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04 討伐?始めました

(うわぁ、いい人だなぁ)

 それがユリの、初対面のミラに対する感想だった。


 ユリは、ミラと話をしてみて、生まれて初めて善人に出会った気がした。ゆりの育ての親ですら、悪人ではなかったが善人でもなかった。ユリはもう少し話そうかと思ったが、ミラたちの入街手続きが始まってしまったので、会話が途切れてしまった。それでも、その後、彼らに続いてユリが手続きをしている間、四人は待っていてくれた。ユリの子どものような見た目がよほど心配だったのかもしれない。

(折角だから、冒険者ギルド……

 じゃなくて、ハンターギルドまで一緒についてこうかな)

 そう思って、ミラたちと話の続きを始めようとしたところ、ユリの後ろに並んでた気の弱そうな男が受付で揉める声が聞こえてきて、全員の関心がそちらを向いた。どうやら『入街税』とやらを請求されて揉めているようだ。


 ユリは、自分たちが請求されなかったそれが何のことか分からなかったので、ミラに聞いてみる。

「あの、入街税って何ですか?」

「ん~、関税とか通行税のようなものですねぇ。

 普通は商人の荷馬車だけなんだけど、あの人は違うわよねぇ。

 大きな街だと、出入りするだけで取られることがあるんだけど。

 でも、こんな小さな街じゃ聞いたことがないわねぇ」


「あぁそういうこと」

 ミラの答えを聞いて、ユリは分かってしまった。

 すぐにバレる、見え見えの悪事。

 これは、イオトカ君の影響を受けた悪が姿を現したのだと。


 気の弱そうな男は金貨をだして、いかにも狡そうな顔に変貌した受付の男に、名残惜しそうに渡そうとしている。

 ミラたちが影響を受けた様子もなく平気だったので、この世界ではイオトカ君の力は働かないのかもと、無駄な期待をして油断していたらいきなりこれだ。なら、この悪は、早速退治しないと。

 

 ユリは遠くに受付担当の上司らしき男の姿を見つけると、すーーっと大きく息を吸って大声で叫んだ。

「入街税って何ですかぁ!

 この街っていつから税金取るようになったんですかぁ!

 領主様からそんなこと聞いてないんですけどぉ!」

「ちょっとユリ、いきなり何を……」


 ミラがあたふたしだして、ラッシュ・フォースの他の三人が不思議生物を見るような目をユリに向けていると、上司らしき男が駆け寄ってきて、受付のトラブルに介入した。……と思ったら、いきなり受付担当をぶん殴った。

(おぉ、やるじゃん。あっ、また殴った)


 結局、受付担当が相手の気の弱さに付け込んで、騙して金を取ろうとしたようだった。上司らしき男は、別の人間に受付を任せると、タコ殴りされた担当を引きずって奥に行ってしまった。

「悪の討伐って言ってたっけ? あなた、面白いわねぇ」

「そうですか? 私、何もしてませんよ」


 最初の討伐は、直接手を出すまでもなく、あっけなく終わってしまった。

 今回、ユリがイメージして期待した通りの顛末となったが、そこにエティスの力が働いたかどうか、いまいち分からない結果となった。

(イオトカ君もエティスも、ファイアーボールと違って、その力が働いたのかどうか、いまいちはっきりしないのが難点よね。

 これじゃ、冒険譚を書いたときに、絵にならないじゃない)


 ユリは、心の中に見当違いの不満が残るものの、何でも屋の冒険者ギルドが無いとわかったので、とりあえずハンターギルドに行くことにした。そして、ラッシュ・フォースの四人と共に街に入ると、今度は物陰にいた子供がユリにぶつかってきた。


「ギャー!!」

 叫んだのはユリではなくて、小汚い恰好をした男の子のほうだ。


「手が、手がーー!!」

 右手で左手首を掴んで、激痛にのたうちまわる子供を見て、ラッシュ・フォースのリーダーのウルフが寄ってきた。


「どうした。当たり屋か?」

 リーダーのいう「当たり屋」とは、気の弱そうな旅行客相手に、怪我させられた振りをして金を強請(せび)る連中のことだ。

「いえ、私の銭袋を盗もうとして、盗難防止の仕掛けに引っかかったようです」

 この子供は、ユリが腰に下げていた銭袋をひったくろうとしたようだ。彼が奪いそこなった布製の小銭入れには、実は貨幣は入ってなくて、唐辛子成分をたっぷり塗った小振りの毬栗(いがぐり)が入っている。泥棒がこれを掴むと、多数の針が手に刺さって、激痛が走る仕掛けになっていた。

