今にして思えばタイトル、ダサ……
ブチギレお兄様こと、コルネリウス・ブラウエルの執務室から飛び(逃げ)出した悪役令嬢──リースベット・ブラウエル。つまり私……は、現在進行形で迷子です。
異世界転生モノならよく読みました。
好きです。好物です。……で、大体こういう場合、転生した体の記憶があって、物語が始まるわけですよ。
ないよ。体の記憶。
外見は悪役令嬢。中身そのまま、32歳の独女だよ。
「麺つゆ買いに行って、熱中症で死亡……? 笑えないって、日本の夏……」
とりあえず庭に避難して、垣根の隅に三角座りで待機。
端から見たらヤバい人だろうけど、今の私の状況の方がヤバい。
そのへんに落ちてる石ころを拾って、覚えてるゲームの内容を地面に書き出していく。
書いてる内に、何かを思い出すかもしれないし。
* * *
スマホアプリゲーム『精霊王子』……と書いて、スピリット・スター。略して『スピスタ』は、現実の恋愛から遠のいていた私の癒やしだった。
画面越しにプレイするからこその癒やしだったのに、まさか画面の中に入って悪役令嬢になるとは。
誰かが言ってたっけ。「人が想像できることは、必ず人が実現できる」とか。……人の想像力って、怖い。
ゲームの舞台はスピリト王国。
精霊の加護を受けた国で、精霊を信仰している。
要するに、精霊=神様だ。
この加護のおかげで、スピリト王国は資源も豊富で、災害も特に起こらない平和な国を保っている。
だからこそ、王家を含む精霊の加護を直接受けた家……攻略キャラクターたちは、国内で絶大な人気を誇る。
私に水をぶっかけたブチギレお兄様──コルネリウス・ブラウエルもその1人。
水の精霊王子の名前に相応しい、透き通ったベビーブルーの髪はいつでも濡れたような艶があって、切れ長のマリンブルーの目は悪役令嬢を見る時だけ更に鋭くなる。逆に、ヒロイン相手だと目尻をちょっと下げて、優しい目になるところなんか……よかったなぁ。
こうして考えると、結構好きだったのに。コルネリウス。
残念ながら私──リースベット・ブラウエルは、コルネリウスを含め、攻略キャラクターに嫌われまくりの悪役令嬢だ。
精霊の加護を直接受けた家に生まれながら、加護の力を使えない落ちこぼれ。……のクセに、加護の家に生まれたからと我儘放題に振る舞うのがリースベット。
態度も尊大。性格は最悪。見た目だけは恵まれた、典型的な悪役令嬢。
反面、ヒロインは精霊の加護の力も持たない普通の貴族令嬢。
リースベットと違い、精霊に感謝して、奉仕の心を忘れないような純粋無垢な女の子。
言うまでもなく、謙虚で性格は聖母級。見た目も可愛い我らがヒロイン様。
そんなヒロインにリースベットは事あるごとに突っかかる。
力を使えないのは同じなのに、攻略キャラクターたちに好意を向けられるのが気に食わない。……とか、なんとか。
ゲームはヒロイン視点なので、リースベットの最後は分からない。
ヒロインが攻略キャラクターの誰かと結ばれたら、リースベットはフェードアウトしてるから……追放、修道院、処刑。どれもあり得る。
処刑の横に(死)と書いて、石ころを持っていた手が止まる。
「……いま、どこ」
ゲームでは、序盤にヒロインと攻略キャラクターが関わるイベントがある。
そこから偶然(ご都合)の事件や交流があって……攻略キャラクターの好感度を上げていく。
大まかな流れを書いてみたものの、ヒロインと違って都合よく体の記憶を思い出したりはしない。
お決まりの展開だと、悪役令嬢は断罪を避けて、知識チートでハッピーエンド。なんだろうけど、この場合……ゲーム知識しか持ってない一般人は何もできない。
まぁ、悪役令嬢はしない(できない)方向でいくとして……
「お嬢様ー!」
「いらっしゃったら、お返事くださーい!」
「あ……っ、」
反射的に「ここです!」と言って、立ち上がろうとした。
「大体、コルネリウス様も放っておけばいいのに。あんな厄介者」
「ホント。どうせコルネリウス様に叱られて、癇癪起こして逃げたのよ」
「だからって、この広い庭に逃げる必要あるの?」
「お屋敷の中だって同じじゃない」
「お屋敷の中ならこんな暑い思いしなくて済むでしょ?」
笑い合いながら垣根の向こう側を通り過ぎて行く人たちの言葉を聞いて、浮かせた腰は重く沈んだ。
漠然と……本当に嫌われてるんだな、と思った。
今は私がリースベットだけど、リースベットに同情する。
「まぁ、やらかしたことを考えれば仕方ないのかもしれないけど……」
持ってない力のことをアレコレ言う方も悪いと思う。
言わば、人のコンプレックスという名の、傷口に塩を擦りつけるような行為。
要するに、どっちもどっちだ。
さて、私は転生悪役令嬢らしく原作回避していきましょうか。
その前にまず、迷子をどうにかしないと……。