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モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない  作者: 霞花怜(Ray)
第3章:本編Ⅱ 原作者も知らない、本当の物語の始まり

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4.秘密の話①

 女子寮には門限がある。

 夜半を過ぎたこの時刻に正面玄関を抜けることはできないので、ノエルはバルコニーから飛び降りた。

 風魔法で足下にクッションを作り、着地する。 

 手記を手にユリウスの研究室に走った。


「ノエル? こんな時間に、どうしたの?」


 コーヒーを片手に魔術書を読んでいたユリウスが驚いた顔でノエルを見上げていた。


「アーロは? 夜は、帰るんだよね?」


 今からする話をアーロには聞かれたくない。だからこそ、こんな時間にアポなしでユリウスの部屋に来た。


「帰るけど、普段は泊りの方が多いよ。今は偵察の仕事で空けている。数日は帰らないと思うけど」


 ノエルの分のコーヒーを淹れて、ユリウスが席を促した。

 長椅子の、ユリウスの隣に腰掛ける。

 ユリウスが隣のノエルを見下ろした。


「最近のノエルは、当然のように僕の隣に座るよね」

「? ダメ?」


 不思議な気持ちで見上げると、頭を抱かれた。


「ダメじゃないよ。ただ、前とは随分変わったなと思っただけ。前は必ず向かいの席に座っていたでしょ。隣に座るとやけに警戒していたし」

「それは、だって。まだ、恋人とかでは、なかったわけだし」


 出会ったばかりの頃は、マリアとの親密度を上げるためにユリウスとの距離を取っていた。


(自分の気持ちもよくわかっていなかったし。今は……大胆になっているだろうか)


 何となく、ユリウスとの間を開けてみる。

 腰に回ったユリウスの手がノエルをぎゅっと引き寄せた。


「離れなくていいよ。今は婚約者、なんだから」


 ユリウスがノエルの頬に唇を寄せる。

 何をされても嬉しいと思ってしまうあたり、チョロいなと自分でも思う。


「できればこんな時間に一人で出歩いてほしくないけど、わざわざアーロの不在まで確認するってことは、この前言っていた秘密の話をしに来たのかな?」


 ユリウスの目線がノエルの手元の手記に落ちる。

 ノエルは頷いた。


「荒唐無稽な話だよ。それに、ユリウスにとっては不快な話かもしれない。でも、ユリウスなら、高梨先生の記憶を持ってるユリウスになら、理解してもらえるかもって思うから」

「なるほど、桜姫の話が聞けるってことだね。面白そうだ。聞かせてよ」


 ノエルは手記を開いた。


「どこから話していいか、わからないけど……」


 初めて出会った時、ユリウスに唯一話さなかった秘密。自分がこの世界の物語を書いていたこと、この先に起こり得る事件を知っていること。

 総てを掻い摘んで説明した。


「つまり、君はこの世界を舞台にした物語を書いていて、そこに僕らが登場人物として出てくる、と。呪いの正体も教会の暗部も自分が書いた話だから知っていた、と」


 ノエルの手記をペラペラ捲りながら、ユリウスが確認するように繰り返す。


「凡そ、そんな感じです」


 乙女ゲーム、と言っても伝わるかわからなかったので、物語という表現を引用した。


「成程ねぇ、ノエルが僕とマリアを仲良くさせたかった理由が、やっとわかったよ。桜姫の物語では、主人公はマリアなわけだ」

「そういう理由でした」


 マリアとユリウスの親密度を上げようと二人を避けたせいで、ユリウスに指輪をされた。あの事件を思い出して苦笑いする。


(今となっては良い思い出だな。あの時はめっちゃ怖かったけど)


「でも、物語の通りにはいかなかったわけだね。リヨンは自死してしまったし。何より、あのゲームでノアは主犯じゃなかった」

「え? ゲーム?」

「健人がよくプレイしてたゲーム。内容を全部、把握している訳じゃないけど。男性と恋愛するゲームに見えたから、不思議に思っていたんだよね。あれは、桜姫がシナリオ? っていうのを書いたゲームだったんだね。色々、合点がいった」

「高梨先生が、プレイしてくれていたんだ」


 思わず、呟いてしまった。

 ノエルの頬をユリウスの指が摘まんだ。


「だから嫌なんだよ、健人の話をするのは。僕の中の健人の記憶は断片的だし曖昧だから、実際、二人が師弟以上の関係だったかとか、わからないんだ」


 むすっとむくれながら、ユリウスがノエルの頬をムニムニする。


(もしかして、嫉妬しているのかな。可愛いかも)


 そう思ったら、顔が緩んだ。


「私と高梨先生は、ただの生徒と教師だったよ。そのゲームのシナリオの仕事を回してくれたのが高梨先生だったんだ。知り合いの会社の商品だからプレイしていただけだと思う」


