23 勇者討伐【シャイニング・スターズ編4】
「た、大変です!!」
ハンター・ギルドのギルド長の執務室に、若い男が駆け込んでくるなり、そう叫んだ。
「何が大変なんだ、報告は正確に言え!」
ギルド長のデイドロールは、ギガンテス・トロールの如き巨体故、椅子に座った状態でも、相手を見下ろす形となり、大声を出されると、大抵の者が委縮してしまう。今日の若者も、ギルド長を見上げて、びくつきながら答えた。
「コ、コロシアムのダンジョンに、ス、スライムストームが発生しました!」
「なにぃ!!」
そこには、ラッシュ・フォースが指名依頼の仕掛けをしに行ってることを、ギルド長は承知していた。彼は目の色を変えて立ち上がると、天井の高さから大声で問い質した。
「間違いなくスライムストームなのか!?スタンピードではなく!」
その姿に若者は腰を抜かして、ほぼ真上を見上げるようにして答える。
「は、はい。多少の魔獣はスライムストームから逃げて、闘技場内に出てきていますが、スタンピードという程の数ではありません」
「それで、ダンジョンの中にいるパーティーは無事なのか!?」
「今日、中に入ってたのはラッシュ・フォースとリード・ブレイカー、それにシャイニング・スターズの三組ですが、リード・ブレイカーとシャイニング・スターズは既に帰還しています。そして、リード・ブレイカーによると、ラッシュ・フォースはスライムストームに巻き込まれたということです」
「巻き込まれた!?」
未だかつて、スライムストームから生還したものはいない。
彼は、自身が気付かぬうちに、力尽きたように椅子に崩れ落ちていた。
「なんてこった」
「この後の指示をお願いします」
ギルド長は、しばし呆然としていたが、やがて気を取り直して、両頬をバシンと平手打ちすると、息を整えて指示を出した。
「コロシアムの闘技場への扉は封鎖!
スタンピードの予兆ありと知らせを回せ!
ハンターたちに、溢れ出た魔物の討伐命令を出せ!
とくにシャイニング・スターズは必ず参加させろ!」
* * *
「おや、ブルックナー伯爵、あなたも観戦に?」
「これはこれは、グランバルト伯爵、まだ予兆の知らせがあっただけというのに、お互い気が早いですな」
闘技場には人っ子一人いないにも関わらず、コロシアムの貴賓席にはハンターを支援している貴族たちが集まってきていた。
「そう言えば、ベルマン子爵は来ておりませんな。あれはブルックナー伯爵の寄子ではありませんでしたかな?」
ここでいう貴族の寄子とは、主従関係の保護される側のことだ。ブルックナー伯爵は、ブレイヴ・ソードとシャイニング・スターズを支援していて、寄子のベルマン子爵は、寄親を真似て、セーフ・ゾーンとレイジー・オウルを支援していた。ただし、いずれも支援とは名ばかりで、犯罪行為をもみ消して、上前を撥ねていただけだった。そして、ベルマン子爵が、子飼いの犯罪者パーティーをふたつ共失い、自らも不正が発覚したと噂されていた。グランバルト伯爵は、それを知った上で、主人に付き従うべき立場のベルマン子爵が、この場に顔をだせず、ブルックナー伯爵の面目が丸つぶれになっていることを揶揄っていたのである。
「ハッハッ、飼い犬の育て方も知らん若造にはいい薬でしたな」
それは『つぎはお前だ』という徴発でもあった。喧嘩にはならない。貴族はそんなギスギスしたやり取りを笑顔でこなすからだ。
「「ハッハッハッハッ」」
「ところで今日は、ブルックナー伯爵のところのブレイヴ・ソードとシャイニング・スターズの雄姿は拝めますかな?」
「さて、ブレイヴ・ソードは間の悪いことに外の仕事に行ってるのが残念ですが、シャイニング・スターズの戦いっぷりは見ることが出来るでしょう。彼らもなかなかどうして、向上心の強い連中ですから、恥をかかぬことを願うばかりですな」
「「ハッハッハッハッ」」
* * *
その頃シャイニング・スターズの8人は、宿に戻って震えていた。
その日彼らは、パーティーメンバーの他に、補助要員と称して16人を引き連れてダンジョンに入っていた。リーダーのダルバスが、補助要員が全員ハンターであることを保証していたが、例によって、実際にハンター資格を持っていたのは6人だけであった。彼らは、補助要員のうち6人を先行させてラッシュ・フォースの跡を付けさせ、一人を伝令として自分たちとの間で往復させていた。
ダルバスたちは、ラッシュ・フォースがどこかで強力な魔物との戦いで傷つくのを待っていたのだが、伝令からは、彼らが出会った魔物を悉く退けたという知らせしか入ってこない。この際、今すぐにでも襲ってしまおうかと考える。途中に別のパーティーがひとついるようだが、一緒に始末してしまえばいいと。ダルバスがそんなことを考えていたら、伝令が魔物の群れを引き連れて戻ってきた。
「スライムストームだーー!!」
ダルバスは、その知らせを聞いて、全身の毛が逆立った。ハンターを長くやっていれば、スライムストームの恐ろしさは嫌というほど知っている。そして彼は、仲間に指示することもなく、出口に向かって駆け出した。
「おーい、待ってくれー!」
仲間の声なんか聞いてられない。死がそこまで迫ってきているのだ。上の階層にあがれば大丈夫なのかもしれない。しかし、ダンジョンでのスライムストームの振舞いなんて誰も知らない。だから必死で走り続けた。ダンジョンの出口でようやく立ち止まり、逃げてきた仲間と一緒にダンジョンを出た。
ダンジョンを出るときには、怪我人や死人の報告をしなければならないが、そのとき補助要員は8人になっていた。だが彼は、立場上、恥を掻くことが許されなかった。パーティーの名を汚せば、伯爵からの庇護を取り消される。下手をすれば暗殺されかねない。
だからダルバスは、ダンジョンを出るときにこう報告した。
「欠員はいない」
* * *
ダンジョンから、スタンピードと言うにはほど遠いが、魔物がぽつぽつと闘技場に現れだした頃には、コロシアムの観客席は、知らせを聞いた人々で溢れていた。
そして、それは地響きで始まった。
ドドドドド!
