6.秘密の話③
「僕の心配をしてくれるのは嬉しいけど、やっぱり気を付けるべきはノエルだよ。カルマの狙いは、僕よりノエルだ」
ユリウスがノエルの胸を指で突く。
魔石があるあたりだ。
「覚醒させたいのはノエルの、魔石……。そう、魔石、だ」
ユリウスの目が一瞬、虚ろになった。
「ユリウス?」
顔を覗き込む。
ぼんやりとした顔で一点を見詰めている。
「ごめん、ちょっと頭に、霧がかかったように、なって」
「私こそ、ごめん。もう遅い時間だもんね」
頭を振り、ユリウスがノエルの体を強く抱いた。
「大丈夫、何でもないよ。それより、ノエルの話。僕より君の方が魔族化する可能性が高い」
「えぇ?」
そんな馬鹿な、と思ったら、魔の抜けた声が出てしまった。
「さっきからずっと思っていたけど、君はシナリオの中に自分の存在を含めていないよね?」
ユリウスがじっとりとした目でノエルを眺める。
「そんなことないよ。主人公になっちゃっているかも、とか自意識過剰なこと考えているくらいだし」
恥ずかしいから何度も言いたくはないが、仕方なく答える。
「それは経過を踏まえた結論でしょ? この先のシナリオに自分を含めて考えている? 魔石持ちの全属性適応者で戦闘特化の中和術を使う魔術師って人物は、物語に登場する?」
思わず絶句した。
全く考えていなかった。
そんな濃い味付けのキャラが登場したら、ストーリーラインから変わってしまう。
ユリウスが大袈裟なくらい大きな息を吐いた。
「その顔は、考えていないね。だからノエルは自分を大事にしないんだろうな。僕がカルマだったらノエルを魔国に連れ帰る算段をするよ。あの時、あれだけ大量の瘴気と魔力を流し込まれていた理由が、今更わかった」
ユリウスにしては珍しく早口で言葉を捲し立てる。
(ユリウスも、ちょっと変わったな。私に似てきたかも)
今、それを言うと叱られそうなので、口には出さずに黙っておく。
「カルマは君が魔石持ちだと気が付いたんだろ? だから瘴気と魔力を流して、魔石の覚醒を促した。今の君は魔族にとって御馳走だ」
顔が引き攣ったのが自分でもわかった。
確かにあの時、カルマも美味いとか言って吸っていた気がする。
「御馳走って、何……?」
恐る恐る聞いてみる。
「言葉の通り、美味しいんだよ、普通以上に。それと、自分たちの魔族因子を覚醒させるにも最高の食事ってこと。でも一番怖いのは、魔石が刺激され過ぎると、君自身が魔族化する。それは、前にも話したよね」
「魔石から瘴気が流れるっていう話?」
ユリウスが頷く。
「そこまでいくと、君の性格や体質も魔族寄りになりかねない。嗜虐的になっていくし、自分自身も血を欲するようになる」
ぞくりと背筋が寒くなった。
そうなってしまったら、もう人ではない。
「今のノエルは半魔みたいな状態で、僕と同じだ。けど、同じ半魔でもカルマには吸血衝動がある。魔族の血がどれくらい濃いかで衝動のあるなしが変わる。ノエルは今、どっちにもなれる状態なんだよ」
「どっちにも、なれる……」
できれば人を食う生き物にはなりたくない。
しかし今、それ以上に大変なことに気が付いてしまった。
(なんか自分の存在が結構な重要性を持っているような気がしてきた)
ユリウスが今、柄にもなくノエルに説教をしているのも、国王ジャンヌが息子の婚約者にしてまでノエルを欲しがるのも、ノアという護衛が付いたのも。
ノエルがそこそこにキーマンだからではないかと思えてきてしまった。
(もっと客観的に考えよう。ノエルはもうただのモブじゃない。ユリウスの言う通り、登場人物の一人に加えないとダメだ)
ふんふん頭を働かせるノエルを眺めながら、ユリウスもまた思案顔をしていた。
「桜姫のシナリオだと、カルマは主人公を介して僕への接触を図るんだよね?」
「え? ああ、没になった方は、そうだね。学院には編入しないで街に潜伏してる。偶然を装って主人公と知り合いになるのが出会いイベントかな?」
ユリウスが口端を上げる。珍しく悪だくみでもしている表情だ。
「だったら、そこを逆手にとってカルマを釣りあげようか。本当の目的は本人に吐かせればいい」
「でも、今の状況だと、マリアに接触するとは考え難いよ?」
今のマリアはカルマにとって脅威ではあっても魅力的な存在ではないだろう。
「主人公がマリアって考えは捨てたほうがいい。全員が等しく登場人物だ。もちろんノエル自身もね。とりあえずはクラブの面々、全員が狙われる可能性はあると考えて、今から準備しておこうか」
実際すでにウィリアムが被害に遭っている。
準備するに越したことはないのだが。
ユリウスがやる気を出しているのが、とても不思議だった。
「やる気満々だね」
「当たり前でしょ。カルマの狙いは僕じゃなくてノエルだよ。つまり、クラブの誰かを介してノエルに接触するつもりでいるってことだ。今のノエルには、簡単には接近できないからね」
確かに、ノエルにはノアとユリウスの護衛が常に付いているような状態だ。
魔性スズランの一件以来、護衛と監視がさらに厳重になっている。
(精霊国の二強に護ってもらうとか、贅沢だな)
自分はいつからそんな身分になったのかと不思議に思う。
「それに、大事な話をしてくれたのは嬉しかったからね。シナリオで言うなら第一部になるのかな。その時は、この秘密を一人で抱えて頑張っていたんでしょ。第二部からは、二人で頑張れる」
ノエルの額に額を当てて、ユリウスが微笑む。
じわりと目が潤んで胸が熱くなった。
「二人で頑張るなら、一人で魔国に行ったりしないでね。ユリウスが行くなら、私も行く」
「ダメ。君を魔国に連れて行くなんて、魔獣の群れにエサを放るようなものだよ」
きっぱり断られたが、ノエルも負けない。
「一緒に行ってくれないなら一人で追いかける」
「ダメだよ。どうして大人しく待っていてくれないのかなぁ。ノエルはそういう子だけど」
わかっているなら折れてほしい。
ユリウスの優しさは理解できるが納得できるほど大人でもない。
「駄々を捏ねている訳じゃないよ。私も魔国で調べたいことがあるんだ。革命軍以外にも知りたいことがある。だから、ユリウスが魔国に行くなら、ついでに調査しに行く」
ノエルをじっと見詰めていたユリウスが、また深い溜息を吐いた。
「魔性スズランの時みたいになっても困るからね。考えておくよ」
結局ユリウスが折れた形で、ノエルは歓喜した。
この日、ユリウスにシナリオの話ができたことが、ノエルにとっては何より大きな転換点になった。
==========================================
お楽しみいただけましたら、『いいね』していただけると嬉しいです。
次話も楽しんでいただけますように。
お読みいただき、ありがとうございました。 (霞花怜)




