公爵令嬢としてのお仕事(4)
突然の出来事に驚いて、なんと声をかけたらいいのか、わからなくなる。
「麗しい水の精霊様から加護を授かりたく、参りました」
前回と違い、仮面がない。
黒髪に金色の目。黒猫みたいな印象のテネーブル大公は、やっぱりイケメンだった。
「……みっ、水の加護がありますように」
なんで、どうしての疑問が頭の中をぐるぐるしながら、冷静な部分が「仕事しなきゃ」となって、動揺を隠せないまま水花を差し出した。
「精霊様、僕は精霊様の加護がほしいので、こちらだけをいただいても構いませんか?」
「え……?」
テネーブル大公が指さしたのは、ハーバリウム。
水花はいらないと言う。
さっきのおじさんと真逆のことを言ってくれるのは、テネーブル大公の優しさかもしれない。
「あの、もちろん構いません。どちらもお渡ししますので……」
「僕は精霊様の加護をいただきたいんです」
ただのハーバリウムだ。加護なんてない。
そんなこと、テネーブル大公だってわかってるだろうに。
その気持ちが、どうしようもなく嬉しい。
「水の加護がありますように」
嬉しくて、自然と笑顔になりながらハーバリウムを手渡した。
「格別の加護を賜りましたこと、感謝いたします」
だから、加護はないんだって。なんて思いながら、テネーブル大公がハーバリウムを光にかざして見る姿に見惚れた。
「あっ、それはなるべく光に当てないでください」
「そうなんですか?」
「光を避けて飾ってください」
他の人たちにも同じ注意事項を伝えてる。
テネーブル大公がしたみたいに、光に透かすと綺麗だけど……ハーバリウムは直射日光を避けて保管してほしい。劣化が早くなったり、諸々あるから。
「へぇ……光は駄目なんですね」
「少しくらいなら問題ないですよ」
「いえ、止めておきます」
こんなことなら、ハンカチを贈った時にハーバリウムも別で作っておけばよかった。
そうすれば、少し特別なものを用意できたのに。
「贈り物のお礼をしに来たつもりだったんですが、僕の方がまたいただいてしまいましたね」
「え?」
ちょうどハンカチのことを考えていたせいで、驚いて出た声はうわずっていた。
「どちらも大切にいたします」
「あ、いえ……」
イケメンの微笑は破壊力が凄い。
思わず顔が赤くなったのは仕方ない。
「精霊様は日が沈む頃には戻られますよね?」
今の私は精霊の代理人だからだろうが、精霊様と呼ぶのは止めてほしい。
若干の劣等感と、気恥ずかしさが襲ってくるから。
とりあえずゆっくり頷けば、テネーブル大公は微笑を浮かべたまま私の手を取った。
「では、リースベット嬢に戻られた後で構いません。お礼に食事でもいかがですか?」
なんだろう。手慣れすぎているように見えて、警戒する部分もありながら、ノーと言えない雰囲気があって答えられない。
困って私が周囲を見回せば、シーラとシュヴァルトが何度も大きく頷いている。
ティナなど、大袈裟な身振り手振りを交えながら「行ってらっしゃいませ!」を、口パクで伝えてくれている。
警戒しているのは私だけで、周囲は応援モード。
これは……私の考えすぎなのかもしれない。
「あの、はい……お願いします」
私が誘いを受けた瞬間、応援団の3人が嬉しそうにしている顔が見えた。
「よかった。時間を見てお迎えに参りますね」
スマートに去っていくテネーブル大公の姿を見送り、しばらく放心。
ティナが騒ぐ声も、シーラがそれを宥める声も、シュヴァルトに声をかけられても、何も反応できなかった。
どうにか復活してからも、心ここにあらず状態で仕事を乗り切った。
「どうしよう、このままでいいの?」
日が沈み、いよいよテネーブル大公が迎えに来る時間が迫っていて、私の心配と緊張は一気にピークを迎えた。
「そのままでもお嬢様は十分お美しいですが……可能であれば、ドレスは変えたいですね」
