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ボーナスは諦めて


 公爵は腕組みして無言。公爵夫人はソワソワとイライラ。

 コルネリウスは、何故かこっちをチラチラ。


「奥様! 連れて参りました!」


 明らかに全力疾走してきました。……な使用人と侍女3名。

 乱れる呼吸にお屋敷内は走っちゃダメよ。と言いたくなるけど、今は笑顔で手をヒラヒラ振ってあげる。

 私の、というより公爵夫人の顔を見て、侍女たちは状況を悟ったらしい。

 状況把握能力は認めてあげないでもないけど、残念ながらちょっと遅かった。


 1人は顔面蒼白で顔を俯けて、1人は顔を背ける。

 もう1人は面白いくらいに目が泳いでる。


「たった今、この子から話を聞きました。まさかとは思うけど、本当に朝から誰も、この子の部屋に行ってないと言うわけじゃないわよね?」


 公爵夫人の言い方は確認してるようで、確認してない。

 さぁ、なんて答えるんでしょう。


「答えなさい!」


 顔面蒼白の侍女がヒィと小さく悲鳴を上げた。


「い、いっ、行ってません……」

「わっ、私は伺いました!」

「私も一緒に伺いました!」


 おや。この状況で嘘つきが出てきた。


「2人はこう言ってるわよ」

「どうせお前が侍女を追い出したんだろ。それでこんな時間まで寝こけて、お母様に怒られたから侍女のせいにした。……どうせ、そんなところだろ」


 公爵夫人とコルネリウスは、目の形こそ違うけど色は同じ。

 マリンブルーの目が、私を疑うように見てくる。


「私の部屋に来たのは、いつ?」

「朝です!」

「いつも通りの時間に伺いました!」

「2人で一斉に答えてくれる? 何時頃だったか」


 嘘つき侍女たちがチラッと目配せをして、同時に息を吸い込んだ。


「7時です!」

「9時頃……」


 急に呼ばれて口裏を合わせる暇もなかっただろうから、ボロはすぐに出た。


「さっきは「2人一緒に」って言ってたけど、別々に来たの?」


 公爵夫人とコルネリウスは、私が嘘をついてたと思いたかったのか、侍女たちの食い違う発言に驚いていた。


「侍女長を呼べ。それからベルンもだ」


 ついに公爵が口を開いた。

 私は自分が嘘をついてないことも、侍女が嘘をついてることも知ってる。けど、諸々の決定権を持ってる人は、疑わしいだけで判断することはしないらしい。

 侍女長の言葉に、嘘つき侍女2人の顔色も悪くなってくる。


「お呼びでしょうか、旦那様」


 先に現れたのは侍女長。

 立場が立場だけに走って来るようなこともなく、呼び出しを受けた3人の侍女を一切見ることもせず、ピンッと姿勢を正して公爵を見ている。


「侍女の職務怠慢について報告があった。双方の意見が食い違うようだが、どうなんだ」


 ここで初めて、侍女長が呼び出された侍女たちを横目に見た。


「……お恥ずかしいことですが、私も先ほど話を聞き、ここに来るまでの間でそういったことがあった……と報告を受けました。私の管理不十分でございます。誠に申し訳ございません」


