学び舎の主たち
ファル視点の話です。
「…最近の魔物の動向は落ち着いています。これで今日の報告は終わりです」
「ご苦労様でした。定期調査、ありがとうございます」
「では、これで」
そう言って部屋を出ていく女性。
「…平和ですね」
わたくし、ファルと申します。由緒ある「アウレス魔術師養成学園」の教頭を務めさせていただいております。三年前の卒業式で、いきなり抜擢されてから、ずっとこの仕事を続けています。
三年前の戦いで、大きく減った生徒も、普通の人数に戻りつつあります。近頃は特に目立った問題はありません。…平和なことはいいことです。
「おいファル、最近退屈なんだが?」
…わたくしに話しかけてきたのは、この学園の最高権力者、学園長のヴァンです。わたくしと違い、平和よりも刺激を求めるタイプの人です。
「…そう言うと思っておりましたので、協会からの依頼を受けています。なんでも、凶暴な魔物の集団が現れたとか」
「…なるほど、世界のためにまた戦えると…」
「そんな大層なものではありません。普通の依頼ですわ」
「…ノリの悪いやつめ…。で、今特に問題は…」
「ヴァンが溜め込んだ書類の整理、くらいですね」
「ぐ…それは…「依頼、受けたいならさっさと終わらせてください」…わかったよ…」
この学園長、交渉のような対人手腕はあるのですが、作業のようなことは苦手のようで苦労しています。もっとも、出会って七年、わかっていましたが。
ヴァンが書類の整理のために作業部屋に引っ込むと、一人の先生が部屋に入ってきました。
「失礼します。すみません、立ち聞きするつもりはなかったんですけど、ファルさん、また下界に?」
「あ、ユウ先生。協会から名指しで依頼が来ていて…」
「そうですか、では留守は任せてください」
「はい、お願いしますね」
この若い女の先生はユウ先生といって、学園を卒業してすぐに教師として就職しました。かなり優秀で、今は教務主任をやっています。
わたくしたちも、若くして学園長や教頭といったたいそうな役割に就いていますが、ほかの先生方の協力もあって、なんとかやってこれました。
「あ…じゃあ特別授業はキャンセルですか?」
ユウ先生の言う特別授業とは…要するに、ヴェクさんやマリィさんに教えていたことを見込みのある数人の生徒に教える、ただそれだけの授業です。…授業の倍率はとても高くて、競争率は凄まじいらしいですが。
「明日でしたね。学園長の書類の整理があるので、すぐには発てませんから大丈夫です」
「わかりました。あ、あたしは明日の準備があるので、これで」
そう言って部屋を出るユウ先生。
「………」
…退屈ですね。もう夕方、わたくしの仕事はもう済んでいますので、やることがありません。…先に小屋に戻っておきましょうか。
「…おいファル…どうして先に帰った…」
「ああ、お帰りなさいヴァン」
もう日も完全に暮れた八時ごろ、ヴァンはわたくしたちの小屋に帰ってきました。仕事を始めたのは五時ごろ、ざっと見積もって五時間あれば終わる量でしたので、明日の午前中も仕事ですね。
「わたくしはあそこにいる意味はなかったので。明日の荷造り…といってもたいした量ではありませんが…は済ませておきましたわ」
「…手伝っては…「甘やかしませんわよ。学園長といった職に就いた以上、自分の仕事は自分で片付けてくださいな」…はぁ…」
…もう少し学園長としての自覚を持ってほしいものです。
で、翌日です。
「はい、今日はこの辺りにしておきましょう。お疲れ様でした」
『ありがとうございました!』
今日の特別授業は終わりました。ヴァンは書類の整理ですので、わたくし一人でした。特に問題はありませんでしたが。
「…やっと終わった…」
「お疲れ様ヴァン。お茶飲んで一休みしたら出発しますよ」
「…紅茶…濃いめで頼む。…砂糖も多めで…」
「わかりましたわ」
そして小屋に戻ったわたくしたちでしたが…。
「…あらら、水がなくなっていますわ」
「…三年前エリアスにもらった水がか?」
「はい。…どうします?」
三年前、アズラさんと契約したので、エリアスはこの学園を去りました。水を定期的にもらっていたわたくしたちがエリアスに言うと、しばらくは水に困らないようにと水瓶ごと大量の水をくれました。その水をいままで使っていたのですが…ついに底をついてしまったようです。
「…エリアスはまだアズラのところだろう?」
「そうですね。仕方ありません、水道水で我慢…あら、お客さんですわ」
わたくしが妥協しようとしたその時、小屋のドアが鳴らされました。出るとそこには…?
