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07 毒伯父退治(3)

「さて、困ったな」

 リーダーは手詰まりになったようだ。

「ミラさんたちと合流しますか?」

「そうだな、ここにいてもやれることがない」

 そういって、三人が商館を出ようとしたところ、商館から飛び出してきた男に、ユリが突き飛ばされた。いや、正確には突き飛ばしではない。明らかにユリの背中にナイフを突き立てていたからだ。

「フミャッ!」

 その場にそぐわない気の抜けた声を上げたユリは、入り口の三段ある段差の下に転がり落ちて石畳の地面に這いつくばる。すると、男はユリに覆いかぶさるようにして、ユリが背負っていた荷袋を抱えると、ユリごと引き摺って奪おうとする。肩紐が邪魔していると分かると、ユリの首や肩に刃先が当たることも躊躇せずに、肩紐にナイフをガシガシと突き立てた。

「ちょっと!放しなさいよ!痛い、痛い、痛い!」

 ユリは、踏ん張りの効かない体勢で反撃することもできずに引き摺られている。

「ユリ!」「てめぇ!何しやがる!!」

 リーダとジェイクが、男を抑えようと前に出たちょうどそのとき、ユリを襲っていた男は通りかかった馬車に跳ね飛ばされた。

「グアッ!!」

 男は馬車の下敷きになって、こともあろうに、ユリごと引き摺られていこうとした。

「いかん!!」

 リーダーが、すかさず剣を抜いて、ユリの荷物を掴んだまま放さない男の腕を切り飛ばすと、男はそのままゴリゴリと引き摺られて行ってしまった。

 「アガガガァ………ァ………ァ………」

 石畳の道に血の筋を残しながら男の叫び声が遠退(とおの)いていき、やがて曲がり角で馬車から外れて転がり出た。大勢の通行人が遠巻きで見ているが、血だらけの芋虫のようになった男には、怖がって誰も近づこうとしなかった。


「おい! ユリ! 大丈夫か!?」

「あ、はい。 とくに怪我はありません」

 リーダーに声を掛けられたユリは、立ち上がって自分の手足や肩を撫でまわして、問題ないことをアピールする。

「怪我がないって、ユリ、お前、突き飛ばされるとき、刺されてなかったか?」

「エッ!? あ~~、大丈夫、ですね」

「首や肩も切りつけられてたように見えたが」

「はい、この肩紐、とっても丈夫なんですよ♪」

「いや、肩紐じゃなくて……、まぁいい。怪我がなくて何よりだ」

「さっきの男、何なんですかね~?」

「商館で、お前が銀貨の山を出してたのを見てて、それを狙ったんだろう。多分、お前がここの看板を見上げてたのを見て、田舎者だと目をつけてたんだろうな。」

「おぅぉ! 私のせい?」

「お前のせいとは言わんが、不用心過ぎだったな。

 この街は普通より治安が悪いようだから、もっと用心しろよ」

(今度は間違いなくイオトカ君の案件だよね。

 刃物が刺さらなかったのは、防護魔法のおかげだけど、

 あの男が馬車に轢かれたのはエティスの力なのかな?

 まさか御者に殺人衝動が……、いや、さすがにそれはないか)

「ハンターパーティーのリーダーが側にいるってのに、大胆な奴ですよね~。

 ところで、あそこに転がってる芋虫、どうします?

 こっちは被害もないし、放っときます?」

「はぁ~~、俺が奴の腕を切り飛ばしたからな。そうもいかんだろ」

 リーダーは、大きく溜息をついてそう言うと、道端に落ちていた腕を拾って、商館の警備員に事情を説明しに行った。要は、商館の中にいた奴に襲われたのだから、お前らが責任取って処理しろと言いに行ったわけだ。

 だが、結局丸投げにはできず、さっきの受付嬢に長々と事情聴取されてしまった。ユリが一方的な被害者で、ユリたちが反撃する前に相手が自滅したことには多くの目撃者がいたので、起きたことの説明は楽だったが、最後には例によって「不用心な態度を見せて、犯罪を誘発してはいけません」と怒られてしまった。

(元いた世界の痴漢もそうだけど、どうしてどいつもこいつも被害者に責任転嫁するかね~。あいつら全員、犯罪者予備軍じゃないの!?)


