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44 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編15】

 ブレイヴ・ソードの六人が石と化した床下金庫を見て自分たちも石になっていた、ちょうどその頃、ダンジョンから戻ったユリとラッシュ・フォースの一行は、宿の一室に集まっていて、ウルフたち四人が、ユリの魔法を使った手品を見せられていた。

 ユリがやったことと言えば、極めて単純で、ジェイクにステーキ肉の乗った皿を持たせて、その上を覆い隠すように、掌を右から左へ動かして見せただけだった。ただしその瞬間、ジェイクが「うおっ」と声を上げて皿を落としそうになり、見るとステーキの上に掛けられた塩や香辛料の粉はそのままに、ステーキの肉が全く同じ形の黒い物体になっていた。

「持って見てくれ、重いから気を付けてな」

 ジェイクから皿を受け取ったウルフもまた「うおっ」と声を上げると、皿をテーブルに置いて、元は肉だったものを指で(つつ)いている。

「これは石なのか?」

「玄武岩のつもりなんですけど……多分」

 ユリはそう答えたが、ユリが名前を知っている岩石が、大理石か玄武岩か花崗岩くらいしかなくて、皿の上の肉を『たしかこんなだった』玄武岩にすり替えていたのだった。あいまいな記憶を頼りに作っているから、組成はかなり違うものになっている。

「種明かしすると、元のお肉の表面に薄く防護障壁を張っておいて、お肉を抜き取って、土魔法でそこに充填するように岩を生成して、その(あと)いらなくなった防護障壁を解除しました。

 元のお肉はこちらです」

 ユリがそう言って、別に用意してあった空の皿の上で手を動かすと、塩や香辛料の掛かっていないステーキ肉が現れた。

「器用なもんだな……」

 ウルフが感心した声を上げると、マリエラが怒った声を上げる。

「器用どころじゃないでしょ!」


 ユリが金庫の表面の埃をそのままにしたので、ブレイヴ・ソードが犯行日時を誤認していたが、ユリは、ブレイヴ・ソードから馘を言い渡された、そのときに、壁や床下の隠し金庫を抜き取って、玄武岩もどきにすり替えていたのだった。

 その場には、魔法の行使に気付ける、ミラのような人間はいないはずだったので、ユリは彼らが見ている前で堂々と、安心して()って退()けていた。

 持ち帰った金庫とその中身は、不正の証拠も金貨も宝飾品も、全てギルド長(ギルマス)に渡してきたのだが、その後、仲間からどうやってすり替えたのかを尋ねられて、やって見せたのが今の手品だった。

 ちなみに、ユリは、金庫の扉が閉ざされたまま、その中身を抜き取っていた。ギルド長(ギルマス)に渡したときには、金庫の背中側に、金属がめくれ上がった大きな穴が開けられていたのだが、その穴は、どうやって中身を取り出したのか訊かれたときに困ると思って、ユリが空になった金庫を異空間に配置して、爆裂魔法を使って開けたものだった。その結果、ギルド長(ギルマス)から「なんでこれで中身が無事なんだ?」と訊かれてしまったのだが、それは笑って誤魔化した。


「なぜ盗み出すだけじゃなく、岩にする必要があったんだ?」

 ウルフの疑問にユリが答える。

「岩にしとけば、中身を確認するのに、時間が掛かるからに決まってるじゃないですか! 中身が大事だったら、石工を呼んで丁寧に削って穴を開けるしかないですからね」

 すると、マリエラが溜息をついて、ユリの考慮不足を指摘する。

「はぁ~、あんたの言ってることはわかるけど、罪のない石工が呼ばれて、後で口封じされたりしたらどうすんのよ」

「そりゃ、中身が残ってたらそうですけど、中まで全部岩だから、口封じする理由がないですよ。そこに金庫の形をした岩があることは、それを知っている犯人が他にいるんですから。

 それに、あの人たちには、そんな時間的な余裕もないですからね」


    *    *    *


「この石の金庫は、本当に元あった金庫が石化したものではないのだな?」

 ラドックが、金庫だったはずのものを調べていたベックに問い質す。理由がどうあれ、表面だけの石化なら中身はまだ無事である可能性が残されている。ラドックの問いは、それを期待してのものだったが、ベックはあっさり否定した。

「絶対とは言えないけど、多分違うね。扉の中の空洞が無くなってるし、可動部が全く動かない。これは、石で出来た金庫じゃなくて、表面が金庫の形をした完全な岩だよ。だいたい、金属の石化なんて聞いたことがないだろ? コカトリスやバジリスクに襲われた人間だって、石化するのは肉体だけで、服や鎧はそのままじゃないか」

「完全な岩なのか? 中身が残ってたりはしないのか?」

「少なくとも表面から30㎝くらいは完全に岩で間違いないね。その奥は掘り出してみないと分からないよ」

 ラドックが元の金庫のサイズの岩の重さを概算すると、壁の金庫が丸々岩だった場合に4トンぐらい、床下の金庫が10トンぐらいになった。中身が残っている可能性を考えて掘り出すとしたら、かなり大掛かりな工事になり、秘密毎に作業することは不可能だった。

