婚約破棄された傷もの令嬢は王太子の側妃になりました
あれは、アカデミーの卒業パーティーでの出来事だった。
「ロゼッタ・ブロムヘキシン! お前との婚約は破棄する!」
私は婚約者に、大勢の目の前で婚約破棄を告げられた。
婚約者の腕にはピンクの髪色をした令嬢がへばりついている。
子供の頃からの婚約者だが、ここ10年位まともに話したこともない。
もちろんエスコートしてもらったことも、プレゼントをもらったこともない。
爵位は同じ公爵家の令息だが、内情はかなり苦しいらしく、うちと縁続きになって助けて欲しかったようだ。
しかし、婚約がなくなれば援助もなくなるのに、こいつわかっているのか?
「婚約破棄は別にかまいませんが、理由をお聞かせ下さいませ」
「真実の愛を見つけたのだ!」
真実の愛?
馬鹿かこいつ?
恋愛小説の読みすぎだな。
「左様ですか」
「それに、お前がこのミアに嫌がらせをした事は明白だ!」
「お言葉ですが、何のことだか分かりかねますわ。ミア嬢とは今初めてお会いしました」
本当に私は何のことだかさっぱりわからない。
「ロゼッタ様ぁ~。罪を認めて謝罪してください~。そうすれば私は許しますぅ。ロゼッタ様を許してくれるようにお願いしますぅ」
何の罪を認めろと?
語尾を伸ばすな! 気持ち悪い!
私はブチ切れた。
「どのような罪を認めろと仰るのですか? 証拠はありますか? まさかミア嬢の証言だけで私が嫌がらせをしたと仰っているのではないでしょうね? 私が嫌がらせをした現場を見た目撃者はいるのですか? いるなら、この場に連れてきてくださいませ!」
「見ました! 私は見ました」
ナリス伯爵家の次男か。
「それはいつですか?」
「何度も見たので日にちまでは覚えてない!」
「私も見た! ミアを噴水に突き落としていた」
サン侯爵家の三男か。
「私がですか? 見間違いではなく?」
「あぁ、お前だ! 見間違うはずもない!」
こいつら馬鹿か?
私はこの1年、隣国に留学していたので、今日の卒業式とパーティーにしか顔を出していない。
「私はこの1年の間、隣国に留学しておりました。留学前に卒業試験は受けていて卒業資格はいただいておりますので、今年は1日もアカデミーには登校しておりませんわ。入国記録でもなんでもお調べになるとよろしいかと」
「隣国から命令して手の者にやらせたのではないか」
「先程、見間違うはずもない、私だとおっしゃったではありませんか」
「……」
「校長、今のやりとりご覧になられておりましたわね。証人になって下さいませ」
「承知した。ブロムヘキシン公爵令嬢がこの1年の間、本校に登校していないことは私が知っている。それゆえに嫌がらせなどできるわけがない」
校長ナイス!
「校長、ありがとうございます」
私は校長に頭を下げてから、馬鹿者たちに向かいあった。
「私はスマット公爵令息と婚約破棄いたしますわ。もちろん不貞を働いたスマット公爵令息の有責でです。慰謝料を請求いたします。真実の愛であったにしても婚約解消をしてからお付き合いするべきではありませんか? それなのにありもしない罪をでっち上げ、陥れようとなさるなど言語道断ですわ」
スマット公爵令息は青い顔をしている。
「そして私の名誉を毀損したナリス伯爵令息とサン侯爵令息、ルリット男爵令嬢にも慰謝料を請求いたします」
「そう言うことだ。スマット公爵令息、並びにナリス伯爵令息、サン侯爵令息、ルリット男爵令嬢は追って沙汰を待つように。さぁ。邪魔が入ったがみんなは卒業パーティーを楽しんでくれ」
アカデミーの校長をしている王弟殿下が話を締めてくれた。
スマット公爵はお父様に頭を下げているなぁ。馬鹿息子がやらかすとは思ってなかったのだろう。
「ロゼッタ様、素敵でしたわ。みんなあの女には手を焼いておりましたの」
「スッキリしましたわ。さすがロゼッタ様」
友人たちは口々に言う。
そんなひどい女だったのか?
「私も婚約破棄いたしますわ。あんな男と結婚したくありませんもの」
「私もですわ」
ナリス伯爵令息の婚約者とサン侯爵令息の婚約者か。
「それがよろしいわ。1度不貞をなさる方は何度でもなされますものね」
私は扇子で口元を隠しふふふと笑った。
◇◇◇
お父様から呼ばれた。ろくな話じゃないだろう。あ~めんどくさい。
仕方がないので執務室の扉を叩いた。
「ロゼッタです」
「入れ」
返事が聞こえたので扉を開け中に入ると、お父様は何やら難しい顔をしている。
「お話とは何でしょうか?」
「はぁ~っ」
話をする前からため息をつくな!
