上
21時ちょうどにマツリ開始の合図が小学校のチャイムによって告げられた。
放送室の画面を見ると、チャイムと同時に正面玄関の監視カメラの中央に黒い靄のかかった女性が現れた。これがヤツベノミコ様か。黒い靄、長髪の黒髪、オーラ、画面越しでもその姿は異様で、本能的に近づいてはいけないと感じた。想像以上に怖く、声が震える。ただ、俺たちが見ているのは画面越しで、実際目の前でみたらこんなのと比べものにならないくらい怖く感じるのだろう。というか、恐怖のあまり失神してもおかしくはない。こんなのに捕まるなんてたまったもんじゃない。一人でも多くの人が逃げれるように俺は他の放送係4人に提案をした。
「全員が同じ事をしても効率が悪いし、放送が重なっても混乱を招くだけだ。各自役割を分担しましょう」
俺の提案にアラフォーマッチョと先程自己紹介していた方が話し出す。
「他の町からえらい頭のキレる奴が来たとは聞いていたが君か。俺は君に従うぜ。で、どうすればいいんだ」
マッチョの発言を聞いた他の3人もうんうんと頷いた。
「えっと、5人いますので、山神の出現を発見し報告する人が1人、出現場所から近い逃走者の人数と場所を報告する人が1人、出現場所から逃げるためのルートを考える人が1人、マイクで放送する人が1人、全体の様子を見て忙しい所に助っ人に入る人が1人です。僕が言い出したので、全体の援助は僕がします。なので」
そういって適当に残りの4人に役を振り分けた。
「3階突き当り、音楽室前に山神がでました」
「音楽室横のトイレに1人、トイレ横階段に2人います」
「音楽室の奥は突き当りになるからこれはそのまま階段を下るルートでいいかな」
「3階音楽室前にヤツベノミコ様が現われました。音楽室横のトイレ、階段にいる3名は速やかに階段を使い、下の階への移動をお願いします」
適当に振り分けた役のわりにみんな動けていて、誰も焦らず想像以上にスムーズな放送がかけれた。放送を聞いた逃走者3名は指示の通りに静かに階段を使い2階へ移動した。その3名は2階にある監視カメラに向かって何度も何度もお辞儀をした。ありがとう、助かったと言っているようだった。俺はその光景を見た瞬間、人生の中で一番の達成感を感じた。昔憧れたヒーローになった気分だ。
多少歩くのが遅かったり、大きな物音を立ててしまった人が数名ヤツベノミコ様につかまり生贄になったが、スムーズな放送のおかげで聞いていた話より大幅に被害が防げていた。
「1時間が経過し、現在の逃走者の生存率は90%。去年の生存率は終了時11%だったと聞いているので、かなりいい放送がかけられています。ただ、時間が立つにつれて慣れが出て、緊張感がなくなります。あと2時間、適度な緊張感を持ち、逃走者に状況がしっかりと伝えられるようにしましょう」
そう俺が四人に呼びかけると、そのうちの一人女子高生が言う。
「私、君と仕事したこと、てか誰とも仕事したことないけど、ぜったいいい上司だよね。毎回超適格な指示でマジで助かる」
この地には既に課長という仕事のできる位置づけで来てしまったせいで、仕事が効率よくできたり、上手くいってもそれが当たり前と認識され、褒められるなんてことは今まで一度もなく、慣れない感覚にちょっとこそばゆい。
「いえ、皆さんの働きあっての僕です」
皆はそれを聞いてにこっと笑みを浮かべると何事もなかったかのように役に戻った。
それ以降も連携した放送によりうまく行き過ぎるくらい逃走者が逃げきれていて、余裕で開始2時間半が経過した。
小学校のチャイムが残り30分のチャイムを鳴らす。本来、そのチャイムはあと少しで恐怖の鬼ごっこが終わる希望の合図のはずが、悲劇の幕開けの序章だった。
