05 毒伯父退治(1)
ユリは、ハンターギルドの館を出ると、ミラたちのところに速足で向かうリーダーとジェイクの後を追いかけた。
ユリはリーダーの隣に追い縋ると、歩きながら、ハンターギルド証について質問する。
「あの、このギルド証には、当人の能力とかランクみたいな情報がありませんが、そういうものなんですか?」
「ん?何を言いたいか分からんが、能力なんて記載する意味がないだろ。
昨日100㎏の荷物を運べたから今日も運べるとは限らんだろ。
逆に火事場の馬鹿力を出すこともある。
どんな剣技を使えるか、どんな魔法を使えるかなんて、書くだけ無駄だ。
ギルドが管理することじゃない」
「新人かエリ-トの区別も無しですか?」
「どういう依頼を熟してきたかはギルドで記録していて、それはギルドが次の依頼を任せるかどうかの判断の材料にしてるが、それが全てじゃない。
ドラゴンを倒した奴が雑魚モンスターにやられることだってあるからな。
そこまで極端じゃなくても、昨日まで大魔導士だった爺さんが、急に惚け老人になることだってあるんだ。
実力主義の世界に、格付けなんて無意味さ」
そんな話をしながら、商業区域の外縁に並ぶ屋台の間を抜けようとすると、食欲をそそる匂いがしてきた。串焼きの煙を浴びて、そのまま通り過ぎるのに、三人とも後ろ髪を引かれる思いがしたのは、お互い内緒にした。
* * *
「ミラ! マリエラ! 何か聞き出せたか!!」
三人が戻り、リーダーのウルフがそう声を掛けたとき、ミラは道の傍らに座り込んでいて、ミラに抱きかかえられた子供が涙の跡をつけたまま眠っていた。聖母が赤子を抱きかかえているかのような姿に、道行く人々の中には足を止めて見惚れている者もあった。だが、よくよく見ると、ミラも、傍らに片膝立ちでしゃがんでいるマリエラも、共に硬い表情で、話を聞くまでもなく、かなり怒っているのが分かる。
ミラが腕の中で寝ている子供の頭を、震える手で優しく撫でながら語った内容は、救いようのないほど悲惨だった。その手の震えは、怒りを抑え込んだものだったのだろう。
「まぁ、おおよそ、ウルフが予想してた通りだったわねぇ。
この子の名前はルイ。父親がヨーゼフ、母親がマーサ。
この子の家は、この道の先にある『パン・デ・アデクティフ』っていうパン屋さんなんですって。
この子の両親が開いたお店で、結構繁盛していたそうですよ。
それが2年前のある日、外出していた父親が大怪我して担ぎこまれて、その怪我が元で亡くなってしまったんですって。
父親が、会ったこともない奴にいきなり襲われたって言うのを、この子と母親が聞いたんですって。
犯人は三人掛かりで、棍棒でめちゃくちゃ殴って逃げてったって。
財布は取られてなかったっていうから、強盗じゃないんでしょうねぇ。
近所の人からは、繁盛してることを妬まれたんじゃないかって言われてたみたいだけど、多分違うわよねぇ。
そのあと、伯父のカイゼルって人が店に来て、最初のうちは店を手伝ってたって。
たぶん、猫を被ってたのねぇ。
この子には弟と妹がひとりずつ、ノエとベティがいたんだけど、妹は伯父が来てすぐにいなくなっちゃったって。たぶん、カイゼルって奴に売られちゃったんじゃないかなぁ。
その後、伯父が勝手に店主を名乗るようになったんですって。
伯父は働かずに昼から酒を飲むようになって、この子の母親を住み込みの従業員扱いにしだしたって。
それからず~っと、この子の母親にたかってたのねぇ。
今その店で売っているパンは、母親が焼いているから最低限の品質は保っているけど、伯父が材料費を削っちゃっているから、昔と比べて味が落ちゃって、お客さんが来なくなっちゃったんですって。
そうしたら、酒代が足りないからって、伯父の命令で、弟とふたりで、盗みをやらされるようになったんですって。
だけど、弟は1年前に盗みそこなって捕まっちゃって、盗もうとした相手は説教しただけで放してくれたんだけど、家に帰ってから伯父に酷い折檻うけて、それで死んじゃったって。
母親もずっと暴力を受けてて、この子は今も仕方なく盗みをやったてのね。
妹の居場所が分かるまでは逃げられないって。
ほんと、クソったれよねぇ」
ミラとマリエラが怒りに震えるのも当然だった。
少年の事情をミラから聞かされたリーダーとジェイクも、ミラやマリエラと同じように怒りに震えていた。私だってそうだ。
(二年前、この世界には、イオトカ君はいなかったのよ。
なのになんで、こんな酷いことする奴がいるの?
そういえば、イトオカ君は発動契機でしかないってダルシンが言ってたわね)
「それで、どうするの?」
ユリがリーダーのウルフに向かって問うと、それまで黙っていたマリエラの怒りが爆発した。
「ねぇ、ウルフ!
あなただって放っとけないでしょ!
そのカイゼルっていうおっさん、さっさと始末しちゃいましょうよ!!
裏道にでも誘い込んでギッタンギッタンにしてやりましょ!」
「まぁ待て。落ち着け。相手はモンスターじゃないんだ」
「人の心が無いんだから、モンスターみたいなもんじゃない!
この子の父親の件はグレーかもしれないけど、この子の弟のノエを殺してるのよ!」
「ただの飲んだくれのゴミクズなら始末することを考えないでもないが、
後ろ盾がいたり、地位のあるやつだったら面倒だ。
それに、妹の行方を聞き出す必要がある。
できれば父親の件もはっきりさせたい」
マリエラの過激発言をウルフが冷静に窘める。
さすが、ラッシュ・フォースのリーダーだけある。
(マリエラさんって、ああいうこと言う人なんだ。意外。
それにしても、この世界じゃリンチが普通なのかな?
