18 勇者討伐【王都進出1】
ハンターギルドへは、リーダーのウルフが一人で行って、これまでの調査結果を報告をした。ユリが一緒だと、いろいろと喋り過ぎてしまうことを懸念してのことだ。ギルドが、ユリについて薄々と勘付いていることがありそうだったので、それを呼び水にしてユリから秘密を聞き出そうとすることは目に見えていたのだ。
ハンターギルドも商業ギルドも、自分達は国家を跨ぐ、独立した組織だと嘯いているが、実際にはそんなことはない。魔王がいた時代の設立当初とはわけが違う。今は、どんな組織であっても、国の統治下にある。かつては教会が国王よりも偉そうにしていた時代があったが、それが国を滅ぼしかける切っ掛けとなった教訓から、今では国内の全ての組織が国の定めた法に従うことが義務付けられている。
だから、さすがに国家の犬とまでは言わないが、ウルフはハンターギルドを完全には信用していない。だから、国が手を出してくる可能性が高いユリの秘密は、相手がハンターギルドであっても、渡す気にはならなかった。
ただ、ユリ本人がホイホイと渡してしまいそうなのが、一番の懸念事項なのだ。
彼がハンターギルドの建物を出て、宿に戻ってくると、そのまますぐに全員で王都への移動準備をすることとなった。
移動手段には、翌日の朝一に王都に向けて出発する、四頭立ての乗合馬車を使う。ただし、乗合馬車とは名ばかりで、商人の荷馬車と大差ない代物だ。
ユリが元いた世界では、ヨーロッパで本格的な『乗合馬車』が登場するのは中世末期から近世の間にかけてのことだったが、それは技術的にはもっと早くに実現可能なものだったのに、人の移動が著しく制限されていた時代背景によって、そのような時期になったと考えられている。
だから、この世界で、荷馬車レベルの乗合馬車があることは、べつに不思議なことではない。乗り心地が最悪なだけだ。
今回はギルドに依頼された仕事なので、馬車の料金は後で必要経費として請求できる。だから、自分達専用の乗り心地のいい……多少いい馬車を仕立てることも出来なくはなかったのだが、そんなもので王都に乗り込んだら目立ってしまうので、一般客と一緒に乗合馬車で行くことになったのだ。ちなみに、今回は有料でも無料でも関係ないが、この街と王都との間は盗賊が出ることもないので、護衛の名目で無料で同乗させてもらうことはできないらしい。
距離的には、この街から王都までは、それほど遠いわけではない。朝早くに出発する乗合馬車なら、順調に進めば夕方までには王都に到着する。ただし、何かあって、馬車が使えなくなれば、元の街か王都か、どちらか近い方に行くのに徒歩で三日かかることになる。なので、まず商業地区へ行って、全員の三日分の水と食料を買い込むと、ユリがその8割を収納バッグに収め、残りを各自で装備することとした。買った食料は、堅パンや干し肉で、常温でも長期保存可能なので、他人に見られてもいいように、収納バッグを使っている。最もユリは、傷みやすい果物や、柔らかい白パンなども購入していて、それはアイテムボックスに収納していた。一人で隠れて食べるつもりはない。ユリの他にラッシュ・フォースしかいないところでなら、全員で遠慮せずに旨い食事をしたいと考えていたからだ。
そして、買い物の際、小説の知識の豊富なユリは、ここで何かしら仕入れて収納バッグに詰めて行き、王都で売り捌こうかと考えていた。ユリは金に困っているわけではないが、ボロ儲け話は、ユリが執筆するつもりでいる冒険譚を飾る重要なイベントだったからだ。
しかし、聞けば王都には各地の名産品で溢れていて、この街で王都より安く仕入れられるものがないということが発覚し、ユリのボロ儲け計画は、発動する以前に、いきなり頓挫したのだった。
(街の名産品のひとつぐらい用意しといてよ!
何か商売になるものは……そうだ!)
* * *
「ユリ!」
「えっ!?」
翌朝、ユリとラッシュ・フォースのメンバーが乗合馬車に乗り込もうとすると、なぜかレッド・グレイヴの一行が先に来ていて、そのリーダーのロードに、ユリが声を掛けられた。
(あちゃー、ラッシュ・フォースのメンバーと一緒にいるところを見られちゃいましたー)
「レッド・グレイヴのみなさん、こんなところでどうしたんですか?」
態とらしい話し方になったのは、一応ラッシュ・フォースのメンバー全員がレッド・グレイヴのメンバーの顔を知っていたが、ユリが念のため、仲間にすぐ分かるようにと、その名前を出して聞いたからだった。
「ユリが今日、王都に行くと言ってたからな。ユリには、いろいろと世話になったから、みんなで見送りに来たんだ」
「えーっ! 朝早くから、態々ありがとうございます!