 ふたつの金庫の中身を失ったとあっては、金庫番のラドックの立つ瀬がない。そして、中身の行方が一番の問題だが、直近の問題は現金だ。自分たちの所持金以外の金がないとなれば、益々窮地に追いやられたことは間違いなく、ラドックは今後の金策をどうすべきか考え始めた。

 ブレイヴ・ソードの立場上、表立った借金はできない。裏社会の伝手で借りることは可能だが、それが最悪の方法だということは、ブレイヴ・ソードの名で借金取りをしたことがある自分たちがよく知っている。あれは私設の軍隊を使って借金を踏み倒そうとした貴族に対する正式な取り立てではあったが、相手を容赦なく叩きつぶしたのだ。だから、誰からであろうと借金などできない。ここは何としてでもブルックナー伯爵と繋ぎをつけるしかない。そう考えていた矢先、応接室に近づく使用人の足音がした。

「ベック、足止めしてくれ」

 そう言ってベックを行かせ、他の動ける者たちで絨毯を敷き直し、椅子とテーブルを元に戻し、壁の金庫だったものを隠して、何食わぬ顔で座って待っていると、準備が整ったことを確認したベックが使用人を招き入れた。

「ハンス様に旦那様からお手紙が届いております」

 使用人はそういって手紙を渡すとすぐに部屋を出て行こうとしたが、ハンスはそれを待たずに手紙の封を切って、中に書かれたことを読んでいた。

「俺にも見せてくれ」

 ラドックはハンスから手紙を奪い取るようにして中身をみた。

「この奇麗な字は伯爵じゃないな。あの男の手紙が代筆なのはいつものことだが、いつもの書記の字ではない」

「何と書いてあるんだ?」

 トゥーラの問いにラドックが答えた。

「今は王城の治療院にいて、面会可能になったから会いに来いと言っている」

「だったら医者が代筆したんじゃないの?

 ちょうどいいじゃない。代わりの剣や資金を貰いにいけばいい。あるいはハンターギルドの指名依頼を取り下げさせることも出来るんじゃないの?」

 ベックの発言をラドックは頭の中で検討してみたが、ハンス以上に我儘な男に現状をそのまま伝えることは極めて危険であり、ベックの言ったようなことは、そう簡単には出来ないことだった。


    *    *    *


「そろそろ時間じゃないの?」

 ユリの手品を見せられて、あーだこーだ話をしていたマリエラは、窓の外の陽の傾き加減を見て、約束の時間が迫って来たことを指摘した。

 ラッシュ・フォースの四人とユリは、ハンターギルドでギルド長(ギルマス)に『(つるぎ)(やかた)』にあった金庫とその中身を全て渡した際に、第三王女からの招待状を受け取っていた。そこには『ブレイヴ・ソードを王城で糾弾する。晩飯食わせてやるから、王城に来て、隠れて見ていろ』という内容が、至極丁寧な言葉で書かれていた。要するに招待状ではなく召喚状だった。


 マリエラが言うように、約束の時間が迫っているので、ラッシュ・フォースの四人とユリは王城に向かうこととなった。

「ほら、ユリ、早くして! なんで変装を解いちゃったの」

 マリエラが叱ったのは、ダンジョンでブレイヴ・ソードを監視していた時は、見られても気付かれないようにと、ユリだけは髪の色と衣装を変えて変装していたのに、宿についたときに元に戻してしまっていたからだ。

「だってこの(かつら)、砂だらけで不潔だからですよ。それにボッサボサで、ダンジョンの中ならそれでもいいですけど、街中だと目立っっちゃうから直してるんです」

「……、(かつら)はそのまんまでいいでしょ! 行くわよ!」

 ユリは元々はストレートヘアで、『腰まで伸びた青みを帯びた艶のある黒髪』をとても気に入ってたので、ボサボサの(かつら)を気にするのも当然だが、ユリの言葉は普段から自分のまとまりのない癖っ毛を気にしているマリエラを不機嫌にさせるものであった。


    *    *    *


 王城を訪れたユリたち一行は、どうせまた長々と待たされるんだろうと思いきや、城門からすぐに招き入れられ、前回は足を踏み入れることのなかった、城の奥にある煌びやかな装飾のある廊下を通って、豪華な部屋に招き入れられた。

 もっともそれは、この世界での『豪華』であって、近世以降に建造された西洋の贅を尽くした宮殿や大聖堂を知っているユリからすれば、この城の装飾は大したものではなかったのだが、さすがにそのことを口にするほどバカではなかった。


 招かれた部屋の中央には大テーブルがあり、本来の用途は分からないが、応接室というよりは食堂に近い。部屋には王女殿下の従者らしき男が直立不動で待っていて、ユリたちが部屋に入るのを迎えて挨拶をした。

「王女殿下の招きに応じていただき、ありがとうございます。

 殿下が皆さまを(ねぎら)い、晩餐を用意されましたので、どうぞごゆっくりとお寛ぎください」

 少しばかり敬語がおかしいのは、自動翻訳の限界なのだろう。日本でも時代によって敬い方が大きく異なるので、西洋の中世っぽい世界の言葉をユリに伝えるのに、敬語を正しく翻訳できないのは仕方がないことだった。


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