「実はな、王家からお前に王太子の側妃にならないかと打診があった」
「側妃ですか?」
「そうだ、王太子殿下の側妃だ。王太子妃と結婚して2年になるがまだ子を生さないので側妃を娶ることになったそうだ」
王太子といえば、2年前に友好国の王女と結婚したはずだ。王女は身体が弱く、公務にほとんど顔を出さないと聞いたことがある。確かに夜会などでも王女の姿は見たことがない。
「それでなぜ私なのですか? 公爵令嬢が側妃だなんて聞いたことがありませんわ」
「まぁ、普通はないわな。しかし、お前は婚約を破棄された傷者令嬢。しかも18歳で同じ年頃の身分の釣り合う子息達はすでに婚約者がいる。老人の後添いになるか、訳ありの者しか娶ってくれないだろう」
確かにそうだな。傷物令嬢なんて誰も娶りたくないだろう。
「しかも、おとなしく婚約破棄されていれば良かったものの、あの場であの者たちをやり込めて叩きのめしたであろう。正しいのには間違いないが、怖いとみんなに認識されてしまったのだ」
「冤罪で貶められるよりは、怖がられた方がましでしょう。慰謝料もがっぽりいただけましたし」
私は悪役令嬢っぽくニヒっと笑った。
「確かに冤罪だと証明できたし、慰謝料は沢山入ってきたから、嫁になど行かなくても構わないのだが、王家からの申込みでは断ることはできないのだ」
「打診ですわよね?」
「打診でも、命令みたいなものだ」
上手いこと言って厄介払いをするつもりなのだろう。
「お父様、正妃がいる以上、側妃は子供さえ産めばあとは何もしなくてよろしいですわよね?」
「まぁ、そうだな」
これ、ラッキーかも?
好きでもない男と閨をともにするのはいやだけど、貴族なんてそんなものだ。王太子殿下には小さい頃に遊んでもらったこともあるし、生理的に我慢できないわけじゃない。
変なじじぃの後妻になるなら王太子の側妃ありかも?
とりあえずひとり子供を産めばあとは無罪放免。好きなことをしても文句は言われないだろう。
良い! 側妃良いわ!
「お父様、側妃になりますわ」
「えっ? 正気か?」
「正気ですわ。縁続きになればブロムヘキシン公爵家にもよろしいでしょう?」
お父様は娘の慰謝料で大儲けし、その上王家とも縁続きになる。
万々歳だろう。
側妃なら気楽そうだしなぁ。
今更公爵令嬢のプライドなんてないし、貰い手がないから側妃になったなんて言われてもどーってことはない。
なってやろうじゃないの側妃。
いやぁ、なんだか面白くなってきたかも?
◆◇◇
側妃でも挙式をするなんてびっくりした。挙式には正妃は参列するのだろうか? 私が正妃なら嫌だ。
そもそもいくら子供ができないといってもまだ2年。それなのに側妃を持つなんて普通ならあり得ない。王家だから仕方ないのか?
私が正妃だったら離縁する。
遠い国からわざわざお嫁に来たのに大事にしてないのだろうか?
王家は情無しなのか?
私は子供の頃、王太子殿下には何度か遊んでもらったような記憶がある。
8歳年上で、優しい人だった気がするが思い違いかな?
確かあの時「外国に行くんだ。戻ったらまた遊ぼう」と言っていたような気がするが、いつ戻ってきたのか知らない。
私があの馬鹿男と婚約したので遊べなくなったのかもしれないな。
まぁ、昔のことだ。
「ご無沙汰しております。ロゼッタ・ブロムヘキシンでございます」
私は得意のカーテシーで挨拶をした。
「頭を上げて下さい」
低いが柔らかい声に頭を上げた私は目の前にいるその人を見て驚いた。
「セオドア・ファン・カモスタットです」
クマだ! いやゴリラ? やっぱりクマだ。
よく見ると顔は精悍な感じのイケメンだな。ダークブロンドの髪に濃いグリーンの瞳。
しかし縦にも横にも大きく厚みのあるクマのようなゴリラのような身体。
今時はすらっとした中性的な細マッチョがもてはやされる時代。
このゴリクママッチョは令嬢受けしないなぁ~。
子供の頃はゴリクマじゃなかったような気がするのだが、私、誰かと勘違いしてるのかな?
私があまりにもじっと見すぎたせいか、目の前のゴリクマも固まっている。
「何か?」
「いえ、あまりにも大きくていらっしゃるので驚きました」
「大きな男は嫌いでしょうか?」
はぁ? そんなこと聞かれてもなぁ。どちらかと言えば好きだが、どう答えようか。
ゴリクマは大きな身体で項垂れている。
「やっぱり嫌いですよね」
私はニッコリ笑ってみた。
「どちらかと言えば好きです」
思わず本音が口から出た。
「「「良かった!」」」
ゴリクマ含めて側近方からも安堵の声が上がる。
ゴリクマが急に立ち上がった。やはり半端なくデカい。
私の目の前に来て。なぜか片膝を突いた。
「ロゼッタ嬢、私と結婚してください」
いやいや、側妃だろ?
私は正妃じゃなくて側妃なのよ。しかも拒否権はないんでしょ?
何これ?
仕方ないな。付き合うか。
私はゴリクマの手をとった。
「よろしくお願いいたします」
「「やった~!!」」
何ごと? 側近方も大喜びしている。
そんなに側妃が欲しかったのか?
えらいところに来てしまったような気がする。
私はゴリクマの側妃になると言ってしまったことを少し後悔した。
私はそのあとゴリクマの両親に挨拶することになった。
両親とは国王陛下と王妃様だ。国王陛下は愛妻家で側妃などいない。
王妃様、息子の側妃なんていやじゃないのかしら?
