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08 宿屋にて(1)

 ユリにとって、異世界で初めての宿……っていいかげんにせぃ!


 宿を決めて部屋をとると、宿の食堂でラッシュ・フォースの皆と一緒に夕飯を取ることになった。ユリが部屋に荷物を置いて食堂に来ると、リーダーひとりが一足先に来ていた。

「ユリは一人部屋でよかったのか?

 ミラやマリエラと同室でもよかったんだぞ?」

「いえ、二人は気心の知れない人間がいたら嫌でしょう?

 いくら仲間でも、女性の気持ちを雑に扱ってると嫌われますよ」

「あいつら、そんなタマじゃないけどな」

「……それは聞かなかったことにしましょう」


 成り行きで半日行動を共にしていたものの、互いに半日前に会ったばかりの相手だ。ラッシュ・フォースの四人が、悪い人間でない、むしろお人好しであることは、この半日でよくわかったが、それでもユリが一緒に寝ることを避けるのには理由がある。

 ユリはこれまで、中学生になってからずっと、基本的に一人でしか寝たことが無い。修学旅行で集団で寝ることは苦痛だった。実際、修学旅行中に学校の先生が生徒を盗撮して馘になったこともあった。女好きの女生徒がユリの布団に潜り込んできたこともあった。この世界で盗撮はないだろうが、ユリは、他人がいるところで無警戒に寝ることに不安があった。

 理由はそれだけではない。寝言でおかしなこと、元いた世界のことやダルシンのことを言ってしまうかもしれないし、まだ使い慣れていない魔法を寝ぼけて発動してしまうかもしれない。目覚めたときに、隣に見知った人間の丸焼き死体があったなんてことは、絶対に避けなければならない。


「ところで、こういった宿を使うのは初めてなんですけど、どの街に行っても宿ってあります?」

「なんだよ、今までずっと野宿だったのか?

 会った時も砂漠草原から歩いてきてたし、案外すごい奴だな、お前」

(いえ、異世界が初めてなんです……とは言えないね)

「ははっ、田舎の出なんで。

 それよりどうなんでしょう。旅行客が行かない街に宿なんてあるわけないって言われたことがあるんですけど」


 ユリは、元いた世界の中世以前のヨーロッパでは、嘘か本当か知らないが、一般旅行客のための宿が皆無だったという話を聞いたことがあった。エルサレムに向かう巡礼者は大勢いたが、彼らは教会に寄付という宿賃を払って宿泊する。自分の領地と王城で行き来する貴族は、貴族仲間の屋敷に泊めてもらう。行商人は商館に泊まる。国王の力が強くて、国民に自由がない世界では、観光旅行なんてしたくても出来ない。宿に泊まる客がいないのに、宿を経営するバカはいないという話だ。それが事実なのかどうなのか、ユリは知らない。


「確かに、小さい村や街だと宿がないこともあるな。

 このぐらいの大きめの街でも、昔はハンターギルドや商業ギルドの大部屋で雑魚寝してたみたいだからな。そう、長命種の奴に聞いたことがある。

 ハンターでも商人でもない旅行客は今でも少ないが、今は季節を問わずハンターや行商人の出入りが多いから、宿もそこそこあるのさ。ただ、大部屋で雑魚寝の宿が多いな。ここも、三等室は大部屋だ。信用のない奴に小部屋を貸すのは危ないと思われてて、ハンターギルド証と高めの料金が無いと小部屋を借りられないから注意しな」

「おぉ! 勉強になります!」

 ユリが感激してみせたら、リーダーは嬉しそうだった。

(チョロいぞ、リーダー)


 やがて全員がそろうと、食事を注文して夕食と酒盛りが始まった。

 ユリは、見たことのない料理に目を見張った。

「これって、何の肉ですかね? オレンジ色のステーキって初めて見ました」

「これは火トカゲの肉だな」

「え~っと、火トカゲって、もしかして火を吹いたりします?」

「何当たり前のこと言ってんだ。 お前の田舎にはいなかったのか?」

(そっか、異世界だもんね。トカゲだって火を吹くよね)

