8.ノア先生の精霊術教室②
景色を掻き消すほどの魔力の柱が消えていく。
目の前には森が広がっていた。
「ここは、もしかして魔獣の森ですか?」
アイザックが苦々しい顔をした。
「そうだ。まずは浄化だ。マリアとアイザックに二人で浄化してもらう。ちなみに使用許可なら取ってあるから心配するな」
全員、何も言えない。
魔性スズランを取りに来た時ほどではないが、森の中には薄い瘴気が漂っていた。
(瘴気を感じるのは、あんまり良い気分ではないな。あの時のこと、思い出す)
「ノエル、大丈夫か?」
アイザックが、こっそりとノエルに問い掛ける。何とか笑みを乗せて頷いた。
ノアがさっきとは別の魔法陣を敷いた。
「広範囲に魔法を飛散させるための陣だ。二人は、この中に入れ」
マリアとアイザックが中に入る。ノアの指導に従い、姿勢を整える。
向かい合って両手を握り合う姿勢になった。
「あの、先生、これは……」
頬を染めて問うアイザックに、ノアは顔色一つ変えない。
「その姿勢でマリアは浄化術、アイザックは清祓術を使ってみろ。出し惜しみはしなくていい。森は広大だからな」
清祓術は神官が得意とする光魔術だ。浄化術と性質が近い。
マリアとアイザックが見詰め合い、目を閉じる。
光の粒子が立ち上り、キラキラと光った。
(なんと素敵な光景だろう。これぞ恋人同士、では、まだないけど。ゲームだったら確実にスチル絵だろうなぁ)
手を握り合う二人を、御満悦で眺める。
突然、突風の如く魔力が吹き出し、爆発するように飛散した。パラパラと光が降り落ちてくる頃には、森の中から瘴気が一掃されていた。
(すごい。一体、どれだけの範囲の瘴気を払ったんだろう)
「まるで、あの時とは別の森にいるようだな」
レイリーが圧倒されている。ウィリアムとロキも同じ表情だ。
「マリアの浄化術とアイザックの清祓術を併せると、本来以上の効果がより広範囲に期待できる。今日は私の魔法陣で飛ばしたが、自分たちで使えるよう練習しておけ。いずれ、役に立つ」
ノアの言葉に頷いた二人が、はっと我に返る。術を行使した本人でさえ驚いているようだ。
まだ手を繋いでいることに気が付いて、ぱっと離れる姿は、微笑ましくもじれったい。
(アイザックには、私に魔性スズランの蜜を飲ませた時の勢いでマリアのこと押し倒してほしいのに、現実はうまくいかない)
いっそ媚薬でも盛ってしまおうか、などと不届きなことを考える。
「魔獣の森は元々、精霊の生息地帯だ。浄化が済めば精霊の方から寄ってくる。だが、あくまで主導権は精霊にある。気に入られなければ契約できない。慎重に話せよ」
「会話できない精霊の場合は、どうすれば?」
レイリーが問う。
精霊と一言にいっても、種類は様々だ。会話できる人型や獣型もいれば、まだ光を纏っただけの姿の者もいる。
「直感だ。相性が良ければ、互いにわかる」
ノアの肩に、背中に羽のある小さな人型の精霊が座っている。
その周りを七色の光が飛び交う。
(この人、どんだけ契約しているんだろう。ノアも闇以外全属性適応者だけど。それにしても多い)
普通、一属性に付き一精霊と契約できれば良いほうだ。適性があっても契約できない場合もある。
改めて強力な魔術師なのだと実感した。
「うわぁ!」
驚いた声を上げて、ロキが尻餅を着いた。
ロキの周りに光を纏った精霊がたくさん集まっている。
(なんかもう、虫がたかっているみたいになってる!)
