しつこい男は嫌われている
公爵邸を出たのはいいが、私たちは王都にあるホテルで生活している。
予定よりも早い退場と、不測の事態(高熱)があったため、移動より体を休めることが先決。……と、過保護なシーラが譲らなかったこともあり、1週間はホテル生活をすることに決まった。
「これから向かうのは、王都から離れたクローナ自治領にある街──グランナディアです」
3日は絶対安静と譲らなかったシーラの言葉で、3日間はベッドから動けず、4日目の今日……ようやくベッドから解放された。
今は見張り兼世話役として残ったシーラと、今後の話し合いをしている最中。
ティナとシュヴァルトは、それぞれ必要なモノを買い足したり、新天地への移動に向けた準備に動いてくれている。
「グランナディア……って、どんなところ?」
「そうですね。王都に引けを取らないほど栄えている街ではありますが、国内貴族は滅多に訪れることはありません」
「栄えてるのに?」
「立地があまり良くないですから」
現代地図に慣れた身としては、テーブルの上に広げられている、ざっくりすぎるこの国の地図から情報を得るのは難しい。
聞いたのは私だが、そうなんだ。くらいの感想しかなく、そういうものなんだと納得するしかない。
でも、言いたいことはわかる。
例えば……大型ショッピングモールが2つあって、1つは何でも揃ったショッピングモール。もう1つはそれなりに揃ったショッピングモール。
何でも揃ってる方は交通の便もよく、もう1つはそうでもない。……なら、大抵の人は何でも揃ったショッピングモールに行くよね、という話だ。
例え話に置き換えて思ったが、それでも潰れていないということは、グランナディアはデメリットを跳ね除けるくらい、優れたところがあるんだろう。
「きっと、リース様は気にいってくださると思います」
「それなら、準備ができたらすぐに出発でもいいんじゃない?」
「それとこれとは話が別です。あと3日は、ここで我慢していただきますので」
「……過保護に拍車がかかってないですかね、シーラさん」
新天地に向かうに当たって、シーラたちは私の呼び方を「お嬢様」から、名前呼びに変えてくれた。
私も前みたいに主人っぽく話すのは止めた。
おかげで前より距離が縮まって、今では気安い職場の先輩後輩で、親しい友人くらいの関係になれたと思っている。
「今に、ティナがお土産を山ほど抱えて戻って来ますよ」
噂をすれば……とはよく言ったもので、シーラがそう言った後、扉の外でバタバタと騒がしい足音がする。
思わず私はシーラと顔を見合わせて笑ってしまう。
ボロ、というわけではないが、木造の安ホテルなので、足音が近付いてくる度に床が微かに揺れる。
ティナが帰って来たことを肌で感じ、口の端が緩んだままになる。
恐らく両手いっぱいに荷物を抱えているんだろう。ノックの音が不規則で、変な強弱がついている。
「開いてるわ」
「……私が開けて参ります」
「お願い」
シーラが扉を開けると案の定。
ティナは両手に荷物を抱えていて、顔が見えない。
「おじょ、リース様!」
「聞こえてるから、まず荷物を置いたら?」
慣れたようにシーラがティナの荷物を少しずつ運ぶと、肩で息をする焦ったティナの顔が、ようやく見えた。
「先に水でも飲んだ方がいいんじゃない?」
「用意します」
そう言ったシーラが部屋を出ようとすると、またバタバタと足音が聞こえてきて……「リース様!」
シュヴァルトも帰ってきた。
「どうしたの? そんなに慌てて」
シュヴァルトは息を整えるティナと、私、シーラの順に見て、最後にまた私を見る。
「その様子では、まだお聞きになっていないのですね」
まさか……と思う反面、なんとなく2人が言いたいことを理解した。
「ブラウエル公爵家が……というより、小公爵がリース様を探し回っております」
「……そんな話だろうと思った」
もう驚きもしない。
過保護なシーラに「どうする?」と言えば、シーラは眉間にシワを寄せながらため息を吐いた。
「リース様の指示に従います」
このままレインディアに滞在し続けるのは難しい。
いつから探し回っているのかは知らないが、仮に即日だとして4日間。1人で探す……なんてことはしないだろうから、それなりの規模と人員がいると仮定すると……4日間見つからなかったのは運がよかった。
まぁ……ワガママな公爵令嬢が木造の安ホテルに泊まってるとは、誰も思ってないのかもしれない。
ここに泊まると決めた時、ティナたちも同じような反応をしてたから、それが功を奏したと思っておこう。
「……どうしたらいいと思う?」
見つからないように逃げたい。
けど……今から馬車に荷物を積み込んで、精算して、諸々してると時間がかかる。
「今すぐに見つかるとは思いません。ですが、ブラウエル公爵家の騎士たちが目を光らせています」
「わ、私が見たのは、騎士もですが……使用人たちも居たんです!」
想像以上に大規模かもしれない。
「恐れながら、私とリース様だけ先に馬で王都を出るのがよろしいかと」
「……シュヴァルトの言う通りかもしれません。そこまで大規模な捜索なら、全員で動くよりバラバラに行動した方が確実です」
シュヴァルトの提案にシーラは賛成の様子。
2人がそう言うなら、その方がいいんだろう。
「それって、ティナとシーラは大丈夫なの?」
「ご安心ください! 私にいい考えがあります!」
何故か、余計に不安を煽る自信満々なティナの姿。
「大丈夫ですよ、リース様。先にグランナディアでお待ちください」
「私たちもすぐに追いつきますから!」
半ば追い出されるように、ホテルの裏口に出た。
馬車を引いていた馬は厩舎に預けられていて、その馬を1頭連れたシュヴァルトに手伝ってもらい、人生初の乗馬体験。
こういう場面じゃなかったら、もっと感動とか色々あったかもしれない。
「リース様、手綱をしっかり握って離さないでください。馬上はかなり揺れますので」
まず、高さと座面の不安定感が怖い。
普通なら、馬をゆっくり歩かせて慣らすところから始めるのに、慣れる間もなくいきなり走らせるのだ。馬上から見る視線は普段の視線の倍近い高さで、ただ座ってるだけならまだしも、動くからバランスを取るのが難しい。
恐怖で心臓をバクバクさせながら、シュヴァルトに後ろから腕の間に挟んでもらい……パシンッと小気味いい音を鳴らした瞬間、馬は勢いよく走り出した。
よく絶叫系で「キャー」って言える人がいるけど、ああいう人たちは絶叫系を楽しめてると思う。
ダメな人は、今の私みたいに歯を食いしばって言葉を失う……ということを実感した。




