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45 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編16】

 従者からは「ごゆっくりとお(くつろ)ぎください」と言われたものの、このあと大層きな臭いことに立ち会わなければならないことが分かっているので、そう簡単にユリたちの緊張が(ほど)けることはできなかった。

 使用人たちに案内されてそれぞれが大テーブルの席に着くと、酒と果実水が出されたが、酒に手を付ける者はいない。果実水は、ユリにとってこの世界では初めてだったので、期待しないで口を付けたが、意外とまともだった。

 その後、皿とカトラリーが並べられ、スープと大皿の料理が次々と供されてきた。どうやら、懐石料理やフランス料理のようなコース料理ではないらしい。

(そういえば、中世ヨーロッパでコース料理が食べられるようになったのは産業革命あたりからのことで、この世界の文化レベルからすると、あと五百年は先なのよね)


「あの、この大皿のお肉って、どうやって食べたらいいんでしょうか?」

 ユリがこういった場に詳しそうなミラに目を向けて訊いたのは、大皿の肉が切り分けられておらず、ドンと塊のまま置かれていたからである。

「自分が食べる分を削りとって、好きなように食べればいいんですよぅ」

「ミラったら、それじゃ分からないでしょ。あたしがやってあげるから、ユリは自分の皿をこっちに出して」

 マリエラがそう言うので、ユリが皿を差し出すと、実演して見せてくれた。

 彼女は脇に置いてあった鉄串を肉の塊にぶすりと刺すと、シュラスコ料理のようにナイフで肉を削り取って、削り取った肉を手掴みでユリの皿に取り分けた。

「もっと厚いほうがよかった? 次からは自分でやってちょうだい」

「あの、ここでこんな食べ方して怒られませんか?」

「何言ってるの。王様やお姫様も同じよ」

 言われてみればそうだった。中世ヨーロッパでは、フォークはまだ存在せず、王様と(いえど)も手掴みか、もしくは串やナイフで刺したものにかぶりついて食べていたのだった。

 そしてここには貴族や王族は同席していないので、多少のマナー違反も問題ないと分かると、旨くもないバーベキューを楽しむ子供のように、ユリは童心に返って異世界の料理を楽しんだ。


 ユリたちの食事が一段落すると、食器が片付けられて、代わりに大き目の木のボールに水を張ったものが、それぞれの席に運ばれてきた。フィンガーボールにしてはやたらでかい。

「これで汚れた手を濯ぐんですよぅ」

 そうミラに教えられたが、両手をべたべたに汚しているので、たしかにこのぐらい大きいものが必要だ。手を入れてみると、少しぬるぬるするので、サポニンか何か石鹸のような成分が入っているようだ。手を洗って、使用人から渡されたタオルで手を拭くと、それらの手洗い道具も全て片付けられ、最後に、甘いコーヒーが陶器のゴブレット(湯飲み茶わんにワイングラスの足のようなものが付いたもの)に入れて出された。容器を揺すって見ると、この世界では貴重な砂糖が底に沈殿しているのが分かる。これも一種の権力の誇示なのだろう。


(意外と寛げたわね)


 ユリたちがコーヒーを味わいながら飲んでゆったりしていると、第三王女のエレノーラが二人の従者を引き連れて部屋に入って来たので、全員が席から立って迎え入れた。


 驚いたことに、この従者のひとりがアトラーパ(偽名)だった。

 そのことには、ラッシュ・フォースの四人も、気付いたようだ。

 ユリが小声でウルフに訊く。

「リーダー。あの人、私と一緒にブレイヴ・ソードに雇われた人ですよね?

 姫殿下の従者をしてるってことは、貴族だったんですかね?」

「だろうな。上級貴族の、爵位を継承する見込みのない三男とか四男あたりだろう」

「わたし、結構失礼な態度とっちゃいましたけど、大丈夫ですかね?」

「さあな」

「……」


 王女殿下がお誕生日席に着くと、ユリの知らない方の従者が着席を促した。

「どうぞお座りください」

 ユリたりが着席すると、言葉を続けた。

「招待状にしたためておきましたとおり、これより査問会を開きますので、皆さまには、その様子を見守っていただきます」

「それって、姫殿下を護衛しろってことですか?」

 ウルフたちが薄々感づいていたことを、ユリがあからさまに質問したら、エレノーラが自分で説明を始めた。

「やはり分かってしまいましたね。

 査問会は謁見の間で(わたくし)が直接行います。

 ブレイヴ・ソードは部屋に入れる前に武装解除させますし、中では魔法を使えなくしますが、それでも万が一ということもあります。(わたくし)の周りには身を盾にして守る者たちもいますが、できればそのような犠牲を出したくありません。

 あなた方なら、犠牲を出さずに守ってくれますよね?」

「武器を持ち込めるなら努力はしますが、保証は出来かねます」


    *    *    *


 その二時間ほど前、ブレイヴ・ソードの六人は王城を訪れ、以前ユリたちが通されたのと同じ、殺風景な応接室に通されて、放置プレイを受けていた。いま部屋にいるのはブレイヴ・ソードだけで、接待する者もおらず、10分ほど経っても誰も来ない。

