33 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編4】
「たのもーー!」
こちらの屋敷では、即座にメイド服を着た若い女の使用人が顔を出し、ユリが訪問理由を告げると、中に招き入れられた。
エントランスのすぐ奥の部屋に入ると、そこはいろいろと飾り付けられた応接室になっていて、ブレイヴ・ソードの所属メンバーと思われる男女が、テーブルを囲んでいた。
奥のお誕生日席で若い男がひとり椅子の上でふんぞり返り、向かって左側に三人、右側に二人が座っていて、なぜか一人だけ椅子に座らずに立っている。
このときユリは、部屋の中を観察しながら、何かおかしな罠や仕掛けが無いかどうか、魔法で透視して床や壁や天井を隈なく調べていた。もちろん、透視する際に目がピカピカ光ったりはしない。やろうと思えばそういう演出をすることも出来たが、ここではやらなかった。
(悪の幹部との面会といえば床の落とし穴が付きものだけど、……。
うん、ここには落とし穴はなさそうね。
へ~、向こうの壁と、床下に隠し金庫があるのね~。中身は金貨と宝石と書類と何かよく分からないものね。
この世界にはマルサっていないのかな? マルサなら、こんな隠し収納、すぐに見つけちゃうよね。
あっ、このテーブル、私に向かって矢が飛び出す仕掛けがあるじゃない。
なんだ、ちゃんと悪の幹部してるじゃない!)
ユリは、緊張してふらついた振りをして、立つ位置を横に二歩ずらした。ユリなら攻城兵器のバリスタで射られても死ぬことは無いが、その異常な頑丈さを隠すくらいの知恵はあった。
そして、入り口で使用人に預けた斡旋証書を、偉そうにしている男が受け取るのを見計らって、自己紹介する。
「ハンターギルドの紹介で来ました、ユリです」
ところが、満面の笑顔で挨拶したユリの態度に反し、ブレイヴ・ソードのメンバー全員がユリを睨みつけてきたと思ったら、さらに中央の男が怒鳴りつけてきた。
「遅せーぞ! このノロマ! 何時だと思ってやがんだ!」
ここは怒られて当然な場面なのだが、ユリは言い訳をした。
「え~っ、ハンターギルドの受付が始まってすぐに手続きして来たんですけど、ギルドで貰った地図が間違ってて、通りの向こうの一家皆殺し殺人事件に巻き込まれちゃって、文句なら、ハンターギルドと事件を起こした奴に言ってください」
「うるせー! 言い訳すんじゃねー!」
(おぉっ! この横暴な態度は、期待できますね~)
「なに笑ってやがんだ! ブレイヴ・ソードで働くんなら、もっと引き締まった顔をしろ!」
「……」
(そんなこと言ったって、笑いが止まりません……)
「ユリと言ったな。お前は後方支援だ。ラドックに聞いて、今日中にアトラーパと一緒にアイテムの補充をしておけ!」
* * *
結局、面接らしいものも、互いの自己紹介も全く行われることなく、ブレイヴ・ソードとユリの面会はあっけなく終了した。ユリの採用は最初から決まっていたらしい。ブレイヴ・ソードの欠員補充は、もともと新人の能力を期待していない。もっと別の理由によるものだ。それに、ハンターギルドが斡旋した人材だから、何か問題があったらギルドに賠償請求するので、無条件で採用して因縁付ける理由があった方がいいという考えだった。
ユリは、椅子でふんぞり返っていた男の命令で、剣の館という名の厨二病屋敷を出て、買い物に向かっていた。『アトラーパと一緒に』というのが何のことかと思えば、ただ一人立たされていた男のことだった。目的の店に向かいながら、ユリは、ふんぞり返っていた男がブレイヴ・ソードのリーダーでハンスという名だということをアトラーパから教えてもらった。アトラーパは、荷物運び担当としてハンターギルドが送り込んだバックレ要員のはずだが、いまユリに同行しているのは仕込み途中だからだろう。あの後、ユリに買い物内容を指示してきた男が会計係のラドック。その他のメンバーについては、アトラーパも紹介されてないという。遅刻したユリはともかく、朝一で訪れたアトラーパにもメンバーの紹介をしていないあたり、ブレイヴ・ソードがまともなパーティーでないことは明らかだった。
