戦略的撤退
祝福祭から帰宅するなり、侍女2人が大袈裟すぎるリアクションで出迎えてくれた。
ティナは騒ぎに騒いで、シーラは静かに怒ってた。
「そういえば、ティナが前に言ってた指輪って婚約指輪のこと?」
「確かに婚約指輪で、お嬢様は大切にされてましたが……今となってはなくなってよかったですよ! よりによって……ラニアの新作をお披露目してくださったお嬢様の腕に痣! 痣ですよ!?」
この後もドレスが白を基調にしてたから、腕の怪我が目立つ……などなど、ラニアのドレス愛に溢れたティナの暴走はしばらく続いた。
おかげでベッドに入ってからも、怒り狂ったティナの姿が目蓋の裏に浮かぶほどだった。
翌朝になってティナは落ち着きを取り戻し、私の衣装室でラニアのドレスを眺めて「今日のドレスは……」と切り替えていた。
「シーラ……?」
「なんでしょう、お嬢様」
逆に問題はシーラだった。
私が少しでも動いたら、私をそれ以上動かさないように飛んで来る。
テーブルの上に置かれたパンを取るのに、少し腕を伸ばしただけで、だ。
しかも、怪我をしてない右手を伸ばしただけなのに。
流石に過保護が過ぎる。
「パンを取るだけだから」
「私がお取り致します」
一応、怪我の具合は主治医に診てもらった。
結果は特に問題なし。シーラもそう聞いてるはずなんだけど、怪我が完治するまでは諦めた方がいいのかもしれない。
その日の昼過ぎ、特にすることもなく(シーラの監視で何もできない)……部屋で暇を持て余していたタイミングで、ベルンがやって来た。
「旦那様がお嬢様をお呼びです」
「公爵閣下が、私を……?」
ネグリジェで食堂に乱入して以来、食事は部屋で、基本的に引きこもりの私なわけだが……あの日以降、家族には会ってない。
祝福祭でグレイスの傍にいたコルネリウスを見たことを除けば、だけど。
過保護なシーラとシュヴァルトに付き添われ、ベルンの案内で立ち入りが制限されている区画に来た。
見て回れるところは、高級ホテルのエントランスやロビーのような、上品で豪華な感じが随所に見られたが、ここはまた違う。ただの廊下なのに、他とは一線を画すような雰囲気が滲み出ている。
置いてあるもの全てが高級品なのは言うまでもないので、触らないのは当然として、とりあえず近付かないように廊下の真ん中を歩く。
「昨日は大変でしたね」
「……ん? あぁ、それほどでもな……」
ベルンに話を振られ、つい左腕を動かそうとしたところ、シーラがまばたきもせずに私をジッと見るので、大人しく左腕を下げた。
「それほどでもないです」
「……? それにしても、優秀な侍女と護衛ですね。アテがあるとは仰ってましたが、シーラとシュヴァルトは使用人や公爵家の私設騎士団から、評判がものすごいんですよ」
公爵家の使用人たちの印象は職務怠慢なので、そこと比べられるのはちょっと……うん。
それを抜きにしても、2人が真面目で優秀なのは間違いない。
情報屋には感謝だ。
「私には勿体ないくらいよ」
シュヴァルトは「光栄です」と生真面目に、シーラは……照れた。
ツイッと顔を反らしたけど、品よくまとめられた蜂蜜色の髪は耳が見えていて、そこが赤くなっていた。
シーラの監視が厳しくなったら、褒めてやろうと思っていると……目的地に着いたらしい。
木材ということはわかる、重厚感のある焦げ茶色の扉の前。
波紋のような模様が彫られた特徴的な扉だった。
ベルンがノックしたタイミングで、扉の向こうから「何を考えているんだ!」と怒声がする。
恐らく、ノックの音は聞こえてないだろう。
同じことを思ったのか、ベルンがもう一度ノックした。
「旦那様、お嬢様をお連れ致しました」
「入れ」
え、入るの? 誰かが怒鳴られてるのがわかってる部屋に?
