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20 勇者討伐【シャイニング・スターズ編1】

 ユリが初めて訪れた王都は秩序と雑然が入り混じった、混沌の都市だった。

 王城を中心に、大きく貴族街、商業区、平民街、工業区と層を重ねている。貴族街は王城から爵位の順に上中下級貴族の屋敷があり、貴族街の建物は基本的に切り出した石か煉瓦で作られていて、道は石畳で整備され、無駄が無く洗練された様相を見せている。商業区は貴族向けの商店、商業ギルド、平民向けの商店の並びになっている。平民街は、まず上級平民と一般平民の住宅街があって、その外側にハンター向けの宿屋、ハンターギルド、鍛冶屋や武器屋、道具屋がある。そしてその隙間を縫うように、貧民街が隠れている。平民向けの商店と平民街は商店街側だけは整備されているが、建物は木造で、頻繁に建築と解体が繰り返され、店の裏や住宅街の道は入り組んで、無秩序で雑然としていて不衛生で治安の悪い場所だった。

 貴族の屋敷については、増減のある騎士爵あたりだと、貴族街に屋敷を構える余地が残ってなくて、上級平民の住宅街に屋敷を用意していたりもするので、この並びは絶対の括りではない。


    *    *    *


 ユリとラッシュ・フォースのメンバーは、王都に入り、早々に宿をとって、食事を済ませると、一室に集まって、次の計画の話し合いをすることになった。


「王都でも、宿の食事は代り映えしないんですね」

「ユリ、今はそういう話をするときじゃないでしょ」

「だって、食堂で言ったら宿の人に睨まれちゃうから、ここでないと言えないじゃないですか」

「いいから黙ってて」

 頃合いをみて、リーダーのウルフが、次の計画の話を始める。

「残っている調査対象は、この王都にいるブレイヴ・ソードとシャイニング・スターズなんだが、シャイニング・スターズを先にしようと俺は思う」

「何かはっきりした理由があるんですか?」

「ブレイヴ・ソードは、閉ざされたパーティー内での容疑だ。後から参加したメンバーから搾取したり、捨て駒にしている疑いがあると言われている。セーフ・ゾーンと同じ系統だな。つまり、否応(いやおう)なく潜入調査になる。レッド・グレイブのときは運よく二日で終わったが、ブレイヴ・ソードの調査は、最低一か月は掛かると思った方がいい。そしてブレイヴ・ソードは、今ちょうど外の仕事をしていて、戻ってくるのが三日後になるそうだ。

 一方のシャイニング・スターズは、そいつらがダンジョンに入る度にダンジョンで全滅するパーティーが出ている。要するに、魔物(モンスター)を倒して疲弊したパーティーに対する盗賊容疑だ。こちらの方が緊急性が高い。おそらく、二・三回後を付ければ尻尾を掴むなり、その場で退治することになるだろう」

「え~、でもシャイスタって8人でしょう?

 私たちだけで退治するのって、無理なんじゃないんですか?」

「ユリ、その『シャイスタ』って何よ、シャイスタって」

「もちろん『シャイニング・スターズ』の略ですよ、だって長過ぎるじゃないですか、『シャイニング・スターズ』って。舌噛んじゃいますよ。だからシャイスタ。

 私、書くのに苦労する名前って嫌いなんですよね」

 ユリには本名で散々苦労したトラウマがあり、『イオトカ君』や『エティス』のような愛称を使うことに強い(こだわ)りがあった。しかしそれは、他人には通用しない。そして、ネーミングセンスが最悪なことの自覚もない。

「あんたの名前の趣味なんて知らないわよ!

 あのねぇ、あいつら自分達のことを恥ずかしげもなく『勇者(ゆうしゃ)パーティー』って言って(はばか)らないような連中なのよ。実力じゃなくて、名前で見栄張ってるの。そんな連中が『シャイスタ』なんて聞いたら激怒するわよ」

「マリエラ、今は名前のことは置いておきましょ。

 ユリさんの言うように、実力の分からない8人を私たちが相手に出来るかどうかが問題なんですよねぇ」

「そうよウルフ、なんでいきなり戦う前提なのよ!」

「なら見捨てられるのか?」

 珍しくジェイクが問う。

「「「見捨てる?」」」

「つまりだ、その8人に誰かが襲われてるのを見ちまったときに、その連中を見捨てられるのかってことだ」

 リーダーが補足した。ジェイクは一般人相手には饒舌だと聞いているが、なぜか身内にはほとんど(しゃべ)らないのが、ユリには不思議だった。

「それは、見捨てたりしたら寝覚めが悪いことになりますねぇ」

「べつに襲われてるパーティーを見捨てろなんて言ってないでしょ」

「見捨てたくても、現場を見てしまったら、向こうが私たちを口封じしようとするかもしれませんね」

「でも、そこまであからさまなら、国が動くんじゃないの?

 ギルドも、あたしたちだけじゃなくて、もっと大勢を動かすべきでしょ。

 なんであたしたちだけでの調査なのよ?」

「連中には貴族の後ろ盾があるから、表立って疑いを掛けるのが難しいんだ。

 それに、仮にも『勇者(ゆうしゃ)パーティー』だ、それなりの実力はあるだろう。

 だから作戦を立てる」

「シャイスタの今夜の食事に毒を盛るとか?」

「ユリ、あんた、普段、毒の銭袋下げてるだけのことはあるわ。

 悪を退治する(・・・・・・)ためなら、手段を選ばないのね」

「まだ悪事が確認されてないのに、そんなこと出来るわけないだろうが。

 レッド・グレイヴが冤罪だったのを忘れるなよ」

「じゃあどうするのよ」

「餌を撒いて俺たちが囮になる。襲われるのが俺たちなら、俺たちは逃げるだけでいい。誰かを見捨てることもない」

「ウルフやジェイクみたいな(いか)ついのがいるのに、襲ってくるかな?」

「レッド・グレイヴもダンジョンで襲われてただろ。

 餌が上等なら襲ってくるさ」

「みなさん逃げ切れますかねぇ」

「レイジー・オウルも8人パーティーでしたけど、盗賊行為は、たしか20人でやってたって言ってましたよね?シャイスタも同じ規模だったらどうします?20人と戦います?」

「20人って、絶対に無理じゃん!