 理不尽な叱責にユリがの心がやさぐれていると、ユリたちに商館の入り口から声がかかった。

「ウルフ! ジェイク! ユリ! 何かあったの!?」

 ミラたちが、ルイを連れて、ユリたちの様子を見に来ていた。

「おう!ミラ!マリエラ! 放ったらかしてすまん。

 ユリが、強盗に襲われてな。怪我はないが、ちょっと面倒なことになってる。

 それより、そっちはどうだったんだ」

「それなんですねどねぇ、この子の伯父のカイゼルって奴が、犯罪組織とつるんでたらしくって。

 話は一通り聞いたんだけど、ウルフたちが来ないから様子を見に来たのよ。

 ルイは、家に置いてきたら、カイゼルが戻ってきたときに何されるか分からないから、一緒にいるのよ。

 それで、聞いた話なんですけどねぇ」

 そう言ってミラは、母親から聞いた話と、犯罪組織が黒幕になってる疑いを細かく説明した。すぐ脇で、受付嬢がそしらぬ顔をして立っているが、おそらく一言一句漏らさず聞いてるだろう。

「そうか。 ご苦労だった。

 あとはカイゼルって奴を締め上げるか」


 リーダーが次の一手を考えようとしたとき、赤い芋虫を調べに行った警備員が、芋虫を荷車に乗せて戻ってきた。芋虫は顔の血糊を拭き取られているが、リーダーが切り飛ばした腕がなく、それ以外の手足も全て、馬車の車輪に踏まれてあらぬ方向に折れ曲がっていた。

「この男は、身分証の類は身に着けてなくて、正体不明です」

 芋虫を運んできた男が、ユリたちを事情聴取していた受付嬢に報告した。

「そうですか。どうしますかね?……ん?この男...…」

 受付嬢が何か気づいたのかと、ユリが聞き耳を立てたとき、ルイが大声で叫んだ。

「こいつだよ!! ミラ姉ちゃん!!」

「「「「え?」」」」

「知ってるのか、坊主!」

 リーダーに詰め寄られて、ルイがミラの陰に隠れる。

「ちょっと、子供を脅さないでよ!

 ねえ、ルイ君、この男の人知ってるの?」

「うん。こいつが母さん虐めてるカイゼルって奴」

 ミラの陰から男の子が答える。

「「「「はぁ!?」」」」

 ひとり、受付嬢だけが「あぁやっぱり」という顔をしていた。


「そういうことですか、何が起きていたのか、やっと判りました」

「何が判ったんだよ」

 ユリの唐突な発言に、リーダーが切れがちに問いただす。

「これは私の想像ですが、こういうことなんじゃないでしょうか?

 まず、さっきミラさんが説明してくれたように、ルイ君が盗みに出たまま戻ってこないことで、自分に害が及ぶことを危惧したこの男が様子を見に家を出たんです。

 そして、ミラさんが私たちに事細かに説明していることを聞いてしまった。

 さてどうしようか、そう焦った男は、リーダーと私が商業ギルドに向かうのを見て、何か通報するのではないかと考えた。そうして私たちの後からギルドの商館に入り込んで、様子を見ていたら、私が大金を持っているのを見てしまった。

 とにかく金が欲しい。これはチャンスだ。奪ってやれ!

 そうして強盗を働いて、自滅したんですよ。

 全部、私の想像ですけどね」

「穴だらけの推理だが、多分、そのとおりだろうな」

「こいつ、まだ生きてるの?」

 ユリが足先で芋虫をつつきながら、誰にともなく質問する。

「かろうじてな。

 マリエラ、妹の行方を自白させられるか」

「意識があればできるけど、これじゃ無理よ」

「ミラ、気が進まないだろうが、話ができる程度にまで回復させてくれ」


    *    *    *


 ミラは、カイゼルの傷口を塞いだ後、ほどほどに回復させると、これからえげつないことをするかもしれないので、ルイを連れて別室で待機する。

 ミラたちが部屋を出ると、マリエラがカイゼルに自白魔法をかけ、リーダーが尋問を開始する。

(悪党には容赦ない世界だね、ここは)


