残念だなぁ(笑い)
迷子後、何とか部屋に戻って来られた。
流石、加護を受けた家。……というか、むしろ城。
庭も広いけど、家の中も広い。ついでに私の部屋も広い。
安アパートの1ルームが、リースベットの部屋の衣装室にあるクローゼットと同じだと気付いた時の衝撃は、忘れられるものじゃない。
リースベットになって1週間。
私がしたことと言えば、城みたいな家と庭を見て回ったことくらい。
おかげで迷子にならなくなった。
「うーん……これって結構な問題ですよねぇ?」
誰も居ない部屋なので、独り言にしては大きい声で話しても問題ない。
問題なのは、今まさに部屋に誰も居ないことだ。
個人的には有り難いけど、それとこれとは別問題。
私が「1人にして」とも言ってないのに、誰も傍に居ないのはダメでしょう。少なくとも侍女は身の回りの世話やらで、傍に居ないといけない。
それなのに、私が呼ばなきゃ支度の手伝いも、ご飯を運んでくれることすらしない。
呼んだとしても、数十分はベルを鳴らすこともある。
「職務怠慢ってやつですよねぇ」
今日は試しに朝から1度もベルを鳴らしてない。
おかげで私はパジャマ……というか、ネグリジェのまま。朝ごはんも食べてないし、窓の外を見れば日が高い。このまま行くと、お昼ご飯も抜きになるんだろう。
もちろん、お腹は減った。時々、キュルルルル……と切なげな音を立てるくらいには。
気難しい上に、性格の悪いお嬢様に仕えるのが嫌なのは分かる。
私だって、嫌な上司に頭ペコペコ下げて、伝家の宝刀「すいません」と愛想笑いで仕事してたんだから。
お金貰ってる以上、仕事はしなきゃならない。
それがどれだけ嫌な相手に媚びへつらうことでも。
嫌なら辞めればいい。けど、自分に何も残らないから、結果を出すしかない。結果が出せなくても、最悪愛想だけで上司の覚えが目出度いなら御の字。
こんな社会は間違ってるんだろうけど、悲しいかな、これが現実だ。
というわけで……抜き打ち、侍女の仕事ぶりチェック! をしてるわけです。
因みに、泣き寝入るつもりはございません。
「……残念。タイムオーバー」
窓の外はすっかり暗くなって、結局お昼ご飯も食べられないまま。
当然、侍女はもちろん。誰も部屋に訪れることはなかった。
いくら家とはいえ、ネグリジェ姿で歩き回るのがはしたないことは重々承知の上。部屋を出た私の姿を見た使用人たちは、面白いくらいに固まって、慌てて頭を下げる。
けど、その目が全てを物語ってる。
──あんな格好で何のつもりだ、と態度も雰囲気も、何より目がそう訴えてる。
なんとでも、好きな風に思っていればいい。
何故なら、その結果は今にわかるから。
私が向かったのは食堂。
バーン、と勢いよく扉を開ければ、料理を運ぶ使用人たちのギョッとした顔と、美形の3人がこっちを向いた。
「……なっ、なんて、はしたない格好をしてるんですかっ」
少しばかりの沈黙の後、真っ先に声を上げたのは公爵夫人。
美形兄妹の母親だけあって、年齢不詳の美人だ。
「はしたない? てっきり、公爵夫人の指示かと思いましたが?」
「なんですって!?」
声を震わせながら、金切り声を上げる芸当は見事。
それだけ怒りに満ちているんだろうけど、知ったこっちゃない。
「屋敷内の使用人……当然、侍女の管理は公爵夫人の役割ですよね?」
「それがなんだって言うの!」
公爵夫人が癇癪を起こす傍らで、公爵とコルネリウスは大きくため息をついている。
これを聞いても、同じ態度が取れるかな?
「ご存知なかったですか? 今に始まったことではありませんが、今日は私の部屋に"誰も"来なかったんです。はしたないとは思いましたが、支度もままならず、朝から何も口にしておりませんので……"仕方なく"恥を忍んで部屋から出て参りました」
まずは軽い(?)ジャブを打つ。
本来なら決められた席次に着くべきだろうけど、嫌がらせのように長テーブルの端も端、末席に座ってやった。
案の定、公爵は咎めるような目で公爵夫人を見て、コルネリウスは呆然とした様子で母親を見る。
私だって、公爵夫人が指示した……とは思ってない。
ただ、こういう場合は責任者に話をした方が早いわけですよ。
「どういうことだ」
「ちっ、違います! 私が侍女や使用人にそんな指示をするわけありません!」
公爵夫人には申し訳ないけど、責任問題はあると思うから公爵に睨まれようが、私は助ける気がない。
「すぐに! すぐに侍女を呼んでちょうだい!」
「は、はいっ!」
バタバタッ、と食堂から走り去る使用人の足音に紛れ、私の可哀想なお腹が鳴った。
空っぽの胃袋には、もう少し我慢してもらうしかない。