マツリ
マツリは夜19時開始と書いてはあるが、終了時間は書いてない。何をするのかも分からないので何時に帰れるか分からず、早めに夕飯を作っておくことにした。屋台で夕食を済ませればいいじゃんと思うかもしれないが、祭りの屋台とか関係なく人の作る料理とか極力食べたくない。いわゆる潔癖症。出来るだけ屋台を避けながら歩いて参加イベントが終わったら速攻帰ってカレーでも食べようかなと考える。帰ったら温めるだけの状態になるように早めに煮込んでおいた。
そして18時半、市内放送がかかった。
「只今18時30分です。あと30分後にマツリが始まります。市民全員強制参加となりますので、お忘れのないように時間前に会場に足をお運びください。」
放送がかかったという事はもう会場に入れそうだな。初参加という事もあり早めに会場に向かうことにした。考えてみれば生まれてこの方、祭りを行った記憶がない。世間一般的に祭りにはどんな服装で行くのが妥当なのか。そもそも自分を見る人なんかいるのか。いそうにないから別に何でもいいか、と自問自答した。無難な黒パーカーに濃灰のロングパンツを履いて家を出た。家から5分歩いた先にカーブミラーがあった。先程自分をまじまじと見る人がいないと答えを出しておきながら、身だしなみの最終チェックをカーブミラーを眺めながら始める。自分の姿を見てふと、これは不審者の服装ぽくないかと気づいた。まあ、いま気づいたところで戻る時間もないのであきらめて止めて足を進めた。会場指定された小学校は割と近く、10分程で到着した。
小学校の正門を入って右にでかでかと「受付」と書かれた看板が立てかけられたテントがあった。
「あの、これ参加の紙です」
そう言ってファイルに入っていた赤紙を差しだす。
「本人確認のため、お住まいの地域と名前、年齢をお願いします」
「小上町3丁目、井浦孝介です。年は29歳です」
受付の人は小上小上とブツブツ言いながら何枚かある紙のなかから小上町名簿を探す。
「井浦さんね、確認できました。参加は初めてですよね。私は受付で忙しいので詳細はそこにいるおじさんちに声かけて聞いてね」
そこ、と指さす方には60代前後のおじさん達数人がパイプ椅子に腰かけて話していた。話しかけること自体は別に億劫な部分はないが、人と話すと余計な気遣いなどしなければなかったり、ダル絡みされた時が面倒。人類皆他人へ無関心ならいいのに。ただ、祭りの詳細を聞かない事には参加するにも困るので、渋々声を掛ける。
「すみません、最近越してきた小上町の井浦と申します。祭りの事で聞きたいことがあって」
そう言うとおじさん達は今まで話していた話をピタッと止めた。そのうちの一人が返事をする。その人の方に目線をやると、そこにはヤクザぽい強面のおじさんがいた。怖。
「おう、新入りか。よろしく」
「あ、えっと、よろしくお願いします」
「そうかしこまるな。まあ、いい。一つ椅子が空いてるから座れ」
おじさんの口調は荒いが思いのほか声質は優しかった。言われた通り素直に椅子へ座る。
えらい時、えらい街にきてしまったな。ぼそっと、おじさん達の誰かが言ったようだが、誰かまでは分からなかった。
「これから話す話は一見神話や童話に聞こえるが、現実の話だ。いいか、現実だからな。ノンフィクションだ」
そういっておじさんは昔話を始めた。
むかしむかし、時は1210年。鎌倉時代に入って少しのころだった。この町の横に位置する八辺山を震源とする大地震が起こった。推定震度6強。建物は端から崩壊し、道は割れ、多くの人が災害に巻き込まれた。その地震がきっかけで大きく山がさけ、土砂が上からみるみる下へ流れていった。当時町を治めていた長老の権田が山の神であるヤツベノミコにお祈りをする。
「この山が全部崩れてしまったらこの町どころか、この国(県)が無くなってしまいます。どうかこの町、この国をお救いください。救ってくだされば何でもいう事を聞きます」
すると、山の頂上から黒い影を纏った女の人が下りてきたという。それがヤツベノミコだった。ヤツベノミコは山の崩壊を止めてやろうといい、直ちに山の崩壊を止めた。町に住んでいた者はそれを見て大いに喜んだ。その歓喜を聞いたヤツベノミコは言った。「山の崩壊を止めて見せたぞよ。ならば我の言ふことを聞きたもう。この先30年に一度我に人の命を与ふ。さすれば山の崩壊を止めて見せよう」
そう言って姿を消したという。
「つまりだ、あの地震以来いつ山が崩れてもおかしくない状態で、ヤツベノミコ様が止めているんだ。止める代わりの、対価として30年に一度生贄を捧げるマツリをするんだ。おめえさん、あこんとこの会社で働いてるなら頭ええやろ。”マツリ”は”祭り”じゃなくて”祀り”と”奉り”から来ていて、”祀り”はそのままの意味でヤツベノミコ様を祀る事を意味する。では”奉る”はどういう意味だ」
正直古文は専門外だが、うっすらと残る記憶の中からそれらしい言葉を選んだ。
「差し上げる、献上する、とかですかね」
「そう、このマツリは生贄を差し上げる行事なんだ」
「はあ?」