14.レイリーの秘密
第3章-2 『レイリーの成長・高揚術の開花』
しばらくレイリー目線が続きます。
どうしてこうなってしまったのだろう、とレイリーは考えていた。
夕暮れに染まる町並みは皆、帰路に急ぐ足並みばかりで、レイリーを追い越していく。自分が向かう先は家路ではない。尤も最近は、寮の部屋にいる時間より長い場所かもしれないが。
角のパン屋で買い物をして、町はずれの宿に向かう。安宿の主人はレイリーの顔を覚えていて、目で二階を指した。
部屋にいる、ってことなんだろう。初めこそ、レイリーの高貴な雰囲気に疑念を抱いていた主人だが、何度も通ううちに慣れたらしい。
二階の奥の角部屋のドアをノックする。返事はない。扉が開いて、腕を掴まれた。部屋の中に引き込まれた瞬間、腕の中に囲われた。
「よぉ、レイリー。待ってたぜ。お前は今日も変わらず、美しいな」
真っ直ぐに見下ろす瞳は、片目が赤い。深紅の瞳に吸い込まれそうで、見るたびに心を持っていかれそうになる。
瞳と同じくらい真っ直ぐな言葉は、レイリーの心を間違いなく掴んでいた。
「今日はどこかに出掛けたのか? カルマ」
レイリーの問いかけにカルマが首を振る。
「お前が来るから、待っていた。昼間に動き回ると、目立つからな。昼寝していた」
カルマの手がレイリーの頬を撫でる。
くすぐったくて、目を眇めた。
「他人の血は、吸っていないよな?」
恐々、問う。
カルマの指がレイリーの目尻を優しく撫でた。
「吸っちゃァいねェよ。お前が血を分けてくれるからな。約束しただろ」
カルマの唇が、レイリーの肩に吸い付く。体がビクンと跳ねて、思わずカルマに縋り付いた。
小さなキス音を響かせて、カルマの唇が離れる。
「腹減った。飯にしようぜ」
レイリーの腕を引いて、カルマがベッドに腰掛ける。自然と隣に腰を下ろした。
(空腹なら、私の血を吸えばいいのに)
キスされただけの肩が熱を持っているようで、レイリーは目を伏した。
〇●〇●〇
カルマとの出会いは偶然だった。いや、きっとカルマにとっては偶然ではなかったのだろう。
ノエルがクラブメンバーを集めてユミルと魔国を守ろうとプレゼンした直後だ。ノエルの話はあまりにスケールが大きくて、学生の立場で出来るような仕事には思えない。だが、彼女は本気だ。
『呪い』の一件も、魔性スズランの時も、そうだった。どんなに逆境に追い込まれようと、一度決めた作戦をノエルは絶対に諦めない。
だからこそ、国王も一目置いているのだろう。国内唯一の戦闘系中和術者である彼女の本当の武器は知恵と勇気だ。
そんなノエルが、レイリーには酷く眩しく映る。自分よりずっと有能な人間が、レイリーに才能があると声高に主張する。それが今は、とても怖かった。
ノエルのプレゼンはクラブメンバーの心を掴んだ。ユリウスや兄のノアまで巻き込んだ作戦だ。聖魔術師の二強が手を貸してくれるなら、やれそうな気がする。
皆の気持ちを前向きにする要素を揃えて、真っ直ぐな言葉で伝えられる作戦は、メンバーをやる気にさせてしまう。そういう魅力を、ノエルは持っている。
(私にはない、カリスマ性だ)
幼少の頃からウィリアムの婚約者として教育を受け、フレイヤの剣の後継者になるべく武術も鍛えた。誰よりも努力してきたと胸を張って言える。
知識も教養も武術も、何でも手に入れるため努力してきたレイリーが手に入れられなかったもの。ノエルは、それを持っている。
(私ではなく、ノエルがフレイヤの剣の後継者になればいい。アイザックと婚約したマリアにだって、可能性はある)
今更、可能性が最も低い自分が努力をする意味を見出せなくなっていた。それでも唯一、レイリーを繋ぎとめていた糸だったウィリアムも、ノエルを高く評価している。
(婚約者は私じゃなくていい。ノエルがリアムの妻になれば、総て丸く収まるじゃないか)
レイリーの心の内とは裏腹に、ノエルの計画はクラブメンバーを巻き込んで進行していく。不安を顔に、態度に出さないように必死だった。
カルマの捕縛をノエルより先に計画していたのはウィリアムだった。危険人物が精霊国の街中に潜伏しているのなら、捨ててはおけない。
それがたまたま、ノエルの計画と重なり、ユミルを巻き込んで計画を実行する運びになった。
元々、ノエルを危険に晒さない形での計画だった。あれだけ酷い目に遭っているのだ。ウィリアムの提案は当然と言える。
真っ先にレイリーに相談してくれたことは嬉しかった。けれど、同じくらい嫉妬もしていた。ウィリアムは結局、ノエルを大事に想っているのだ、と。
(仲間なんだ、当然の発想だ。特別な感情なんて、きっとない)
そう思うのに、上手く割り切れない。
一人になりたくて、本当ならウィリアムと歩くはずだったカルマの潜伏先の候補地をフラフラしていた。
「なぁ、アンタ。この辺りに泊まれる場所ってあるか?」
何気なく声を掛けられて、振り向いた。
片目が赤い、黒髪の男が真後ろに立っていた。
(ノエルとマリアに聞いた、カルマって半魔の見た目に似ている。でも……)
たったそれだけの情報で決め付けていいものか。赤い目は確かに魔族の象徴だが、半魔のユリウスも、ノエルだって片目が赤い。それでも精霊国で普通に暮らしている。
レイリーの緊張を感じ取ったのか、男が怪訝な顔をした。
咄嗟に顔を逸らして、表情を隠す。
「この辺りは治安が悪い。もう少し中央に行った方が、良い宿が見つかると思う」
口早に言って、歩き出す。間違っていたとしても、ここでカルマに似た男に会った事実を皆に伝えなければと思った。
「オイオイ、逃げなくってもいいだろ」
強く腕を掴まれて、足が止まる。
振り返った途端、腕を引かれて体を拘束された。
「治安が悪ィ場所に一人で来たのが間違いだったなァ。こんなにあっさり捕まえられるとは、思わなかったぜ。レイリーお嬢様」
耳元で囁かれて、ドクンと心臓が大きく鳴った。
「どうして、私の名前を」
「あァあ、勘で呼んだだけなのに、自分から答えちまうんだ。可愛いなァ、お前。ノエルは絶対に自分から名を教えなかったぜ」
しまったと口元を手で覆う。
ノエルだったら、こんな失敗は絶対にしない。
カルマの言葉がやけに頭の中に響く。情けなくて目が潤んだ。
「ちょっと話がしたいだけだ。俺に付き合ってくれよ、レイリー」
耳元で言葉を吹き込まれる。体から、力が抜けた。
頭の芯がぼんやりして、思考がうまく働かない。
カルマに手を握られても、振り払う気になれない。
素直に頷いで、レイリーはカルマと共に歩き出した。
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