慌ててロキに近づこうとするも、精霊に威嚇された。
「精霊は嫉妬深く、独占欲が強い。下手に手を出すな。ロキにもお前にもデメリットになる」
ノアに肩を引かれて、足を止めた。
よく見ると、レイリーとウィリアムの周りにも精霊が集まり始めていた。
「精霊って、こんなにいるんですね。しかも、すごく寄ってくる」
二対の鳥のような精霊がマリアとアイザックの周りを飛んでいる。
「森の浄化と清祓をして、先に対価を払ったからだ。森の中でただ立っていても、何もこないだろうな」
ノエルは自分の周りを眺めた。何も近寄ってこない。
(やっぱり私は適応じゃなかったんじゃないだろうか。魔獣でも探そうかな)
一人ぽつん、と皆を眺める。
いわゆる妖精さん、みたいな精霊がウィリアムを口説いていた。
『貴方、とても素敵で、とても残念だわ。もっと素敵になれるのに、まだ殻が破れないのね』
初めて会った割に、言い当てている、と思う。ウィリアムは、たどたどしくも何とか会話している。
不意に近くのレイリーに視線を移す。どうしようかな、と迷いつつ、声を掛けた。
「レイリー、胸に精霊が挟まってるよ」
「えぇ⁉」
気付いていなかったらしい。レイリーの大きな胸の隙間で羽がパタパタしている。
「これは、どうしたら……ノエル!」
助けを求められても困る、と思う。
「何もできないよ。多分その子、レイリーのこと気に入っているんだよ」
「そういわれても……」
戸惑うレイリーが可愛くて、遠くから見守る。
『穿て、弾け、罪の茨草。伸びよ、留めよ、宿木の蔦』
知らない声が詠唱を唱えた。突風が辺りを走る。
「さぁ、興味本位の子たちはお帰り。真に我が生徒を愛する者だけ残るといい」
皆の周りに群がっていた精霊たちが、さっと引いていく。
特に囲まれていたロキの周りから数が減った。
ノエルの隣に、亜麻色の髪の女性が立っていた。
(この人は、サーシャ学長、か?)
サーシャ=アーサー=カリシア。聖バルドル魔術学院学長であり、ユリウスの家庭教師だった半魔。この国で唯一『魔導師』を名乗る彼女は、間違いなく精霊国一の実力者である。
(彼女こそ、秘され続けた全属性適応者。中和術が禁忌になるきっかけを作った人)
ユリウスがノエルに光魔法と闇魔法の両方を伸ばそうと提案してきたのは、できると知っていたからだ。
この国の常識では出来ないはずの相反する属性、その両方を伸ばした人物を、ユリウスは知っていた。
(結局、私の中和術も国が動き出す大問題になっちゃったけど、ユリウスは本当なら、こうなる前にどうにかするつもりだったんだろうな)
予定とはうまくいかないものだと、つくづく思う。
サーシャがノエルに目を落とした。見上げるノエルと視線がかち合う。
腰を落としたサーシャが、興味深そうにまじまじとノエルを覗き込んだ。
(初対面のはずなんだけど、顔が近い。パーソナルスペースが狭い)
後ろに下がるとサーシャが付いてくる。ノエルの目を覗き込んでくる。
「あの、私に何か御用でしょうか? あと、どちら様でしょうか?」
原作者は知っていても、ノエル=ワーグナーはサーシャを知らない。
あくまで初対面を貫く。
顔を避けながら聞いてみる。
「君は、私を、知っているな」
「え?」
ぎくり、と体が強張る。さすがに思考を読むまでの能力はないはずだ。
サーシャがにこりと笑って、ノエルの腕をとって立ち上がらせた。
「冗談だ。さぁ、一緒に散歩しよう」
腕を引かれて、戸惑う。
ノアを振り返ると、早く行けとばかりに手で払われた。
(ナニコレ、どういう状況?)
訳が分からないまま、ノエルはサーシャに腕を引かれて森の奥へと連行された。
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お読みいただき、ありがとうございました。 (霞花怜)