いじめられたら嫌だな。
「王国の太陽であらせられま……」
「そんな堅苦しい挨拶はしなくていい。ロゼッタ嬢、この度は申し訳無かった」
えっ? 国王陛下は何を謝っているんだろう? 私は陛下に謝られることなんかないはずなのに。
私はどう返事をすべきか迷っていた。
国王の隣にいた王妃様がいきなり私の手をとった。
「本当にごめんなさいね。公爵令嬢のあなたに側妃になれだなんて。プライドが傷ついたわよね」
その謝罪か。そんなのいいのに。
「いえ、私は婚約破棄された傷ものですわ。お気になさらないで下さいませ」
「傷ものなんて言ってはダメよ。そんな事を言う人がいたら不敬罪で処刑するわ」
いやいや、王妃様、そんなことで処刑したら大量殺人になるわ。
王妃様は私の手を握ったまま話を続ける。
「ここに嫁いできたら私のことを本当の母だと思って頼ってくれていいのよ。あなたに危害を加えるものは私が許しませんわ」
「ありがとうございます」
よくわからないけど、とりあえずお礼は言っておこう。お礼の言葉は大事だからね。
この縁組は王妃様の肝入りなのかしら? めっちゃ私の事を大事にしてくれそうだ。
正妃様との嫁姑関係がうまくいってないのかな? やはり他国の王女が嫁ぐって難しいのかもしれないな。
まぁ、私なら臣下の娘だし、お父様と陛下は遠い親戚みたいなものだし、やりやすいのかもね。
私はただの側妃だから、陛下や王妃様と関わり合いにならなくてもいいはずなんだけど、私の認識間違ってる?
私が戸惑っていると、陛下が助け船を出してくれた。
「ロゼッタ嬢が困っているだろう。それくらいにしなさい」
「そうですわね。嬉しくて舞い上がってしまいましたわ。テディ、ロゼッタちゃんに辛い思いをさせたら私が許しませんからね。ロゼッタちゃん、またゆっくりお茶会でもしましょうね」
ロゼッタちゃんって言われたよ。もう18歳なのよ。高飛車だし、怖いから縁談が来ないと言われた私をロゼッタちゃんって? 喜んでいいよね。王妃様には好かれているようでよかった。
ゴリクマはテディと呼ばれているのね。確か名前はセオドアだったかな。だからテディか。なるほど。
私はまた頭の中で色々考えていた。
「ロゼッタ嬢。婚儀は大聖堂で行う。ドレスは王家が用意するが、テディやグレイスに希望があれば伝えてほしい」
国王陛下の発言に驚いた。
「大聖堂でございますか? 私は側妃でございます。そのような立派な式など必要ないかと」
正妃ならともかく側妃なんだよ。大体側妃と結婚式をすると言うだけでも驚いたのに大聖堂だなんだなんて。普通、側妃ってそんな豪華な結婚式をするの?
私の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされた。
「この国は側妃も大聖堂で挙式し、馬車でパレードを行うとのが決まりだ。そんなに恐縮することはない」
へ? パレードは嫌だ。
パーティーの婚約破棄騒動で晒し者になったのに、その上パレードだなんて。
「申し訳ございません。パレードは何卒お許し下さいませ。お願いでございます」
「そんなに嫌か?」
「はい。申し訳ございません」
国王は私が何で嫌なのかわかっていないようだ。
王妃様が口を挟んだ。
「ロゼッタちゃんが嫌ならパレードはやめましょう。陛下、テディ、いいわね」
どうやら、陛下より、ゴリクマより王妃様が強いようだ。お願いは王妃様にしよう。
挙式は半年後に決まった。
側妃なのに、王太子妃教育もするそうだ。
王妃様は「簡単にサラッとね」と言っていたが、何をするんだろう? 執務や公務もないだろうし?
この時の私は側妃を気楽に考えすぎていた。
◇◆◇
王太子妃教育が始まったが、生まれた時から公爵令嬢だった私にはどうって事ない勉強だった。
マナーやダンスも得意なのよ。留学してたから外国語も話せるし、特に習うことは何もないのよね。
「さすがブロムヘキシン公爵家のご令嬢ですわ。もうお教えすることなど何もございません」
どの先生にもそう言われた。
今日はゴリクマとのお茶会だ。
王太子妃教育を終え、お茶会の会場に向かう。
ゴリクマは先に来ていた。白いシャツに黒いトラウザーズ姿だ。シャツにはフリッとした飾りが襟のところについているが、ゴリクマにフリフリは似合わないな。
「ロゼッタ嬢、今日は来てくれてありがとう」
「お誘いありがとうございます」
王太子妃教育のついでなんだけどね。
「あの……その……」
なんじゃらほい?
「え~っと……」
はっきりせんかい!
「何か仰りたいことがございますの?」
「はい!」
ゴリクマは勢いよく立ち上がった。
「ロ、ロゼッタ嬢、ロゼと呼んでもいいでしょうか?」
へ? そんなことか。
「もちろんですわ」
私はザ・貴族令嬢のアルカイックスマイルを見せる。
ゴリクマさん、なんでそれくらいで額に汗してるの?
「わ、私のことはテディと」
テディと呼べってか?
「テディ様?」
「はい!」
「お座りになって下さいませ、さっきからずっと立っていらっしゃいますわ」
「そうでしたね」と言いながら汗をふきふきゴリクマ……もといテディ様はやっと座った。
よくよく考えてみればふたりで話したのは大人になってからはこれが初めてかもしれない。
前の顔合わせの時は陛下や王妃様がいたし、テディ様は無口なのだろうか?
「テディ様は無口でいらっしゃいますの?」
不躾だが話すことも特に無いし聞いてみた。
「そういうわけでは無いのですが、緊張してしまって……」
「私が怖いですか?」
「いえ、むしろ可愛いです」
はぁ? 何を言ってるんだ?