それは、正義の味方ごっこしやすいって喜ぶべき?
それともここが無法地帯であるってこと? それだったら嫌だなぁ。
それに、これって、物凄く腹が立つけど、イオトカ君とは関係ないんだよね~。
その討伐活動って、私が手を出してもいいのかな?)
「そうですねぇ、悪人だから殺すというのはいけませんねぇ。
真人間に戻すのに、半年間は説教したいところですねぇ。
パーティーのお仕事で、その暇がないのが残念です」
「ミラ。お前って、優しい顔して、マリエラより怖いこと言うんだな」
(確かに神職者に半年間説教され続けるのはいやだけど、怖い?)
すると、マリエラが視線を逸らして、脇の建物の柱を見つめてとんでもないことを言った。
「そういえば、ミラは昔、片足千切れて血を流している盗賊が柱に縛り付けられてるのを前にして、『すぐに説教しなきゃ』って言って、半日説教してたことあったのよね」
「あのときは俺が見に行ったときには既に死んでて、死体に説教してたんだよな」
リーダーも知っている話のようだ。
「そうよ!私がミラに、とっくに死んでるって指摘したら『これは魂の浄化です』って微笑んでいうんだもの、さすがに怖かったわよ」
「二人とも何をいってるのですか?
あのときは、私の治癒魔法では、もう助からないことが分かっていたから、地獄に落ちた後の苦しみを少しでも和らげて差し上げようとしたのですよ」
(えっ、何?ミラさんって狂信的司祭様?
怖ぇ~~~。絶対に怒らせないようにしよ!
あ、ジェイクが頭抱えてる……)
そんなことよりも、ユリには、まず確認することがあった。
「ところで、この子のパン屋がどこにあるかは聞いてますか?」
「どこって、行くときはこの子に案内させればいいだろ?」
「あぁ、そうじゃなくって、他の人にお店のこと聞くときに、名前だけで分かるかなって」
「店の名前は『パン・デ・アデクティフ』って言ってたろう?
看板が残ってるか分からんが、客足の途絶えたとはいえ、元は繁盛してたパン屋だ。そんな店いくつもあるわけでもないし、大概は聞けば分かるだろ」
「それもそうね。
それじゃ、この後の行動は?
できれば母親から詳しい話が聞きたいわね。
それに近所の噂話も」
「ほぅ、ユリは手慣れているようだな」
「べ、べつに、そんなことはないですよ」
(ドラマや推理小説で覚えた素人考えです。すみません)
「そうだな、いきなり行っても母親から話を聞くのは難しいだろう。
この子をその家に近づけたくはないが、ミラたちがこの子を連れて話を聞きに行くのがいいだろう。伯父って奴がいたら面倒だが……、マリエラ、眠らせられるか?」
「楽勝よ! 間違って攻撃魔法使っちゃうかもしれないけど。
そのときはゴメンね♡」
「おい、冗談でもやめろ」
「冗談じゃないわよ~」
「なおさらやめろ!
あとその店の噂話だが、ジェイク、お前に頼めるか?」
「あぁ、構わん。飯屋か酒場が開いてるといいんだが、今は昼過ぎか。
ちょっと中途半端だな。 市場で聞いて回るか?」
「うーん、市場だと時間がかかるな。いや、やっぱり今の話は無しだ」
(え? ジェイクさんって、脳筋キャラじゃなかったの?)
「ユリ、お前は俺と一緒に商業ギルドだ。ジェイクも付き合ってくれ」
「ん? そりゃ商業ギルドも登録するけど、後回しでいいですよ」
「そうじゃない。
パン屋の騒動なんだから、商業ギルドで何か分かるかもしれん。
ついでにギルドへの登録もしてこよう」
「あぁ、そういうこと」
* * *
ミラとマリエラがルイを起こしてからパン屋に向かうと言うので、三人を置いて、ユリたちは連れ立って商業地区に移動を始めた。
「そういえば、リーダーがジェイクさんに聞き込みをするようにって言ってましたけど、ジェイクさんって、そういうのが得意な人なんですか?」
(なんたって、見た目が脳筋キャラだもんね)
ユリはジェイクに聞いたつもりだったのに、なぜかリーダーが細かく説明する。
「さっきは市場に行こうかって言ってたろ?
ああいうところは、重い積み荷を運ぶ人手が足りなかったり、荷車が溝に嵌ってたり、屋台の組み立てで難儀してたりするからな。ジェイクはそういったのをちょいと手伝って、気を良くした相手から話を聞き出すのさ。
あと、子供ともすぐに仲良くなる。両腕に5人ずつ子供ぶら下げて遊んでやってたことがあったな。
ああいうのは、俺にはできん。
ミラは母性に溢れていて、子供から慕われるんだが、ジェイクみたいに子供に戻って一緒に遊ぶということはないからな。
だが、こいつが本領を発揮するのは酒場だ。なんたって底なしのザルでな。飲み比べすれば必ず勝つ男なんだ。酔って頭の働かなくなった相手から、賭けの代償として金を払うか情報をよこすか選ばせれば、かならず情報が得られるんだ。
だから情報収集はいつもジェイクに任せてるのさ」
「うぉ~、それは凄いですね」
「あんなに人付き合いがうまいのに、なんで普段無口なのか、そこんとこは俺にもわからんがな」
「普通、それを本人のいるところで言いますか?」
ジェイクはユリとリーダーが自分のことを話しているのを脇で聞いているのに、どこ吹く風といった様子で歩いていた。