 私からの感想があるとしたら「ふぅん」だ。

 感心した、とかの良い意味ではなく、悪い意味で。


 侍女長という立場は、要するに中間管理職みたいなものだと思ってる。

 上には人事のトップが居て、下には監督する侍女が居る。

 今の侍女長の言い方だと「職務怠慢はあったみたいです。私は知りませんでした。でも侍女長なので、すいません」ということ。


 それが嘘か本当かは知らない。どっちでもいい。

 私が気になるのは、自分に被害が及ばないように下を切り捨てたことだ。

 中間管理職の立場って、本当に大変。

 上に媚びて、睨まれて、下からは頼られて、褒めて、怒って……。

 下ができてないと上から怒られて。

 中間とはよく言ったもので、板挟み管理職ですよ。


 怒られるのは誰だって嫌だ。

 今回の件なら職務怠慢した侍女が全面的に悪い。

 侍女長も巻き込まれで怒られたくはないんだろう。

 だからって……責任逃れして、切り捨てるのは良くないよ。

 これがよくある光景だと知ってるからこそ、余計に。


「遅くなり申し訳ございません。旦那様がお呼びと聞きましたが……」


 彼がきっとベルンだろう。

 遅れてやって来たベルンは、侍女長と侍女3人が呼び出されている光景を目にして、瞬時に「何かあった」と悟るだけの状況把握能力はあるらしかった。

 ベルンは侍女長や侍女たちと違い、公爵の傍まで行き、何やら耳打ちをされて「かしこまりました」と頭を下げた。


 聞こえないので、どんなやり取りがあったのかは分からない。

 状況的に、今回のことと関連する話だろうけど……全くの別件かもしれない。


「処分が決まるまで、そこの3人は……」

「お話しを遮って申し訳ありませんが、公爵閣下」


 挙手、とまではいかずとも軽く手を上げた私の言葉に、公爵が言葉を切った。

 話を遮ったことが不快だったのかもしれない。髪色と同じ、水色がかった白い眉がピクッと動いた。


「私、処分は求めておりません」


 何を勘違いしたのか、侍女たちの顔色がパッと明るくなる。

 いや、別に助けてあげないよ?

 そこまでお人好しでもなければ、砂糖菓子みたいに甘いわけでもないから。

 元々、この流れに持って行きたかっただけだ。


「私につけられた侍女を外していただきたいだけですから」

「当然そうする」

「でしたら、新しい侍女を迎え入れてもよろしいですか?」

「屋敷内の者では不満だと?」

「えぇ、不満です。彼女たちの処分を求めないのも、私以外に仕えれば仕事はするだろうという判断によるものです。この屋敷内の使用人は、誰も私に仕えたくないようですから」

「それは、お前がっ!」

「コルネリウス」


 途中でコルネリウスが机をバンッと叩いて、その場で立ち上がって抗議するけど、公爵がそれを一言で窘めた。

 コルネリウスの言いたいことはわかってる。

 どうせ「私が悪い」だ。


 そんなことはわかってる。リースベットは態度も性格も悪かった。

 だから、こんなことになった。

 事の発端、というか元凶はリースベットにあったとしても、職務怠慢をする前に、侍女たちはやることがあった。侍女長に配置換えをお願いするとか……職務怠慢(ボイコット)したいなら、まずは報連相が必要。

 まぁ、侍女長の言葉(私は知りませんでした)を信じるならだけど。

 そうすれば、侍女長だって前々から私の態度が悪いせいで〜とも言えたわけですよ。


 諸々全部、棚上げして「リースベットが悪い」は、極論だ。

 正直、何をやらかしたのかは知らないから言えるっていうのもある。

 想像だけど、そこまで大きなやらかしではないと思う。

 暴力を振るったとか、怪我をさせたとかなら、こんな状況にはなってないと思うから。


 それに、だ。


「ブラウエル公爵家の落ちこぼれには、そういう態度で仕事をすればいい。……と思っている者が仕えても、同じことを繰り返すだけでしょう?」


 リースベットが悪い。侍女が悪い。

 もっと悪いのは、この屋敷の環境だ。


 公爵は無関心。公爵夫人は兄妹で明らかに態度を変え、コルネリウスなど私を目の敵にしてあからさまに見下している。

 上がそんなだから、下は「これくらいは許される」と勘違いして増長する。

 そんなことを言おうものなら、また私が悪い。になるだろうから、言わないけど。


「……許可しよう」

「ありがとうございます、公爵閣下」


 これでひとまず、身の回りのことは心配しなくてよさそうだ。


 

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