ほれ、側近方も肩を震わせてるよ。
「可愛い? 初めて言われましたわ」
「そうなんですか? こんなに可愛いのに。みんな見る目がないんですね」
いやぁ、可愛い? 可愛いなんて言われたことないし、自分でも可愛いとは思えない。嬉しいが背中が痒くなりそうだ。
「ありがとうございます」
とりあえずお礼を言っとこう。
テディ様は顔を赤らめて頭をかいている。少年か!
確か私より8歳年上なので26歳のはずだ。妻もいるくせに小娘相手に何をはにかんでいるのだろう?
話が続かん。どうしたもんか?
私は紅茶をひと口飲んだ。
「お茶美味しいですわね」
「あっ、よかったら菓子もどうぞ」
会話の全く弾まないお茶会はもう少し続いた。
何か喋ってくれよ~!!
◆◇◇
ウェディングドレスも出来上がってきたと連絡を受け、試着の為に登城した。
側妃なのにこんなゴージャスなドレスを着て大丈夫なのだろうか? 正妃様は気を悪くしないだろうかと思う。
もしも、私は正妃で夫が側妃を娶ることになったらそれだけでぶち切れるだろう。
大聖堂で豪華なドレスを着て婚姻式だ? 舐めとんのか! この泥棒猫! と怒鳴り込むだろう。
私は正妃様に会いたかった。会って話をしたかった。敵意がないことを伝えたかった。
何度も会いたいとお目通りを願い出たのだけれど、会わせてもらえなかった。
やはり、側妃になんて会いたくないわな。体調が悪いので離宮にお住まいだと聞いているが、どの離宮だかも教えてくれない。
みんなは正妃様の話をすると何故かはぐらかす。
余程私に会いたくないのか? それとも会わせたくないのか?
私は式を挙げて王宮に入る前にどうしても会いたいとテディ様に言った。
「どうしてもお会いしてご挨拶がしたいのです」
「無理だ」
「そこをなんとかお願いします」
「正妃には会えない」
「どうしても会わせていただけないのなら挙式は致しません」
テディの顔色が変わった。何か隠している。ひょっとして正妃様の病が重いのか?
「病が重いのですか?」
「……」
テディ様はダンマリを決め込む。
私たちの間には、また沈黙が流れた。
「ロゼを必ず幸せにすると誓う。だから私を信じて欲しい。頼む」
テディ様は大きな身体を折りたたむように私に頭を下げた。
「わかりました。もう言いません。私は波風を立てたくないだけです。正妃様に敵意を持っていないことを解っていただきたかったのです。だって、テディ様を取られたと誤解されて命を狙われたりしたら嫌ですもの」
折りたたんだ身体を持ち上げて、テディ様は驚いた顔で私を見た。そして私の手を掴んだ。
「そんなことは絶対させない。ロゼのことはこの命をかけても守る」
重いし痛いわ。命をかけられても困る。
「痛いです」
抑揚なく言ってしまった。
テディ様は驚いて手を離した。
「すまなかった。力加減がよく分からなくて……申し訳ない」
そう言ってまた身体を折り曲げた。
力加減がわからないって、まるで女性にあんまり触る機会がないみたいに言う。
奥さんいるんだよね。しかも病気だし、お見舞いに行ったりしたら、手を握ったりしないのかな?
もう長いこと会ってないのかもしれないな。
正妃様なんだか気の毒だわ。
私はウェディングドレスを試着しながら正妃様のことを考えていた。
▽▲▽
いよいよ明日は挙式だ。
この半年間毎日のように王宮に通ったなぁ。結婚した後は私はこの王宮に住む。
引っ越しも終わったが正妃様が離宮に住んで側妃が王宮って大丈夫なのか? しかも部屋はテディ様の隣。真ん中にどちらの部屋からも行ける寝室がついている、貴族の屋敷では普通の作りの部屋だ。
明日の式には正妃様の国から次期国王になる正妃様のお兄様が来るそうだ。
妹を蔑ろにしている我が国にクレームつけたりしないのかしら?
ちょっと心配になった。
「義姉上、おめでとうございます」
明日の確認に王宮に来ている私に義弟になる予定のマクシミリアン殿下が挨拶に来てくれた。
テディ様とマクシミリアン殿下は同じ王妃様から生まれた正真正銘兄弟なのだが、見た目があまりにも違う。
兄のテディ様は迫力のあるゴリクマなのだが、弟のマクシミリアン殿下は金髪碧眼で細マッチョ、雰囲気も柔らかく優しい。まさにキラキラの王子様なのだ。
まぁ、目を凝らしてよくよく見てみると顔自体は似ていないこともないが纏う雰囲気があまりにも違うのだ。
マクシミリアン殿下の年齢はテディ様より4歳下の22歳。まだ婚約者がいないのでめちゃくちゃモテる。私の学生時代の友人達も皆、マクシミリアン殿下のファンだった。
「ありがとうございます」
とりあえずお礼を言っとこう。お礼は大事。
私はそれほどキラキラ好きではないので特にときめかない。
「私が義姉上と話すと兄上の機嫌が悪くなるのですが、お祝いくらいなら大丈夫でしょう。兄上は本当に狭量で困ったものです。うっとうしかったらいつでもおっしゃって下さいね」
狭量? なるほど、テディ様は正妃様のことが好きすぎて離宮に閉じ込めているのかもしれないな。
ヤンデレか?
