7.ノア先生の精霊術教室①
一年生の最後に、精霊術の特別模試があった。
結果の上位者だけが特別授業を受けられる。もちろんこれもミニイベント、というより、物語後半に入るためのアイテム付与イベントだ。
試験結果が封書で届けられ、合格した者だけに授業の開催場所が示された通知が入っている。
通知を見て、ノエルは愕然とした。
「合格してる……」
精霊術は基本、自然界にいる精霊の力を借りて施行する魔術だ。自然属性適応者が扱うことが多い。自分の属性の中で、相性の良い精霊と契約を交わして成立する。
光属性は契約を交わせる精霊の種が少ない。闇属性に至っては、さらに希少になるので、魔獣と従属契約を結ぶ魔術師の方が多い。
(座学が評価されたのか? 適性でいったらゼロと言っていいレベルのはずなのに)
嫌な予感が過った。
(仮に私が主人公にスライドしていたら、精霊と契約を交わしておかないと話が進まない。見えない強制力なのか?)
前途には不安しかなかった。
指定の講堂に入ると、合格者がすでに集まっていた。
「ノエル! こっち、こっち!」
笑顔で手を振っているのはロキだ。ウィリアムにアイザック、マリアにレイリーと、お決まりのメンバーである。
手を振り返して、マリアの隣に腰掛けた。
(さすが、メインキャラは皆、優秀だ。ていうか、ゲーム的には彼らのためのイベントだからな)
ゲームでは他にもちらほらモブ生徒がいたはずだが、講堂には六人しかいない。
(何となく感じていたけど、ゲーム内より生徒の質が悪いな。もうちょっと優秀な生徒がいてもいいのに)
ノアの焦燥の理由を改めて思い知る。
講堂の扉が開き、遅れて入ってきたノアが、あからさまに顔を顰めた。
「やっぱり、お前たちだけか。今年の一年は本当に出来が悪いな」
持って来た書類に目を通しながら、ぼそりと呟いた。
ゲーム内でも精霊術の講義を担当するのは、ノアだ。シナリオ通りの展開だったら、ノアは大司教の仮面を被ったままなので、もうちょっと愛想がよいはずだった。
(もう取り繕う気、ないんだろうな。魔道具作っている時もあんな感じだったし)
あの事件以来、ノアの講義には全員何度も参加しているから、お互いに慣れてきてはいるのだが。ノアにしてみれば、関わりたくない生徒であるには違いない。
「選定は先生ではないのですか?」
ウィリアムの質問に、ノアが書類に目を通しながら頷いた。
「ああ。講義の担当は、私だけではないのでな。お前たちの魔法情報も、今日渡された」
書類と相手を見比べて、属性を確認していたノアが、ノエルに目を止めた。
じっとりとねめつけられる。
「えっと、場違いなら退出します」
そもそも闇属性特化のノエルが精霊術の講義に選ばれること自体が、おかしい。
立ち上がりかけたノエルの肩をノアががっつりと掴んだ。
ノエルの左目をじっと見つめ込む。
「お前、最近また何か、やらかしたか?」
無遠慮な態度だけでなく無遠慮な言葉まで飛んできた。
「やらかして、いません。大人しくしているのは先生もご存じでは?」
逃げるように顔を背ける。
本当に何もしていないのだから、言訳のしようもない。
(しかも、また、って……。ノアの件もカルマの件も不可抗力だ。私が率先してやらかしに行ったわけではない)
「なるほど、ユリウスも苦労するな」
呆れ声で呟くと、ノアがノエルから離れた。
意味が分からず、疑問符が浮かぶ。
「座学の主席はノエルだ。この中での最下位はロキ。お前が一番、精霊術に適性があるんだ。後で復習しておけ」
ノアの視線に、ロキが肩を竦めた。
「さすが、筆記試験ではノエルに勝てないね」
ノアが誰かと連絡を取り始めたのを見て、ウィリアムがノエルに声を掛けた。
常に成績上位者のウィリアムは筆記だけでなく実技も優秀だ。
ノエルも相変わらずの原作者無双で上位には入っているが、最近は目立ちたくないので手抜きしている。
(ウィル、いつも通りだな。良かった)
桜の木の下で呪詛を溶かしてから、一月以上経つ。カルマがまた接触してくる懸念もあったが、今のところはなさそうだ。
呪詛を解除した時のことを、ウィリアムは忘れているようだった。だからノエルも敢えて話していない。思い出してもお互いのためにならない。
(証拠隠滅のために、そういう言葉を吹き込んだのかもな。やり方が巧妙だ)
恐らく精霊国に潜伏しているであろうカルマの居場所を、早く割り出したい。
だが、準備は必要だ。
ユリウスと話したカルマを釣りあげる準備は、この精霊術の講義以降だと言われている。
『身を護るために精霊は打って付けだよ。全員、最低一人とは契約してくるように』
クラブの面々に顧問のユリウス先生から出た宿題だ。
(私が一番、可能性がない)
げんなりするが、仕方ない。精霊が見つからないときは魔獣でも手懐けて従魔契約でもするしかない。
「リアム、ノエルに勝ちたいなら、図書室の本を全部読み切らなきゃならないよ」
レイリーが揶揄う。
「まだ読み切ってないよ」
「あと、どれくらい?」
マリアに聞かれて考える。
「三分の一、もうちょっと多いかな。興味がない本は飛ばしているから。半分くらい?」
「去年の秋も半分て言ってなかったか?」
アイザックに指摘されて、また考える。
