11.史跡調査クラブへようこそ
ノエルとロキはユミルを連れてさっそくクラブ室に向かった。
ロキが当たり前のようにノエルと手を繋ぐ。それを見ていたユミルが、同じようにノエルの手を握った。
「ユミル、ノエルに懐き過ぎじゃない?」
ロキの声が不機嫌だ。
「迷子になっても困るし、手を繋ぐくらいは良いよ。まだ学院内の構造にも慣れていないだろうしね」
「でも、三人で手を繋いで歩く姿って、どうかと思う」
「じゃぁ、ロキが手を離せばいいと思う」
ロキが傷ついた顔でノエルを振り返った。
「ノエル、最近、俺に冷たくない?」
「そういうつもりはないけど。傷付けたなら、なんか、ごめん」
「謝らなくていいけどさ。なんか、扱いがリアムっぽくなってきた気がする」
「その言い方は、私がウィルに冷たいみたいに聞こえる」
「実際、冷たいよね。出会った頃からノエルはリアムに冷たいよ」
「そんなつもりはないんだけどな」
ロキとノエルの会話を黙って聞いていたユミルが、ぽそりと呟いた。
「二人は仲が良いのだな。ロキは、ノエルに好意を持っているのか?」
ロキが立ち止まって振り返った。
いつもなら飄々と肯定するロキだが、何故か黙っている。
「ねぇ、ユミルって本当に感情が希薄なの? すごく鋭いと思うんだけど」
ノエルを振り返るロキに、頷いて返す。
クラブメンバーにはユミルについて、ある程度の情報を共有していた。勿論、カルマについても、『ノエルの血を吸った魔族』としての情報共有をしている。これから起こり得る事件に備えるためだ。
それらはユリウスと立てた計画の一端だった。
「ユミルは賢い人なんだよ。感情と気付きは別物だよ」
納得のいかない表情をしているロキの隣で、ユミルがノエルを見下ろす。
「ロキの気持ちが少しわかる。僕はノエルを知りたいと思う。これは、好意、だろうか?」
ノエルは首を傾げた。
(悪い感情ではないから好意なのかもしれないけど、まだ未熟だよなぁ)
「まだ好意までいかないんじゃないの? 只の興味だろ、きっと」
どう伝えるか考えあぐねていたら、ロキが答えてくれた。
こういう時のロキは妙に鋭い。
「そうか、興味か。なら僕は、ノエルにもロキにも興味があるよ」
表情は変わらないが、目が笑んで見える。
ノエルとロキが顔を合わせる。
ロキが仕方ないと言わんばかりに眉を下げた。
クラブ室に着くと、皆が揃っていた。
予定通り、顧問のユリウスと、何故かノアがいる。
(護衛兼監視のノアは除外できなかったか。ま、想定の範囲内だし、いてもらった方が面倒がないかな)
これから始める大掛かりな作戦は長期戦になる。どこかの段階で作戦に加わってもらうなら、最初からいてくれた方が段取りが良い。
「ここがクラブ室だよ。史跡調査クラブにようこそ、ユミル」
室内にはすでに結界が張ってある。不測の事態を懸念してのものであり、ユミルへの配慮でもあった。
「こっちに座って、ユミル。皆のこと、紹介するわ」
マリアがユミルの手を取り席に着かせる。
いつもと同じ笑顔を浮かべるマリアに、ノエルの顔が緩んだ。
(さすが、私の主人公は誰にでも分け隔てない。こういうところが主人公たる由縁だ)
頼りになる存在であり、親友だと思う。
他の面々が緊張を隠せない中で、マリアの纏う優しい雰囲気は確実に場を和ませていた。
ユミルがマリアの手を握った。
「これほど美しい人が、精霊国にはいるのだな」
呆気に取られたような表情で、ユミルがマリアに見入っている。
この状況にはノエルもさすがにマズいと思った。
(ユミルとマリアが結ばれると、マリアが闇落ちしてしまう。親密度はソコソコにしておかないと)
間に入ろうとしたノエルより早く、アイザックがユミルの手を取った。あくまで冷静にユミルからマリアの手を取り上げる。
「すまないが、ユミル。マリアは俺の婚約者だ。婚約という建前がなくても俺はマリアを愛している。それは、覚えておいてくれないか」
アイザックの言葉に顔を赤らめたのはマリアだった。
「そうだったのか。知らなかったとはいえ、不躾な真似をした。今後は気を付けよう」
「アイザック、何も今、そんなこと言わなくても」
狼狽えるマリアに、アイザックが当然といった顔を向ける。
「俺はマリアに自分の気持ちを伝えているはずだ。今更でもないし、大事な恋人を守るのは当然の行動だよ」
マリアが顔を真っ赤にして言葉を無くした。
二人を眺めていたノエルは、目を潤ませて口元を手で覆った。
(奥手だったアイザックが、ああもはっきりとマリアを恋人だと断言した。しかもユミルの前で……。成長している。二人はやっと恋人になったんだ)
目を潤ませるノエルを、ロキが肘で小突いた。
「どうしてノエルが涙目になっているの?」
「だって、マリアとアイザックが恋人になったんだよ。嬉しくて感極まっちゃったよ」
そんなノエルを眺めて、マリアが同じように目を潤ませた。
「ノエル、そんなに私たちのこと、喜んでくれるの?」
「当たり前だよ。ずっと応援してたんだよ。さっさとくっ付いちゃえよって思っ……いや、恋人になったらいいなって思ってたんだから」
「ノエル、言い方変えても変わってないよ。言ってること同じだよ」
感動して手を取り合うマリアとノエルに、ロキが呆れ顔で突っ込む。
そのやり取りを呆然と眺めるユミルに、レイリーが紅茶を差し出した。
「まずは一息、入れてくれ。紅茶は好きだろうか」
レイリーを見上げて、ユミルが頷く。
「良い香りだ。良質な茶葉だとわかる。精霊国は、やはり豊かな国なのだな」
ティーカップを手に取り、ユミルが紅茶を一口、含む。
仕草が優雅で大変に絵になる。
一見すると魔国の大王に見えてしまうあたりが、気の毒に思えた。
「やはり魔国は今、食糧難に瀕しているのか?」
ウィリアムがようやく重い口を開いた。
ユミルが変わらぬ表情のまま、頷いた。
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お読みいただき、ありがとうございました。 (霞花怜)