どこにも行かせない、誰にも見せたくない。とか。
仕方がないので側妃を娶るという訳か。
「大丈夫ですわ。狭量どころかテディ様は無口で必要なこと以外のお話はされないので、どうもわかりにくくて困っておりますわ」
ほほほと貴族令嬢らしく微笑んだ。
「兄上が無口? 本当ですか? いやあり得ない。それは兄上になりすました別人ではないのか?」
マクシミリアン殿下は腕組みをし、首を捻る。
「兄上は決して無口ではないですよ」
「では、私がお嫌いなのかしら? なかなか話してくださいませんの」
「いや、それはないです。この婚儀は兄上のたっての希望ですよ」
そうなのか? 訳がわからないな。
「もしかして、正妃様からあまりお喋りしないで欲しいとかおっしゃられているのかしら?」
「それはないです」
間髪を容れず否定の返事がきた。
せっかくなんで正妃様の事を聞いてみようかな。
「明日の式には正妃様のお兄様がおみえになると伺ったのですが、側妃を娶るなど気を悪くされませんでしょうか?」
「なぜ、気を悪くするのですか? むしろ申し訳なく思っていらっしゃるようですよ」
あっ、子供ができないから不本意だが、側妃も仕方ないと思っているかも。
「正妃様にご挨拶したいとテディ様に何度も申し出ているのですが、必要ないと言われてしまうし。恨まれないように友好関係を築きたいのに」
マクシミリアン殿下ははははと笑う。
「大丈夫ですよ。正妃様のことは兄上から話をすると思います。兄上は余程、義姉上を逃したくないのだな」
ん? 何を言っているんだ?
「噂をすれば、兄上が来ましたね。私と仲良く話をしているので焦っているのですよ」
マクシミリアン殿下は悪い顔をして笑う。
「本当に兄上は狭量だなぁ。あっ、義姉上、私のことはマックスとお呼び下さいね」
ウインクされた。
「マックス!」
本当にテディ様は凄い勢いで走ってきた。
「兄上、どうされました? 私は義姉上にお祝いの言葉をお伝えしておりました。兄上もおめでとうございます。では、姉上、またゆっくりお話いたしましょう」
ヒラヒラと手を振りながら行ってしまった。
「ロゼ、マックスとは仲が良いのか?」
「いえ、特には。初めてお話したかもしれませんわ」
確かにそうだな。接点もないし。
「マックスとは何の話を?」
「結婚のお祝いを伝えられました」
「それだけ?」
「はい、それだけですわ」
「そうか」
まぁ、狭量だとか、正妃様の事とかも話したけど、それはいいか。
「マックス様と話してはいけないのですか?」
「いけなくはないが、その……あいつは……見目麗しいので」
見目麗しい?
「ふふふ、私はテディ様の方が素敵だと思いますよ」
ちょっと持ち上げたら、テディ様は固まってしまった。
からかわれたと思ったのかな。
まぁ、どちらかと言えばキラキラ王子よりゴリクマの方が好きだな。
テディ様が無言で手を差し出した。エスコートしてくれるのかしら?
私はアルカイックスマイルをしてテディ様の手をとった。
▲▽▲
婚姻式の日は抜けるような青い空だった。
朝早くから王宮からの迎えの馬車が来た。侍女のニコルとともに乗り込む。ニコルは私が子供の頃から私の侍女をしてくれている。姉のような存在だ。嫁ぐ私についてきてくれることになっている。
王宮に到着するとテディ様が出迎えてくれた。
「ロゼ、おはよう。来てくれてありがとう」
ぎゅっとハグされた。
痛い、骨折れるんじゃない? 刺客よりテディ様の方が怖いかもしれない。
「テディ様、痛いです。骨が折れてしまいますわ」
私の声に慌てて身体を離した。
「すまない。嬉しくてつい」
しゅんとしているテディ様は何だか可愛い。
「姉上、おはようございます。今日もお美しいですね」
キラキラ王子も登場だな。
「兄上は長年の思いが叶って感無量なのです。どうか大目に見てやって下さい。兄上、ハグはもっと優しく柔らかくしなければいけません。気をつけてください」
マックス様に叱られテディ様は益々しゅんとする。
仕方ない。私はテディ様の側に行き、手をとった。
「大丈夫でございます。私はこう見えて骨が太いのでそう簡単には折れません」
元気付けるつもりだったのに逆効果だったかしら?
テディ様は申し訳なさそうに微笑み
「また後ほど」と言ってどこかに行ってしまった。
正妃様のところへ行ったのかな? それもなんだかもやもやするなぁ。
そんなことを忘れるくらい、それからの私は大変だった。
侍女たちにこれでもかと言う程、磨き上げられる。髪を結い上げられ、お化粧をされ、コルセットをぎゅうぎゅうと締め上げられ、レースや刺繍で飾られた真っ白なウエディングドレスを着た私は絶世の美女になった。
しかし、何度も言うけど、側妃だよ。私は側妃。これって王太子だから側妃だけど、一般貴族や平民なら愛人? 妾? だよね。女の敵だよ。
私が正妃だったら、側妃を娶るなんて言われたらぶん殴って離縁してやる。
きっと体の弱い正妃様は今頃離宮で泣いてるんだろうな。
あ~、良心が痛むわ。
日陰者なんだから、ひっそりこっそりでいいのに、こんな華やな結婚式してくていいのに。
嫌だなぁ。暗殺されちゃうんじゃないのかな?
