26 勇者討伐【束の間の休息1】
ユリとラッシュ・フォースの一行は、闘技場を出たところで、ハンターギルドの職員に呼び止められ、今日中にギルドまで報告に来るようにとのギルド長からのお達しを受けた。
「ったく、ハンターギルドは人使いが荒いぜ。少しは休ませろよ」
リーダーのウルフが不平を漏らしたのは当然だ。ただ、レッド・グレイヴの報告のときと同じく、彼ひとりがハンターギルドに出向いて報告せざるをえなかった。そして、他の四人は早々に宿に戻ってリーダーの帰りを待つことになった。
四人は、宿の部屋で身奇麗にして、階下の食堂に集まると、ユリが会話の口火を切った。
「マリエラさん。毎度々々、リーダーひとりにハンターギルドへの報告作業を押し付けちゃってて、本当によかったんですか?」
「そりゃ、ユリを連れてって、下手なこと喋られたらまずいからでしょ」
「え~~っ、私、そんなにお喋りじゃないですよ~」
「その自覚の無さが問題なの」
「どういう意味ですか。
ちょっと、メラさんとジェイクさん!なんで一緒に頷いてるんですか!」
* * *
その頃、リーダーのウルフは、ギルド長の執務室で、ひとりで事態の説明をしていた。
「……スライムストームが発生したときに、俺たちはすぐに脇道に反れたんだ。遠くからじゃ、俺たちがスライムストームに巻き込まれたように見えたかもしれんな。
その道を走って走って走り抜いて、その道がスライムストームを迂回して、地上の出口に出られる道に繋がってて、いや~本当に助かったよ。その後で、天井が崩れてきちまってな、その脇道はもう残ってないんだ。そうやって、なんとかスライムストームからは逃れたんだが、今度はスライムストームから逃げてきた魔物の群れに追い立てられることになってな。とにかく必死に逃げて、闘技場に辿り着いたんだ。その後のことは、闘技場で見られてた通りさ」
もちろん大嘘である。
実際は、スライムストームにはがっつり巻き込まれたし、脇道なんてなかったし、その後に大量のスケルトンを浄化してたし、ダンジョンの出口近くで、ユリのアイテムボックスから魔物を放出しておいて、ダンジョンの奥にファイアーボールを放つことで、スタンピードを引き起こしていた。
事実を正直に語れば、ユリの異常さが注目され、ラッシュ・フォースのメンバーの実力も思いっきり過大評価されることになる。ユリのアイテムボックスの存在が公になるのもまずいし、今も、いつでもどこでも、ユリが大量の魔物を放出可能というのも知られるとまずい。
そういった問題を避けるための嘘だった。
ここのギルド長は鬼やギガンテス・トロールに例えられる姿なので、例え必要な嘘であっても、この男を前にして、いけしゃあしゃあと嘘をつけるウルフの胆力は相当なものである。
かなり白々しい嘘だったが、ギルド長はウルフを白い目で見ながら、その報告を受け入れた。
「そうか。まあ、お前たちが全員無事でなりよりだ。ブレイヴ・ソードが王都に戻るまでは好きにしてくれ。報告は改めて詳しく聞くことになるから、そのつもりでいるように」
それはつまり、この報告が嘘であることは見え見えなので、もっと話を練り直してこいということだ。
「ああ、了解した。今日のところはもう休ませてくれ」
そう言って、ウルフが執務室を出て行った。
すると、入れ違いに、ギルド長の秘書が客の来訪を告げた。
「アルベヒト・グランバルト伯爵がお見えになりました」
ウルフが去るのを待っていたかのようなタイミングだった。実際、待っていたのだろう。
「よう、デッドトロール。生きてるか?」
「死んでもいねえし、トロールでもねえ。デイドロールだ」
「ディル〇ロールの方がよかったか?」
ウルフ同様、この男もまた、巨体のギルド長を全く恐れることなく、古くからの友人のように冗談を言った。
「上級貴族のくせに、相変わらず下品な奴だな」
「冷たいなー。せっかくブルックナー伯爵のことを教えに来てやったのによー」
「うるせぇ。こっちは忙しいんだ。さっさと言え」
「あいつは王宮に連行した」
「そんなことは知ってる。他には」
「これから王宮で軟禁して取り調べをして、ほぼ間違いなく褫爵になる」
「爵位剥奪か。なぜそう言い切れる」
「あいつの発言は大勢が聞いていたからな」
「そんなもの、言った覚えがないって言い張るだろうが」
「国王陛下も真後ろで聞いておられたから、その言い訳はできん」
「はぁ?陛下が来てたなんて聞いてねぇぞ。大体、来てたとしたって、王族の専用席だろうが。なんで、あんな危ねえ所にいんだよ。巨竜のスケルトンまでいたんだぞ。おかしいだろうが」
「俺が案内したのさ」
「案内だぁ?」
「魔物討伐が終わる頃に、ブルックナーがシャイニング・スターズをせっつきに行くのが見えたんでな。その後ろを一緒に追ってもらったんだ。いい話が聞けたと、お喜びだったぞ。これで俺に対する国王陛下の覚えも、一段と目出たくなったわけだ」
「はん! 楽な仕事ばかりしやがって。
まあいい、ついでにやってもらいたいことがある」
「ほぅ、何だい?」
「ブレイヴ・ソードが王都に戻ったときに、後ろ盾のブルックナーが失脚したことに気付かれないようにしてくれ」
「それなら問題ない。王宮で軟禁して取り調べをしているが、表向きは伝染性の食中毒で面会謝絶ってことにしてある」
「そうか、ならいい」
「じゃ、俺は帰って酒飲んで寝るから、お前は徹夜で働いてくれ」
「とっとと帰れ!」
ギルド長と秘書を残してグランバルト伯爵が帰ると、執務室は一気に静かになった。
「何はともあれ、ウルフたちが無事でよかった」
「ギルド長の古くからの知り合いなんでしたっけ?
