集いし英雄
アズラ視点の話です。
「アズラ様、朝ですよ」
僕はアズラ。三年前学園を卒業してから、実家に戻り、かなり近くにあった魔術協会の本部に就職しました。
…さきほどの、僕を起こす台詞は、小さな頃からずっと聞いています。ただ、その台詞を言っているのは…
「アズラ様っ!おはようございます!」
「せめて返事くらいしてから入ってきてよ…」
学園の後輩のマリィです。二年前、学園を卒業してすぐに押しかけ嫁のように我が家にやって来ました。
話は三年前の卒業式にさかのぼります。
卒業式の日、カティとマリィに人気のない場所に連れて行かれたときの話です。
「アズラ、半年前の約束覚えてる?」
カティが話を切り出しました。
「…半年前?…なんだっけ?」
僕は忘れていました。半年前にマリィと交わした約束を…
「その…賭けをしませんか…?」
「…何を?」
「相手へ一つ、命令する権利です…。…どうでしょうか…」
カティに言われて、姉さんのオリジナルじゃないけど、魔術祭でこんな会話をしたことを思い出しました。そしてその約束にあった追加条件が…
「半年経ったわね?権利はマリィに移るわ。じゃあね、ごゆっくり~♪」
「…そういうことです。…命令…聞いてくださいね…」
…嫌な予感しかしませんでした。
「…ずっとずっと…好きでした…。…ですからマリィと…」
さすがに僕でもわかります。「付き合ってください」だよね?普通そう思いますよね?ですが…
「マリィと…マリィと結婚してください!」
「ええーっ!!!」
予想を遥かに上回りました。まさかのプロポーズ(拒否権なし)でした。…朝から機嫌がよかったのはこれが原因だったのでしょう。
「学園を卒業したらお家にお伺いしますので、そこで…」
…こんな話です。一応この世界の法律で、男女ともに二十歳になるまで結婚できないので、同棲状態です。しかし、マリィも十九歳。三月の下旬生まれで、今はもう三月の上旬だから、結婚はほぼ秒読み状態です。最後の砦の双方の両親も…
マリィ側―
「うちの娘をよろしくね、アズラくん!」
「アズラくんのような素晴らしい男を捕まえるなんて、マリィもなかなかやるな!」
僕側―
「ハッハッハ、思いの外早く孫の顔が見れそうだ!」
「お母さんと呼んでくれていいわよ、マリィちゃん。変な息子だけどよろしくね!」
…誰も反対しませんでした。むしろ大歓迎です。
「アズラ様、結婚式の日程ですが…」
「…もう決めたの?」
「はい!マリィの誕生日に挙げようかと…」
「はいはい、わかったよ…」
無理矢理で、なし崩し的な結婚だけど、これはこれでよかったと思います。家事は完璧で、愛もあり、美人だし、性格もちょっと強引なところを除けばきわめて良い…。妻としては文句ありません。僕も若干、気にはなっていましたし…
「いけない!こんな時間です!アズラ様、遅れますよ!」
「あ!今日は大事な依頼があるんだ!」
僕の勤め先は、魔術協会です。学園に入るまでは知らなかったんだけど、意外と家の近くにありました。堅実ですが、いい仕事だと思います。
「はいこれ着替えです!急いでくださいね!」
そう言ってマリィは部屋を出ました。
「…いい嫁じゃないか」
「スタイルも追いつかれてきたし…。むぅ…悔しいけど…」
僕と契約している二人の精霊が、勝手に人型になって話しかけてきました。この二人、持ち前の魔力で人型になるくらい造作もないそうです。最近魔力を僕から奪う量が多い気がしますが…。
