公爵令嬢としてのお仕事(3)
あれから黙々とハーバリウムを作成し続けた。
誤飲を防ぐため、蓋は開けられないようにして、グレイスが着用したドレスをリボンとして活用した。もちろん、ラニアには事情を説明して許可を取った。
ハーバリウムは、ドレス1枚をリボンにしても足りないくらいの量を作り、準備は万端。
ブラウエル公爵家主催、水の祝福祭がいよいよ始まる。
「水の精霊様も、今日のお嬢様の美しさの前には嫉妬されるかもしれませんね」
シーラの大袈裟な褒め言葉に、ティナは半泣き状態で首を縦に降り続けている。支度の途中から言葉数が少ないとは思っていたが、感動で言葉がでないらしい。
2人の大袈裟な反応に、どう返すべきか悩むところではある。
「少し早いけど、出発しましょうか」
「はい」
屋敷の中は、どこもかしこも念入りに飾られていた。
私には関係ないことだが、今日から屋敷は訪問客の予定でいっぱいだ。貴族であっても加護を与えてもらいに来たり、親交と交流を兼ねた宴と催しが続くのだとか。
謹慎が明けたコルネリウスも、公爵夫妻と一緒に屋敷でおもてなしをするそうなので、しばらくは顔を合わせなくて済む。
「では、参りましょうか」
向かうのはレインディアの噴水広場。
広場にはテーブルや椅子が置かれ、祝福祭が終わるまでこの広場は、ブラウエル公爵家の加護受け渡し場となる。
既に加護を求めて並ぶ人の列も見える。
「すごい人の数……」
「きっとお嬢様の姿を見たら、水の精霊様がいらしたと思われますよ」
「そうだといいけど」
緊張と不安が半分ずつとはいえ、今日のリースベットは誰が見ても人目を引く。お祭りの雰囲気も合わさって、なんとなく大丈夫だと思って馬車を降りた。
その瞬間、行列が一気にザワつく。
こういう時、社会人の『空気を読む』スキルは、プラスにもマイナスにも働くと痛感する。
(やっぱり、そういう反応になるよね……)
行列のザワつきは、明らかに悪いものだった。
私の姿を見るなり、先頭に並んでいた人たちは背中を向け、帰って行く。
そして、その空気は行列に伝播していく。
「嘘だろ」
「ありえない」
そんな言葉を残して、行列が蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
ティナもシーラも、シュヴァルトでさえ、この光景に言葉を失って立ち尽くしている。
(こうなるとは思ってたけど……)
上手くいくかもしれない。そう期待していた部分はあった。
ただ、それ以上にこの状況を予想していた。
公爵に仕事を頼まれた時から。
暴動が起きなかったのは、私が貴族で、集まった人たちは一般人。身分の違いがあるからでしかない。
「さぁ、準備して」
「で、ですが……お嬢様……」
「すぐに準備致します」
同様するティナの言葉をシーラが遮って、2人は準備を始めてくれる。
誰も居なくなった広場で準備なんかしても、無意味なことは私が一番わかってる。
「差し出がましいようですが、発言しても?」
「えぇ、どうぞ」
直立不動で広場を見るシュヴァルトと、2人の準備風景を見る私。
正直、何をやってるんだろうと思う。
「屋敷に戻られないのですか?」
「どうして?」
「公爵様に頼まれたこととはいえ、この状況では続行は難しいかと……」
でしょうね、と言いかけた言葉は飲み込んだ。
「いいのよ。これが最後だから」
どっちに転んでも私は「お願い」を聞いてもらえる。
あからさまな人の反応に胸が痛まないわけではないが、ある程度は予想していたこと。これが最後だと割り切ってしまえば、開店休業状態も悪くない。
「お嬢様、準備できました」
いざ始まってみれば、最初のような行列こそできないものの、まばらに人はやって来た。
2時間以上経って10人。途中から、いっそのことセルフにしてやろうかとも考えるほどの人数。
それでも真面目にやろうと思えるのは、数少ない人が「ありがとうございます」と、丁寧に頭を下げてお礼を言ってくれるから。
「水の加護がありますように」
「ありがとうございます。これで今年も無事に過ごせそうです」
「こちらもお持ち帰りください」
「これは……ありがとうございます!」
暇な時間の方が長いとはいえ、こうして感謝してもらえると素直に嬉しい。
今のところハーバリウムの反応も上々で、いい気分が続いていた。
「……お願いします」
11人目のお客さんはおじさんだった。
言葉こそ「お願いします」と丁寧でも、顔と雰囲気はそうは言ってない。
むしろ、仕方なく来たといった感じがひしひしと伝わってくる。
いい人が続いていたから、おじさんが悪目立ちしてしまうが、この態度を責めるわけにはいかない。
加護をもらいに来る人の中には、遠方からわざわざ時間をかけて来る人もいる。
現代でも、遠方の有名な神社やお寺に詣でる人がいると思うが、それと同じ。
おじさんからすると、わざわざ時間とお金をかけてはるばる来たのに、ご利益とは無縁の人にお守りを渡されることになる。
「水の加護がありますように」
気にしない方向で定型の言葉と水花を手渡せば、おじさんはゴミでも見るような目で水花を見て、一向に受け取ってくれない。
「あの、やっぱり……いらないです」
言われた言葉の意味は、頭が瞬時に理解してくれた。
あっ、そう。とも思わず、ただただ無感情になってしまう。
アレだ。水花を加護なしの私が手渡すことで、加護がなくなったと思ったんだろう。
「……シュヴァルト、水瓶を」
「シーラ、花を」
いらないと言い放ったおじさんの前に、2人が水瓶と花の入った籠を持って来てくれる。
「どうぞ、ご自身で加護をお持ち帰りください」
「あっ、」
淡々とした私の態度と、2人の圧におじさんが「マズい」と思ったのか、戸惑っているが……そんなもの知らない。
これがおじさんの言葉が招いた結果だ。
「早くしてくれないか? 麗しい水の精霊様が困っているだろう?」
おじさんの後ろから音もなく現れた人の声に、私の方が戸惑ってしまう。
「ひっ!」
結局、逃げ出してしまうおじさんの背中を見送り、呆けたままの私は「テネーブル大公……?」と、情けない声を上げた。