私はギルド長が復活されてなによりです」
「シャイニング・スターズ一味の処分も、ブルックナーのアホの横槍が無くなればなれば、もう誰にも口出しはされんだろ」
「残りはブレイヴ・ソードだけですね。
王都に戻ってきたら、ブルックナー伯爵のことはどう伝えますか?」
「グランバルトが言ってたとおり、面会謝絶の食中毒ってことにしてくれ。ブルックナー伯爵の失脚は、三日も隠せればいい」
「ところで、レッド・グレイヴの容疑についてはどうしますか?」
「あいつらを告発したベルマン子爵は、ブルックナー伯爵と共に処分されることになる。それが済んだら、虚偽告発による冤罪であることが確定したと伝えるさ。ただ……」
「ただ?」
「あいつら、王都には戻ってこねぇだろうなぁ」
* * *
翌朝、ユリたち一行は、食事の後、死んだ魚のような目で、食堂で空の食器を前にしたまま、ひたすらぼ~~っとしていた。
「もう駄目、ウルフ。悪いんだけど、あたし今日一日、部屋で寝てるわ」
「私も今日はお休みをいただきますぅ」
マリエラとミラが、弱音を吐くのには理由があった。
ユリたち一行は、ダンジョンに潜ったその日に、絶体絶命のスライムストームに巻き込まれ、大規模なスケルトン軍団に襲われ、闘技場で魔物討伐ショーを行い、シャイニング・スターズとその仲間の盗賊団を壊滅させた。元々は三日ぐらい掛かるだろうと考えていた計画が、たった半日に凝縮され、しかも予定外の危機的状況まで追加されていたのだ。力尽きるのも無理はない。
「いくらなんでも飛ばし過ぎです!
某ダンジョン作品なら、本一冊分か二冊分の出来事だっていうのに、これじゃ冒険譚のページが稼げません!だいたい、ダンジョンでの出会いが魔物か盗賊しかいないって、作家を敵に回してるとしか思えません!!」
ユリの不満が斜め上にずれていることはともかく、いつ死んでもおかしくない場面に繰り返し直面して、体力的にも精神的にもボロボロになった一行は、ミラの回復魔法を受けてなお、翌日になっても屍のようになっていたのだ。マリエラとミラの発言は、それ故の休息宣言である。
そして誰一人、ユリの世迷い言に突っ込む気力を持ち合わせていなかった。
「すまん、ウルフ、俺も休む」
久しぶりにジェイクが喋ったと思えばこれだ。
「お前らなぁ、昨日、ハンターギルドへの報告、俺一人にやらせといて自分たちだけ疲れたみたいなこと言ってんじゃねぇよ」
今回もまた、ハンターギルドには、リーダーのウルフが一人で行って調査報告をしてきた。今回はとくに、ユリがいろいろとやり過ぎていたので、ギルドから遠ざける必要があると判断してのことだった。
「報告っていったって、詳しい話はしてないんでしょう?」
「ああ、向こうもやることが多くて、詳細は後日ってことになってる。
だがなぁ、あのギガンテス・トロール擬きのギルド長、ひと目会うだけで疲れんだよなぁ」
「腐れ縁の仲じゃなかったんですかぁ?」
リーダーとギルド長の関係を察しているミラが、それを指摘する。
「ケッ! あんなバケモンと腐れ縁なんて冗談じゃねぇ。
まあいい。ブレイヴ・ソードが王都に戻るまでは休暇にしよう。
ただし、ユリ!」
「えっ、私!?」
「ユリ、お前はくれぐれも目立つことをするなよ。次の仕事に差し障りが出かねんからな」
「そんなこと言っても、面倒ごとはいつも向こうからやってくるんですよー」
「だったら部屋に籠ってろ。その方が俺も気疲れせんで済む」
「ぶぅーぶぅー!!」
「じゃ、ウルフ、あたしは部屋でもうひと眠りするわ。おやすみ」
「私も一休みしますぅ。おやすみなさぁい」
「俺はここで酒を飲んでる。お前も付き合うか?ウルフ」
「あぁ、付き合おう」
「え~~っ、疲れたときは甘いものでしょう?
みんなで甘いもの食べに行きましょうよ~」
「すまんな、一人で行ってくれ」
「ふんっ」
そう言うと、ユリは一人で宿を出て行った。
「おい、ウルフ。行かせてよかったのか?」
「あいつは働かせすぎたからな。少しは気晴らしさせんとな。
忠告はしたし、王都の盗賊がかなり減ったから、さすがに大丈夫だろ」