コロシアムに重低音が鳴り響いて、何かが迫ってきた。
ドドドドドドドドドド!
観客たちが、激しくなった地響きに何が姿を現すのかと胸躍らせて見ていたら、ダンジョン入り口から、ユリとラッシュ・フォースのメンバーが次々と飛び出してきて、リーダーのウルフが大声で叫んだ。
「スタンピードだーーー!!」
それと同時に、彼らを追って、無数の魔物が闘技場に溢れ出た。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!
そして、魔物たちが様々な威嚇音を喚き立て始める。
『『ギャワー!』』
『『チィー!』』
『『グェー!』』
『『ギギギギギ!』』
『『ブゥオー!』』
ゴブリン、黒虎狼、狼、タートルベア、石頭猪、巨大蠍、突撃蚯蚓、毒蝮、地獄焔羊、歩き茸などなど。そして多種多様のスケルトン軍団。ワイバーンやコカトリスのスケルトンが飛べずに地面を走り回ってるのは、少しばかり哀れを誘う。コカトリスについては、生前の状態を見ていないので、もしかしたら大型の鶏の骨と大蛇の骨が、死後に組み合わさっただけの紛い物かもしれない。なぜかダンジョンにいるはずのない普通の獣が混ざっているが、ここの観客にそんなことを気にする者はいなかった。
「「「ウォーーー!!!」」」
コロシアムの観客が一斉に沸き上がった。
バシュ! バシュ!
ビシッ! ビシッ!
ボン! シュッ! スパンッ!
今ここにいるハンターはユリたちしかいない。彼らが剣と魔法で次々と魔物を倒していく姿を見て、観客が興奮する。
「「「ワァーーー!!!」」」
だが、それをシャイニング・スターズのリーダーのダルバスは驚愕の思いで見ていた。
「なんで連中は生きてるんだ……。
なんで生きてるんだ!
スライムストームに飲み込まれたんじゃなかったのか!?」
「そんなの知らねぇよ。生き残ったから生きてるんだろ?
そんなことよりよぉ、ダルバス。
さっさと見せ場作らねえと、まずいんじゃないねえの!?」
「そんなことは分かってる!
ギルドからも伯爵からも討伐への参加命令が来てるんだ」
「だがよう、あいつらが相手してるのは、化物級の魔物ばかりだぜ。どうやって、あいつら以上の見せ場つくるってんだよ」
「もう少し待って、魔物が減ったところで参戦して、あいつらを始末すりゃいい。黒虎狼の群れにくらべりゃ、5人組のハンターなんざ、高が知れてる。後は小物の魔物だけ、格好よく相手してりゃいいんだ。観客なんてもなぁ、最後に賞賛を浴びた人間しか覚えてねぇんだ」
コロシアムには、ユリたちの活躍を、面白くないと思って見ている者が他にもいた。貴賓席にいるブルックナー伯爵だ。
「シャイニング・スターズは何をしている!!」
ブルックナー伯爵が怒り狂って叫んでいると、闘技場の観客席にハンターギルドで招集されたハンターたちがようやく姿を現し、次々と手すりを乗り越えて3メートル程の高さから闘技場に飛び降りていった。
「「「オーーー!!!」」」
闘技場に観客の声援が響き渡る。
「おお、やっと現れたか!
ええい!何をやっておる!逃げ回ってばかりいないで戦わんか!」
「ほぅ、あれがシャイニング・スターズですか。
ハッハッハッ、中々の雄姿ですなぁ、ブルックナー伯爵」
「むむむむむ……」




