19.攻略対象集合
第3章-3 『シナリオなんか吹っ飛ぶ急展開』
ノエル(主人公)目線が続きます。
学院に戻り、一通りの説明を聞いたマリアが目をキラキラさせて三人を眺めた。
「レイリーを取り合って拳一つで喧嘩するなんて、素敵……」
マリアがうっとりとした視線を向ける先のウィリアムとカルマは、顔をぼこぼこに腫れ上がらせていた。
「というか、治癒魔法、使わなかったのか?」
アイザックが呆れた顔で当然の疑問を投げる。
ノエルは得意げに頷いた。
「顔の傷は殴り合いの? 男の勲章? だから。治さなくっていいかなと思って。体の傷はノア先生が治してくれたから、良いんじゃないかな」
「いや、治してくれよ。こんだけ光魔術師が揃ってんだから、治せるだろ」
悪びれもせず、カルマがノエルを見下ろす。
「ダメだよ。特にカルマはダメだ。私から酷い吸血した報いを受けろ。しばらく痛いままでいろ。ザマーミロ」
ノエルはカルマをびしっと指さした。
「だから言っただろ、レイリー。コイツは良い奴でもなけりゃ優秀でもねェんだよ。お前の方がよっぽど優しいし良い女だからな」
カルマの言葉に、レイリーが困った顔で笑っている。
「おいこら、ツンデレ構ってちゃん、レイリーに何を吹き込んだ」
「何言われているかわからねェが、悪口だってのはわかるぞ、チビ女」
言い合うノエルをユリウスがカルマから遠ざける。その隙に、カルマとレイリーの間にウィリアムが割って入った。
「必要以上にレイリーに近づくな」
「おぅ、悪ィな。ここんとこ、もっと近くにいたから意識してなかったわ。お前は顔の傷、治してもらったらどうだ? ヘタレ皇子なんだから痛ェのは辛いだろ」
ギリっと歯軋りしたウィリアムが、顔を逸らした。
「お前がそのままなら、俺もこのままで良い。喧嘩は両成敗するものだろう」
「箱入りの皇子様が強がるねェ」
見下したカルマの視線に、ウィリアムが怒りを露にする。
見かねたアイザックがウィリアムを止めた。
「一先ず喧嘩は、そこまでにしろ」
「しかし、兄上!」
二人の前を通り過ぎて、ユミルがカルマの前に立った。
カルマが、びくりと肩を揺らす。
両手を大きく横に振ると、傷だらけのカルマの両頬を思いっきり張った。
「カルマ、ごめんなさい、だ」
「兄上……俺は別に、悪いことは」
正面から顔を潰されて、腫れていた頬が更に腫れ上がる。
歯切れの悪い物言いをするカルマに、ユミルが真っ直ぐ向き合う。
「この人たちは我らの敵ではない。傷付けてはいけない。だから、悪いことをしたら、ごめんなさい、だ。母上の教えを、忘れたのか?」
強い眼を向けられて、カルマが目を逸らす。
「ユミル、カルマは悪いことはしていないんだ。私は、何もされていない。だから、叱らないでやってほしい。リアムとの殴り合いは、その……」
「どっちも悪いから、カルマだけが謝る必要はないよ」
言い淀んだレイリーに、ノエルが続ける。
「じゃぁ、お互いに謝るか」
アイザックが妥協案を出して、ウィリアムの腕を持ち無理やり前に出す。
ユミルがその仕草を真似て、カルマの腕を持ち挙げた。
ウィリアムとカルマが睨み合って握手を拒む。
「ほらほら、さっさと握手しないと困るのはレイリーだよ。どうするのかなー」
「手前ェは本当に性格が悪ィな! 少し黙ってろよ!」
くっくとほくそ笑むノエルにカルマが怒鳴る。ユミルに目で咎められて、仕方なく口を噤んだ。
「二人とも、レイリーを愛しているなら、仲直りできるはずよ。レイリーだって、二人が仲良くなってくれた方が、嬉しいわよね」
マリアが鼻息荒く促す。
(マリアは本当に、こういう三角関係が好きだなぁ)
