03 異世界に来た
というわけで、ユリは初めての異世界に来ていた。
ユリは、元いた世界に置いてきた肉体から薬物が抜けるまでの間、修行と称してチート満載で異世界で悪の討伐をして過ごすこととなったのだ。そんなユルユルで修行になるのか甚だ疑問だが、ダルシンがいいと言っていたからいいのだろう。
ちなみに、「ダルシン」というのは、自称神様の達磨さんにユリが付けたあだ名だ。最初「ダルマ神だからダルシン。でも言いにくいからダルシム」と言ったら、『権利関係で問題がある』からとNGを出されてしまい、ダルシンに決まった経緯がある。それなら神の名を呼べばよさそうなものだが、名前を聞いたら拒否された。神や皇帝の真名は絶対に言ってはならないのだそうだ。そんなに偉かったのか、ダルシンちゃん。
この異世界でユリが死ぬようなことがあれば、他殺だろうと自殺だろうと、ダルシンの元へ強制送還されるだけだ。つまり、何度でも死ねる。ここは実在する異世界だが、ユリにとってはVRMMOのようなものだ。言葉は自動翻訳される。とりあえず1年遊んで暮らせるだけのお金も渡された。小銭以外のお金は生活道具一式と一緒に、ダルシンにもらった収納バッグに入れてある。
* * *
ユリが降り立ったのは、異世界のだだっ広い砂漠草原のど真ん中だった。
行った先の世界の人たちに見られても怪しまれないようにと、あらかじめ旅装になって、不自然でない大きさの荷袋を背負ってきたが、ここにはユリを見る動物すらいない。
姿形も変えてある。この異世界の知的生命体が水中の魚だったり、活火山に棲む龍だったらどうしようかと思ったが、ダルシンに確認したら、この異世界の人間はユリの知っている人間と同じ見た目だというので、安心してユリの理想の姿にした……つもりだった。
今のユリは典型的な秋田美人。透き通るような、すべすべの白い肌。腰まで伸びた青みを帯びた艶のある黒髪。まるで北欧人とのハーフのような顔立ち。
ただ残念なことに、六等身のグラマラスな体形ではなかった。好きな姿にしてくれると言ってたのに、例によってダルシンから『権利関係で……』と拒否られてしまったからだ。擦った揉んだして、最終的に将来に希望を託した少女体形にされてしまった。約束と違う!
「ええっと、それで、ここどこ?」
予想していた風景と全然違うことに唖然とし、相手もいないのに、つい声にだして言ってしまう。
転移する前にダルシンと簡単に打ち合わせはした。
・夜だと危険なので、早朝に転移する。
・誰かに見られるとまずいので、誰にも見られない場所に転移する。
・街の裏道とかをピンポイントで正確に狙うことが難しいので、
最低でも10メートル四方の広さがある場所に転移する。
確かにここは、打ち合わせした通りの時刻と場所だ。だがユリが想定していたのとは違う。打ち合わせしたときは、街の城壁の陰とか、街を囲む森の中の空き地とかを考えていた。だがここは、10メートル四方どころか、見渡す限りの砂漠草原。視力5.0の人間にも見られる心配はなかっただろう。森や林はもちろん、背の高い木が一本もないので、陰に隠れるための障害物が何もなかったのがまずかったようだ。
問題は、簡単には人里に辿り着けないということだった。
この星が地球と同じサイズだとすると、ユリの身長では地平線までの距離は4キロメートル程度。街の一番高い建物が20メートルだった場合、それが地平線に隠れるのはここから20キロメートル先になる。
「いくらなんでも遠すぎない?
