06 毒伯父退治(2)
ユリたちが商業ギルドへ向かうと、ミラは眠っているルイに優しく覚醒魔法を掛けながら言った。
「ねぇ、ルイ、起きてくれる?」
「……あれ? ミラ姉ちゃん?」
男の子が目を覚まして疑問を口にする。
「起こしちゃってごめんね。
これからあなたのお家に行きたいんだけど、案内してくれない?」
するとルイは、自分が赤ん坊のように抱きかかえられていることに気づいて、慌てて立ち上がり、顔を赤くして言った。
「ごめん、寝ちゃってた。
でも、家に帰るとあいつがいるから。
お金持って帰らないと殴られるから帰りたくないよ……」
「大丈夫ですよぅ、私たちがいますから。
悪いことしてきたら、マリエラがやっつけてくれるわ」
「まっかせて!!
いっそ手を出してくれたら方が、痛めつける口実になるってもんよ」
「マリエラ? やり過ぎちゃ駄目って言われてるでしょう?」
ミラはマリエラを窘めると、改めてルイに語り掛ける。
「あなたのお母さんにお話が聞きたいの。お家まで連れて行ってくれる?」
ミラを救世主のように思った男の子は元気よく返事する。
「うん! ついてきて!!」
5分もしないで目的地についてみると、民家に看板を付けただけの店があった。この世界にはガラスで囲った店など存在していないので、大店舗なら戸口を大きく開いて中を見せるが、小さな商店は基本的に中に入ってみないと、どんな店か分からないことが多い。
ルイの家は、看板に書かれた絵でパン屋だと分かるが、店の中はどうなのだろうか。
「こんにちは~」
店の扉を開けながら、ミラが店の中に声を掛ける。
ルイは、怯えてミラの後ろに隠れていて、マリエラは警戒していつでも強制睡眠魔法を放てる準備をしていた。
店内を見回すと、奥の棚にパンが並んでいるが、種類も数も少ない。
保存のきかない白パンの売れ残りは、すぐに干してパン粉などに加工してしまうので、棚に残っているのは硬い黒パンとドーナツぐらいだった。
「はい、お待たせしました」
店から、かなり疲れた様子の女性が出てきて返事をした。女の額には、殴られたらしき痣がある。
「かあさん、あいついるの?」
ミラの後ろに隠れたままルイが母親に伯父のことを聞く。
「ルイ、あなたどうしたの!?
あ、あの、もしかしてお客さん、この子が何かしでかしたのでしょうか?」
かなり怯えたように聞いてくるのは、以前怒鳴りこまれたことがあったからなのだろう。
「いえ、ご心配なく。
私はハンターパーティー、ラッシュ・フォースのミラ。こっちがマリエラ。
この子供に助けを求められて……そうですね……慈善事業で来ました。
だいたいの事情はルイ君から聞きました。
あなた方に手助けできるかもしれません。
このルイ君が伯父に盗みをやらされるに至った、詳しい経緯をお聞かせ願いますか?」
ミラが普段と違う硬い口調で来訪目的と要求を伝えた。
普通なら、いきなりそんなことを言われても困るだろうが、思考力をなくすほど疲弊していたのか、母のマーサは、息子のルイが司祭姿のミラに縋っているのを見て信用することにした。
「話を聞いてください」
「カイゼルという男は、今どこに?」
「あの男は、ルイがいつまでたっても帰ってこないので、様子を見に出ています」
「ならちょうどいいわ。マリエラ、表を警戒していて」
「りょ~かい!」
商業地区の店舗と違い、民家を改装した店だと、正面の扉しか出入口がないので、警戒が楽だ。
「では、どこから聞きましょうねぇ。
まず確認ですが、カイゼルという男は、あなたの旦那さん、ヨーゼフさんの兄なんですか? それともあなたの兄?」
「夫の兄です。昔から碌でもない男で、夫は独り立ちするまで苦労していたと言ってました」
「勝手に店主を名乗っているように聞きましたが、どういうことですか?
店の経営権か何かを盗まれたかとか?」
「あの男に奪われたのは店の経営権ではなくて、借家権と住宅街での経営許可書です。
あの男は、夫が倒れた後にやってきて、手伝う振りをして、その二つを盗んだんです。それ自体には、あまり価値はありませんが、パン焼き窯や店の改装にお金をかけて開いた店なのと、なにより、夫との思い出の店なので、ここを捨てて出ていく決断ができないでいるんです」
「ベティちゃんがいなくなったって聞きましたけど」
そう聞くと、母親はビクッと体を震わせて答えた。
「あの男は、犯罪組織に多額の借金があったんです。最初は盗んだ二つの書類を借金のかたにしようとして、それに価値が無いとわかると、よりによってベティを、その借金のかたに引き渡してしまって。今ではどこにいるのか、生きているかさえわかりません。んあ゛~~」
泣き崩れてしまった母親に、ミラは司祭の立場でもかける言葉が無い。
おそらく、ヨーゼフ殺しも、その犯罪組織が手を貸しているに違いないと、ミラは考えた。だが、連中が子供にケチな盗みをさせるとは考えられない。それはカイゼルが勝手にやっていることだ。奪えるものを奪えるだけ奪った黒幕は、とっくに手を引いて、姿を隠してしまったことだろう。
* * *
ユリたちは、商業ギルドに向かっていた。ユリにとって、初めての商業ギルド……って今日何度目の初めてだ?