ノエルにユリウスとロキのどっちが好きかと聞いていた時のマリアも生き生きしていたなぁと、ぼんやり思い出す。
「仲良くは、難しい、よな。私が中途半端な真似をしたのが悪いのだから。ただ、二人にはできれば自分の能力を開花してほしいし、私の力にもなってほしいと思ってる。勝手な言い分だと思うけど」
俯き加減に話すレイリーを見て、ウィリアムとカルマの顔色が変わる。光の速さで握手した。
「俺の方が先に手を出したからな。俺はレイリーの高揚術に協力するぜ」
「いいや、俺の方が早かった。レイリーへの助力なら俺の方が役に立つ」
「まだ開花していねェ奴が何言ってんだ?」
「俺には精霊が付いている。すぐに追い越す」
握手しながらの睨み合いはあまりにもテンプレで、ノエルは阿呆らしくなってきた。
ウィリアムの後ろで、アイザックが可笑しそうに吹き出した。
「なんだ、もうすっかり仲良しじゃないか」
「何を言うんだ、兄上⁉ 出来ることなら、ここから追い出したいくらいなのに」
「リアムが俺って言うのを、久しぶりに聞いたよ。俺の前でも、最近はなかっただろう? それだけ素を出せる相手ってことだ」
ウィリアムが絶句する。
「カルマも楽しそうだ。喧嘩するほど仲が良いって言葉があると、ノエルも言っていた。きっと二人は仲良くなれる」
ユミルの言葉を聞いたカルマの目がノエルに向いた。
「兄上に余計な話を吹き込んでんじゃねェぞ、チビ女が‼」
「余計な話じゃない、本当の話だよ」
(二人には、どうあっても仲良くなってもらわないといけない)
レイリーの高揚術を高めるためには、ウィリアムの増強術とカルマの抑止術は不可欠だ。因果な巡り合わせだとは思うが、嘆いてばかりもいられない。
(何のかんの、結局は仲良くなれそうな感じだし、問題ないと思うけど)
「君たち二人の仲直りに、この世界の命運がかかっていると言っても過言ではないのだよ!」
びしっと言い切ったノエルを、ユリウスが珍しく制した。
「そういう言い回しはやめようねって、さっき話したばかりだよね、ノエル」
「……そうでした」
今回のレイリーの一件で、あまりプレッシャーを掛けるのはよそうと、ユリウスからこっそり注意されたばかりだった。
ユリウスがカルマに目を向ける。
カルマが、あからさまに顔色を変えた。
「僕はお前を少しも許してはいないよ、カルマ。ノエルが必要だと判断したから生かしているだけだ。不要な要素が上回れば、いつ殺したって構わない。忘れるなよ」
笑んだ目には明らかに殺意が滲んでいた。ノエルですら、怖いと思う。
(私よりよっぽど強いプレッシャー掛けている気がしますけどね!)
カルマが肩を落として諦めた顔をした。
「多少は悪かったと思っているし、さすがにやり過ぎたとも、思ってるよ。正直、止めらんなかったってのもある」
カルマがユリウスに目を向けた。
「一度知ったら、衝動を抑えきれねェ。魔族なら誰だって欲しがるヤベェ血だ。間違って含まねェように気を付けろ。お前だって、竜神因子がどう変化するか、わからねェぜ」
カルマの顔は真剣だった。
「僕は大丈夫だよ。普段から慣らしてるから」
しれっと流れた言葉に、カルマが怪訝な顔をした。
ノエルは何となく目を逸らす。
ご満悦にノエルの頬を撫でるユリウスを眺めて、カルマが納得の顔をした。
「そういう問題じゃねェんだよ。ノエルの中にある魔石が本当は何なのか、お前気付いて……」
カルマが言葉を止めて扉の方を振り返る。
「全員、固まれ!」
ユリウスがノエルを抱き上げて横に飛んだ瞬間、扉を破って何かが砲弾のように飛び込んで来た。
読んでいただき、ありがとうございます。
面白かったら、『いいね』していただけると嬉しいです。
次話も楽しんでいただけますように。