 この子は、例によってユリを見て悪心が頭を(もた)げ、一番弱そうなユリを狙ってしまったのだろうか。もしそうなら、受付の騒動から3分もたってないというのに、イオトカ君は働き過ぎだ。


「随分物騒な仕掛けを仕込んでるんだな。

 これが貴族のクソガキだったりすると、お前の方が罪に問われるから気をつけろよ」

(なんか、リーダーが呆れ顔で見てるんですけど、なんで?)


「それよりこの子、どうします? 見たところ孤児のようですけど」

「ん? ん~、ちょっと違うな」

 リーダーは、子供の顔を覗き込むようにして否定した。


「この辺りの街じゃ孤児は教会が面倒を見ている。だから金を盗むようなことは滅多にしないんだ。

 たまに、修道士と一緒に朝の水くみや農作業をするのを嫌がって逃げ出す奴はいるが、そういうのはすぐ連れ戻される」

「教会、ってことは市民の寄付金で孤児の面倒を見てるってことですか。

 治安維持に繋がるのに、国や領主はやってくれないんですか?」

「国や領主がやると、孤児は兵士の卵として育てられて、消耗品として戦場に送られるからな」

「あぁ、それなら手を出されない方がましですね。

 でも孤児じゃないなら、この子は何なんでしょう?」

「こいつは恐らく育ての親がいて、盗みをやらされてるんだろうな」

 どうやら、イオトカ君とは関係ない悪人の犠牲者だった。

 疑ってゴメンよ、イオトカ君!


「ねぇ、君。こんなこと誰かにやらされてるの?」

「…………」

 ユリが事実確認の質問をしたのに対して、子供は痛みを堪えて恨みがましい目を向けるだけだった。

(しまった! これじゃ拷問じゃん)


 ユリが背負った荷袋を下して、中から軟膏を取り出すと、それを見たウルフが暴れる子供の腕を掴んで抑え、ユリがその手に軟膏を塗りたくって、こっそり解毒と治癒の魔法を掛ける。ユリにとって無詠唱は当然だったし、ダルシンから授かった純粋な治癒魔法は、部位が光ったりすることはないので、言わなければ魔法だと気づかれることはない。


「どう? もう痛まないでしょ?」

 子供は暴れるのをやめて、さっきまで腫れていた手を不思議そうに見つめている。

「もう一度聞くけど、こんなこと誰かにやらされてるの?

 もしそうなら、助けてあげるよ」

「泥棒されそうになったってのに、お前、随分とお人好しなんだな」

「乗り掛かった船だもの、放っとけないじゃない。

 それにさっき、悪を討伐しに来たって言ったでしょ」

「うーん、街中で悪党退治するなら、ハンター登録してないとまずいな。

 まだなんだろ? ハンター登録」

「え? えぇ、まだだけど」

「よし、分かった!

 ミラ! マリエラ!

 俺とジェイクはユリのハンター登録に付き合う。

 お前たちはここに残って、この子の事情を聞き出してくれ」

「「まかせて!」」

(この四人も結構なお人好しだね)


「ミラさん、マリエラさん。すみませんが、あとをよろしくお願いします」

「それじゃ、行こうか」

 ユリは、ここに残る二人に頭を下げると、ウルフとジェイクに連れられてハンターギルドに向かった。


    *    *    *


 ユリが初めて来るハンターギルド。

 周囲には武器屋や乾物屋などのハンター向けの店、警備隊の詰所らしき建物、大型倉庫などがある。

 ウルフとジェイクがさっさと入ろうとしてるのに、ユリは一人でギルドの建物とその看板を見上げていた。


(外見は三階建ての商館っていったところね)

 ユリは、この世界の商館はまだ見てないので、その例えが妥当かどうかは極めて怪しかった。


「おい! 急いでるんだから、早く来い!」

「はい! すみません!」

 リーダーに怒られてしまった。


 慌てて二人について中にはいると、リーダーは受付嬢のところにユリを連れて行き、受付嬢の前に押し出して言った。

「新人を連れてきた。ギルド登録してやってくれ」

「こちらのお嬢さんですか?

