を見て、侍女が言ってたのはこういうことかと感嘆する。やっぱり、プロは凄い。


「ありがとう。ベルンを呼んでもらえる?」


 何に驚いたのか、一瞬固まってから礼をして侍女は出て行った。

 そんなに待つこともなく、侍女はベルンを連れて来た。


「お待たせ致しました」

「少しの間、ベルンと2人にしてくれる?」


 また一礼して部屋を出る侍女を見るだけで、これが当たり前に仕事をする侍女の姿だと、思わずウンウンと頷いてしまう。


「どうかなさいましたか?」

「えっ? あぁ、なんでもないの。街へ出る前に聞いておきたいことがあって」

「どういったことでしょう」


 さて、どう言ったものか。

 私が街に出ようと思ったのは、スピスタのゲームにあった『情報屋(tips)』が目当てだ。

 元がゲームなだけあり、攻略に行き詰まったりすると、ゲーム内ポイントを使ってヒントをくれる場所。例えば、攻略中キャラの好感度を上げるのに必要なアイテムだったり、選択肢に関するヒントだったり。


 ゲームの中なので、誰が運営してるかとかそういうことは描写がなかったけど、王太子のルートで情報屋が実在することを仄めかした記述があった。


 ──困ったことがあるなら、情報屋に行くのはどうだろう? あまり大きな声では言えないが、実は僕も利用してる。店に入る時は、いつも照れ臭いんだけどね。


 プレイしてる時はここでルート分岐だから、ヒント使うといいよ。くらいのゲーム側の優しさを感じて「あ〜」ってなってた。

 だから覚えてたんだけど、肝心の場所がわからない。

 できれば、情報屋で今がゲームのどの辺りなのかを知りたい。

 ついでに言うと、ヒロインちゃんが実在してるのか、実在してるなら進行具合も。


 正直、それがわからないと困る。

 だって、私……今のところ何の情報もないまま、手探りで進んでる状態だからね?


 これを素直にベルンに言うわけにもいかないので、少し悩んで……「信頼できる情報屋はある?」

 ド直球ストレートに訊ねた。


「情報屋、ですか……」


 まぁ、そういう反応になるよね。の見本みたいな、訝しげで疑うような目を向けられる。


「因みに……どういった理由かはお伺いしても?」

「えぇ。侍女になってくれそうな人のアテが1人居るんだけど、その人が今どこに居るか知らなくて、調べてもらいたいの」

「そういうことでしたら、我々がお調べ致しますよ?」

「他にも色々あるから、情報屋に頼みたいの」


 完璧に納得してくれたわけではなさそうだけど、ベルンは諦めたように小さく息を吐いた。


「噴水広場を抜けたクラウンというケーキ屋で、注文してください。──真っ黒なケーキを」


 意外とすんなり答えてくれたことにお礼を言って、私はこのセカイに来て初めての外へ出た。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