15.レイリーの本音
どこをどう歩いたのか、わからない。
気が付いたら、誰もいない裏路地の狭い場所で、カルマに抱かれていた。
「こうしていりゃ、恋人同士がイチャついてるように見えんだろ。誰も寄って来やしねェよ」
「うん……」
素直に頷いて、カルマの胸に縋り付く。その行為に違和感すらなかった。
「お前、呪詛に掛かりやすい質だなァ。ウィリアムってヘタレ皇子といい、もうちょっとノエルを見習った方が良いぜ。警戒心が薄すぎる」
「また、ノエルか。皆、ノエルのことばかり、評価する。だったら私じゃなくてノエルを選べばいいのに」
ぽそりと、本音が漏れる。
ノエルから逃げたくて来た場所で、またノエルの話をされる。いい加減、嫌になってきた。
カルマの手がレイリーの顎を摑まえて、上向かせた。赤い瞳が無遠慮にレイリーの目を覗き込む。
「お前、ノエルが嫌いか?」
赤い瞳が愉悦に歪む。
レイリーの目に涙が溢れた。
「嫌いじゃない。だから困ってる。皆がノエルを評価すると、私は必要なくなる。でもノエルは私に頑張れって。大丈夫だって言ってくれる。嬉しいのに、辛い。ノエルが好きなのに、疎ましくて。でも嫌いになれない」
誰にも言えなかった本音が、ポロポロ零れる。
「きっと皆、私に期待なんかしてない。でも私は、ファーバイル家の娘だから、ウィリアムの婚約者だから、頑張らなきゃいけないんだ。でも、もう、疲れた」
泣きながら、カルマの胸を弱く叩く。
カルマがレイリーの腕を掴んだ。
「……そうか。だったら今だけ、楽にしてやるよ」
熱い息が肩に掛かる。いつの間にか服をずらされていたことに気が付いた。
唇が肩の皮膚を吸う。
甘い痺れに、体が跳ねる。
「ん……ぁ……」
次の瞬間に襲ってきたのは、柔らかい快楽だった。血を吸われているんだとわかるが、痛みはない。
体の力が抜けて、カルマに凭れ掛かる。
(気持ちいい……、もっと、ずっと、こうしていたい……)
レイリーを受け止めて血を吸うカルマに、腕を回して抱き付いた。
「お前の気持ちは、よくわかるぜ。逃げてもいいじゃねェか。頑張るなよ」
カルマの言葉が頭の中に響いて、目を開く。
吸血を終えたカルマが、レイリーの服を直してくれていた。
「俺はなァ、血を吸った相手の心が読める。魔族が皆そうって訳じゃぁねェぜ。血魔術の一種で、生まれながらに俺に備わっていた力だ」
カルマがレイリーの肩を抱き寄せた。
「お人好しの馬鹿だなァ、お前。ノエルのことなんか嫌いになっちまえよ。俺ァ、アイツみてェに前しか見てねェ質の生き物は好きじゃねぇよ。鬱陶しい」
「でも、ノエルがいたから、『呪い』がなくなった。ノエルがいたから、マリアが目覚めた。皆、ノエルのお陰で」
「それ、本当に必要だったか? 『呪い』がなくなって、本当に良かったか? マリアは魔性スズランじゃないと目覚めなかったのか? 他に方法はなかったのか?」
レイリーは言葉を止めた。
確かに、そう考えていたかもしれない。
『呪い』の正体が暴かれなければ、ノアは教会を追われなかった。レイリーがこんな苦労をすることもなかったかもしれない。
魔性スズラン以外の方法でマリアを目覚めさせていたら、瘴気に中てられることもなく、ノエル自身も傷付かずに済んだかもしれない。
「結果が偶然、実を結んだだけだ。ノエル自身も酷ェ目に遭ってんだろ。俺のせいだけど。アイツは優秀でも何でもねェ。ただ必死なだけだ」
「必死……?」
レイリーが顔を上げる。
カルマが表情を変えずに頷いた。
「俺は、ノエルの血も吸っているからな。わかるんだよ。何か大事なもんを守るために必死になってる。今も必死で、今度はユミルを助けようとしてんだろ。本当に鬱陶しいぜ」
舌打ちするカルマに、はっとする。
血を吸われたせいで、先日のノエルのプレゼンがバレたのだ。
離れようとするレイリーの体をカルマが捉えた。