「まぁ…いい奥さんにはなるよね…。それとエリアス、スタイルは関係ないよね?」
たしかにエリアスの言う通り、この三年間でマリィのスタイルはずいぶんよくなったと思います。筆頭は胸…ゴホンゴホン!ちなみにマリィが言うには「愛の力です!」だそうです。僕、何もしてないのに…。
「あら、子供が必要なときは重要な要素よ。いかに相手を興ふ…ングッ!?」
「…黙れ、エリアス」
変な話に持ち込もうとしたエリアスを、レムが実力行使で止めました。ルケノとは違い、レムはエリアスにも容赦はしません。
「うぅ…昔から変わらず暴力的ね、ムスペイル」
「必要最低限の実力行使だ。これをR―15にはしたくない」
…レムが若干変なことを言っていますが、気にしないでおきましょう。それより、急がないと遅刻します。
「行くよ、二人とも」
そう言って僕は、リビングに行き、軽く朝食を食べて仕事に向かいました。
「アズラ君、今日は討伐依頼があって、君に出撃してもらいたいのだが…」
僕が配属されたのは、「特殊戦闘部隊」…要するに危険な魔物の始末をする部署です。どうにも、スティン封印の実績と、二人もの上級精霊と契約しているところから、配属されたようです。ただ、この部署にまわされる仕事はかなり少なく、そう頻繁に出撃があるわけではありません。だから事務のような仕事も受け持ちます。
「場所とターゲットはこの地図に書いてある。頼んだぞ」
結局、協会に居たのは三十分くらいで、すぐに目的地に向かうことになりました。
「《召喚、オイリー!》」
油でできた人魂のようなものを召喚します。
「《コール・レイン!》」
「《雷の裁き!》」
続けてエリアスが瞬時に雨を降らせ、レムが雷を落とせば…。
「《ゼッタイショウヘキ!》」
油(ガソリンのような物質です)に引火して、ドッカアアァァン!という爆音を轟かせ、大爆発が起こりました。当然、僕たちは古代禁術で無傷です。
「エリアス、残りの火を消して」
「了解~」
今回の魔物は、数が多いだけで倒すのは簡単でした。最近は魔物の異常繁殖が多く、こういう依頼も多いです。
「…お疲れ様、レム、エリアス。協会に報告に行って帰ろう」
協会は、割り当てられた仕事さえ片付ければ出勤時間など関係ない機関です。最近は、それを真似て一般の企業もそうなっているとか。
「はぁ…またアズラくんをあの子に返さないといけないのね…」
「…行くぞアズラ。この女に構っているといくらでも時間がかかる」
「うん、わかった。《空間転移!》」
二人をブローチに戻して、空間干渉で帰ります。結局、今日の仕事は二時間程度になりそうです。
「お帰りなさいませ、アズラ様っ!今日は早かったのですね!?」
帰って早々、マリィが抱き着いてきました。その瞬間、エリアスのブローチがカタッ、と小さく動いた気がします。
「ただいま、マリィ。今日は簡単な討伐依頼だったから、さっさと帰ってきたんだ」
「では…明日は休みですし…今日の晩お時間は…」
「いつも言うけど、ない」
「そんなぁ…ひどいです…。ずっと我慢してるのですから…」
…少なくとも、そういうのは結婚してからだと思います。「同棲しているのに何を言っているんだ!」というツッコミは受け付けません。
「あらあら、相変わらず堅いわね」
「「この声は…」」
玄関の扉から声がしました。それは最近、テレビでよく聞くようになった声。そして、学園にいたころ毎日のように聞いていた声。
振り向くとそこにいたのは…?