「そうですね、私の田舎にはいませんでした。

 トカゲには住みにくい土地だったのかもしれません」

「じゃぁ初めての火トカゲか、味わって食うんだな」

「はい、いただきます。(ガブッ、モグモグ、ゴクン)」

(うっ、何この腹の底から湧き上がる、ぐるぐるとしたこの思い……)

「まっず~~~い!!!」

「「「「あははははっ!!」」」」

「ちょっと何全員で笑ってんですか!?」

「あぁ、すまんすまん。食い方を説明する必要があったようだな。

 火トカゲをそのまま食う奴に会ったのは初めてだよ」

「生ならともかく、火が通った状態で出されたら、食べられると思うじゃないですか!?」

「火トカゲは、そのちょっと焼けた状態が生なんだ。

 寄生虫がいないから、食って食えないことはないけどな。

 ちゃんと食うなら、そこにある焼き石に乗せて、もうひと焼きする必要がある」

「なんですか、それは~~!!」

「まぁ、言われた通りやってみな」

「う~~、大丈夫でしょうね?

 ええと、ここで焼いてっと。(じゅ~~)」

「少し塩を振るといいぞ」

「塩を振って……、いただきます。(ハムッ、モグモグ、ゴクン)」

「どうだ??」

「ええっと、美味しいのかもしれませんが、さっきのむかつきが残ってて、いまいちの味です」

「「「「ははははっ」」」」

 自分が揶揄(からか)われたことは分かるが、これは悪意のない親しみのある揶揄(からか)いだ。その日の食事は、ユリにとって、久しぶりに楽しいものとなった。


    *    *    *


 皆の食事が済むとユリは、内容が血生臭くなるからと、避けていた質問をすることにした。

「みなさんが相手している魔物って、どんなのがいるんですか?」

「千差万別だな。

 小さいのは毒虫や毒ネズミから、大きいのは土龍あたりまである。

 さすがに赤龍や黒龍には手が出せんが」

「ゴブリンとかオークとかオーガとかは?」

 ユリは自分が知っている魔物の名を挙げた。この世界での呼び名は違うかもしれないが、自動翻訳が何とかしてくれるはずだ。

「オーガを相手したのは一度だけだな。あとは何度も相手してるぞ」


「私はそいつらを噂でしか知らないんですが、ゴブリンってどんな奴ですか?」

「面倒な奴らだな」

「一匹見たら百匹はいる」

「邪悪ですねぇ」

「臭いのよあいつら」

 リーダーの答えに、ジェイクとミラとマリエラが一言ずつ添えた。

「面倒ってどういうことですか?」

「あいつらは、たまに群れから(はぐ)れた奴が街に出没することはあるが、基本的に集団行動だ。集団で旅人や村を襲う。ハンターギルドには、20人規模の旅団が襲われた記録もある」

「村を襲うような魔物なら、領主が兵隊使って退治するんじゃないですか?」

「領主が兵隊を出し渋るんだよ。損耗の割に得られるものが少ないからな。

 あと、ゴブリン討伐ってのは、寝込みを襲って皆殺しにするんだが、立場上そういう汚れ仕事を嫌がってるってこともある。

 だからハンターにゴブリン討伐の仕事が回ってくるんだ。

 ハンターでも、その仕事を受ける奴は少ないんだけどな」

「リーダーでも嫌ですか?」

「あまり相手にしたくはないな。

 ゴブリンってのは、言ってみれば、狂暴化した毛の抜けた猿だ。あいつらは、拾った石とか木の枝とか、ときには相手から奪った剣を棍棒みたいに使うこともあるが、基本的な攻撃手段は爪での引っ掻きと噛みつきだ。人を襲うときは、一人あたり十体ぐらいで襲ってくるから、後手に回るとその時点で負けが確定する。

 だから、ゴブリン討伐ってのは、直接戦闘を避けて、寝床の穴倉に火を放ったり、毒餌を撒いたりするんだが、たまに攫われた女子供が中にいることがあるからな。そういうときは、(おび)き出して討伐せにゃならんから、面倒でしょうがないんだよ」

「ゴブリンって、村や旅団を襲って何したいんですかね?

