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34 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編5】

「では、領収書の宛名は『ブレイヴ・ソード』でお願いします」

「なにっ?」

 聞いていなかったのだろうか、店主が目を見開いて、珍しい生き物を見るような目つきでユリを見ている。

「宛名は、ハンターパーティーの『ブレイヴ・ソード』で」

 ユリがそう言うと、店主が、なぜか今度は憐れむような目つきに変わって、ユリを見つめていた。つい最近、どこかで見たばかりの光景だ。

「なぁ嬢ちゃん。悪いことは言わんから、これを買うのはやめて、すぐに他の街へ行きな」

「え~、だって仕事ですし、何かまずいことでもありました?」

「これまでに、何人も、何十人も、お前さんのように自腹で立て替えて『ブレイヴ・ソード』の装備品を買いに来た奴がいたが、全員が一度来たきりだ。二度来た奴はいない。ひとりもだ。俺は一度来た客の顔は絶対に忘れないが、そいつらがブレイヴ・ソードの遠征に同行した後、ハンターギルドでも王都の街中でも会うことはなかった」

「仕事が(きつ)くって逃げちゃったんじゃないですか?」

「今日、お前さんが買ったその魔鉱石はブレイヴ・ソードに売るのは、もう二十回目くらいになる。お前さんがそれを買いたいと言ったときにまさかとは思っていたが、案の定、買い手はブレイヴ・ソードだった。

 いいか、よく聞け。俺が繰り返しブレイヴ・ソードに売っているのは、同じ種類の商品じゃない。たったひとつの同じ物だ。そいつをウルド金貨5枚で売ると、何日かしてウルド金貨3枚で売りに来る奴がいる。だいたい、その魔鉱石は、よくよく腕のいい錬金術師でなけりゃ扱えないが、ブレイヴ・ソードにそんな奴がいないのは分かってるからな。それ以上のことは言えん」

「ほとんど全部言っちゃってる気はしますけど、私なら大丈夫ですよ。

 マリエラさんから『あんたは殺しても死にそうにない』ってよく言われてますし、ダルシンさんからもこの世界で死ぬことはないって言われてますから。

 それより早くしてください、早く帰らないと怒られちゃいます」

「嬢ちゃん、お前さんが何言ってるのか全然わからんが、忠告はしたからな」

 そう言って、代金と引き換えに渋々領収書と商品を渡してきた。

「あぁそうだ、あんたには、このお守りを渡しとこう」

 何やら文字の書かれたブローチみたいなものを渡される。

「ええっと『照れ屋の頬』? なんですか? これ」

「今も残ってるかどうか知らんが、酒場の宣伝グッズらしいな。俺の爺さんが店番してた頃に、そこの店主が来て、労働条件の良くないところで働き続ける奴がいたら渡してくれって、いくつか置いてったんだそうだ。お前さんにぴったりだから、ひとつやるよ」

「へ~、ずいぶんと変わった名前の酒場ですね。じゃ、ありがとねー!」


 ユリは、帰り道では独り言を自重した。

(なんですかね、この『照れ屋の頬』って。酒飲んで赤くなるってこと?

 宣伝グッズを渡すのに、なんで社畜みたいな条件がついてんの?

 …………。

 ん? まさか英訳して

  Shy cheeks → シャイチークス → シャチク → 社畜

 とか言わないよね。日本人じゃないんだから。

 うん、気のせいよ、気のせい。

 下層労働者は酒飲んで酔っ払えって意味よ。きっとそう)


    *    *    *


 ユリたち二人が買い物を終えて、『(つるぎ)(やかた)』とかいう厨二病屋敷の玄関口にまで戻ってくると、使用人がすぐに出迎えてきた。そこまでは良かったが、通せんぼしていて屋敷の中に入れてくれない。

「おふたり共、荷物の搬入は裏口から行ってください」

「え~っ、私たちメンバーですよ~」

「あなた方は仮採用であって、ギルドでメンバー登録されていません」

「業者じゃないんですよ、ここから入れてくださいよ~」

「ダメです」

「あ~~もうっ! 分かりましたよ。

 裏から入ればいいんでしょ! 裏から入れば」

 西洋のこういう建物の作りは不便なもので、日本の古い商店街にもあるが、隣同士の建物が全てくっついて建てられているので、裏口に回ろうとすると、その通りの端までいって、ぐるりと大きく回ってこなければならない。この屋敷の場合、裏に回るだけで10分は掛かる。

 仕方ないからと、ユリが先導して二人で通りの端まできて、裏口の通りに入ろうとしたら……。

「うがっ……」

 裏口の通りが無かった。どうやらここは、建物がコの字型に並んでいて、今いる場所の反対側にしか裏口の通りが無かったようだ。

「普通はニの字だよね~」

 そう言って後に従えていたアトラーパを見ると、さもありなんといった顔をしている。

「もしかして、こっちじゃないって知ってました?」

「私もこの辺りの道を知らないことになってますので」

 それを聞くと、大きく溜息をついて、来た道を引き返し、反対側から裏口通りに入った。入ったはいいが、荷物が置かれていたりして通りにくいし、入り組んでいて、道が真っ直ぐではない。ユリが元いた世界の中世のような糞尿塗れの道でないだけましではあった。どうにかこうにか二人が裏口に辿り着いたときには、表玄関から追い払われてから30分以上経っていた。


    *    *    *


「ちょっと、払わないって、どういうことですか!