お世話になったのは私の方ですよ。
初めてのダンジョン探索はいい勉強になりました。
あっ、こちらは王都まで私と同行してくださるラッシュ・フォースの皆さんです。私がひとりで泊ってた宿の食堂で、ひとりで王都に行くのが不安だって言ったら、こちらの皆さんが予定を切り上げて一緒に行ってくださることになったんです(大嘘)」
「そうか、俺たちが同行してやれればよかったんだがな。ユリに話したように、俺たちは王都に近寄れないんで、一緒に行ってやれなくて済まんな」
そう言うと、ラッシュ・フォースの四人に語り掛けた。
「あんたたち、ラッシュ・フォースっていったか。
ユリには話したんだが、王都には碌でもないパーティーが多いから、十分に気を付けてくれ。ユリを宜しく頼む」
「ユリを宜しくな」
「ユリをお願いしますね」
「ユリちゃんは、すぐに変なの呼び寄せるから、くれぐれもお願いしますね」
「ちょっと、みなさん、ラッシュ・フォースの方々は、私が護衛で雇ったわけじゃないんですよ」
「だったら、俺たちが雇おうか?」
「はははは、ユリ、お前は随分愛されてるんだな」
「ウルフさん、揶揄わないでください」
普段は『リーダー』としか呼ばないが、ここには二人のリーダーがいたので、めずらしく名前で呼んだのだが、呼ばれた当人は少し嬉しそうになっている。
「お前さん達、レッド・グレイヴっていったか。お前さん達もそうみたいだが、うちの連中も、こういう世間知らずを放っておけない奴らばかりなんでな。ユリの面倒はちゃんと見るから安心してくれ」
乗合馬車が出発して、レッド・グレイヴの手を振る姿が遠くなってきたとき、ロードの大声が聞こえてきた。
「ユリ~~! 大暴れし過ぎて、みんなに迷惑かけんなよ~~!」
「うっさいわよ」
* * *
レッド・グレイブの見送りを受けて乗合馬車が出発すると、いきなり暇になる。
貴族の乗る馬車なら、懸架式とかいう、紐や鎖で座席を吊り下げた作りをしていたが、この荷馬車に毛が生えたような乗り物では、そのような上等な仕組みはなく、馬車が進むとガタピシガタピシと音をたてて上下左右に荷台の座席が揺れていた。その揺れる座席の上で、他の女性客たちは、互いの顔を近づけたり離れたりしながら世間話をしているが、大抵の男性客は口を閉ざして暇そうにしている。
四頭立てなだけあって、荷台は広めだが、馬の為の水と飼い葉を積んでいるので、客席はそれほど広くはない。ユリとラッシュ・フォースのメンバーも、色々と話したいことはあったが、他の客に聞かれても困らない、当たり障りのない話しかできなかった。
ゴトゴトゴト!
「み、みなさんは、うぉ、王都には、く、詳しいんですか?」
揺れが激しいので、会話すると舌を噛みそうになり、話が途切れ途切れになる。
ゴトンッ!
「い、いや、王都での仕事も、何度か請け負ったことは、あるが、最近は行ってないから、今どうなっているかは、知らんな」
ガタンッ!
「俺も知らん」
「そうですねぇ、私が聞いているのは、教会の状況、くらいですねぇ」
「あたしも、行動はみんなと、一緒だから、特別に知ってることは、無いわね」
「一番詳しいのは、連中と仲良くしてた、ユリじゃないのか?」
ゴトゴトゴト!
「そんな、ダンジョン探索に、一回同行しただけ、なんですから。無理言わないで、ください」
(って言うか、レッド・グレイブから聞いた話は全部伝えたでしょうが)
「おや、嬢ちゃん、ダンジョンなんて潜るんかい。親御さんが心配するぞ」
近くにいた、名も知らない乗客に話し掛けられた。乗りなれているのか、座席が揺れても会話が途切れない。
「えっ? あぁ、心配してくださって、有難うございます。
でも私、こう見えて、ハンターなんですよ。
まだ、どこのパーティーにも、属してなくて、フリーですけど」
ゴトンッ!ガタンッ!
そこまで話したとき、馬車の車輪が石を踏んで、乗客たちの体が10センチ宙に浮いて、木製の座席の上に落ちた。
「グェッ!」
(お尻が痛いです!!)
そこにきて漸く、ユリはとても大事なことを忘れていたことに気が付いた。
ユリは、あわてて収納バッグから、肩幅の大きさの藁を詰めた座布団を取り出すと、自分の尻の下に敷いて、ほっと息をつくことができた。
「あぁ、肝心なものを使うのを忘れてました~」
「ユリ、あんた、そんなもの持って、旅してたの?」
「いえ、これは昨日の夜に用意したもので、皆さんの分もありますよ」
座布団の効果で、普通に話せるようになったユリは、そう言って、あと四つ取り出してラッシュ・フォースのメンバーに渡した。
「いや、折角用意してもらったのに悪いが、俺はいい」
「俺も無くていい」
リーダーとジェイクは、男の矜持を守る必要があるようだ。
ユリは断られても全く構わなかった。この余った座布団に熱い視線が集まっていたからだ。
「よかったら、みなさんも使います? ええっと、料金は……」
「ユリ! 乗合馬車の中での勝手な商売はご法度よ!」
「ユリさん、いけませんよぅ」
「ええっ!そうなんですか!?」
ふと前方を見ると、御者が振り返って睨んでる。しかし、熱い視線が集まる中、今更商品を仕舞うこともできない。
(折角用意したのに……)
「……料金はいりません」
そう言って、数多く用意した座布団を乗客たちに只で配るユリだった。