もうちょっと街の近くにできたんじゃないの?」
街道すら見当たらないので、道端で荷馬車を待ってヒッチハイクすることもできやしない。戻ったら、ダルシンをとっちめてやる。
「しょうがないわね。
それじゃ、せぇの……出でよ!ドロンチョ!」
ユリが必要のない掛け声(呪文ではない)を叫んで、異次元空間に収めてあった鷲のようなものを空中に放り出すと、それは羽ばたいてユリの頭上を飛び回りだした。これもまた、ダルシンに貰った、AI搭載の鳥型ドローンだ。ユリがバードロン(bird drone)と名付けようとしたら、またも『権利関係で……』と却下されてドロンチョ(drone鳥)にしたやつだ。デザインも、ユリは色彩豊かな鳳凰にしたかったのだが、「目立つと貴族が奪いに来るからダメ」と言われて、無難な鷲の姿になっている。
他に蝙蝠型も貰っていて、そっちはドロンコ(droneコウモリ)にした。昼行性の鷲を模したドロンチョが昼用で、夜行性の大蝙蝠を模したドロンコが夜用。どちらもアクセントは「ロ」の位置だ。
「それじゃ、ドロンチョちゃん。
一番近い街がどっちにあるのか見てきて!」
ユリがそう言うと、鳥型ドローンはぶわっと羽ばたいて上空高くに飛び上がる。頭上で甲高く「キィーッキーッキーッ」と鳴きながら、ゆっくりと大きく3回旋回した後、すぐに下降してきてユリの南側の地面に着地し、南を向いて「クァクァクァクァッ」と鳴いて街がある方向を伝えた。
この鷲のような鳴き声は、普通の人にはただの鳴き声だったが、ユリには自動翻訳されて、それぞれ「この近くには街も街道もない」「街はこのずっと先だ」と聞こえていた。
「そっちね。お疲れ様!」
「クァクァッ」
AI搭載ドローンは喋るのが当たり前と思っていたユリは、自動翻訳されたことに気づくこともなく、そう言ってドロンチョを収納すると、南に向かって歩き出した。
* * *
「あ゛~疲れた~~」
ユリは、あれから延々6時間も歩き続けて、ようやく街の入り口にたどり着いた。ユリの肉体の疲れは魔法でも女神の恩恵でも回復するが、それができない精神的な疲労が溜まっていた。結局ここに来るまで一度も街道に出ることがなかった。そもそも、この砂漠草原には決まった街道などないということに気づいたのは、3時間歩いて街の砦が見えてきた後だった。それならここまで魔法で飛べばよかったという思いと、今更飛んで目撃されるわけにいかないという思いで脱力し、その後歩いても歩いても、いつまでたっても近づかない街に、精神が疲弊困憊してしまったのだ。
「旅の出だしがこれか~~」
ユリは、この世界でエティスの修行をする以外に、もうひとつやることを決めていた。ユリは、いずれ元の世界に戻れる。だから、この世界での出来事を冒険譚としてまとめて、戻った後で小説として出版すると決めていた。しかし、書き出しがこれじゃ様にならない。やっぱり、『冒険者ギルド』に行って冒険者登録するところから書くのがいいのかな?と、そんなことを考えていた。
ユリは、そんな非現実的な野望を抱きながら、街に入る人の列に並ぼうと、へとへとの状態で冒険者パーティーらしき四人連れの後ろにつく。すると、そのうちの一人、全体的に白い、司祭風の出立ちをした、少なくとも見た目は聖女の、若い女性が声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん、顔色悪いわねぇ。
この辺りの子じゃないみたいですけど大丈夫?
たった一人で、随分とおかしな方角から来たみたいですけど。
あちらには人里すらないでしょ?