きっと殺したいほど憎いよね。
「はぁ~っ」
私はやたら大きなため息をついた。
「お嬢様、花嫁がため息なんかついてどうしたんですか?」
侍女のニコルが突っ込んでくる。
「花嫁って言っても正妻じゃないのよ。こんな豪華なドレス着て、大聖堂で式なんてしなくていいんじゃないの。きっと正妃様の刺客に殺されるわ」
「何、馬鹿な事言ってるんですか。王家は一夫多妻ですよ。たまたま今の国王が1人しか娶らなかっただけです。側妃はちゃんと認められています。それに自分で行くと返事をされたのでしょう? お嬢様、往生際が悪いですよ」
まぁ、そうなんだけど、なんかね~。一応マリッジブルーと言うことにしておこう。
テディ様が迎えにきた。
「ロゼ、綺麗だ」
さっき凹んでいたテディ様はそう言うと顔を真っ赤にしてモジモジしている。
「テディ様も素敵ですわ」
とりあえず言っとこう。ガタイがいいので正装はバッチリ決まる。
いよいよ婚姻式だ。
もう腹を括るしかない。
豪華絢爛な婚姻式も終わり、これまた豪華絢爛な披露の夜会が始まっている。
なんだか玄関辺りが騒がしい。騎士達がバタバタしている。なんだろう?
どうやら玄関ホールで騒いでいたのは私の元婚約者の元スマット公爵令息、元ナリス伯爵令息、元サン侯爵令息のようだ。3人は廃籍され、平民になった途端に男爵令嬢のミア嬢から切られたらしい。
真実の愛ってそんなもんなのか?
「ロゼッタを出せ! あいつのせいで私たちはこんな目にあったんだ。あいつに私たちは悪くないと言わせる! 復籍して、ミアと復縁するんだ!」
3人は追い出されたようだ。王家からそれぞれの家に抗議書が送られるそうだ。そうなると復籍は難しいだろうな。
それにしても、あの3人は、復籍したらまたミア嬢と仲良くできると思ったのだろうか? 馬鹿だな。
呆れ顔のテディ様は国王陛下とシンバレッド王国の王太子殿下と話があるからと言って席を外した。
私はそろそろ初夜の準備とやらで部屋に戻るらしい。今日は朝から疲れた。できれば初夜はやめてほしいな。
私は王妃様に声をかけてひと足に部屋に戻ることにした。
「王妃様、今日はありがとうございました。お先に失礼いたします」
「そうね。テディはまだ話をしているのね。今日は人の出入りが多かったから部屋まで護衛をつけるわ」
護衛か。大丈夫だけど、せっかくだしそうしてもらおう。
「ありがとうございます」
私がそう言うと王妃様は侍女を呼び、護衛をつけてくれた。
私とニコルは部屋に向かっていた。
「お嬢様、今日はお疲れ様でした。今からがっつり磨きますよ! 今日は大事な初夜ですからね」
ニコルよ、なぜそんなに張り切っている?
あれ? 私の部屋ってこんなところだったかな?
今日は初夜だから違う部屋なのかしら?
先頭を歩く護衛について行っていたのだけれど、何か違和感を感じた。
「お嬢様、なんだか変じゃありませんか?」
ニコルが小声で話しかける。
「そうね、何かおかしいわね」
護衛が急に立ち止まる。
「この辺でいいんじゃないか」
ん? なんだ?
私たちの周りを男たちが取り囲む。
こいつら、どうやって中に入ったんだ?
「お前のせいで私たちはミアに嫌われたんだ。お前の親父に私たちを復籍するようにそれぞれの家に頼んでくれないか?」
私の目の前に現れた元婚約者のスマット公爵令息が言う。
「そうだよ。どうしてくれるんだ。ミアに嫌われてしまったよ」
ナリス伯爵令息か。
「復籍させろよ。断ったら殺す」
サン侯爵令息は短刀を持っている。
「真実の愛でしたら、平民にはなっても愛するのではないのですか? 爵位がなければ嫌いになるなんて、そんなもの真実の愛とは申しませんわ!」
私は3人を威嚇するように睨みつけた。
護衛もグルなんだろう。
とにかくなんとかしなくては。どうしたものか。
私はニコルと顔を見合わせた。
元サン侯爵令息はジリジリと私に近づいてくる。
「さあ、我々の親に我々を復籍するように言うと言え!」
「嫌よ。そんなこと言っても無意味よ。それより平民として生きていけるように考えたら?」
「なんだと!」
元サン侯爵令息が腕を振り上げて、私に斬りかかってきた。
すると傍にいた護衛が元サン侯爵令息の側に行き、短刀を持っている手を捻り上げた。それを合図にするかのように騎士がなだれ込んできた。
令息たちが騎士に拘束される。私はその光景をただただ見ていた、
「ロゼッタ! 助けてくれ~!」
知らん。
「妃殿下、囮にするような真似をして申し訳ございません。しかし、何か行動を起こさないと捕らえることができないのです」
「大丈夫ですわ。お見事でした。あの者たちはどうなるのですか?」
「平民が妃殿下を罵倒し、危害を加えようとしたのです。もう二度と殿下のお目を汚すことはありますまい。そういうことです」
そういうことか。
護衛についていた騎士は私に頭を下げた。
それにしても令息たちは、また貴族に戻ればミア嬢は自分のところに戻ってくると思ったのか?
振られた時点で騙されていたと気がつかないのか?
愚かだな。
それほど愛していたのだろうか?