アトラーパは、ユリを待つ間に聞く時間はあったが、聞いても不快な結果にしかならなかっただろうし、ハンターギルドで得ていた情報があったので、無理に聞き出すことはしなかったらしい。
彼は、ハンターギルドから得た情報をユリにも教えてくれた。
「事実上の正規メンバーは、ハンス、トゥーラ、ゼノビア、ラドック、リザベル、ベックの六名。
ハンスは、男、29歳、剣士。椅子の上でふんぞり返っていた男で、あれがブレイヴ・ソードのリーダーです。腕はそれなりに立つんですが、剣の力に頼ったところが大きいです。彼が使っているのは、聖剣カラドボルグと呼ばれているものです。元々は新規メンバーが使っていた剣らしいんですが、持ち主が遠征中に死亡して、その剣を譲り受けたことになっています」
(……ことになっているって、絶対に殺して奪ってるよね……)
「ハンスというのは仮の名で、本名はドッジ・イエ・マヌ。マヌ男爵の三男です。ブレイヴ・ソードは、ブルックナー伯爵自らが人を集めて作ったパーティーなんですが、理由は不明ですが、そのときに名前を変えさせられたらしいですね」
「さすがに指名手配犯ってことはないですよね」
「ギルドで調べましたが、貴族の身内であることに間違いなく、ドッジの指名手配の記録はありませんでした。
次に、トゥーラは、男、35歳、槍術士。彼が副リーダーです。地上戦だと4mぐらいの長槍を使う彼がパーティー内で最強なんですが、ダンジョンでは短槍しか使えないので、戦力としてはいまいちですね」
「あぁ、それは、ハンスに対して思う所がありそうですね」
「ゼノビアは、女、26歳、魔術師。扱う魔法はギルドでは把握されていません。彼女は女王様気質だそうです」
「その『女王様気質』って何ですか?」
「さあ、何でしょうね。とにかく自分の手を動かすことが嫌いで、何でもかんでも他人にやらせることとか、偉そうな態度とかを言ってるようですが、詳しくは御自分で確認してください」
「え~、気になるのに~」
「ラドックは、男、25歳。さっき私たちに買い物の内容を指示してきた奴です。回復術士で弓士。会計係を担当しています。回復術士なんですが腕はいまいちで、仲間もこの男よりポーションを頼ってます」
「あ~、だから今回の買い物にポーションが多いんですね」
「リザベルは、女、17歳、魔術師。火魔法、風魔法、防御魔法を扱います。おそらく、普通の後方支援担当ですね」
「普通といいつつ『おそらく』なんですね」
「ベックは、男、16歳、ナイフ使い。調査係なんですが、一番の若手なのに、かなり危ない奴です」
「調査係って、シーフのことですよね。そんなに危ないんですか?」
「トラップを見つけたり解除したり、スパイ行為するだけならいいですけど、あの歳で暗殺にも手を出してるという噂があります。あと、真偽の程は定かではありませんが、酒場で一度酔っ払ったときに、最初の殺しは五歳のときだと自慢したことがあります」
「……」
「ええっと、あとは新規採用のあなた、ユリさん。女、年齢不詳、16歳かもしれない、魔術師。コロシアムで、極めて強力な攻撃魔法と防御魔法を使うことが観客に目撃されてますが、ブレイヴ・ソードが王都に戻る前のことなので、彼らはユリさんのことは知らないでしょう。ちなみに、ユリさんについては、ギルドの資料では、極秘資料扱いになっていて閲覧させてもらえませんでした」
「……」