 では、この用紙に必要事項を記入してください。

 それと、登録料はメスリー銀貨5枚です」

「えっと、銀貨は何種類か持ってるんですが、どれがそうなのか分からなくって。ここから取ってもらえますか?」

 そういってユリが4種類の銀貨を5枚ずつ出して見せると、受付嬢はそのうちの1種類を選んで5枚抜きとった。


(この世界は金貨も銀貨も種類がいろいろあって面倒よね。

 スパイシーウルフの世界じゃないんだから。

 金本位制みたいな貨幣経済はさっさとやめればいいのに)


「随分と珍しい銀貨まで持ち歩いてるんだな」

 リーダーが声をかけてきた。

「えぇ、出身地で使ってたのも持ってきもんで。

 こっちじゃ通用しないかもしれませんね」

「いや、そういう話をしたいんじゃないんだ。

 そっちのブルトス銀貨はメスリー銀貨の4倍の価値があるからな。

 さっきのが商人相手だったら、ブルトス銀貨の方を取られてたろうな。

 さっきだって、俺たちが見てなかったら危なかったかもしれん」

「……今後気を付けます」


(そういえば、入街時の受付はイオトカ君の影響を受けてたんだっけ。

 今、目の前にいる受付嬢も危なかったのかな?

 でも、影響を受けてたら平気ですぐバレることするんだよね。

 だったら、この人は大丈夫なのかも)


 ユリは支払いを済ませると、改めて用紙の記入事項に目を向けた。

(えっと、名前はいいとして、出身地って日本でいいの?

 あっ、これって)

「すみません、リーダー。

 ここに『身分証、もしくは、身元保証人』って欄がありますけど」

「あぁ、そこは俺が名前を書くから空欄でいい」

「何から何まですみません」


(会って1時間も経ってないのに、それでいいの?

 親切を通り越してお人好しすぎない?

 それとも人間性を見る鑑定スキル持ちとか。

 とにかく、後で何かお礼しないといけないよなぁ)


 必要事項を書いて、リーダーに身元保証人欄に記入してもらうと、受付嬢は用紙と登録料を持って奥に下がり、5分もしないでギルド証を持ってきた。しかもこのギルド証、たった5分で作ったとは思えない、レーザー加工したかのような精工な作りだった。

「ではこれを。ハンター活動するときは、必ず身に着けていてください」

「はい、承知しました。

 って、へぇ~。ずいぶんとしっかりした作りなんですね~。

 ……ん? ちょっ、ちょっと待って。この『身体的特徴』ってところ!

 髪の色や瞳の色や肌の色や身長はいいけど、なんで胸の特徴まで書いてんのよ!!」

「人物を特定するための情報ですから、記述するのが当然です。

 万が一内容に変更があった場合は、ギルド証の更新を忘れないようにお願いします」

(うっうっ……、だからって、書きようってものがあるでしょうに。

 だいたい『万が一』ってなによ、『万が一』って。

 ギルドじゃ、この身体的特徴の記述が変わることはないって確信してるってこと!?)


「ハンター活動の細かい説明はこちらで行いますか?」

「今は急いでいるからいい。説明は俺たちでやっておく」

「ではユリさんへの説明はお願いしますね」

 なにやら受付嬢とリーダーの間で話が決まってしまった。

 恩という負債が増え続けていることに、ユリは少し不安になる。


「ところで、私はリーダーに身元保証人になってもらいましたけど、

 身分証が無くて、身元保証人もいない人はどうするんです?」

「その場合は、金貨10枚前後の保証金の預け入れが必要になる」

「それって、田舎から出てきた人はハンターになれないってことじゃ」

「いきなりは無理だね。

 でも、保証してくれる人間の信用を得ればいい。

 今日の君みたいに」

「普通は信用を得る前に餓死しませんか?」

「そうかもしれんな。

 さぁ、ハンター登録も済んだことだ。さっさと戻るぞ」

「はい!」




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