「お嬢様、ミアは男爵令嬢から平民になりましたが、今は裕福な平民をターゲットにしているらしいですよ。侍女ネットワークでは豪商の子息にへばりついているともっぱらの噂です」
たくましい。まぁ、誰にも迷惑をかけなければそれもいいんじゃない。私は馬鹿と婚約破棄できたのだからミア嬢には感謝しなくちゃな。
平身低頭謝る護衛騎士に護られながら私たちは何ごともなかったように部屋に戻った。
部屋に入ると侍女たちはすでに待機している。
やっと湯浴みだ。
ニコルにドレスを脱がされ、コルセットを外され、髪を解かれた。
あ~、生き返るわ。
お湯に入ったあと、マッサージされる。ずっと高いヒールで立ちっぱなしだったので脚がパンパンだ。
マッサージが痛いわ。
薄くお化粧をされ、色っぽい夜着を着せられた。
「お嬢様、頑張ってくださいましね」
ニコルはヘラヘラしながら部屋から出て行った。
あとはゴリクマ待ちか。
どれくらい経ったのだろう? 私はうたた寝をしていたようだ。
コンコンコン
ノックの音が聞こえる。
「入ってもいいだろうか?」
テディ様だな。
「はい」
私が返事をするとテディ様が難しい顔をして寝室に入ってきた。
しかし、私の姿を見るなり顔を真っ赤にしているようだ。
「ロゼ、何か羽織ってくれないだろうか。目のやり場に困る」
なんだ。すぐ脱がせるんじゃないんだな。私はガウンを羽織った。
「ロゼ、私の話を聞いてほしい」
話? なんの話だろう? やっと正妃様の話をしてくれるのだろうか?
「実はロゼに隠していたことがあるんだ」
テディ様は私の目をしっかり見る。
「弟を人質に取られているんだ」
人質?
弟?
まさか、留学している末のロベルト殿下のことか?
なんかえらい話になってきたなぁ。
「弟を人質に取られているんだ」
テディ様からいきなりそんな衝撃的なことを聞かされた。
人質に取られているのはやはりロベルト殿下だった。
テディ様は難しい顔をして話を続ける。
「私たちが何もしなければ殺されることはない。このことを知っているのはごく一部のものだけだ」
何もしなければが気になる。反対に何をすれば戻ってこれないのだろ?
「3年前、友好国だったシンバレッド王国に弟が留学した」
その話は知っている。私がアカデミーに在籍していた時にシンバレッド王国からも交換留学生が来ていた。学年が違うので接点はなかったが、楽しく過ごし戻られたと聞いている。
「その時に弟と一緒に留学した側近がまずいことになってしまったんだ」
まずいこと?
「王女と深い仲になってしまった」
王女? つまり正妃様?
「それは正妃様ですか?」
「……」
俯いたままテディ様は話を続ける。
「当時王女はキンバリー帝国の第2皇子の婚約者だったんだ。キンバリー帝国の皇子の婚約者がカモスタット王国の第3王子の側近と深い仲になってしまったとわかり、キンバリー国の皇帝は激怒した」
あかん、話が重すぎる。
「キンバリー帝国が色々調べた結果、王女が我が弟の側近に懸想し、思いを告げたが断られた。それを根に持ち、媚薬を使い側近を我がものにし、監禁していたのを、行方不明になった側近を探していたロベルトや一緒に探していたシンバレッド王国の国王に見つけられた。それで我が国はシンバレッド王国に抗議をし、側近は返してもらったし、慰謝料ももらった。しかし、キンバリー帝国はメンツが立たない。
そこで、ロベルトをキンバリー帝国の皇女の婿にする代わりに、まだ正妃がいない私に、皇帝が頼み込んできて、娶らされたんだ。頼み込んだといっても断れない命令なんだけどね」
テディさまは自虐的に笑った。
私はなんだか意味がよくわからない。
「意味がわからないのですが、テディ様もロベルト様も関係ないですわよね?」
「うん。ただキンバリー帝国は大きくて軍事力の強い国だ。うちとは友好関係にあるが攻め込まれてはひとたまりもない。ロベルトをすでに、連れて行かれてしまっていたし、我が国を戦火に晒すわけにもいかない」
確かに帝国は強い。我が国も軍事力はあるが、そんな理由で戦争をし、戦火に晒すわけにはいかない。テディ様のいうことはもっともだ。
しかし、大国のくせにプライドのためにそんなことをするのか?
「シンバレッド王国は何も処分を受けなかったのですか?」
元々の原因を作ったシンバレッド王国はどうなったのだろう?
「帝国に国を乗っ取られたよ」
「乗っ取られた?」
「あぁ、入り込まれて、今は帝国が国を動かしている。表立って発表はされていないがそのうち属国になったと発表されるだろう。シンバレッド王国は軍事力が弱い。王家も平和ボケでのんびりしていた」
そんな、怖すぎる。
「帝国ではシンバレッドの王女と私がどこかで出会い真実の愛に目覚めた。皇子はふたりの気持ちを尊重し、ふたりを応援し、ふたりの結婚を認めた。我が国ではそんな話は流れていないが、帝国ではそう言う話になっているんだ。王女は体が弱いので婚姻式や夜会など長い時間人前に出ることはできない。結婚式も王宮のチャペルでしたと国民には伝えられた」
あぁ、そうか。そうだった、それで婚姻式をした印象が無かったんだ。
「では、正妃様はここにはいないのですか? いまどこに?」
「多分帝国の第2皇子に監禁されている」
「監禁?」
「第2皇子は自分を裏切った王女が許せなかったようだ。きっと媚薬漬けだろう」
怖い怖い怖すぎる~。
やったことの倍返しされちゃうんだ。
「でも、王太子が来ていたではありませんか?」
「あれは帝国の使者だよ。王太子と偽って参加していたんだ」
見張られているのか。
「さっき、使者にロゼにこのことを話す許可をもらった。この秘密が他にもれれば我が国は帝国から攻められ戦火になる。ロベルトは殺され、国王と私は責を負う。ロゼには話したかった。知らない方がロゼは幸せだと思う。でも私はロゼに嫌われたくない。不信感を払拭したかった。自分が可愛いからロゼをまきこんでしまった。ダメな男だ」
ちょっと待った。それって私が話したらこの国は終わるってこと?