「カティ!?」
「お姉ちゃん!?」
「久しぶりね、アズラ、マリィ。それなりにうまくやってるみたいじゃない」
現在トップアイドルとして活躍している、学園で出会った仲間のカティでした。
「悪いわね、開いてたから勝手に入っちゃった」
「それはいいんだけど…。最近、忙しいんじゃないの?テレビも音楽番組だけじゃなくって、バラエティーとかにも出てるみたいだし」
「んーとね、少しの間休みなの。…はいこれ、これがあるからね」
そう言って何かのチケットをくれました。
「銀月サーカス…テムダのサーカスだね?どうしてカティが?」
「ちゃんとチケット見た?私も演出の一つとして参加することになったの」
…あ、見落としていました。「銀月サーカス」の下にかなり大きな文字で「特別公演!光と雪の歌姫、カティ参加!」と書かれていました。
「普段から人気あるサーカスだけど…この公演、もう全行程分のチケットは完売したのよ。すごいでしょ!」
「さすがお姉ちゃん!あ…ずっと立ちっぱなしだったね、中に行こ?」
「ありがと、マリィ。さてアズラ、マリィとの暮らし、ゆっくり聞かせてもらうわよ」
「…はぁ…わかったよ…」
どうせ聞かれるのはロクなことではないので、気が進みません。いえ、会えたのは嬉しいですし、話したいこともたくさんありますが、「マリィとの暮らし」なので話したくありません。
リビングに行くと、テレビでニュースをやっていました。環境音として役立ちそうです。
「じゃあアズラ、まずは…『ピンポーン!』…あら?」
タイミングがいいのか悪いのか、家のインターホンが鳴りました。少なくとも先延ばしはできそうです。
「ちょっと行ってくるね」
そう言って席を立ち、玄関に向かいました。
「「…ええーっ!!…」」
玄関に向かう途中で、カティとマリィの大絶叫が聞こえましたが、気にしません。どうせたいしたことではないでしょうし。
…ちなみに、たいしたことだとは後で知るのですが。
で、玄関の扉を開くと…?
「ようアズラ。元気か?」
「……こんにちは……」
「久しぶり~!アズラ~!遊びに来たよ~」
「兄貴、マリィはどうしてる?」
「………」
いやはや驚きました。お客さんの多い日です。とりあえず上がってもらうことにしました。
で、リビングに戻ると…
「聞いてアズラ!エンカたちが…ってエンカ!?」
「……カティも来てたんだ……」
「ええそうよ。…とりあえず、おめでとうかしら?」
「……うん…ありがとう……」
…僕、置いていかれてます。
「アズラ様、エンカさんたちが遺跡の謎を解明したのです。さっきニュースでやってました」
「…そうなの?」
「はい」
気を利かせてマリィが説明してくれました。つまり、さっきの絶叫はこれだったのです。
「…俺を置いて行ったことは気にしないのか?エンカたちに会わなかったら、ここまでたどり着かなかったぞ?」
「はぐれるテムダが悪いのよ。…変な女の人に話しかけられて気を取られるから…」
「変な店の勧誘だったんだよ!危なかったぜ…」
…相変わらずバカのようです。しかしこの辺りにそんな店があるなんて…。協会に報告しておかないといけません。
「で、結局聞いてなかったけど、マリィとはどんな感じなのよ?」
「…え?」
「え?じゃねぇよ。ほら、吐いちまえ」
忘れていました、この大不発弾が残っていたことを。…言いたくない…。
「そ、それはね…「あーっ!そういえば!」…!?」
僕が言いよどんでいると、ヴェクが何かを思い出したかのように叫びました。いや、思い出したのですけれど。…とりあえず、上手く話の腰を折ってくれました。
「お兄ちゃん!?どうかしたの!?」
「オレたちが魔術協会に表彰されに行ったときの帰り、師匠たちに会ったんだ!」
「あ~、会ったね~」
「…下界に仕事でもあるのかな?」
「うん、そう言ってた。それで師匠たち、宿がないから兄貴の家に泊めてほしいって」
たしかに、この辺りは比較的大きな家が多く、宿を立てる場所がないと言われています。
「マリィ、いいよね?………うん、別にいいんだけど、どうやって連絡するの?」
「…あ…」
肝心なことを忘れていたヴェク。連絡が取れないなら意味がありません。しかし…。
『ピンポーン!』
インターホンが再び鳴りました。とりあえずみんなを置いてお客さんの対応に向かいます。
「こんにちはアズラさん」
「久しぶりだな。…なぜそんな顔をしている?」
…展開的に読めてはいましたさ。展開的に。しかし、ここまで予想通りに行くとなにか釈然としません。おそらく、今僕の表情は、呆れやら驚きやら混ざった意味不明ものになっていると思います。
ちなみに言うまでもないと思いますが、お客さんはヴァンとファルさんです。
「説明は中でいたしますので、上がらせてもらえますか?」
「え?ああ、はい…」
とりあえず二人に中へ上がってもらいます。
「うわっ!?師匠たち、なんで!?」
「まさかのタイミングよね…」
リビングに二人を通すと、良すぎるタイミング(僕たちが二人を泊めることを了承したタイミング)で現れた二人に対して驚きの声が上がりました。
「タネ明かししましょうか。ヴェクさん、少し背中を向けてください」
「え、あ、はい」
ファルさんに言われるまま、僕たちに背を向けるヴェク。すると…?