「ベティは今どこにいる」

「知らねぇ」

「お前が連れ出したんだ。知らないはずがないだろ」

「借金のかたに組織の奴に渡したんだ。後のことは知らねぇ」

「ヨーゼフを殺したのはおまえか?」

「俺じゃねぇ。やったのは多分組織の連中だ」

「お前が頼んだのか」

「違う。俺は、ヨーゼフが死にかけてるから、家に入り込めって命令されただけだ」

「なんで犯罪組織がそこまでするんだ?」

「ヨーゼフの店の宣伝に目を付けられたんだ」

「はぁ? どういうことだ!」

「あの店は、店の商品を『一度食べたらやめられない、やみつきになる』と、そう宣伝してた。

 だから店に入り込んで、仕入れ表や帳簿を全部持って来いって言われたんだ」

「帳簿? お前が盗んだのは借家権の証書と住宅街での経営許可書じゃないのか?」

「それしかなかったんだ。普通ならあるはずの帳簿が無かった。

 連中には、こんなものいらんって突き返されて、それじゃ借金が無くならないから、それで……」

(それって……)

「あのぅ、もしかして、麻薬入りパンと思われたんじゃないでしょうか?」

 ユリがとんでもないことを言いだした。

「「「「え?」」」」

「お店の名前も『やみつきになるパン』ですし、その宣伝文句を聞いて、犯罪組織が自分たちのシマで勝手に麻薬の売買をしてるんじゃないかって考えたんじゃないでしょうか?

 それで、最初は自分たちでヨーゼフさんを襲って拷問して、何もしゃべらなかったから、カイゼルに帳簿の持ち出しを命じたんじゃないでしょうか?

 もしかしたら、カイゼルの借金も組織に仕組まれたことかもしれませんね」

「そんな。あの店は勘違いで襲われたっていうのか?」

「ちょっと待ってください」

 ユリは、カイゼルに問いかける。

「あなたは店の仕入れの代金を着服したのですか?」

「やってねぇ。店が潰れちまったら元も子もないからな」

「なら、なぜ客が来なくなったんですか?」

「ヨーゼフが仕入れてたハーブが手に入らなくなったんだ。

 仕入れ表がないし、マーサもどこから仕入れてたか聞いてなかった」

「「「「「……」」」」」

 どうやら、組織の勘違いではなく、ヨーゼフは本当に麻薬成分を使ってたようだ。


    *    *    *


 その後の取り調べは街の警備隊に引き継がれることになった。


 警備隊を引き連れて、ラッシュ・フォースの四人と一緒にルイを家まで送ると、外に出てきたマーサが何事かという顔をして出迎えた。

 警備隊が家探しを始めると、ミラがルイとマーサをそばに置いて、カイゼルが捕らえられたことと、犯罪の証拠集めで家探しされていることを説明した。

「カイゼルは捕まったのですね?」

「あぁ、拘束理由は、ここにいるユリに対する強盗殺人未遂だが、すでに瀕死状態だから、二度と戻ってくることはない」

 マーサの質問に、リーダーが答える。

「ベティは、ベティの行方は!?」

「すまんが、カイゼルが犯罪組織に引き渡した後のことは分かってない。せめて相手の犯罪組織の名前が分かればよかったんだが、それすら分からないじゃ手の打ちようがない」


 やがて警備隊が不正の証拠や犯罪組織の手掛かりが何もないことを告げて帰っていった。素人とはいえ、カイゼルが何日もかけて家探しした後なのだから、それも当然だろう。

 ユーゼフが不正行為に手を染めていたことはほぼ間違いないが、証拠のパンも記録も一切残っていないので、妻のマーサやルイが罪に問われることはないだろう。


 極めて不満足な結果となったが、ここらあたりで手打ちするしかなかった。

 マーサとルイに丁寧に別れを告げ、ユリたちは宿さがしに向かった。


「ヨーゼフさんの容疑はマーサさんに伝えなくてよかったんですか?」

「結局、証拠がないからな。

 客足が戻らないことで気づくかもしれんが、知らない方がいいだろう」

 ユリの疑問にリーダーが答える。

「気持ちの悪い終わり方ですね」

「あの男が、強盗殺人未遂で牢屋に入っただけでよしとするかないな」

「ルイの弟のノエ殺しの容疑は? そっちの方が重罪だったでしょ」

「事故扱いで一度決着してるからな。今更ひっくり返すのは難しいんだ」

「あの男、まだ生きてるんですかね?」

「さぁな、尋問するときにミラが口が利ける程度には回復させたが、手足は折れたままにしたからな。牢に入ったら、飯を食わせてくれる奴もいないだろうし、牢屋で餓死するんじゃねぇか?」

(えっ?この世界の刑務所って、そういう所なの!?)


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