「そうよね、屋敷に戻って着替えを……」
「お嬢様、お嬢様、なにかお忘れではないですか?」
ティナの提案でラニアの店に寄って、経緯を説明しているとラニアは新作をいくつか用意してくれた。
急いで着替えを済ませ、土産話を期待していると送り出される。
「お迎えにあがりました、リースベット嬢」
何も言ってないのに、ラニアの店前にテネーブル大公がいた。
「どうして、ここに……」
「ブラウエル公爵家の馬車が、ここに停まっているのが見えたので、リースベット嬢がいらっしゃると思ったんです」
なるほど。と納得している間に、手を取られていた。
「精霊様のお姿も素敵でしたが、リースベット嬢はそのままの方が一番ですね」
……だから。この人はサラッとそういうことを口にするけど、言われた方は何も言えなくなるのだ。
恥ずかしい。
「では、参りましょうか」
「お願いします」
馬車に乗って行かないようで、エスコートされながらさっきまでいた噴水広場を抜け、到着したのは……
「ここって、」
「ご存知ですか?」
2階に情報屋がある、ケーキ屋──クラウンだった。
食事は食事でも軽食のことか、とホッとして扉を見れば、クローズの札がかかっている。
「あの、今日はもう閉店みたいですね」
「あぁ……大丈夫ですよ」
そう言ってドアノブに手をかければ、扉は簡単に開いた。
「どうぞ」
前に来た時とは違い、店内には誰も居なかった。
代わりに、甘い香りだけが残っている。
内装も変わっているように思ったが、内装が変わったのではなく、テーブルと椅子が1つを残して片付けられているせいで、そう見えただけだった。
「驚きましたか?」
「はい。でも、こんなことをしていただいて大丈夫ですか?」
テネーブル大公に対してもだが、何よりお店の人に申し訳ない。
私のせいで、余計な仕事を増やしてしまった罪悪感というか……とにかく落ち着かない。
「ここの店の主人とは知り合いなので、気にしないでください。店内のことも、明日が定休日なんですよ。定休日は隅々まで掃除を行いますから、テーブルなどは全て運び出すんです」
どのみち邪魔してることに変わりないのでは? なんて思いながらも、せっかくのお誘いにあれこれ言うのも失礼な気がして、それ以上は言わずにおいた。
「急にお誘いして、ご迷惑ではなかったですか?」
「あ、それは……全然構いません」
すぐ屋敷に戻っても、部屋で1人ごはん。
慣れたことでもあるし、食堂で食べる気にはなれないし……たまにはこうして誰かと食事するのは大歓迎だ。
「そう言っていただけてよかった。せっかくですから、食事をしながらお話しましょう」
軽食、というかデザートが運ばれてくるのだと思っていたら、前菜が運ばれてきた。
通りで、テーブルセットがコース用なわけだ。
……もう何も言わないでおこう。
テネーブル大公が言うように、せっかくの機会を楽しもうと、カトラリーを手に取った。
「今日はありがとうございます」
クラウンでの食事は楽しかった。
料理はどれも美味しくて、テネーブル大公との会話はお酒と共に盛り上がった。話の内容はお互いの趣味や、休みの日の過ごし方など、他愛ない話で気楽に話せたのも大きい。
「僕の方こそお礼のつもりが、楽しませていただきました」
本当に、楽しい時間はあっという間。
このまま別れてしまうのは名残惜しいと思ってしまう。
公爵家を離れ、公爵令嬢でなくなったら……もう会えない。
「また、近い内にお会いできますよ」
顔に出ていたのか、そんなことを言われて心臓が跳ねた。
恋愛的な意味ではなく、私の考えが読まれているみたいな意味で。
「それでは、よい夢を」
「テネーブル大公も、お気をつけてお帰りください」
しばらく、そこから動けなかった。
テネーブル大公の顔が、頭から離れなかったせいで。