とりあえず、ブレイヴ・ソードのメンバーの情報は入手した。そういうことは、あらかじめラッシュ・フォースのリーダー(ウルフ)から聞きたかったが、まさか連中が自己紹介すらしないとは思っていなかったのかもしれないので不問にすることにした。
ユリは、情報の性別と年齢から、さっき面会したときの左側の座席に座っていたのがトゥーラ、ゼノビア、ラドックで、右側の座席に座っていたのがリザベルとベックだったのだと理解した。ユリは他人の顔と名前を覚えるのがものすごく苦手だが、あと10回くらい再確認すれば、少しは長期記憶に書き込むことが出来るだろう。
「ところで、ゼノビアさんの『女王様気質』ってのがやっぱり気になるんですけど、何か知りませんか」
「本当に知らんし、知りたくもないです」
(ん~~、でも気になるのよね~。
かつてのハリウッドの大作映画に登場した国王や女王が異性の奴隷を侍らせている姿がまるで要介護老人だった件とかを思い出しちゃうからかも)
* * *
ユリたちは、ハンターギルドの通りにまで来た。ここにはハンター相手に店を構える小道具屋が連なっている。
ラドックに指示された商品を買うために、色々な店を巡っているが、大抵の店の中が狭いので、アトラーパには店の外で荷物番させておいて、ユリが中に入って買い物をする。
何を買うかといえば、ラドックから言付かったのは、ユリにとっては全く必要のなさそうなアイテムや、パーティーの共有物や消耗品ばかりだった。ポーションやスクロールは、後方支援担当のユリの魔法が使えなかったときの保険となるから、まだ分からなくもないが、鍋とか炭とか、ユリとアトラーパを含んでいない六人分の食料と水と食器とか、ユリたちが買いに行く意味が分からないものだ。分からないからラドックに聞いたが「前回の遠征で捨ててきたから」とか「支援物資だから」という答えで、全然ユリたちが買う理由になっていない。食料を後方支援するなんて聞いたことが無い。
それでも命令なので、指示された通り買い物をする。荷物運びは、八割をアトラーパが、二割をユリが担当した。多少重かろうが嵩張ろうが、ユリの担当分は収納バッグに入れて帰るから困らないのだが、問題は支払いだ。
「パーティーが使う、アイテムの補充を、何で私が立て替えなきゃならないんですかね?」
ラドックに「支払いは、お前が立て替えておけ」と言われたときは耳を疑った。かなり高額なものもあり、そういうのは普通、屋敷に届けさせて支払うとか、信用があればツケで払うものだ。
「インチキ勇者パーティーには、金も信用も無いんですかね?
いつ死んでもおかしくないハンターに、支払いの信用が無いのはわかるけど、金がないっていうのはどういうこと?
放っておいたら、勝手に日干しになってるんじゃないの?」
そんな言葉を呟きながら道を歩くのだが、アトラーパは少し離れて歩いていたので、完全に独り言になっていて、道行く人々に奇異な目で見られていた。
「ねぇ、ママー。このまえのおねえちゃん、きょうもひとりでおしゃべりしながらあるいてるよー」
「ああいうのは見ちゃダメって言ったでしょ! さ、行きますよ!」
どうやらユリは、子供に顔を覚えられてしまったようだ。
ユリは、金には困っていないので、いくらでも立て替え払いはできるのだが、後でちゃんと払ってもらえるかどうかが極めて怪しかった。
そして、もうひとつ問題があった。いちいち領収書をもらうという作業が、なかなか面倒くさいということだ。
「だいたい、この世界の回復系ポーションって、ほとんど効き目がないんですよね~。体力回復ポーションとか、精神回復ポーションとか、ただの栄養剤だし」
そんな独り言をいうと、すぐに怒る人間もいる。
「おい、今何か言ったか!?」
「いえ、何でもありません。領収書ください!」
領収書をもらいにくいのは、支払いをしながら店主の前で余計なことを言って睨まれるからであった。