「私が話したらどうするのですか?」
「ロゼが話したのなら仕方ないよ」
いやいや、仕方ないじゃないでしょう?
「私を信用しているということですか?」
「もちろんだ。秘密の続きはまだ少しある。結婚して5年経ったら正妃は病死したと発表することになっている。そこで我が国とキンバリー帝国の約束は終わりだ。ロベルトは我が国に戻るもよし、そのままキンバリー帝国の皇女に婿入りするのもありだ。本当なら私は結婚するつもりはなかった。だからキンバリー帝国の話を受け入れたんだ」
テディ様は顔を上げて私の目をじっと見た。
「私には好きな人がいた。でもその人には婚約者がいて、私の思いは届かないと諦めていたんだ」
「そんな方がいらしたのですね。その方は今は?」
「ここにいる。私の目の前に」
へ? 私? 私なの?
テディ様の突然の告白に私は固まってしまった。
国同士の大変な問題より、私を好きだったという告白の方が私には衝撃的だった。
「ある夜会でロゼを見て一目惚れしたんだ。でもロゼには婚約者がいた。側近たちやマックスはそんなに好きなら権力を使ってでも奪い取ればいいと言ったが、私はそんなことはできなかった。せめてマックスのような見た目ならロゼも私を好きになってくれるかもしれない。でも私はこんななりだし、好かれるはずなんてないからな」
テディ様はそう言って俯く。
「ひとめ惚れではないですわ。私たちはもっと前にお会いしておりますわよ」
私たち私が小さい頃に何度も会っている。
「うん。夜会で見かけた時に同じ人とは気が付かなかった」
そりゃそうだろう。夜会といえばデビュタント後だから、15歳よりあと、私たちが会っていたのは5歳くらいまでだから、見てすぐ分かったらそれはそれで悲しい。
「それから色々調べて、君があの時の小さいロゼだとわかった。すぐにブロムヘキシン公爵に結婚を申し込もうとしたらすでに婚約者がいることを知った」
「だからキンバリー帝国からのお話をお受けになったの?」
私の問いにテディ様はこくんと頷いた。
「ロゼと結婚できないのなら一生結婚するつもりはなかった」
「後継はどうなさるつもりでしたの?」
「マックスがいる」
まぁ確かに弟殿下でもいいはずだ。
「でも君が婚約を破棄したと叔父上から聞き、居ても立っても居られなかった。周りは約束の5年が過ぎるまで待てと言ったが、もう誰にも取られたくなかった。このままでは君は年寄りの後添いか変な奴のところに嫁がされてしまう。それならいくら好きになってもらえなくても、嫌われても、嫌がられても、私が妃にすると決めたんだ。みんなで毎日話し合った。キンバリー帝国とも話をした。それでしばらくは側妃ということにして、正妃が亡くなったあと、喪が明けたら正妃になるということになっているんだ。何も知らせず、証明書にサインさせてしまって申し訳ない」
知らぬは私だけだったのか? 私はテディ様の頬をグーで殴った。
テディ様の頬には私のグーの痕がクッキリつき、唇が切れて血が出ている。
私は唇のその傷にキスをした。
「これで許して差し上げますわ。もう、嘘や隠し事は許しませんわよ」
「はひ」
テディ様、ひどい顔だわ。
「でも、私はずっと側妃でよろしいのですよ。正妃なんていずれ王妃でしょう? 遠慮したいです」
私はふふふと笑った。
*~*~*~*~*~*~*
2年後、身体が弱く国民の前に一度も姿を見せなかった正妃様が亡くなられたと発表があった。
とは言っても誰も亡くなってないんだけどね。
その一年後、喪が明けるのを待って私は正妃に昇格した。
ロベルト殿下は結局、我が国には戻らず、キンバリー帝国の皇女と結婚した。
テディ様と一緒にロベルト殿下の婚姻式に参列したが、私たちの想像とは違い、ロベルト殿下はとても幸せそうだった。人質だったけれど、高待遇だったようだ。皇女殿下もとても可愛い人だった。
なんだかんだ言ってもキンバリー帝国と強い絆ができたみたいだ。終わりよければ全てよしだな。
私たちには子供がふたりいる。チビゴリクマ王子と私に似た王女だ。
テディ様はとても子煩悩で家族を大事にしている。もちろん側妃はもう娶らないそうだ。まぁ、娶るなんて言ったら、ぶん殴って離縁するわ。
テディ様はこの春に国王に即位した。そして私は王妃になってしまった。
卒業パーティーで婚約破棄されてから、王太子殿下の側妃になり、正妃になり、王妃になってしまった。子供を産んだらあとは遊んで暮らすはずだったのに、公務に追われ毎日忙しい。
それでも優しいテディ様と可愛い子供たちに愛し愛されて幸せでいっぱいだ。
人生なんて何がどうなるかわからない。
だから面白い。
これから先もこの国でテディ様と一緒に面白い日々を過ごしていくのだろう。
私、楽しむからね。
了
別の話としてゴリクマ視点も書く予定です。
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