 ユリウスがじっとりと細い目をノエルに向ける。


「どうして、ニヤけてるの?」

「ユリウスが嫉妬してくれるのが、ちょっと嬉しい」


 ユリウスが脱力してノエルに覆いかぶさった。


「えぇ⁉ 何?」

「最近のノエルは変わり過ぎじゃない? ちょっと前まで、あんなに素っ気なかったのに」


 ユリウスの腕がぎゅっとノエルを抱き締める。

 確かに、自分でも前より正直に気持ちを表現できるようになった気がする。自分の中のユリウスへの気持ちを自覚して受け入れたせいだろうと思う。


「嫌なら、前に戻しましょうか?」

「このままでいい」


 口付けて、ノエルの体を引き起こす。

 毎日のように交わすさりげない口付けには慣れたけど、未だにその一つ一つが嬉しいと思う。

 それを伝えたら、ユリウスは喜んでくれるだろうか。などと考えるが、さすがにそれは照れ臭いなと思う。


「で、ノエルの話す物語と健人がプレイしていたゲームが同じものなら、第二部がそろそろスタートするね。確かに、そこには魔族も登場する」


 ユリウスが思った以上の適応力と理解力でノエルの話を受け入れてくれるので、説明の手間が省けてとても助かる。


「でも多分、ゲームの内容とは違うと思う。没になったシナリオの方で動いてる気がするんだ」

「僕が、半魔だから?」


 手記を眺めながら、ユリウスが呟く。

 ノエルは神妙な面持ちで頷いた。


「私が書いたゲームのシナリオでは、ユリウスは人だった。でも私は、ユリウスを半魔設定にした方が面白い物語になると思った。だから、その……」


 言い淀んだのは、いろんな思いがあったからだ。

 自分が半魔の設定にしたから、ユリウスが不自由な思いをしながらこの世界で生きているのではないか。

 この先、もっとつらい現実が待ち受けていることも伝えないといけない。


「ノエルの心配は、これ?」


 ユリウスの指が、手記の一文をなぞる。


『ユリウスが攻略対象ではない場合、ユリウスは主人公の敵になる』


 ノエルは素直に頷いた。


「私の書いた物語の主人公は、マリアだ。けど、今の状況的に、主人公がノエルにスライドしているんじゃないかと思うの。考えすぎかもしれないけど」


 自分で話していても、自意識過剰だと思う。けど、これを話さないと話が先に進まない。


「でも、だとしたら、私はユリウスと敵対することになる。それが、一番怖い」


 考えるだけで嫌な汗が滲む。

 シナリオ前半は確かに書いた通りの展開にはならなかった。それでも、呪いの撲滅や教会の暗部の瓦解といった、主要部分は同じだった。


(後半はもっと話がややこしい。没になったシナリオなら、猶更だ。どうすればユリウスとの対立を避けて通れるか、自分だけじゃ思いつかない)


「ユリウスが、前に言っていた、根回しの話。シエナ様を味方に付けたって、言っていたでしょ?」


 膝の上に乗せていた手が、服を握る。


「魔国の革命軍への潜伏調査。それを引き受けたから、あんなにすんなり私との婚約が通ったんじゃないの?」


 顔が上げられない。ユリウスの返事が怖かった。

 しばしの沈黙の後、ユリウスが小さく息を漏らした。


「ノエルには隠し事が出来ないね。こういう形でバレるとは思わなかったけど」

「どうして秘密にするの? 私に黙って行くつもりだった?」


 思わず顔を上げる。


「ちゃんと話すつもりではいたよ。ただ、どう話そうか、悩んでた。いいきっかけをもらえたかな」

「いい、きっかけ?」


 ノエルはユリウスの腕を掴んだ。


「私の物語の中では、ユリウスは主人公から吸血して魔族因子を覚醒させて魔国に行くの。革命軍のリーダーの右腕になって魔国の王室を潰し精霊国に戦争を仕掛ける。もう、この国に戻って来ないの」


 手が小刻みに震える。

 その手をユリウスが強く握る。


「ノエル……」

「私は! ユリウスを魔国に行かせたくない。たとえシナリオと違う理由で行くことになっても、ユリウスが戻ってくる保証なんかない! ユリウスに、死んでほしくない」


 革命軍に参加したユリウスは最期、主人公を庇って命を落とす。サブキャラだからこその展開だ。 

 先の展開を知っているからこそ、自分が書いた物語だからこそ、恐怖を感じる。


(前半だって、こっちの方が面白いと思った展開に転がって行った。後半の展開は、没になったシナリオの方が面白いと思ってる。だとしたら、ユリウスは)


 自分の手を離れて死んでしまう。

 しかも、自分との婚約のために、命懸けで魔国に乗り込むなんて、受け入れられる訳がない。

 涙が溢れて止まらない。顔が上げられない。


「ノエル、こっちにおいで」


 ユリウスがノエルの体を抱き上げて、膝に座らせた。

 肩を抱いて、優しく背中を摩る。


「話さないでいたのは、本当に悪かった。でも僕は、君の敵にはならないし、死んだりもしないよ」


 何度も何度も首を横に振る。






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お楽しみいただけましたら、『いいね』していただけると嬉しいです。

次話も楽しんでいただけますように。

お読みいただき、ありがとうございました。        (霞花怜)


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