呼びつけるなら、せめて終わってから呼ぼうよ。なんて、私の考えが通じるわけもなく、ベルンが扉を開けた。
シーラとシュヴァルトは部屋の外で待機なので、ベルンと私で部屋に入る。
部屋の中は廊下と違い、殺風景な部屋だった。
執務室か、と納得すると同時に、公爵が叱りつけている相手に目がいった。
(何やらかしたの、この人)
自分でもわかるほど冷めた目で見る先には、コルネリウスが居た。
向こうも同じように、こっちを睨みつけてくる。
「聞いているのか!」
「お嬢様はこちらでお掛けになってお待ちください」
「……長くなります?」
答えづらい質問をしてしまったけど、ベルンはにこやかに笑いながら、小首を傾げて「さぁ?」といった仕草で答えてくれた。
「私は言ったな? 殿下がエスコートに来ないようなら、お前が代わりを務めろ。と……」
「……はい」
「それがどうだ!? 一緒に行かなかったと報告を受け、会場で落ち合うのかと思えば……リースをエスコートしていたのは大公だ!」
あぁ、なるほど。と、そう思わずにはいられなかった。
会話の流れからして、公爵はリースベットのエスコート問題を予め予期していたらしい。だからコルネリウスにエスコート役を任せたが……結果はシーラの活躍のおかげでテネーブル大公に。
私としては、テネーブル大公一択でお願いしたいところだけど、私も軽率だったかもしれない。
普通は婚約者か家族。……のところを、無関係の人に頼んだ。
誰もが私と王太子の不仲は知ってるにしても、私の評判は更に悪くなる。昨日の勝ち気三原色が言ってたように。
そうなると、当然ブラウエル公爵家の評判に関わるわけだ。
エスコート役がいないからとりあえず! ……で、安易に手を取った私も悪い。
「お話を遮るようで申し訳ないですが、公爵閣下。私からも昨日の件についてお伝えしておきたいことがございます」
「なんだ」
「昨日のエスコートの件ですが、小公爵様に比はございません。私が会場に入る前に庭園を散策していたのですが……お恥ずかしながら迷ってしまい、通りかかったテネーブル大公が会場まで案内してくださったのです」
まさか私が庇うなど、微塵も予想していなかったであろうコルネリウスは、その顔に「何のつもりだ?」を貼り付けて私を凝視している。
私だって庇いたいわけじゃない。
「ですから、小公爵様と入れ違いになったのかもしれません。……軽率な行動だったと反省しております」
「……そうか」
テネーブル大公にハンカチを贈る時は、手紙も書いて口裏を合わせてもらおう。
今後、テネーブル大公にエスコートしてもらうことはない。
それが少し残念に思うけど、私がしたことは会社(公爵家)のイメージを落とすことに繋がる。
悪女だからでまかり通るのは、あくまで『個人』の評判に関わる時だけだと、認識を改めた。
「そういうことなら、わかった。悪かったな、コルネリウス」
「い、いえ……」
どうやら、お咎めはないらしい。
嘘をつくのはダメだという道徳観はある。考えなしにシーラの提案に乗って、テネーブル大公にエスコートしてもらったのは私の責任。私が怒られるのは当たり前だ。けれど……正直に話せば、私は当然として……シーラも怒られる。シーラに至っては侍女の立場なので、私以上に怒られるのだ。
そして、テネーブル大公も被害を受ける。
本人は「世情に疎い」とか言ってたけど、あれは知ってて挑発するような言い方だった。
あの場は私に同情票が集まって、テネーブル大公は『良い人』に見えたとしても、今後も同じことを続ければ……誤解を招くどころの騒ぎじゃない。
総括。私が悪い。けど、他に被害がいくのは嫌……という自己満足の嘘だ。
「話は変わるが、今年は我が家門が祝福祭の一番手を任された」
軽い自己嫌悪に陥る私と、戸惑いを隠せないコルネリウスを他所に、公爵が話題を変えてくれた。
嬉しくない話題ではあったけど。
祝福祭は昨日行われたが、アレで終わりじゃない。
むしろ、アレは祝福祭の開幕を告げる式典だ。
精霊の加護を受けた家門は、王家を含めて6つ。
王家が光、ブラウエルが水。他に、火・風・土・木がある。
まずは王家が祝福祭の開幕を告げるパレードや式典を行い、順次他の家門も加護に合わせた催しを開く。
全ての家門が催しを終え、最後はまた王家に戻って終幕となる、国を挙げた一大イベントの総称が『祝福祭』というわけ。
この準備に奔走する攻略キャラたちと、グレイスは絡んでいくわけだけだけど……そういえば、私はどうして呼ばれたんでしょう?
「陛下が昨年の我が家門で行った内容を、いたく気に入られてな。今年は我が家門に、祝福祭でも最も開催期間が長くなる一番手を任せたいと仰せだ」
ゲームでは順番固定だったけど、そういう裏設定があったのかと納得しつつ、やっぱり私が呼ばれたわけがわからない。
「そこでだ、今年はリースにも仕事を与えようと思う」
「………………私?」
そんな展開なかったはず。いや……あったのかもしれない。
今まさに裏設定に納得したばかりだ。
コルネリウスとグレイスの仲を邪魔するのは、コルネリウスが加護を持たない貴族令嬢と親しいから。……という理由の他に、自分が任された仕事が上手くいかなくて……とか、色々考えが浮かんでしまう。
無理。
こういう時こそ、コルネリウスの出番だと思ってそっちを見れば、何故かだんまりを決め込んでいる。
いや、ここは「お父様! コイツに仕事を任せても、恥を晒すだけです!」とか……言いそうなのに! 今言うべきじゃないの!?
「詳しいことはベルンに話してある」
「あの……よろしいですか? 公爵閣下」
コルネリウスに頼った私がバカだった。
直談判の方が早い。
「私はご存知の通り、加護が使えません。そんな私には……」
「心配するな、お前でもできる簡単なことだ」
食い下がるか、引き下がるか。
「それでも不安なら、コルネリウスに手伝ってもらいなさい」
……撤退します。