 ねぇウルフ、レイジー・オウルを倒した二人の話って、ギルドから聞けてないの?」

「ああ。二人の死体は残っていなかったそうだから、その二人が今も生きてるのは確かなんだが、どこの誰かも分かっていない。二人は、ダンジョン最深部で、レイジー・オウルを強力な魔物(モンスター)(むれ)との乱戦に持ち込んだらしいんだが、レイジー・オウルは普段、ダンジョンの浅いところで活動していたそうだから、なぜそのとき最深部に来ていたのかも謎だ」

「同じことしようと思ったら、私たちがダンジョンの、到達出来るかどうかも分からない危険な最深部まで行って、シャイニング・スターズとその仲間を誘い込んで、魔物(モンスター)(むれ)との乱戦に持ち込んで、自分たちは逃げるってこと?

 絶対に無理でしょ!」

(わたくし)たちを囮にしたら、目撃者がいませんよぅ。

 それだと、(わたくし)たちが悪者にされますねぇ」

「そうですよリーダー。レイジー・オウルの事件は大勢の目撃者がいたってことでしたけど、そんな舞台、どうやったら用意できるんですか?」

(あぁ、でも、本当の悪党パーティーだったら、イオトカ君が仕事するから、街の中でも襲ってくるかも……)


    *    *    *


 王都の周囲には、大きなダンジョンがふたつあった。そして、そのひとつは珍しいことに、王都のすぐ脇にあるコロシアムのど真ん中にあった。いや、正しくはそうではない。ダンジョンの入り口をグルリと取り囲むように厚く高い壁で囲まれた闘技場を用意し、観客席を設けて巨大なコロシアムが作られていたのだ。

 普通なら、前にいた街のダンジョンがそうであったように、魔物(モンスター)を中に封じ込めるために、ダンジョンの入り口と下の階の間に厳重なゲートか、それに類するものを用意するのだが、ここは闘技場を厚く高い壁で囲うことで、魔物(モンスター)が外に出ていかないようにしていた。その壁は耐魔法性の特殊な素材で作られ、石垣のような足掛かりのない壁だった。このダンジョンには、空を飛ぶ魔物(モンスター)もいないし、壁の上に手が届くほどの背の高い魔物(モンスター)もいなかったので、これでも十分機能していた。

 魔物(モンスター)が闘技場の中に溢れ出たときには、壁の上からでも攻撃は可能であったが、壁を登ってこようとする奴ら以外にはほとんど効果がない。だから、選ばれたハンターパーティーが、闘技場に文字通り飛び込んで、魔物(モンスター)を討伐する。

 コロシアムは、ハンターパーティーが名を売るための舞台であり、そのハンターパーティーを支援する貴族たちの社交場なのだ。

 ユリたちは、ここを利用することにした。


「ではいくぞ」

 王都に到着した翌朝、ユリとラッシュ・フォースのメンバーは、客のいないコロシアムの中のダンジョンに入っていった。

 ここは、ユリがレッド・グレイブと一緒に潜ったダンジョンと同じく巨石と巨岩を組み上げて作られていた。ただし、あちらと違い、入り口に特別の仕掛けはなく、普通に階段を使って階下に降りていく。


「ウルフ、シャイニング・スターズの連中、襲ってくると思う?」

「分からん。今回はまだ、様子見かもしれん」

「撒いた餌が小さ過ぎたとか、逆に大き過ぎたってことはない?」

「あれぐらいで丁度いいはずだ」

 ユリたちは、前日にハンターギルドで餌を撒いていた。

 ハンターギルドには、毎日の決まり事のように、怪我人が運び込まれる。

 ユリたちは、その日、魔物(モンスター)に襲われて、重傷で担ぎ込まれたハンターに栄養ドリンクを超高級治癒ポーションと称して飲ませ、ユリが無詠唱で、患部が光ることのない治癒魔法を使って完璧に治療して見せたのだ。そのハンターの仲間が、ブライアス金貨3枚の支払いを申し出て、それは治療内容に見合った価格だったが、今回は勝手に使ったものだから無料でよいと気前よく断った。

 そしてそのポーションをまだ数本持っているが、これは自分たちのためのものなので誰にも渡せないと公言してきたのだ。


 ユリは最初、自分の収納バッグを餌にしようと申し出たが、それは却下されていた。それは餌としては大き過ぎ、下手すると王侯貴族が権力を使って奪いに来かねないからだ。今回の偽ポーションならそこまでの価値はない。そして、この仕事の後で、みんなが見ている前で全て割ってしまえば、後腐れなく終わることが出来る。


 そうして今日のダンジョン探索を迎えたのだが、今のところ、跡を付けてくる者はいなかった。


【補足】

 闘技場とコロシアムって同じだろ!と言われると思いますが、この作品では、以下の使い分けをしています。

・闘技場  :ピッチとかフィールドと呼ばれる部分。

・コロシアム:闘技場を囲む観客席を含む建物全体。


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