商業ギルドの商館は、ハンターギルドとは違い、商業区画に建てられていた。
ハンターギルドの館の周辺は、何というか、殺伐とした雰囲気があったが、商業区域は華やかだ。商館の周りには宝飾品や服飾関係、生活用品に食料品を扱う店などが立ち並んでいて、そこと少し離れたところには、店舗を持たない屋台や、茣蓙を敷いただけの店がある。この辺りは人通りが多くて活気があった。
商館に入ろうとして、ユリはここでも御上りさんよろしく、建物とその看板を見上げてしまう。
「随分と大きいですね」
ハンターギルドの建物は三階建てだったが、こちらは五階建てだ。
しかも、外の砂や雨水が入り込まないように、入り口が三段高くなっている。
「金回りがいいんだろうな」
「ハンターギルドは面白くないでしょうね」
「それを商館の中で、絶対に口に出して言うんじゃないぞ」
リーダーと一緒に中にはいると、中はハンターギルドよりも広く、奇麗に掃除されていた。ここでもリーダーは、ユリを受付嬢のところに連れて行き、前に押し出して言った。
「こいつは新人ハンターだが、商業ギルドにも登録してやってくれ」
「いらっしゃいませ。ようこそ御越しくださいました。
では、この用紙に必要事項を記入してください。
それと、確認のためハンターギルド証を呈示してください。
登録料として、リトルー銀貨1枚いただきます」
「えっ?」
ユリは、メスリー銀貨とブルトス銀貨は覚えたが、後はまだ知らない。
「あのー、あ、ちょっと待ってください。
リーダー。リトルー銀貨ってどれですか?」
ユリは収納バッグから銀貨の山を取り出して、リーダーに見せて聞いてみた。
「そういえばさっき教えなかったな。 この小さいのがそうだ。
リトルー銀貨は、メスリー銀貨のおよそ半分の価値だな。
こっちのはパリオー銀貨だが、今は流通してないから価値は分からん。
あとな……、人前で大金を見せびらかすんじゃない!!」
「ありがとうございます! それと、すみませんでした!」
(ふぅ……、登録料がハンターギルドの10分の1なんだ)
改めて、受付嬢の前にリトルー銀貨1枚を置いて、ハンターギルド証と、記入した用紙を提出した。
こちらの用紙には保証人欄がないので、形式的というか、業務を円滑に行うためだけの物なのだろう。
考えてみたら、商人ギルドじゃなくて商業ギルドだった。
商売には保証が必要だが、商人は付属品でしかないということなのだろう。
受付嬢は、ハンターギルド証を確認してた後、ユリをじっくり見分して、ギルド証を返却すると、用紙と登録料を持って奥に下がった。
(う~~、やっぱり胸を確認してた)
「ところでリーダー、ハンターギルドに比べて、ここの受付嬢の愛想がよかったのって、何か理由があるんですか?」
「商売人気質なんだろうな。商人と同じように躾けられてるのさ。
いくら愛想がよくても、腹の中じゃ何考えてるか知れたもんじゃない。
お人好しは、ああいう顔にすぐ騙されるから、注意しろよ」
ここでも受付嬢は、5分もしないで商業ギルド証を持ってきた。ハンターギルド証と同様、レーザー加工したかのような精工な作り。この世界では一般的な加工技術なのかもしれない。
「ちょっと訊ねたいんだが」
リーダーが受付嬢に話し掛ける。
このとき、こっそり貨幣を渡しているのが見えた。
「はい、何でしょうか?」
「『パン・デ・アデクティフ』ってパン屋のことなんだが」
「あぁ、『パン・デ・アデクティフ』ですか。」
「何か知ってるのか?」
「だいぶ前から、その店の子どもが度々窃盗事件を起こしていて、何とかしてくれという相談を受けておりましたので、名前は存じております。しかしながら、そのお店は商業区域の商店ではないので、商業ギルドの管理下になく、ギルドにはそのお店の詳しい情報は登録されていません。それですと、商業ギルドからは口をだせないので困っておりました。
ですが、最近は商業区域では事件を起こさなくなったので、放置した状態です」
「商業ギルドの管理下にないってことは、店の経営権はどうなってるんだ?」
「ギルドに登録された商店の経営権なら、ギルドで管理していて、譲渡もギルドで契約を交わして行うことになりますが、その店の場合は、言い方は悪いですが盗み放題ってことになりますね」
「そうか、だいたい分かったよ。ありがとう」
小遣いを渡したとはいえ、ペラペラと喋ってくれた内容は、商業ギルドで保護する必要のないことだけだった。なので、実際はほとんど分かっていないのだけれど、これ以上は無駄だと、リーダーは話を切り上げた。