何かあったのですか?」
声を掛けられると思ってなかったユリは、目をパチクリさせて、慌てて答える。
「あ~~、え~とですね。
荷馬車に便乗させてもらってこの街に向かってたんです。
けど、御者のおじさんが途中で行き先変えるって言いだして。
だからこの街についてからにしてって言ったら喧嘩になっちゃったんです。
そしたら、草原の真ん中で捨てられました」
ついつい嘘くさい嘘をついてしまう。ユリは、街に入るときに砂漠草原から一人できた理由を聞かれた場合に備えて、本当のことを言う訳にもいかないので、あらかじめ「ラクダに乗って移動していたら、ヘビに驚いたラクダが暴走して、草原の真ん中で振り落とされました」という嘘の回答を用意していた。しかし街に来てみたら、街に入る人の列のどこにもラクダがいないので、急遽別の嘘に切り替えのだ。
「それは災難だったのねぇ。
その御者さんには、三日三晩、神の教えを説いて差し上げたいところですけれど、この街に来てないというのが残念ですねぇ」
「皆さんは冒険者さんですか?」
「ええっと、その『冒険者』っていうのが何なのか分かりませんけれど、私たちはハンターですよ」
「えっ、冒険者を知らない?」
「あなたのいう『冒険者』とは何でしょう?
教会の塔の上で逆立ちして見せる、自殺願望の大道芸の人?」
「あ、いやっ、危険を冒す趣味の人のことじゃないです。
え~っと、私が聞いてた話だと、ギルドで斡旋された仕事を請け負う人たちのことで、上級者は魔物がでる場所を探索して討伐したり、旅商人の護衛したり、傭兵の仕事したりで、初心者だと薬草集めとか、街の雑用とかするものだと……」
「いろんな仕事がごちゃ混ぜになっちゃってますねぇ。
魔物討伐はハンターギルドで斡旋してますけど、商人の護衛は商業ギルド、傭兵は国や領主の管轄ですし、薬草集めは薬剤師ギルド、雑用仕事の斡旋は教会でしょうか」
(ちょっと待って。
ここにはハロワみたいに全部まとめて斡旋する組織は無いってこと?
ハンターはいるのよね?
ジャンル不問の『冒険者』ってカテゴリーのない世界なの?)
「すみません。田舎者なんで知りませんでした」
ユリがそう答えると、今度は剣士らしき赤髪の男が話し掛けてきた。
背に大剣を背負い、腰に長剣を携えている。
「俺たちはハンター、『ラッシュ・フォース』ってパーティーだ。
俺がリーダーのウルフ。
こっちのでかいのがジェイク。
君に声を掛けたのがミラ。
そっちの青服がマリエラだ。よろしくな」
「ジェイクだ。体を鍛えたかったら俺が教えてやる」
ジェイクの見た目は拳闘士。実際はどうか、聞かないと分からない。さすがに賢者ってことはないはずだ。
「こんなかわいい子に馬鹿言ってんじゃないわよ。
あたしがマリエラ。よろしくね」
筋肉芸人のようなジェイクの発言に、マリエラが突っ込みをいれる。仲のいい掛け合いだ。
マリエラは、フードのない、青い膝丈のローブを着ていて、膝から下にはゲートルのようなものを巻いて保護している。杖を持っておらず、帽子も被っていないが、おそらく魔術師か魔導士だろう。まぁ、魔女の帽子として知られる三角帽は、宗教異端者を差別するための象徴でしかなく、空を飛べば風の抵抗を受け、狭いダンジョンの通路では邪魔にしかならない無用の長物なのだから、身に着けていないのも当然だろう。
「私はユリ。 ここには悪の討伐をしにきました」
「「えぇっ!?」」
(最初「冒険者になりに来ました」と自己紹介するつもりだったのを言い換えたのだけれど、まずかった?
声を出したのは男の二人だけだったけど、四人全員の目が私の胸を見つめてるのよね~。
うーむ、驚かれた理由が違うようね。
全員、この胸を見て子供だと思ってるのは間違いないわ。
くっそう、ダルシンめ。三千年恨んでやる!)
「私はこの見た目でも成人してますよ」
「そう……なの?」
ミラが納得いかないのも仕方ないことだった。この世界には戸籍というものがなく、一般人は年齢を証明するものを持っていない。見た目と実力がすべてだったからだ。
「まぁ、あなたがそう言うならそれでいいですけど、無理はしないでくださいねぇ。
私たちはしばらくこの街に滞在します。
困ったことがあったら相談に乗りますから、遠慮しないで頼ってくださいねぇ」
「ありがとうございます!」