その悲劇はチャイムを聞いた5人の逃走者から始まった。逃走者の中に市内の高校に通う5名がいた。5人で仲良くグループを作り、お互い励ましあいながら逃走を成功させていた。その5人は会話に夢中で、マツリのルール説明を何も聞いていなかったようだ。マツリが終わるまでに2回チャイムが鳴るとは知らず、5人はチャイムを聞いて歓喜し、大声で叫んだ。その大声に反応したヤツベノミコ様は体育館内の倉庫前から一瞬でその5人がいる室内プールの中に現れた。彼らが捕まり生贄になるのは大声を出してから瞬きをするほんの一瞬の出来事だった。プールが見る見るうちに赤く染まり、血の池地獄のようだった。地獄化としたプールと残虐でぐちゃぐちゃになった5人の体を見た放送係の1人が思わず腰を抜かした。無理もない、ホラーのグロさとは格が違う。直視できない程だった。これが俗にいう精神疾患になるほどの光景なんだなと感じる。すると、画面を見ていた女子高生が腰を抜かしたやつの直後に騒ぎ始めた。
「ねえ、頭いいやつ、ねえ、ねえ、どこにもいないの。画面のどこを見てもヤツベノミコ様がいない。見失った」
頭のいいやつって俺の事かと少し疑問を抱いたが、今はそれどころではない。
「いないってどういうことだ。この監視カメラは校内の逃走できるルート全部に死角がないように設置されてるんじゃないのか」
「私もそう聞いていたわ。画面を確かめてみてよ」
そう言われて急いで画面を見る。細かく端から端まで漏れなく見た。確かにどの画面にもいなかった。あんな恐怖のオーラを出す存在をそもそも見失うはずがない。ではどこに行った。
「まだ20分あるよな。なんでだ。何が起こった。何が原因だ」
原因はなんだ、色んな説を考えた。消えた直前に何かきっかけがあったはずだ。なら、きっかけは一体なんだろう。そう考えると一つの結論に至った。
「なあお前、腰を抜かした時尻餅ついたよな」
先ほどショッキングな映像を見て腰を抜かしたやつに聞いた。
「あ、ああ、ついた。だがこのスクールバスは放送用に防音だろ。俺が尻餅ついたところで外に聞こえないだろ。俺のせいじゃない」
俺は事の重大さに気が付いていないアホに怒りがこみ上げ、無意識にそいつの胸ぐらを思い切り掴んだ。
「あのな、防音は防音。揺れの対策はまた別の話だアホ。絶対今このバスは揺れた」
気づいてはいけない真実を、深呼吸をして発した。
「お前のせいでバレたんだよ、この放送室が」
バスの上が死角だ、と言いかけたその時だった。
ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ。
物凄い音と共に暗かった放送室の上から月の光が差し込んだ。
ヤツベノミコ様はバスの上の屋根をバナナの皮を剝くようにいとも簡単にこじ開けた。
月の光で周りが良く見え、ヤツベノミコ様の目と目が合った。その顔はお世辞にも神聖な山の神様とは言えなかった。例えるなら血に飢えた死神のような死んだ目をしていた。810年前に当時の長老が契りを交わした神様は本当に山の神様だったんだろうか。山の頂上から降りてきた、というだけで山の神様という確証はなかったはずだ。山が裂けた時点で神様は無くなったのではないか。なら、この神様は一体誰なんだろうか。お前は誰だ。
放送係が全滅したことで唯一の情報手段が消え、残り時間11分、生存者81名の段階からどんどん生存者が減っていった。
第27回は歴史に刻むほどの最悪な結果となった。
参加者 逃走者95名、放送係5名の計100名のうち、生存者(けが人含む)0名
全員がヤツベノミコ様につかまり生贄となった。
残された市民は未だに黒い靄のかかった彼女がヤツベノミコ様と信じながら後世にバトンをつないでいる。