 食料目的? それとも、宝石集めたりしてるんですか?」

「いや、ゴブリンを討伐した後の穴倉に金目の物が残ってたことは一度もない。しかもゴブリンの死体は不潔で臭くて毒があって価値がないからな。森の狼ですら食わないんだ。かといって放置すると森が枯れたり、伝染病の元になったりするからな。穴掘って埋めただけじゃ水源を汚染するから、ゴブリンの死体は集めて焼き捨てなきゃいけない。報酬が少ない割に、手間がかかって余禄がないってのも、ハンターがこの仕事を受けたがらない理由のひとつだ。

 あいつらの目的は人と食料だ。雄のゴブリンは、人間の大人を見ると、男女関係なく子作りしようとする。そして、普通の食い物を奪うだけじゃなくて、人間の女と子供も食料だ。ユリなら間違いなく食料だな」

「うぇ~~、みなさん、よくそんなのと戦えますね」

「ミラとマリエラのおかげさ。

 ミラがゴブリンの戦闘意欲を抑えて、マリエラが眠らせてくれるからな。

 連中が眠ってる間に、俺とジェイクが首を刈る」

「あたしとしちゃ、火魔法を()ち噛ますほうが楽なんだけどね」

 マリエラが物騒なことを言う。

「それで一度、森を焼きかけただろうが。二度とするなよ」

「だって、ゴブリンの寝姿って、あの小さな角が無かったら、裏道で見かける素っ裸の(じじい)みたいじゃん。襲ってくる奴を()るのはいいけど、寝首を掻くのって、いまいち気が引けるんだよね~」

「えっ? ゴブリンって素っ裸なんですか? 腰布は?」

「何言ってんのよ。さっきウルフが毛の抜けた猿だって言ったじゃん。

 腰布なんてしてるわけないでしょ。股間丸出しよ」

「う゛」

「マリエラ、ユリさんが困ってますよ?」

 ユリがゴブリンの『正しい姿』を想像して固まっていると、ミラがマリエラを窘めた。

「ユリさん。ゴブリンというのは邪悪な生き物なんですねぇ。

 狡賢いけれど、文化的な知性はかけらもない。人や猿のような見た目に騙されますけど、あれは害悪が人の形をとったもので、獣ですらないんですよぅ」

「子供のゴブリンでもそうなんですか?」

「生まれて間もないゴブリンの餌は、兄弟なんですよぅ。

 だから、存在自体が邪悪なんですねぇ」

 そのミラの言葉をリーダーが引き継ぐ。

「ゴブリンは、生まれて一週間もすれば、人を襲うようになるんだ。

 子供のゴブリンを見逃そうとして殺されたハンターもいる。

 人や獣の枠組みを当て嵌めてはいけないんだ。

 毒虫と同じで根絶やしにするしかないんだ」

「ゴブリンの子供についてはよく分かりました。

 逆に上に立つものはどうなんですか?

 ゴブリンの統率者とかリーダーとかボスみたいなのっています?」

「そういうのはいないな。群れの中で威張ってる奴はいるが、そいつは仲間から搾取するだけで、群れを守ろうとはしない。むしろ真っ先に逃げる」

(ボス猿じゃなくてアルファー猿ってやつね)

「皆さんのおかげでよくわかりました。

 ゴブリンにはできるだけ関わらないようにします」


(まさか、ゴブリン相手にイオトカ君が力を発揮したりしないよね?)

 ユリは、自分がゴブリンの集落に近寄るようなことがあったとき、人型の魔物がどうなるか分かったものではないと考えた。だから絶対に近づかないようにしようと。


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