「おっ、ファル教頭。刀の調子はどうだい?」
「ルケノさん!おかげさまで問題ありませんわ。どうぞお入りください」
お客さんは、火の上級精霊、ルケノさんでした。封印の災厄戦の際、折れてしまった次元の修理を頼んで以来、ときどきアフターサービスと言って小屋を訪ねてきてくれます。
「なんだ、ルケノか。今、茶なら出せないぞ?」
「なんでだ、ヴァン学園長?」
「あのお茶、エリアスからもらった水で煎れていたのですが、ちょうどなくなってしまいまして…。あの水でないとあの味は出せないかと…」
一度、横着して普通の水で煎れてみたところ、不自然しか感じないお茶になってしまいました。
「…マジか!?…スイの水じゃダメなのか?」
ルケノさん、どうにも紅茶がお気に入りらしく、アフターサービスついでに飲みにきます。
「「…スイ?」」
「おや?あんたらスイのこと知らないのか?いいや、ついて来な」
そう言って小屋からでるルケノさん。
「精霊の泉だ。行くぜ?」
どうやらスイさんは、エリアスの元居た地域、精霊の泉にいるそうです。
で、たどり着いたのはエリアスのいた泉でした。
「おーい!スイ坊や、いるか?」
「んん…ルケノおじさん、どうしたの…?」
ルケノさんが呼ぶと、泉から眠そうな目をした外見年齢十代前半の少年が現れました。
「…ルケノおじさん、この綺麗なお姉さんたちは?」
「おれにはおじさんなのに、こっちはお姉さんなのかよ…まあいいが。このお姉さんたちはこの学園で一番偉い人だ。エリアスおばさんの…友達でいいか?」
友達という関係が正しいかはわかりませんが、親しく付き合っていたのは事実です。
「ええ、構いませんルケノさん。はじめましてスイ君、わたくしはファルです。スイ君のおばさんにはお世話になりました」
「スイ、わたしはヴァンだ。よろしく頼む」
「よろしくね、ファルお姉さん、ヴァンお姉さん」
「で、この二人はここの水がほしいらしい。スイ坊や、渡してやってくれ」
「うん!…はい、これでいい?」
「ありがとうスイ君」
「えへへ、それでルケノおじさん、今から遊んでくれるの?」
「おれは大丈夫だぞ。あんたらは…?」
「あ…ごめんなさいねスイ君。わたくしたち、下界に用があってもうすぐ学園を発たなければいけないの…また今度でいい?」
「そうなんだ…。じゃあまた今度遊ぼうね!」
「はい、また今度」
そうしてわたくしたちは小屋に戻りました。
「では出発します。ユウ先生、留守はお任せしますね」
「はい、任せてください!」
「では行く…「あ、学園長!」…どうした?」
出発しようとしていたところに、シェル先生が入って来ました。
「最近流れている噂なのですが、ミランダ先生と、ジャラクさんが妙な研究をしているとか…」
「…あの二人ですか…。戻って来次第、迅速に片付けますので、監視をしっかりしておいてください。万が一の時は、実力行使でも構いません」
「わかりました。ではいってらっしゃいませ」
「はい、行ってきます」
「じゃあな、学園は任せた」
「…もう夕方ですか…」
「依頼は明日だな。協会の近くは宿が少ないから困る」
「…どうしましょうか?」
「…そういえば近くにアズラの家があったな。そこに泊めてもらうというのはどうだ?けっこうな豪邸らしいし」
「…少々気が引けますが、仕方ありませんね。では、行きましょう」
これでわたくしたちの話はおしまいです。
もしかすると、また会うことがあるかもしれません。その時は、何卒よろしくお願いいたします。
ヴァン…いわゆる最強キャラとして設定しました。ストーリー上ではアズラくんと二度戦い、二度負けていますが、それは変則ルールだったからです。実力ではアズラくんをはるかに凌駕します。かなりの美人設定にしたのですが、ほとんど役に立ちませんでした。
ファル…お姉さんキャラです。力押しのヴァンと華麗なファル。性格も上手く噛み合ったと思うのですがどうでしょう?ヴァンと違い、美人設定がかなり役立ちました(アイドルのような立場だったあたり)。ちなみに刀で空間を切り裂くのはゲームの引用です。なんのゲームとは言いませんが、お姉さんキャラではありません。ちっちゃい子です。
ルケノ…炎の上級精霊です。初期設定では、上級精霊は雷のレムだけを登場させて、残りは名前だけとかにしようと思ったのですが、エリアスと同時期に上級精霊化が決定しました。初期はドラゴン(ニ足歩行です)の姿で、人型にはなりませんでした。
ユウ…普通の人です。五章の都合の問題で登場させて、そのまま消えるかと思っていたのですが、思いの他出番が増えました。