 それで、ハンスが癇癪を起した。

「いつまで待たせる気だ!」

「伯爵のところに確認に行ってるのだろう。もうしばらく待ったらどうだ」

 すかさずトゥーラが宥めるが、ハンスの癇癪は収まらない。

「伯爵が来いというから来たんだ。向こうが城門で待っていたっておかしくないだろうが! 確認に行ったとしても遅すぎる!」

「ハンス。お前が短気なのはいつものことだが、王城でぼろを出すような真似はだけはやめてくれ」

 ラドックが諫めるが、ハンスの興奮は収まらない。

「何をびくついてるんだ。伯爵を脅すネタなら山程溜まってるだろうが」

 ラドックはあえて反論しなかったが、そのネタは金庫の中にあった。折角あのことから目を背けていたのに、思い出させられてしまったのが腹立たしい。


 その後、放置されて黙って待つのも草臥れるので、ラドックが旗振り役になって、二度目の指名依頼がうまくいっていない理由を検討することとなった。

「そもそも、前に五頭倒した階層の付近に、なぜ全くいなかったんだ」

 ラドックの設問に、ゼノビアが仮説を立てる。

「前回、解体したフレイムリザードの遺体を放置して帰りましたから、フレイムリザードを餌にするような魔物(モンスター)が寄ってきて、それで逃げてしまったのかもしれません」

「それなら、その魔物(モンスター)がいなきゃおかしいだろ。それにフレイムリザードが上の階層にも逃げるはずだけど、一度も見てないじゃないか」

 ゼノビアの仮説にベックが反論すると、リザベルがゼノビアの仮説を補強する。

「その強い魔物(モンスター)がフレイムリザードを全部食べちゃって、餌が無くなったから奥の階層に戻ったのかもしれません」

「それなら戦闘の跡や、食い残しの骨が残るだろう。しかし、そんなものは無かった」

 ラドックが、にべもなく否定した。

「それじゃぁ、フレイムリザードの皮が高く売れるからって、誰かが先に全部狩っちゃったとか」

「それこそ戦闘の跡が残ってなきゃおかしいだろうが」

 リザベルが提示した仮説は、苛々した態度のラドックにすぐに否定されてしまった。


 しかし、リザベルの仮説がほぼ正解だった。ユリとラッシュ・フォースで十四階層から二十四階層にいたフレイムリザードを痕跡を残さずに全て退治して、もしくは生きたまま、ユリのアイテムボックスに収納していたからだ。

 ユリの「常識的にあり得ない手段を使えば、気付かれることはありません」という言葉に従ったのだが、実際そうなったわけだ。


 ブレイヴ・ソードが何の成果も挙げられずに無駄な議論を続けて二時間ほど経ったころ、部屋に男の使用人が入ってきて言った。

「お待たせいたしました。ご案内します」


 使用人はハンスたちの答えも聞かず、部屋の扉を大きく開くと、さっさと歩き始めた。途中でハンスが色々と言ったが、全て無視されている。

 彼らが二時間も待たされたのは、ユリたちの食事が済むのを待っていたからなのだが、その事実を教えられることはなかった。


    *    *    *


 使用人に連れられて王城の奥に進んでいると、ベックが気になることを言いだした。

「ところでさ、前に来たときより廊下の警備が厳しくなってない?」

「たしかに警備兵が多いな」

「コロシアムの騒ぎの後だからじゃないですか?」

 ラドックが同意し、リザベルが意見を言うが、誰もそれに答えようとしない。

 皆が押し黙って歩いていると、ゼノビアがその答えを言った。

「私たちを警戒しているのでしょうね」


 やがて使用人は、王城の奥の部屋の前で立ち止まった。

「この先は謁見の場ですので、みなさんの武器は、ここで預からせていただきます」

「なにぃー、ふざけてるのか! 俺たちはブルックナー伯爵の客人だぞ!」

「ブルックナー殿()は関係ありません。

 王族との謁見では武器の携帯は許されません」

「王族だと……?」

「ハンス、無駄な抵抗だ。 ここは従え」

 そのとき既に、周囲を警備兵が取り囲んでいることに気付いたラドックがハンスに注意をした。

「あぁそれと……」

「まだ何かあるのか」

「中では魔法の使用は禁止されておりますのでそのおつもりで。

 もっとも、使いたくとも使えなくなっておりますが……」


 その部屋は、対等な立場で会う応接室ではなく、上下関係のはっきりした謁見の場。国王が使う大広間ではないが、百平米ほどの広さがあり、その奥には1mほど高くなったステージがあって、ステージの奥と、ステージの下の脇に出入口がある。その壇上には、豪華な椅子がひとつだけ置かれていて、壇上の左右に二人ずつ、合計四人の近衛兵が立っていた。

 普通の謁見の場を知っている者なら、少し奇妙に感じただろう。なぜなら、壇上に続く階段が設けられていないからだ。叙爵(じょしゃく)の儀式とかでは、壇上から剣を携えた王族が下段に降りて来るために使う階段。その階段がないということは、王族からの完全な拒絶を意味している。


 ブレイヴ・ソードが中に入ると、後ろから十人の警備兵が入ってきて、左右と後ろを固めた。

「……あの、これ、何なんですか?」

 リザベルが怯えた声で仲間に声を掛けるが、誰も答えようとしない。


 壇上の椅子の背後の出入口に掛けられた黒いカーテンから男がひとり姿を見せ、一歩脇に避けて声を上げた。

「第三王女エレノーラ殿下が御成りあそばされます」

 従者の言葉の後、同じ場所からエレノーラが姿を現すと、ハンスら男たちは片膝立で礼を示し、リザベルも慌ててそれを真似ようとして、すぐ横でただ一人立ったままのゼノビアを見て、その袖を曳いた。

「ゼノビアさん、不敬になりますよ」

 ゼノビアがぎこちなく片膝をつき、両手を床に着くような形になると、それを見ていたエレノーラは壇上の椅子に座る。そのとき、手に持っていた布を掛けた小物を膝の上に置いていた。

 褒美の品か何かだろうか? そう、ハンスが考えたとき、従者が言葉を続けた。


「これより、ハンスこと、ドッジ・イエ・マヌの査問会を始める」

「「「「「「……えっ?……」」」」」」




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