好きは積み重ね、嫌いは一瞬
話が一段落ついて、ベルン含む侍女長たちが下がり、食堂は嫌な雰囲気に包まれているだろう。
私は格好が格好だけに、部屋に運んでもらうことにして脱出してきた。
新しい侍女を迎え入れるまで、屋敷の人たちにお願いすることになるが、首尾良くいって大満足。
お腹が減ってなければ、部屋まで鼻歌を歌いながらスキップで戻りたいくらいの気分だ。
「おいっ!」
訂正。気分だった。
振り返らずとも、声の主はわかりきってる。
足を止め、振り返れば案の定。コルネリウスが眉を吊り上げ、怒りを露わにして、1歩1歩、距離を縮めてくる。
「何かご用ですか? 小公爵様」
そう問いかけると、電池の切れたロボットみたいにピタッと動きを止めた。
「さっきから、何のつもりだ」
「小公爵様は「全て私が悪い」と言いたいのでしょう?」
「あぁ! それもそうだが、その呼び方はなんだ。お父様やお母様にまで「公爵閣下」「公爵夫人」と……何のつもりだ!」
中身が別人なので、両親だと思えないからです。……とは言えない。
それも理由の1つではあるけど、もっと単純な理由がある。
「間違いではないでしょう?」
「ハッ! そうやって、お父様やお母様の感心を引くつもりか?」
私の心情としては関西風に「ちゃうちゃう」だ。
そして答えは単純に、距離を取っただけ。
これは私なりの人との付き合い方なので、人によってはそう感じないかもしれない。
親しいから、親しくなりたいから、名前を呼ぶ。
逆に親しくなるつもりがないなら、役職でいい。
社会に出ると、会社で家族の話をしたりするときは「父」「母」「兄」「姉」など、普段とは違う呼び方をするのが当たり前だ。
日常的に身内をそう呼ぶ人もいるだろうけど、割合としては「お父さん」「お母さん」「パパ」「ママ」で呼ぶ人が多いと思う。
前者と後者なら、どちらの呼び方で呼ぶと親しい気がするか、と言われれば、大半が後者じゃないだろうか。もちろん、一概には言えない。
それと同じで、会社内で「部長」「課長」「先輩」と呼ぶのは普通のことだが、どこか一線を引かれているような気がする。
これが「○○部長」「××課長」「△△先輩」だと、それだけでほんの少し親しみを感じる。
だから私は『名前』呼びと『役職』呼びで、距離感は簡単に作れると思っている。
「お互い、感心なんてないでしょうに」
至極当たり前の感想を口にすれば、コルネリウスの顔が複雑そうに歪む。
流石の私でも、その顔から心情は察せない。
「話はそれだけですか?」
部屋までついて来られたり、部屋に押しかけられたりするのは嫌だから確認した。
「俺に対する当てつけか?」
なんでそうなる。と思ったところで、ふと思い出した。
初めてコルネリウスに会ったとき、私は思わずフルネームを呼んで、不愉快だと言われた。
ひょっとしたら……その時のことを根に持って、私が呼び方を変えたと言いたいんだろう。
「いいえ。立場を改めただけです」
「ブラウエル公爵家の恥さらしだと、認めるわけだな」
私はリースベットじゃないけど、腹が立ってきた。
認めるも認めないも、ないものはない。どうしようもないのだ。
努力すれば、自分で作れば……それで解決する問題なら、私に非がある。
それを、自分ではどうしようもないことで、他人から責められることほど、腹が立つことはない。
「加護の有無で人の価値が決まるなら、えぇ……私は公爵家の恥さらしです。恥さらしが恥さらしらしく、立場を弁えて呼称を変えたことが「感心を引きたい」や「当てつけ」に繋がるとは思えませんが?」
自分でもどんな顔をしていたのかわからないけど、呆然とするコルネリウスの表情を見るに、リースベットらしくなかったのは確か。
確認なんてするんじゃなかった、とコルネリウスに背を向けて部屋に戻る。
戻る道すがらも、怒りは収まりそうになかった。
「大体、矛先が違うでしょうが……」
リースベットの加護無しはリースベットの責任じゃない。
加護がないのは仕方ないし、なかったとしてもそれは親の責任じゃないかと思う。
なのに、肝心の親は無関心に依怙贔屓……。
コルネリウスもコルネリウスだ。
自分は加護があって優遇されてるから、加護無しが責められることの意味を理解してない。
少しはその頭で考えればいい。
──もし、自分がリースベットの立場ならどうだろう、と。
加護がなかったら、リースベットと同じで顔と家柄しか取り柄がないくせに。
「……あんなヤツ、大っ嫌い」