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悪女の提案


 グレイスとコルネリウスの、オーバーリアクションに困惑しながら、どうしようかと考える。

 やんわり断ったつもりが、あの反応になるなら……もう何を言っても無駄なのでは?

 

 どれだけ考えても、結論はそれしかない。

 とりあえず、もう一度だけやんわり断ってみよう。

 それで駄目なら仕方ない。ハッキリお断りしよう。


 そう考えて息を吸い込んだところで、ポタッと水滴が鼻先に落ちた。

 空を見上げれば、雨の気配はなさそうな青空が広がっている。が、鼻先に落ちてきたのを皮切りに、額と頬に雨粒が落ちてきた。


「お嬢様! すぐにお部屋へお戻りください!」


 ティナが慌てて声をかけてくれた瞬間。

 なんの前触れもなく、ザーッと雨が降ってきた。


「キャア!」

「ベネット嬢、これを」

「ですが……コルネリウス様が……」


 急な土砂降りの中、グレイスの頭からジャケットを被せるコルネリウスと、戸惑うグレイス。

 間違いなく、乙女ゲーム的シュチュエーション。


 そんなことしてる暇があるなら、さっさとどこかに移動すればいいのに。なんて思いながら見ていた私は、ティナの誘導の下、既に屋敷へ移動を始めていた。


「急な雨でしたね……」

「外でランチは中止ね」


 びしょ濡れになりながらホールに着いたのはよかったが、立ってるだけでホールに水たまりができる。

 使用人たちが慌ててタオルを用意してくれて、髪や身体を拭かれていると、遅れて私たちよりずぶ濡れのコルネリウスが入って来た。ジャケットを被っているおかげで、比較的被害の少ないグレイスと一緒に。


「お嬢様、すぐに湯浴みを致しましょう」

「そうするわ」


 雨水を吸って重くなったドレスが体に張り付く不快感と、体温が冷えていく体を動かし、ホールを後にしようとしていた。


「おいっ」


 後ろでコルネリウスの声がした。が、誰を呼び止めているのかも分からないし、使用人たちにグレイスのことを頼むんだろう。くらいに考えて、私もティナも振り返ることすらしなかった。


「おいっ! 呼んでるのが聞こえないのか!」


 振り返るのが本当に嫌だと思ってしまった。

 使用人たちがコルネリウスを無視するようなことは、ありえない。この場で呼びかけられて応じてないのは、私しかいない。


 表情を繕うこともなく、ゆっくり振り返った私の顔は……嫌悪感でいっぱいだった。


「まさかとは思いますが……私を呼んでおられたのですか?」

「お前以外に誰がいる!」

「この場には私以外も大勢おりますよ」

「くだらない屁理屈を言ってるヒマがあるなら、ベネット嬢にドレスを貸してやれ!」


 言ってることはわかる。

 私ほどではないにしても、グレイスも雨に濡れている。

 お風呂と着替えを貸すのは、まぁ……対応として正しいだろう。

 言い方に問題があるとはいえ。


「……では、後で侍女にご用意させます」

「あのドレスにしろ」

「あのドレス?」


 正直、クローゼットにはドレスが何着もある。

 コルネリウスの言う「あの」では、どのドレスか分からない。

 だから聞き返したのだが、当然のように「あのドレスだ」と続く。


「お前が前に着ていた黄色いドレスだ」


 ドレスのことは私よりティナが詳しい。

 それに、私はここに来てから黄色いドレスは着ていないので、どれかピンとこなかった。


 無言でティナに「どのドレス?」と小首を傾げれば、ティナは顔を青くして、小さく首をブンブン横に振る。


「どうやら、そのドレスはお貸しできないようです」

「何故だ」

「ラニアのドレスだからです」

「ハッ! だからどうした? 一度着用したドレスを繰り返し着ることなどないだろうが」


 ティナの顔が青から徐々に変化し、これはダメだ。と思って、またコルネリウスの方に顔を向ければ、グレイスの目がキラキラ輝いているのが目についた。


 国中の女性が憧れる、ラニアのドレスが着れるかもしれない。

 そんな期待に満ちた眼差し。

 オシャレをしたい女性の気持ちはよくわかる。

 グレイスが「もしかして」と期待するのも、悪いことではないが……ラニアのドレスは貸せない。


「私が着用しないとしても、衣装室にあるラニアのドレスは、私をモデルに作られたもの。この国でラニアの手がけるドレスを着用できるのは、王妃殿下と私のみ。この意味がわからないのですか?」


 私も最近知ったのだが、ラニアは私以外にもドレスを手がけていて、それが王妃様だった。

 もちろん、ティナ情報。

 どうやら私とは系統が真逆で可愛いモチーフのものが多く、社交界では、王妃モデルと私モデルの新作を見るのを楽しみにしている方も多いとか。


「ラニアのドレスは希少性が高いのです。それを不測の事態とはいえ、私がベネット嬢に貸し出したとなると……王妃殿下はもちろん。他の貴族家の令嬢から不満が噴出すると思いますが、その対応は小公爵様が行われる……ということでよろしいですか?」


 コルネリウスが言葉に詰まり、グレイスは明らかにガッカリした様子で肩を落とした。


「ラニアのドレスはお譲りできませんが、それ以外のものでしたら……ベネット嬢がご自身でお選びいただいても構いません」


 まぁ、私のものじゃないし。

 そんな軽い気持ちで提案したことを、後悔することになるとは、この時は思ってもいなかった。



 

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