「本当は、お前に呪詛を掛けてノエルを誘き出すつもりだった。ノエルの周りは今、護衛が張り付いていて直接手が出せねェからな」
カルマがレイリーの肩に顔を埋める。
「攫う姫様を間違ったぜ。もっと、どうでもいい奴だったら、適当に操り人形にできたのになァ」
独り言ちるカルマに、びくりと体が震える。
「呪詛が解けてんのには、気付いてんだろ。逃げて良いぜ。興が削がれた」
カルマはレイリーを抱いたまま、動かない。
「私が逃げたら、カルマはどうするんだ」
カルマが街中に潜伏していることに、ノエルは気付いている。今日、接触したことをメンバーに伝えれば、誰かは必ず探しに来る。
「どうするかなァ。とりあえず、魔国にいったん引くかね」
レイリーはカルマの肩に腕を回した。意識したのではない。反射的に体が動いた。
「私がまた会いに来たら、カルマはまだ精霊国に、いてくれるか?」
「俺を引き留める算段か? ユリウスにでも引き渡せば、八つ裂きにしてくれるだろうな」
レイリーの肩から顔を上げたカルマに向き合う。
「違う。今日会ったことは、誰にも話さない。私がただ、もう一度、カルマに会いたい。それだけなんだ」
呪詛なんか掛かっていないのに、本音が口から滑り落ちる。
「本気で言ってんのか? 次会った時、俺がお前に何もしないと思うのか? ウィリアムの元に戻れねェ体にしてやることも出来るんだぜ」
レイリーの腰を強く抱いて、カルマが顔を近づける。
挑発的な行為も、今のレイリーには恐れにはならなかった。
「初めてだった。弱音も本音も話した相手は、カルマが初めてだった。カルマは全部、否定しないで受け止めてくれた。それが、とても嬉しかったんだ」
「そんなもん、お前の血を吸って、呪詛を掛けるために決まってんだろ。そういう考えが、甘いんだぜ。こうやって俺みてェのに、付け込まれる」
「じゃぁ、どうして私の呪詛を解いたんだ? あのままにしておけば、私はカルマの命令通りにノエルを連れてきた。その方が都合が良かっただろう」
カルマがレイリーの顎を上げて、強引に唇を重ねた。
後頭部を押さえられて、口付けが深くなる。
唇を舐め挙げて、強く吸われた。
「こんな風に、お前を汚すことも……」
レイリーの顔を覗いたカルマが、言葉を止めた。
「なんて顔してんだ、お前。俺が馬鹿みてェじゃねェかよ」
項垂れて、レイリーを抱き締める。
自分が今、どんな顔をしているのか、よくわからない。
けれど、カルマのキスを嫌だとは思わなかった。
「もう、リアムの元には、戻れないかな」
呟いたレイリーをカルマが更に強く抱き締める。
「たかが一回、他の男とキスしたくれェで婚約破棄するヘタレ皇子なら、自分から捨てちまえ。俺が拾って魔国に連れ帰って、妻にしてやるよ」
「本気で言っているのか?」
「お前こそ、本気で俺の女になる気はあるのか? ウィリアムを捨てる勇気があるのかよ? 俺に会いに来るってのは、そういうことだぜ」
カルマの目は揶揄っている様子じゃない。本気の目だ。
レイリーは思わず目を逸らした。
カルマが小さく息を吐いた。
「正直な女。お前がウィリアムを捨てられねぇのは、わかってるよ。明日また、会いに来い。お前が来るなら、俺はお前以外から吸血しない。約束する」
訳が分からず、カルマを見上げる。
カルマがガリガリと頭を掻いた。
「そういう約束があれば、俺に会いに来れんだろ。仲間に言い訳も、できんだろ」
カルマが口実を作ってくれているのだと気が付いて、思わず笑みが零れた。
「うん。会いに来る。カルマの居場所は、誰にも言わない」
カルマがレイリーの頭に手を置いて、ぐっと俯かせた。
「そういう風にな、可愛く笑うんじゃねェよ。本気で惚れるぞ。馬鹿」
わしゃわしゃと頭を撫でられて、擽ったい気持ちになる。
心の奥に温かい何かが育っていくのを感じていた。
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