新天地、グランナディア
馬を走らせること5日以上。
途中で休憩をかなり多めに取ってもらい、可能であれば道中の町に寄って宿に泊まり……随分配慮してもらいながら、目的地であるグランナディアに到着した。
この5日間は過酷だった。
馬での移動に慣れてないせいで、全身筋肉痛。
都合よく町があるわけもなく、野宿も経験した。
お金を貯めてシナリオから脱出! って、簡単に言ってた自分が、どれだけ無知で考えが浅はかだったかを思い知らされた。
「大丈夫……ではありませんね。ご無理をさせてしまい、申し訳ございません」
「いや、シュヴァルトが悪いんじゃなくて……私が考えなしだっただけだから」
グランナディアは、歴史を感じさせる西洋建築の建物が並ぶ街。
屋台やマルシェ、お店もある。活気がないわけではないが、王都の賑わいを見ていたせいか、比較すると穏やかな感じがする。
「これからリース様が生活されるのは、こちらです」
街並みを見ながら、シュヴァルトに案内されたのは……
「シュヴァルト、さん」
「はい」
「ここは……?」
「スキアシャッテン城です」
城だった。やっぱり、お城だった。
途中から街並みもなく、建物も人気をなくなってきたと思えば……厳かな門前には門番が立ち、公爵邸よりも更に広いお城が遠くに見える。
「いや、私は普通に生活するつもりで……」
そこまで言って、言葉を飲み込んだ。
今の私はメイド業ですら危うい。下級メイドがするような洗い物や洗濯なら、できなくはないかもしれないが……むしろ、それしかできない。
こんなお城でメイドとして雇ってもらえるなら、文句を言える立場じゃない。
私の考える普通がかなり甘い、というのは身に沁みて実感したので、大人しくシュヴァルトに従うことにした。
門番はシュヴァルトと私の顔を見るなり、あっさり門を開けてくれた。
庭の広さも公爵邸とは比べ物にならない。
近くで見るお城は、首が痛くなるほど見上げないといけないほど大きかった。
「中で主人が首を長くしてお待ちです」
「え……」
いきなり雇用主に会うことになるとは思っていなくて、自分の身なりを改めて見る。
1人でも着替えられるようなワンピースドレスは、ラニアのドレス。その上から、顔や格好を隠すようにローブを羽織っただけ。
何が正解かはわからないけど、このままの格好でいいのか……不安しかない。
「参りましょう」
慣れたように城内を歩くシュヴァルトの後ろを、黙ってくっついて行くことしかできず、周りを見る余裕もなかった。
広い城内を歩き回り、細工と彫刻が見事な芸術品のような扉の前で止まる。
ノックもなく開かれた扉の先は、応接室のようだった。
「こちらで少々お待ちください」
そう言って、シュヴァルトは退室。
1人残された私は、高級そうなソファーに座るのも躊躇われ、ソファーの隣で立ち尽くす。
「はぁ……」
気持ちは、重役相手に面接を控える就活人。
不安と緊張、更には全身筋肉痛。
頭の中で就活心得がぐるぐるしている。
(笑顔は基本。質問された内容をしっかり理解して、自分をアピールしながら……)
就活心得を胸に、面接のイメージトレーニングをしている最中、ノックの音がして「はっ、はい!」と、緊張の滲む声が出た。
「お待たせいたしました」
「……テネーブル、大公」
「はい。お約束通り、近い内にお会いできましたね」
就活心得とせっかくのイメージトレーニングは、頭の中から飛んでいった。
「まさか、ずっとそのままでお待ちくださったのですか?」
「え、あ……はい」
「おかけください」
ソファーを勧められてしまえば、座るしかない。
とりあえずローブは脱いで、軽く畳んで膝の上に乗せて座る。
向かいには、文句なしの美貌を持ったテネーブル大公が掛け、給仕のメイドが紅茶を運んでくれる。
「どうぞ。お茶でも飲みながら、今後のお話をしましょう」
勧められるがままにお茶を飲むが、頭の中はパニック状態。
「そんなに緊張なさらないでください。いつものようにしていただいて結構ですよ」
「いえ、あの……私、ブラウエルを出たので……」
「そのことなら、存じております。住居や仕事を探していらっしゃったことも」
そう言われて、情報屋に口止めをお願いしていなかったことを思い出した。
「ひょっとして……ですが、テネーブル大公が私を雇ってくださるおつもりですか?」
「そうですね。ちょっとしたお仕事をお願いする代わりに、ここで生活していただけたら……と考えてます」
有り難い提案で、二つ返事で了承したいところではある。
しかし、「ちょっとしたお仕事」というのが大いに引っかかる。
何しろ、ブラウエル公爵は誰にでもできる「簡単な仕事」といって、精霊の代理人を丸投げしてきた。
「その……ちょっとしたお仕事とは?」
「僕の仕事を手伝っていただきたいのです」
「領地経営とか、そういうのであれば……私には無理です」
よくある話で領地経営とか、帳簿をどうの……とかあるが、私には無理だ。
やる前から決めつけてるではなく、そもそもの仕組みがわかっていない。
私は会社経営をしていた人間でもない。
あくまでそれなりの地位にいる、ただの会社員だ。
そんな人間が領地を経営(手伝いを)するとなれば、まず勉強する必要がある。
帳簿とかも同じだ。
収支やらの数字を見たり、計算もある程度はできるだろうが、文明の利器に頼りきっていた人間が、手書きでさっさとできるわけがない。
そもそも、私は簿記検定なんて資格持ってない。
そういったことを、1から覚えて……なら、頑張る。
頑張るしかできないから。
けど、いきなりは無理だ。
「ご安心ください。僕が手伝っていただきたい仕事は、領地に関係ありますが、リースベット嬢の得意を活かしたお仕事を頼みたいのです」
「私の、得意……?」
テネーブル大公は見惚れるくらいの微笑を浮かべ、私はというと……呆然と首を傾げていた。