 私が立て替えたんですから、ちゃんと払ってくださいよ」

 倉庫部屋に買ってきた商品を積み上げた脇で、会計担当のラドックにユリが食って掛かるが、相手はどこ吹く風と飄々としている。彼は、他のメンバーもそうだが、見呉(みてくれ)を最重要視して選ばれたらしく、顔とスタイルだけはよくて、性格は最悪だった。

(すけこましの顔ね。性格が顔にでてる。趣味じゃない)

 面と向かって話すのは二度目だが、イケメン好きを公言しているユリが嫌悪するのだから、相当なものだ。


「理由があるなら、ちゃんと言ってください」

 そう要求するユリに、ラドックはこれまでに何度も使ってきた詭弁(きべん)を、ここで繰り返す。

「まず第一に、遠征のための出費は、遠征で得た収入から支払われる。だから、立て替えた分があったとしても、支払いは遠征から帰って成功報酬を得た後だ」

「そんな無茶な~」

「第二に、君は後方支援担当であって、後方支援で使用するアイテムの費用は君が負担しなければならない」

「ちょっとまってくださいよ~、そんな屁理屈じゃないですか~」

「だが、今回は特別に、パーティーで購入したものを支給してやろう」

「な~んだ、最初からそう言ってくださいよう。

 じゃ、払ってくれるんですね」

 そういってユリは両手を皿にして出したが、ラドックはぴくりとも動こうとしなかった。

「何を言ってるんだ。君が提出した領収書の宛名は全てブレイヴ・ソードになっているだろう。君が支払ったとされるものはひとつもないぞ」

「そんなの詐欺じゃないですか。窃盗です。どこのブラック企業ですか。労基が黙ってませんよ!」

「ふんっ。どこかに訴えたいというなら訴えるがいい。虚偽の告訴で捕まるのは君だがな」

(あーそっか、この人たち、なんとか伯が失脚したのに知らないんだっけ。

 だから強気なんだ。

 じゃぁ、余計なこと言わないで、この辺でもういいか)

「ふぇ~ん」

 ユリは、口論での負けを装うために泣いたふりをした。

「泣いてないで、さっさと遠征の準備をしろ。さぁ、行け!」


 表向きは負けを認めたユリだが、この勝負には勝算があった。というのも、(あらかじ)めハンターギルドで領収書の写しを作成して記録済みだったからだ。連中を庇護してくれる貴族はとっくにいなくなっているのだから、ギルドが取り立ててくれる。取り立てられなくても、必要経費としてギルドが払ってくれる。ギルドが払わなかったときは、ギルドごと叩き潰すだけだった。


    *    *    *


 その後、ユリとアトラーパは、自分たちの荷造りを終え、夕飯でも出るかと思ったら、なぜか使用人に屋敷から追い出された。

「えっ? 食事や宿泊はここでするんじゃないんですか?」

「正規メンバーでない、あなた方の部屋はありません。食事や宿泊は、各自で宿を取ってください」

「えぇ~~~~っ!」



 屋敷を追い出されたユリとアトラーパは、ハンター向けの宿屋の通りに向けて歩いていた。

「誰か付けてきてますね。シーフ……、じゃなくて調査係(リサーチャー)のベックさんでしょうか?」

 前を向いたまま話すユリに、アトラーパも振り返ることなく答える。

「そうでしょうね。彼らは、後ろ暗いことをしている自覚があるから警戒しているのでしょう。ハンターギルドが動くのは今回が初めてですが、これまでも、ブルックナー伯爵の敵対勢力が間諜(スパイ)を送り込んで失敗してますから」

「えっ? それ、初耳なんですけど。それじゃ私たち、思いっきり警戒されてるんじゃないですか?」

「まず、間違いなくそうですね。

 ですから、これからも『ハンターに成りたての、裕福な家のおバカな家出娘』を演じてください」

「なんなんですか、その妙な設定は。少し魔法が使える魔術師だってことで応募してるのに、それじゃ変でしょ」

「いや、ギルドの設定資料では、ユリさんは『ハンターに成りたての、裕福な家のおバカな家出娘』となってました。ブレイヴ・ソードの求める応募者がそれだからです」

「……」

「私はことが終わるまではハンターギルドに戻らないことになっているので、どこかで宿を取りますが、ユリさんはどうしますか?」

「そうですね、ラッシュ・フォースのみなさんと一緒に泊まっている宿に戻るのはまずそうなので、私も宿をとることにします。アトラーパさんとは別の宿にしたほうがいいでしょうね」

「そうしましょう」


    *    *    *


 ベックがユリたちの跡を付けていたが、ラッシュ・フォースの四人は、そのベックの跡を付けていた。

「新規採用者の跡を付けるとは、随分と用心深い連中だな」

「あの子、尻尾ださないでしょうね?

 あっ、ユリたちが別れたわね。別々の宿にするぐらいの知恵はあったのね」

「マリエラ、ユリさんに失礼ですよぅ」

「おいっ! あいつ、貴族用の宿に入って行ったぞ」

「まぁ、ユリさんってば、今夜一晩だけ贅沢したかったのかしら?」

「だったら知恵なんて最初からなかったってことじゃない」

「あら? 出てきましたよ」

 四人が高級宿の入り口を見ると、ユリが叩き出されていた。尊大な使用人と少しだけ口論した後で、相手に向かって『あっかんべえ~』して、また普通の宿の方に歩いていくのが見えた。

 面白かったのは、ユリの跡を付けて高級宿の中に入ろうとしたベックが、追い出されるユリと鉢合わせしそうになって、慌てて逃げていくさまが見れたことだった。

「あぁ、ユリさんったら、追い出されちゃいましたねぇ」

「そりゃそうよ、ハンターが泊まれる宿じゃないもの」

「最後に不思議な儀式をしてましたけど、あれは何かしら?」

「あの子のすることは考えるだけ無駄よ」

「まぁ、後を付けていた奴も、ユリのあんな姿を見たら、警戒する必要がないと考えるんじゃないか?」

「あらあら、それなら、計画してやったのかしら?」

「そんなわけないじゃない」


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