朝川瀬那
「――なあ、逢糸。なんで、いっつも先に帰ろうとすんだよ。一緒に帰ろうって、いつも言ってんじゃん」
「……いや、僕は別に……」
ある夏の、放課後のこと。
帰り道、何処か不服そうな声に振り向くと、そこには声音に違わぬ不服そうな表情の男子生徒。彼は朝川瀬那くん――同じ明葉高校、そして二年三組のクラスメイトで。
「……でもさ、瀬那くん。もう何度も聞かれてうんざりかもしれないけど……なんで、そんなに僕に構うの?」
ともあれ、隣を歩く男子生徒へそう問い掛ける。……いや、この言い方は良くなかったかな? 別に嫌なわけでも、迷惑なわけでもないし。
ただ……率直に、そう思うだけ。と言うのも――瀬那くんは眉目秀麗かつコミュ力も高く、そして誰に対しても優しい。そんな素敵な素敵な彼であるからして、どうして僕のようなクラスの隅にひっそりといる言わば空気のような……いや、それは空気に失礼か。まあ、それはともかく、ほんとにどうして――
「……なあ、逢糸」
そんな疑問が巡る最中、不意に僕の名を呼ぶ瀬那くん。……いや、不意にでもないか。そもそも、僕が尋ねたんだし。ともあれ、彼は再びゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。
「――お前が、どうしてそんな自虐的にならなきゃならないのか、俺には分からない。それでも……俺は、お前と仲良くなりたいって思った。ただ、そう思った。それじゃ駄目か?」
「――じゃあな、逢糸。また明日な」
「……うん、またね瀬那くん」
それから、15分ほど経て。
十字路にて、別れの挨拶を交わしそれぞれの帰路に着く僕ら。そして、さらに10分ほど歩くと到着したのは古びた二階建て木造アパート。そして、軋む板金を歩き二階突き当たりの部屋へ到着。その後、鞄から鍵を取り出し鍵穴へ。そして、
「……ただいま」
扉を開き、そう声を掛けるも返事はない。聴こえてない――という可能性もなくはないけど、お世辞にも広い部屋とは言い難い我が家であるからしてその可能性は低いし、何より靴がない。まあ、だからと言って淋しくなるような年齢でもないし……正直、そう思えるほどの愛情もないし。
ともあれ、鞄を置き一息ついた後、さっと身支度を始める。もうじきお越しになるはずだし、早く終わらせないとね。まあ、とは言え服はそのまま――制服のままで良いと仰っているし、軽くメイクをするだけだから楽なものだけ――
――ピンポーン。
すると、不意にインターホンの音。しまった、思ったより早く……ササッとメイクを終え、少し駆け足で扉へ向かう。そして――
「……すみません、遅くなりました……晴香さん」
「ううん、気にしないで。私が早く来ちゃっただけだし」
そう、少し慌てて告げるも笑顔で答えてくれる清麗な女性。彼女は真野晴香さん――地元の大学に通う三年生で、僕の家庭教師を務めてくれていて。
ともあれ、彼女を部屋へ案内しお茶と和菓子をお出しする。すると、感謝を述べつつ丁重にお断りする晴香さん。そして――
「――それじゃ、今日もよろしくね。逢糸くん?」
――そう、清らかな笑顔で告げた。