「ああっ!お兄ちゃん、服が!」
「え、何があるんだマリィ!?」
服の一部に妙な歪みができていました。おかげで服がかなりめちゃくちゃに見えます。
「大丈夫ですよマリィさん。《空間閉鎖》、この歪みから声をわたくしたちの場所に送ってもらいました」
「要するに盗聴器みたいなものね」
「はい、その通りですカティさん」
「君たちのことだ、断るはずがない。だから家の前で待たせてもらった」
「客間ならたくさんあるからね。宝の持ち腐れ、こう言うんだっけ?」
「ありがとうございますアズラさん」
「感謝するぞ」
まあこの二人の登場で『あの話』からみんなの興味が逸れたので、ラッキーな気がします。
「それでアズラ。マリィとはどんな感じなんだ?」
…もう嫌だ…。
「はぁ…わかったよ。晩御飯にパーティーを開くから、その時に話すよ…」
「じゃあマリィが腕によりをかけて作りますね!」
「あぁ、私も手伝うわよ」
「わたくしも微力ながら協力いたしますわ」
みんなが集まったので、パーティーを開くのはいいのですが、『あの話』はしたくありません。
「…実は昨日も一緒に寝たのです」
「うわぁ…」
「それはそれは」
「ってマリィ!?違うからね!マリィが勝手に侵入して来たんだからね!」
…将来の妻は、勝手に現実を捏造して、嘘をつき始めています。…もう本当に嫌だ…いろんな意味で…。
「…はぁ…」
「アズラ様っ!ため息をつくと幸せが逃げますよ!」
誰のせいだよ誰の…。
まぁ、こんな日常ですが、十分に楽しんでいます。
…これですべての話が終わりました。本当に今までありがとうございました…って何言ってるんだろう、僕は。なんだか言わないといけない気がして…。
アズラ…ご存知主人公です。性格は初期設定通りに進みました。かなり流され易いですが根はしっかりした真面目な子です。…こんなところでいいでしょうか?かなり普通の子なので書くことが少なくて…。
マリィ…いつの間にかアズラくんの嫁になっていたちゃっかりヒロインです。兄であるヴェクと同じアズラくん大好き設定を施しました(ヴェクは当然兄を慕う弟ですよ?他意はありませんよ?)。ストーリー上でもっと積極的…具体的には下着姿くらいにしてもよかったかもしれないのですが…どうでしたか?
レム…アズラくんの契約精霊その1です。ストーリー上では触れませんでしたが、人型を嫌っています。それでストーリーでは人型になったことがありませんでした(今回人型になったのは都合上の問題です)。実は雷属性ではなく、炎属性の精霊でしたが(始めて錬金術で黄金の炎を付与したのはそういう理由です)アズラくんのイメージの問題で雷属性になりました。ちなみに風と土の上級精霊がいないのは、伝説上の生物を考えるのが面倒くさかったからです。名前くらい考えてあげればよかったかな…?
エリアス…アズラくんの契約精霊その2です。外見はきれいでグラマーなお姉さんですが、実年齢は…百歳オーバーです。上級精霊ですもの、いいですよね?上級精霊の設定を施したのはルケノと同じタイミングですが、存在は始めからしていました。契約は最後に思いついたからさせてみました。
レイカ…最強のお姉ちゃんです。死んだお姉ちゃん、の設定は物語最初期からありましたが、ここまで便利だとは思いませんでした。ちなみにストーリー上で断片的に明らかにしましたが、とんでもないブラコンです。生きていればマリィちゃんの天敵確定でしたね。死んだときの戦闘能力は一騎打ちで卒業時のアズラに普通に勝ちます。仲間って偉大ですね…。