「最近はノア先生の研究室の本ばかり読んでるかも。魔道具作るのに、歴史書読破したくて」
「歴史書って、魔道具の歴史?」
ロキが引き顔で聞くので、普通に頷いた。
「魔道具を作るために、そこから学ぶのか」
アイザックが呆れている。
(作家とは知識欲の塊なのだよ。物事の心理を多く知っているほど、面白い話が書けるんだ。何でも知っているに越したことはない)
ノエルの座右の銘だ。別に呆れられるようなことではない。
「今からじゃ、とてもノエルに追いつけそうにないな」
ウィリアムが諦めた顔で肩を竦めた。
「あ、そうだ。ロキに魔道具を作ったんだ。精霊術の講義までに渡すようにって、ノア先生に言われてて」
ロキが驚いた顔でノエルを眺める。
「俺に? ノエルが作ってくれたの? ずっとノア先生の所に通ってたのって、もしかして、その為?」
とりあえず頷いた。
「ユリウス先生にも魔道具を作っていたから、数カ月通うことになっちゃったんだけどね」
衣装箱の蓋を開けてロキに見せる。
シルバーのバングルに、ロキが目を輝かせた。
「属性ごとの守護石を嵌めて、地はシルバーに光魔法を練り込んだ。ロキは瘴気に弱いから、魔道具で補えるといいかなと思って。後でマリアに加護を付与してもらおうと思っていたんだ」
箱を受け取ったロキが魔道具をあちこちじっくり眺める。
腕に付けて、感触を確かめた。
「うん、すごくいい。すごく馴染むよ。ありがとう」
ロキが目を細めて笑った。
(良かった、喜んでもらえた。やっぱり作って良かった)
ほっとしたと同時に、嬉しかった。
「マリア、あとで光の加護の付与、お願いしてもいい?」
「もちろん。今、預かろうか?」
ロキがバングルを外して箱に戻すと、マリアに手渡す。
ノアの腕が伸びて、ひょい、と掠め取った。
「では、講義だ。守護石の選定基準は、何だと思う? アイザック」
名指しされて、アイザックがドキリと肩を震わせた。
箱を受け取ってバングルの石をじっくり観察する。
「紅、水、緑、茶の水晶は四属性を代表する石です。もっと適性の高い石もあると思いますが、水晶で統一したのは親和性と協調性を重視して、でしょうか」
「悪くない回答だ。及第点だな」
ノアの言葉に、アイザックが安堵の息を漏らした。
「茨の意匠は属性の連携を考えているのかな。精霊術の講義に間に合わせたのなら、精霊の宿木にする魔道具だね」
石と石を繋ぐように彫ってある模様を見て、ウィリアムが付け加える。
「茨は古くからある魔道具の基本の模様だな。何かを参考にしたのか?」
レイリーの問いかけに、ノエルは頷いた。
「雷の神トリントの神話だよ。彼は、友人の精霊魔術師から託されたバングルのお陰で自然の力を味方につけ、雷の魔法で勝利する。彼が雷神と呼ばれる由縁であり、戦の神と崇められるきっかけになった神話。ロキにピッタリでしょ」
ノエルが早口で捲し立てる。
「そこに出てくるバングルには、四つの石と茨の模様が描かれていてね。茨が絡みついて石と石をつなげれば、属性にとらわれない、例えば水と風をミックスした魔法とか使いやすくなるかなって。魔法は本来、自然属性が元祖であり根源だから、魔道具の種類も多くて迷ったんだけど、精霊術に絡めるならこれしかないと思って……」
ノエルの頭をノアがこつん、と叩いた。
「一人で全部話すな。講義にならん」
「申し訳ございません」
叩かれた頭を押さえて、ノアに恨めしい目を向ける。
(聞かれたから、応えただけなのに)
なんとなく、むくれる。
「そんなに考えて作ってくれたんだ。嬉しいよ、ありがとう、ノエル」
久しぶりにロキの屈託ない笑顔を見て、眩しさに目が眩む。
「あくまで私の指示で、練習のために作った魔道具だ。他意はないぞ」
付け加えるノアに、ロキが恨めしそうな目を向ける。
(ノアなりに、私に気を遣ってくれたのかな。巡り巡ってユリウスのためだろうけど)
カーライル家当主はノエルという中和術者との縁談を希望していると話していた。息子が好意を寄せる相手なら、尚のこと動きやすいだろう。
(気を付けないとな。ロキに変な期待を持たせるのは、残酷だし失礼だ)
大事な友人だからこそ、そう思う。
ノアが魔道具をロキに戻して、教壇に戻った。
「マリアの加護の付与は後日だ。ロキ、それを付けて、この後の講義に参加しろ」
ロキがバングルを身に着ける。
ノアが全員に起立を促した。
「今日の講義は外だ。移動するから、全員、魔法陣の中に入れ」
足下に現れた大きな魔法陣に立つ。七人では勿体ないくらい大きい。
「これ、転移魔法ですか?」
ノエルの問いに、ノアが詠唱しながら頷く。
「そんな難易度高い上位魔法、使えるんですか? 先生」
見上げるロキの頭を、ノアが、ぽかりと叩く。
「これでも元は大司教だからな。振り落とされて迷子になりたくなかったら、誰かに掴まっていろ」
魔法陣から光の柱が立つ。高密度の魔力が満ちると、視界が歪み始めた。
(やばい、すごい。さすがにこれだけの魔法はなかなか体験できない)
こういう魔法を体験できるのは嬉しい。ワクワクが止まらない。
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お読みいただき、ありがとうございました。 (霞花怜)