第二話 サラのコミュニケーション
<魔術師>サラ・フィールズ
「お父様!私、学校に行きたいの。いいわよね」
朝食の席にて、サラは父親であるフィールズ公爵に話しかける。元々は別々だった食事の時間だが、転生者であるノアの働きかけもあり、数年前から家族揃って食事を取っている。
サラの家族は父親であるランスロトット・フィールズ公爵33歳の他に、三人。
弟のレズモンド、妹のサリー、後妻のメアリーである。それぞれ、8歳、8歳、31歳。彼らを含めた五人で食卓は埋まっていた。
三親等以上であれば他にもいるが、帝都で暮らしていなかったり、仕事の都合が合わなかったりすることが多いので、サラがよく合うのはこの四人である。
先程の言葉は、朝食を食べ終わり、それぞれの用事までの間、なにか話そうかと公爵が言ってのものであった。
「これはまた、なんとも急だね。だが、構わないよ。《《3ヶ月後》》だったね?」
「ええ、お父様、《《3ヶ月後》》よ。」
「分かった、手続きをしておこう。これは入学準備で忙しくなりそうだ」
「ありがとう!」
あっさりと、認められ、これでその話はおわりという雰囲気になったところで、突然サリーが声を張り上げた。
「お父様ばっかりお姉様と話してずるい!」
それを聞いて、困ったように顔を見合わせる公爵夫妻。実はここまでの話、公爵以外はサラの声を聞いていない。それは、サラに友達の出来ない所以でもある、あることが関係している。
メアリーが諭すように言った
「前にも説明したでしょう。サラは呪いで人と会話できないのよ」
そう、呪いである。
呪いと言っても、誰かにかけられたわけではない。そうならば、天才魔術師である彼女自身で解決しているだろう。これは、三年前、彼女が魔法使いとして、紛争を解決するための武力を得ようとした結果である。彼女の命と密接に関係しており、解呪は不可能であった。
だが、それはサリーにとって納得できないことらしい。
「でも、お父様は話せてるじゃない。」
「それは……ランスロットには呪いの耐性があるからよ。私だって、娘と会話したいのに……」
「……」
サリーも自分が無理を言っているという自覚はあったのか、黙ってしまった。だが、理解はしても納得は出来ないようで、ムスッと膨れてしまう。
(はあ、我が妹ながら困ったものね。話したいのは私もなのに……仕方ないわね)
【音響】
サラはその様子を黙って見ていたが。突然魔法を使い始めた。
「ア、ア、ア」
「お姉様!?」
そう、サラが使ったのは音の魔法である。
遠くまで指示を届けるために開発された音を送る魔法を改造し、狙った音を出せるようにしたものだ。
緻密な魔法制御と、書き換え続けられる術式によって生み出される音を、サリーは一言一句噛みしめるように聞く。
「ワタシ、モ、サリート、ハナシタイトオモッテイタノ。ウレシイ、ワ」
だが、途中で魔法は霧散してしまう。
それも当然だろう。今行われたのは予め録音してある音を流したりするのとはわけが違うのだ。
「お姉様……ありがとう!」
なにか言いたげだったが、一言、サリーはそう言った。その言葉に、サラも笑顔になる。
「今のは……可変型術式の高等魔術ですか!?」
だが、しんみりとした空気をレズモンドがぶち壊す。
レズモンド以外の家族は揃って(また始まった)と、うんざりした顔になった。
「なんて美しい。さすがは姉上、半年前に発表したばかりの新理論をもう形にしてしまわれるとは!」
興奮気味に言うレズモンド、何も生まれた時からこうだったわけではない。
生まれたときから次期当主として厳しい教育を受けて育てられた彼にとって、唯一の癒やしは優しい姉の存在であった。子供が揃って受ける魔術の講義では、ずっと姉につきまとっていたほどである。
その姉が三年前、犬獣族を従えて英雄になったことにより、シスコンが加速。ヤンデレを通り越してサイコパスになった挙げ句、その後なんやかんやあって姉の魔術を至上と考える狂愛の魔術師として有名になった。
なんやかんやの部分は、公爵家の名誉があるので説明できないが、こうした経緯で今の彼があるのである。
「私、お茶会の練習をもう一度したいわ」
「私は、孤児院に用事があって……」
「ふむ、執務はどれほどな起こっていたかな?」
【転移】
あっという間に席を立つ家族たち。一人残されたレズモンドは近くのメイドに言った。
「そこのお前はどう思う?」
「……」
自室に戻ってきたサラは、ホッと一息をついてベッドに寝転がった。
公爵家の長女だが、自室でだらけるのは仕方ないだろう
「レズモンドには悪いけど。正直、助かったわ。あのままいたら、誰かを傷つけそうだったもの」
彼女にかかっている呪いは言葉だけに作用するものではない。目を合わせたり、誰かに触れたりしても効果がある。
呪いの効果は時間が経つにつれて相手が弱体化し、最終的には死に至るというものだ。
そして呪いの対象と威力は年が経つにつれて増大する。
それが、彼女に友達が出来ない理由であった。